第16話 例外は一つとは限らない
「な……に?」
複数の『異端力』を持つ。
そう言われればまず大半の人間は疑いの目を向けることだろう。
『異端力』は一人一つ。それが神によって定められたこの世の理なのだから。
だが、レイの反応はそれら普通の反応とは異なったものだった。
その目に浮かぶ感情は動揺。
理由は言うまでもないがレイ自身が複数の『異端力』を持つ、この世の理を外れた異端者だったからだ。
何事にも例外はある。しかし、例外は一つとは限らない。
考えれば誰でも分かる簡単なことだ。
自分と同じ存在――同類がいるかもしれない。
そんな可能性はレイも予期していたものの所詮は机上の空論。
いざ目の前にしてみるとひどく感情を揺さぶられた。
「――そうか。それは確かに信じ難いな」
レイは平静を装って答えた。
ここで内心を気取られるわけにはいかない。
「レイ様……」
横ではリサが不安げな目を向けてくるが、レイは「何も言うな」と視線だけで指示を送った。
「信じられないかもしれないが本当なんだ。私の『異端力』《災厄溢るる禁忌の匣》は五つの能力のもと成り立っている」
「なら、証明してみせろ。この場で使える能力だけでいい。二つ以上使え」
「分かった。ならまずはこれを見てくれ」
そう言うとミカの手に弓、剣、天秤が現れ、床に並べる。
「これが私の五つある『異端力』の内、この場で見せることの出来る三つの能力、《支配導きし殺戮》、《紅蓮の戦争》、《抑制の飢餓》だ」
「これがか? お前の『異端力』はこの武器だと言うのか?」
「そうだ。まずこの弓――《支配導きし殺戮》は矢を雨のように降らすことが出来る。そして殺した者の数に比例して、周囲に恐怖をばら撒く」
「そうするとどうなる?」
「士気が次第に落ちてゆき、極限に達すると敵の意思とは関係なく、相手を支配することが出来る」
支配する。恐らくは相手を意のままに操ることができるということなのだろう。
「恐怖で相手を支配する、か。随分と物騒な能力だな」
「まったくだ。出来れば使いたくない能力だよ。だが、驚くのはまだ早い。残りの二つもとてもおぞましいものだぞ?」
弓を消し、隣に置かれた炎のような剣を指差す。
「この《紅蓮の戦争》は振るうと炎を放つ。魔剣にも炎を出す代物はあるが、これの威力はそれを優に上回る」
「炎の剣……か」
レイがまた意味ありげに呟く。
「何か気になることでもあるのか?」
「いいや。そのまま続けてくれ」
「――更にこの剣は炎を出すだけじゃなく、先程の弓とは反対に味方の士気を上げる。これも殺した数に比例して高くなっていく。だが、あまり士気が上がり過ぎると歯止めが効かなくなってくる。謂わば暴走状態になるということだ」
「まさに諸刃の剣だな」
「そしてこの天秤――《抑制の飢餓》は手にしている時、自分以外の半径三百メートル以内にいる者の魔素の消費を抑制する」
「つまりは?」
「魔法などを使用する場合、本来消費されるべき魔素が消費されず、発動されなくなるということだ」
魔法に限らず魔素を用いた身体強化、治癒力促進等はその消費量が多ければ多いほど効果を発揮する(ただ闇雲に消費すれば良いという訳ではないが)。
それが制限されるのは万全の状態での戦闘が出来なくなるということ。
例えるなら利き腕を使わずに戦うことを強制されるようものだ。
遠距離は《支配導きし殺戮》で一方的に攻撃し、近距離は《抑制の飢餓》で有利な状況を作りつつ《紅蓮の戦争》で迎え撃つ。
攻守ともに隙のない上、集団戦にも有用な能力だ。
しかもこれでまだ二つ余力を残している事実。
「四つ目と五つ目の能力も説明しろ。口頭だけで構わない」
「分かった。四つ目の《死の運命》は先の三つとは違って、形を持たない『異端力』で能力は効果範囲内にいる生物を死に近づけるというものだ」
「死に近づける? どういうことだ?」
「死ぬ確率が高くなると言った感じだな。死因は様々で例えば石に躓いて頭をぶつけて、放たれた矢に命中して、先天性の疾患が悪化して、などその者にとって不自然でない形で起こされる。そういったことが高確率で起こるようになるのだ。まるで死に吸い込まれるようにな」
まるでタチの悪い呪いのような能力だった。
確率と言う表現を用いていることから必ずしも起こるとは限らない不確定の事象であるようだが、決して一笑に付すことは出来ない。
日常生活の中なら家に篭るなりして注意していればいいのかもしれないが、戦闘では一歩間違えれば死に至る要素が掃いて捨てるほど存在する。
そんな中で《死の運命》を使われるのは自ら全速力で地獄へ突っ走るに等しい。
「――――」
戦慄に近い感情を覚えながらもレイは目の前の脅威から目を逸らさず、五つ目の能力について耳を傾ける。
「そして五つ目の能力なんだが――実は私にも分からないんだ」
「――は?」
ミカの言葉にレイは出鼻を挫かれたと同時に不信感を覚える。
『異端者』は自身の持つ『異端力』の内容を把握出来る。それを目の前のこいつは分かっていないのか?
レイの心中の変化は表情に出ていたようで、ミカは慌てて弁明を始める。
「いや、信じられないかもしれないが断じてふざけているわけじゃない! 私が『異端者』として目覚めた際、五つの『異端力』を持っていることが分かった。しかし、その中の一つ――《希望》だけはその委細が分からなかったんだ」
「《希望》――それが五つ目の能力の名か」
「ああ、俺がそう言ってるだけだが……頼む、信じられないだろうが信じてくれ」
これが今自分に出来る精一杯の誠意とでも言うように頭を下げるミカ。
レイはそんな目の前の懇願を眼中にも入れず、ただ黙り込んで熟考し――、
「――分かった、信じよう。ただし、嘘だと分かった時は容赦しないぞ」
「……ありがとう」
本音を言えば胡散臭いことこの上ないが、わざわざこんな嘘をつく理由がない。
こちらを本気で騙す気なら《希望》の存在、ひいては能力が複数あること自体を隠すだろう(それすらも嘘という可能性もあるが)。
「次はテメエの番だ。まさかオレらには洗いざらい話させておいてテメエだけは喋らないなんてことはねえよな?」
この時を待っていたとばかりに強い言葉で睨みつけてくるアイザック。
しかしレイは針を刺すような鋭い眼光を微塵も恐れた様子もなく「ふ」と鼻で嗤い流した。
「無論だ。と言ってもお前たちも既に見ているがな」
そう言うと異空間を自分の腕と脇腹の間に抱え込むような形で出現させた。
「俺の『異端力』は《罪科天獄》。このように物の出し入れ等を可能にする異空間を出現させる能力だ」
そう澄まし顔を少しも崩すことなく、いけしゃあしゃあと宣った。
レイは最初から自分の『異端力』の全てを話す気など最初からなかった。
ミカたちは信頼出来る仲間などではない。何かきっかけがあれば対立する可能性だってあり得る。
そんな連中に自分の手の内を明かすのは馬鹿のすることだ。
そんな主人の考えを汲み取ったリサは何も言われずとも指摘することなくレイの嘘をスルーした。
「なるほど。それは色々な応用が出来そうな能力だな」
そんなレイの腹の内に一切気が付く様子もなくミカが関心したように言った。
「では次は彼女の能力を――」
「リサは『異端者』じゃないぞ。だから能力は持っていない」
「何だって?」
ミカが意外そうに声を上げた。
他の三人も驚いている様子だ。
「何がおかしい?」
「いや……私たち『異端者』は忌み嫌われる存在だからな。まさかその協力者が非『異端者』だとは思わなかったんだ」
ヨシュア教が浸透している大半の国において『異端者』は迫害の対象。それは老若男女誰もが知る共通認識だ。
そのような常識を鑑みれば『異端者』を助けようなどとは普通の人間なら思わないだろう。
それ故にミカたちはリサが『異端者』でないことに驚いているのだ。
そんな信じられないと言った空気の中、リサは口を開いた。
「私にとってレイ様はこの世で最も敬愛すべきお方です。そしてそれはレイ様が『異端者』であろうと変わることはありません」
そしてミカたちの方を見ながらそう言い切る。
それはまるで宣言のようにも聞こえ、リサの確固たる信念がありありと伝わってくるようであった。
「――リサ、ありがとう」
本当は優しく抱きしめたかったが、見世物になる趣味はない。
自重して代わりに短いが、感謝の言葉を伝えた。直接目を向けて。
短く、簡素な言葉だったが、そこには押さえきれないレイの思いが込められていた。
「いえ、お礼を言われるほどのことでは……」
目を逸らし、照れる様子を見せるリサ。
そんな二人の様子を見ていたミカは微笑ましげに口を綻ばせると、
「君は幸せ者だな。こんなに思ってくれる子がいて」
そう言ってきたミカにレイは素直に同意した。
「――ああ、本当だよ」
心底そう思った。
前世ではまともな愛情など受けたことなどなかった。
覚えているのは理不尽な罵声と暴力だけ。
それだけに混じりっ気のない純粋な愛情を向けてくれるリサ、そして両親はレイにとって何者に代え難い存在だった。
「……話が逸れたな」
だから、絶対にここから脱獄してみせる。リサと一緒に。
そして、再び会うのだ。父と母に。
「今まで話してきたことを踏まえて、これから作戦について話していく。失敗は許されない。全員心して聞くように」
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