第14話 相容れない価値観
「君の独房に迷い込んだのは故意ではなく事故なんだ。だから君に対して敵意はないし、気に障ったならここからすぐに出て行こう」
「事故? 事故とは何だ? いやそもそも、四人もの人間がどうやってここまで移動してきた?」
「彼の『異端力』を使ったんだ」
ミカが隣にいる猫人の男――ジェシーを見ながら言った。
ここへ落ちてきた直後のアイザックの反応から予想は付いていたが、やはりジェシーの能力だったようだ。
「《地中潜航》と言って自分よりも大きな物体の中に潜り込む能力でジェシーに触れている者も一緒に潜り込むことが出来るんだ」
自分の『異端力』を他人にベラベラ話されるのは好ましいことではないはずだが、当のジェシーに不満はないようで口を挟む様子はない。
「ただし、潜り込んでいる間は呼吸が出来なくなるから息をしようと思うと一度、地上に出る必要がある。本当なら囚人のいない空きの独房で一休みするつもりだったのだが間違えて君のところへ、というわけだ」
「なるほどな」とレイは頷いた。
恐らく最初ジェシーは一人での脱獄を目指していたのだろう。
だが、動いていく内に自分一人ではそれが困難であり、悟ると協力者を探し出し始めた。
そして今に至るというわけだ。
「だが一つ気になることがある」
「何だ?」
「どうやってジェシーは自分の独房から抜け出したんだ? 『異端者』として収容されたならその『異端力』も当然監獄側に把握されているはず。脱走しないよう対策されていたはずだ。なのにどうしてお前は外へ出れている?」
自分に話が振られると思っていなかったのか、ジェシーは頭に生えた猫耳をピクリと震わせた。
「……これを使ったんだよ」
そして、ボリュームのある毛髪から何かを取り出した。
「それは針金か?」
「ああ。おまえさんの言う通りおれは手足を枷で拘束されて壁に繋がれていた。けどこの隠し持っていた針金を鍵穴に突っ込んで全部外したんだ」
所持品は収容前に全て没収される。
もちろん事前にボディチェックなどもされるはずだが、髪の中までは目が届かなかったらしい。
いや、もしかすると調べたのかもしれないが、いかんせんあの剛毛だ。意図せず見逃してしまったのだろう。
しかし、ピッキングはただ針金を弄り回すだけでは出来ない。相応の技量が求められるもののはず。
身なりなども加味して考えるとジェシーの素性は――、
「お前、泥棒でもしていたのか?」
「――! 何で分かったんだ?」
ビンゴだったようだ。
「私からもいいか?」
「何だ? 出来れば手短な質問でお願いしたいものだが」
軽く手を挙げ、尋ねてくるミカにレイは視線を戻す。
「君の後ろ隣にいる彼女は何者なんだ? 見たところ看守の格好をしているようだが……」
そう警戒の色を浮かべた目をリサへ向けた。
ミカの言葉に他の三人もようやく気が付いたようで驚きを顔に貼り付けている。
確かに事情を知らない者が見れば混乱するのも当然と言えよう。
「心配は無用だ。彼女は俺を助けるためにここへ忍び込んだ信頼できる……パートナーだ」
刹那の逡巡の後、レイはリサを従者ではなく、パートナーと紹介した。
素直に言えばレイが貴族だということが明らかになり、変なやっかみを受けることになるかもしれない。
そう言った点を懸念した末の言い換えだった。
「何? つまり君たちはここがどこなのか分かっているということなのか!?」
だが、ミカはそんなことには気を留めず、リサが外部からの侵入者という点に強い関心を持った。
その反応でレイは囚人らが目を隠しをされた状態でここまで連れて来られていたことを思い出した。
「是非教えてくれ!」
「構わないが二つ条件がある」
「何だ?」
「俺の脱獄に協力すること。そしてお前たちは俺の命令に従うこと。そうすれば俺が知っている限りの情報を共有するし、お前たちをここから脱獄させてやる」
「いい加減にしやがれ!」
レイの態度が気に入らなかったのか、再度アイザックが噛みついてくる。
「黙って聞いてたらさっきからガキのクセに偉そうなんだよ!」
リサはすぐにアイザックの排除に動こうとするがレイはそれを制止すると嘲笑うように言った。
「気に入らないことがあればすぐに突っかかる。お前のみっともない姿の方がよっぽどガキじゃないか」
「ンだとォ!!」
「止めるんだアイザック!!」
レイと激昂するアイザックの間へミカが入る。
「君が腹を立てるのは分かる。しかし、ここからの脱出には彼の力が必要なんだ」
「だからってこんな好き放題言われてムカつかねえのかよ! てか、本当にアイツはオレたちを助けるつもりがあんのか? 利用するだけ利用して見捨てるかもしれねえぞ」
「それはこれから見定める」
ミカとてレイを一から十まで馬鹿正直に信用するつもりはない。
本当に信用に足る人間なのか、それを確かめるためミカはレイの方へ体を向け、対峙した。
「まずはこれ以上アイザックを挑発するのは止めてくれないか?」
「突っかかってきたのはそっちだろ。俺はそれに反撃しただけだ」
「私達は同じ立場に立ち、同じ目的を共にする仲間だ。いがみ合う理由はどこにもない」
自分たちは対等な仲間だ。だから協力し合おう。
そう主張するミカの言葉にレイが感じたのは拒否反応にも似た激しい嫌悪感だった。
自分たちはたまたま出会った利害を同じくするだけのただの他人。そこには信頼関係も互いへのリスペクトもない。
あるのは互いの利益のために利用し合うというビジネスライクかつシンプルな動機だ。
だが、そんな薄っぺらな関係をミカは仲間だと言い張る。
普通なら連帯意識を高めるための詭弁に過ぎないと考えることも出来ようが、レイはミカが本気でそう思っているだろうと強く確信していた。
そしてそれは、レイにとって吐き気がするほど不快なものだった。
あの刑事の姿が重なって見えるほどに。
「仲間だと?」
そして苛立ちのままミカの胸ぐらを乱暴に掴むと顔の近くまで引き寄せる。
「ッ!?」
「俺はお前みたいに耳が腐るような綺麗事を吐く奴が殺したいほど嫌いだ。お前が心の中で何を考えようが勝手だが、俺の前で二度とそんなクソみてえな科白を口にするんじゃねえ」
レイは怒鳴り声を出しているわけではない。
そんなことをやれば看守がやってくる。そんなことを考えられるくらいには理性は保っていた。
だが、それでも抑えきれない怒りが声色からは漏れ出していた。
「俺の仲間はリサだけだ。お前らなんか仲間でも何でもないんだよ」
大きく見開かれた赤の双眸がミカの顔を覗き込んでくる。
ミカは絶句した。自分だけ映す少年の赤眼。そこには暗澹たる深淵が広がっていた。
嫌忌、憎悪、憤懣、鬱積、殺意、あらゆる負の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って出来たそれにミカは気圧されてしまう。
どんな生き方をしてきたらこんな目が出来るのか、と。
そして、そんな負のオーラは周囲にも伝播した。
ジェシーは尻餅を着き、アイザックは冷や汗を垂らし、先程から無言を貫いている少女も顔色こそ変わらなかったが無意識に体を震わしていた。
リサでさえあまりの豹変に驚いている。
そんな殺気を直接受けているミカのプレッシャーは相当なものだろう。臆病な者ならば気を失ってしまうかもしれない。
しかし、ミカは意識を手放さなかった。
それどころか顔を逸らさず、膝をつくこともなく二本足で立ち続けている。
「君に不愉快な気分をさせてしまったようだ。許してほしい」
その言葉にレイはしばしの間、反応せずミカを凝視していたが、やがて胸ぐらを解放した。
ミカは胸をさすり一度息をつくと投げかける。
「一つだけ確認したい。君は、本当に私たちをここから出してくれるのか?」
「そう言っただろ。何度も同じことを確認させないでくれ」
ぞんざいに答えるレイの顔をミカは観察する。
まだ言葉の端々から殺意は滲み出ているが、嘘をついているようには思えなかった。
いきなり背後から刺されるようなことはないだろう。
そう自分の目を信じるとミカはレイの要求を受け入れた。
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