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第零話 このくそったれな世界にさようならを

一年ぶりの新連載です!

我ながら自分の遅筆加減にビビる……


なおこちらはプロローグとなっておりますので、本編開始は次話からです。

 神月零(かみつきれい)という少年は世間一般で不幸に分類される人間だ。


 零の両親は教育熱心で――と言えば聞こえはいいが実際のところ世間では毒親と呼ばれる部類の親だった。

 試験で望む結果が出せなければ暴力を振るわれるのは序の口で酷い時には水も食事も与えられずに部屋に閉じ込められ、寝させないまま延々と勉強をさせられたことだってある。

 そのおかげで高校での成績はトップだったが一切の娯楽も許されなかったため、流行についていけず友人は一人もいなかった。

 それが長らく虐待が気づかれなかった一因かもしれない。

 周りに助けを求めたこともあったが大人たちはロクな対応もせずそれを知った両親の"教育"はますます激しさを増した。


 そんな零にも唯一の、安らぎと呼べるものがあった。

 それは読書。

 あらゆる物事を禁じる親が許した数少ない娯楽だった。

 レイは許された僅かな自由時間を全て読書へ費やした。

 物語から哲学、心理学に医学とジャンル問わず様々な本を読み漁り続ける。そうしている間だけは嫌ことを忘れることが出来た。


 だが、一冊の本の出会いが零の人生を変えることになる。

 その本の題名は『モンテ・クリスト伯』。日本では『巌窟王』の題名でも知られるフランスの文豪アレクサンドル・デュマの著者だ。

 不朽の名作とはよく言ったものと零は回顧する。

 結論から言うとそれはとても面白かった。

 今まで読んできた作品の中で一番と言っていいほどに。


 主人公のエドモン・ダンテスが自分を貶めた者たちに痛烈な復讐を果たすというストーリーが読んでいて痛快で最高だった。

 本がボロボロになるまで何度も何度も読み返すほどに。

 惜しむらくは元の言語で読めないため、原本の細かなニュアンスなどを理解出来ないことだろう。

 そして主人公の師であるファリア神父の科白「待て、しかして希望せよ」には強い感銘を受け、零は思った。


 俺もこんな風に憎い奴らを地獄に叩き落としてやりたい、と。


 その言葉通り零は時を待ち、行動に取り掛かった。


 最初のターゲットは担任の教師。体育教諭で「気合いだ」、「根性だ」などと暑苦しく古臭い考えの持ち主で零の虐待で受けた怪我に気づいても「気合いだ」と相手にせず平然と授業参加を強要していた。


 零は夏休み中に学校へ侵入すると担任の持ち込んでいたスポーツドリンクの入った金属製の水筒の内部にタワシで大きな傷を付けた。

 こうすることで水筒内部の銅が溶け出し酢酸塩ができ、中毒症状を起こさせることが出来るのだ。

 担任は運動部の顧問もしており、夏休み中は頻繁に学校へやってきていたため細工を施すのは簡単だった。


 後日、担任が銅中毒で倒れたとの連絡が学校から発表された。

 警察は当初、検出された酢酸塩の量が多かったことから事件の線で捜査を開始したが、監視カメラも目撃者もいない校内で行われた犯行で証拠を掴むことが出来ず、最終的に事故と処理した。

 

 わざわざ化学室から酢酸塩を盗み出し追加で投入したというのに担任が死ななかったのは残念だが、銅中毒で人を殺すのは無理がある。警察に疑われず犯行を完遂させただけで良しとしよう。

 零はそう自分を納得させた。


 次のターゲットは市の教育委員会の委員長。

 この男は父の知り合いで父の頼みで零の虐待を揉み消していた。


 零にとってはここからが本番だった。

 手抜かりも妥協もしない。


 父に盗聴器を仕掛け、二人の密会する日を探ると雨の降る夜に犯行日を決めた。

 二人が別れたのを確認すると零は雨合羽を羽織り、静かに後をつける。

 そして、人気のない場所に差し掛かった時を見計らい家から持ってきたペティナイフで襲いかかった。

 一発では殺さない。敢えて致命傷は避ける形で何度も委員長の体へナイフを突き立てた。

  途中で正体に気付いた時には「悪かった」、「許してくれ」などと泣いて謝っていたが最終的には喉を切り裂き殺した。


 翌朝には死体が見つかり警察の捜査が始まったが犯行時の天候が雨だったことが起因し、目撃者もいなく証拠も洗い流されてしまったため、捜査は難航の様相を呈することになった。

 だが後日、委員長と言い争う父の姿が目撃されていたのを理由に自宅へ捜査のメスが入ることになり、状況は一変する。


 何と父の部屋からビニール袋に入れられた血の付いたナイフと雨合羽が発見されたのだ。

 検査の結果、付着していた血は委員長のものと判明し、雨合羽からもルミノール反応が出たことで警察は殺人容疑で父を逮捕した。


 更にメディアがこの事件を取り上げたことで芋づる式に零への虐待が明るみになり、報道陣の前で零が涙ながら取材を受けたことも手伝って父は世間から大きなバッシングを受け、犯行も父のものとする見方が強まっていった。

 父は最後まで無実を訴えていたが、他に容疑者が浮かび上がらなかったことに加え、事件の残虐性、そしえ世論の後押しを受ける形で無期懲役の判決が下された。

 このことに母は酷くショックを受け、廃人と化した。


 当然、ナイフと雨合羽は零が仕込んだ物であり、委員長の殺害は父に濡れ衣を着せるための計画に過ぎなかった。

 しかし、委員長を憎んでいたのは本当で一回の反応で二つの復讐を果たせたのだから一石二鳥と言えるだろう。

 あまりに事が上手く運びすぎたため、報道陣の取材を受けていた際は笑いを堪えるのに必死で何度も顔を俯かせてしまった。

 ただ父が死刑ならなかったのは残念だったので次の計画を実行に移した。


 最後のターゲットは言うまでもなく母だ。

 難易度は今までで最も低かった。

 指紋を残さぬようゴム手袋をし、廃人となった母の首へ輪っかにしたロープをかけ、そのまま天井から吊るし窒息させた。

 その足下に椅子を倒すことであたかも自殺したように見せかけて。


 零は自分の作った作品を眺めるように愉悦に浸った後、手袋をトイレに流し、警察に通報した。

 状況と動機から母の自殺は間違いないとされ、刑務所にいた父も絶望と悲しみのあまり、衣服で首を吊り自殺したそうだ。

 これも計算通りだった。


 これにて零の復讐は誰にも知られることなく完遂した――はずだった。


 ◇


 時間は真夜中。零はビルの屋上にて柵も縁に背を向けて立っていた。

 零の眼前にはスーツの上からコートを羽織った、いかにも刑事然とした中年の男が睨んでいる。

 この男は一連の事件を担当した刑事であり、名前は三ヶ島啓司(みかじまけいじ)

 零の犯行に気付いた唯一の人物だった。


 気付いたきっかけは母が失禁していたこと。

 この刑事曰く女性は自殺前、失禁を防ぐために前もって用を済ませておくことが多いという。

 同僚たちは「そんなこと気にする余裕もなかったのだろう」と気にも止めなかったが、この男は一人捜査を続け証拠を掴み、こうして零を追い詰めていた。


 「さあ、観念して罪を償うんだ!」


 三ヶ島は自首を促すがそれを零は鼻で嗤った。


 「何のことでしょう? 僕は何か悪いことをしたでしょうか?」


 その口調は悪びれる様子もなく本当に心当たりがないようであった。


 「惚けても無駄だ! お前が三人を殺したという証拠は……」


 「ええ、だからそれの何が問題なのでしょうか?」


 「なっ!?」


 三ヶ島は驚愕の表情を浮かべる。写真に収めれないのが残念なほどの見事な表情だ。


 「確かに僕は三人を――父を含めれば四人を殺しましたがこれは致し方のないことだったのですよ。三ヶ島さんは知ってるでしょう? 俺が酷い虐待を受けていた事実を。誰も助けてくれなかったことを」


 「それなら正当な方法で立ち向かうべきだったのではないか? 自分だけで出来ないなら学校の仲間、クラスメイトや――」


 「仲間?」


 その言葉に零は苛立ったように眼球をギロリと動かし、睨みつけた。

 その眼力に三ヶ島は思わずたじろぐ。


 「クラスメイトなんてたまたま同じ年に生まれて、たまたま同じ地域に住んでいて、学校の都合で同じ教室に押し込められただけの他人だ。毎日同じ時間に乗る電車で顔を合わせる同乗者と何も変わらない。そんな奴らを仲間だと?」


 勿論、そんなたまたまから始まる人間関係だって多くあるだろう。

 だが、クラスメイトという関係だけで仲間と決めるミカの神経に零は酷く苛立った。

 本当に仲間なら困った時、助けてくれるはずだ。なのに誰もが助けてくれなかった。

 そもそもそのクラスメイトとやらは苦しむ零の姿を見て見ぬふりをし、無関心を貫いた連中ばかりだ。

 そんな奴らは断じて仲間などではない。ただのゴミだ。


 「あと、アンタは『正当な方法で立ち向かうべきだった』と言ったよな? 教師も教育委員会も警察(アンタら)も何も頼りにならないのにどう立ち向かえと言うんだ? それとも何だ? アンタには他に方法があったって言うのか? それなら是非とも教えてくれよ」


 最早敬語で取り繕うこともなく、責め立てるように言う零に三ヶ島は思わず黙り込んでしまう。

 あるはずだった。目の前にいるこの世への絶望に満ちた目をした少年が殺しをせずに済んだ方法が。

 しかし、三十秒、一分、いくら時間が経とうとも三ヶ島は口を開かなかった。否、開けなかった。


 零は苛立ちと呆れが混じった溜め息を盛大に吐くと、軽蔑の目を三ヶ島へ向けた。


 「ほら、何も言えない。結局は口だけなんだよ警察(アンタら)は。今も、あの時も」


 「それでも……こんなことを、認めるわけには……いかないんだ……」


 それは何も言い返すことのできない男がしぼりだした必死の一言だった。

 その声には凄惨な虐待を受けた少年を助けられなかった後悔とその被害者である少年を加害者として糾弾しなければならないという葛藤が入り混じっていた。


 少しでいい。この言葉が届いて欲しい。

 だが、零が向ける目は相変わらず、否、先程よりも冷徹なものになっていた。

 百戦錬磨の刑事がまるで凍り付いてしまったかのように身動ぎ一つ出来ない。


 「なるほど。だったら俺は何もしなければ良かったと?あのまま、絶望に囚われまま死んでいけば良かったと? よくまあそれほど残酷なことが言えるものだ。本当に正義の警察か疑いたくなってくるな」


 三ヶ島が膝をつく。その頰に熱いものが流れる。それが涙だと気づくまでには少し時間がかかった。

 何も出来ない悔しさか、これほどにない侮辱を受けた悔しさか、或いは両方か。

 しかし、その涙にも微塵も心を動かされた様子もなく零は無感動に背後の夜景に背中を預けた。


 「もういい。この世界には愛想が尽きた」


 それだけ言うと零は夜景に歩みを進めた。その先に足場はない。


 「待て……」


 何をするかは火を見るよりも明らかだ。

 三ヶ島が懇願するような口調で言う。

 すると零はあっさりと歩みを止め、笑顔で振り向いた。


 「なら、俺のしたこと見逃してくれるか?」


 それは零が初めて見せた純粋な笑みだった。

 こんな表情も出来るのか。純粋にそう思った。

 その表情は三人(四人とも言えるかもしれない)を殺した男にはとても見えず、この子も人の子だと感じることが出来た。

 今ならいけるかもしれない。希望を抱き、刑事は声をかける。


 「今ならまだ間に合う。だから私と……」


 次の瞬間、零は表情を一変させた。

 表情というものは消え失せ、その目には最大の侮蔑が込められていた。

 しまったと思った時にはもう遅い。

 零は身体を傾け、その身を空中に放り出した。


 「悪魔だよ。アンタ」


 それが零の最期の言葉だった。

 放り出した身体は重力に引かれ、瞬く間に地面に近づいていく。

 その一瞬の間に零の頭に様々な事が浮かんだ。


 虐げられた毎日、本を読んでいるとき、復讐を成し遂げられた瞬間、よくもまああれだけ綺麗ごとを吐けるなと感心さえする刑事の顔。


 (ああ……これが走馬灯とやつか)


 零は他人事のように思った。

 そこへ三ヶ島の悲鳴とも取れる泣き声が聞こえる。

 思わず舌打ちをする。最期くらい静かに逝かせてほしいものだ。


 (復讐をしている時が俺の人生で一番輝いていたな)


 断言出来る。生にしがみつき、抗ったあの瞬間は自分は誰よりも輝いていたと。


 (しかし、生きるために抗った末路がこれとは……)


 零は自嘲した。

 まあ、この人生には未練もないし悔いもない。

 やるべきこと――やりたいことはやり遂げた。

 しかし、強いて言うなら今屋上で号泣している三ヶ島の泣き顔が見られないこと。そして――、


 (あの偽善に満ち溢れた心をボロボロにしてやれないことが残念だ)


 そう思った瞬間には地面は眼前に迫っており零は静かに目を閉じた。

 その時、瞼の裏に過ったのは自分に唯一親身に接してくれた少女の姿だった。


 (あの子は俺が死んだら悲しんでくれるのだろうか)


 だが、そんな逡巡の疑問は身体中に走る痛みと衝撃で意識とともに喪失した。

最後まで読んで頂きありがとうございました!


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