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私に嫌がらせをしていた令嬢が正しかった。

作者: 輝静

 貴族達が通う学園での出来事。元は平民だった私だが、才を子爵家に買われて王立学園に入学することができた。

晴れやかな気持ちだった。もう二度と、未来の見えない人生を送らなくて済むのだと。なぜなら、この学園には王子が通う。彼の正妻になることができれば、私の家に支援を送ることも、平民に希望を見せることも、子爵家に恩を返すこともできる。だから私は彼に近づいた。


「あ、申し訳ありません」

「いや、こちらこそぶつかってしまって申し訳ない。お怪我はありませんか?」


金髪碧眼のその姿、間違いなくカロウ・シーカー王子だった。 


「大丈夫です。ご心配ありがとうございます。何分、このように広い場所は不慣れなもので。あ、すみません、私うっかり。失礼します」


その時はその場から去った。慎重に、彼に確実に近づくためにも。


 そして次の日、私は再び彼に接触した。


「あっ」


私がそう声を漏らすと、彼は私の方に振り向いた。


「君は昨日の」

「昨日は大変申し訳ありませんでした」

「気にすることありませんよ」

「お優しいのですね。私マイと申します。今は子爵家でお世話になっております」

「茶髪に緑目……。そうか、君が例の。わたしはカロウ・シーカー、この国の王子です」

「え! そうだったんですか! すみません私、今までずっと平民だったもので」

「大丈夫ですよ。ここでの生活はどうですか?」

「不慣れなことが多いですが、見るもの全てが新鮮で、楽しく過ごさせていただいています」

「それは良かった。それでは、わたしはこれで」

「はい。またお会いできたら嬉しいです」


王子は私に微笑み返し、去っていった。


◇◆◇◆◇


 それからも何度か言葉を交わし、王子には好意的に思われるようになっていった。そしてそれと同時に一人の女性に目の敵にされるようになった。


「あーら、ごめんあそばせ。見ない顔だから幽霊だと思っていましたわ」


黒髪に紫色の目。彼女はこの国の公爵令嬢にして、王子の婚約者、セイナ・マージ。

転ばせた私に対し、手を差し伸べる。


「あら、よく見たら最近カロウ様と仲の良いマイさんではありませんこと」


彼女は不敵に笑った。


「あなたは平民だから分からないでしょうから教えてあげますわ。彼は(わたくし)の婚約者なの、変な気を起こさないでくださいまし」

「そ……うですね。気をつけます。ご忠告ありがとうございます」


私は一礼してから足早く彼女の元から去った。

彼女の接触のことは想定していた通りだった。だからこそ、私は諦める気など一切なかった。どんな目に遭わされようと、自分の進む道を歩き切る。


 ──その思いが、大きな間違いだった。


◇◆◇◆◇


「平民、(わたくし)の言葉が理解できなかったのかしら? なぜ未だに彼にあのような目をむけているのかしら?」

「どのような目でしょうか。私は何もしておりません」

「あなたが何を企んでいるのか、どうでもいいことですの。しかし、何を企んでいようと彼を利用するのは間違っています。最後の忠告です、彼に近づくのはやめなさい」

「……私は、別に利用しようだなんて思っていません。彼は私の友人です。セイナ様に口を出される筋合いはありません!」

「あなた、(わたくし)になんて言葉を……」


本来であれば、彼女とも友好的になることが正しい道だった。けれど、そうすれば王子に近づくことが苦難になる。そうして考えた末に彼女ではなく、王子を優先した。


「後悔しても知りませわよ」

「それは脅しですか? 公爵令嬢であろうあなたが」

「いいえ。言ったでしょう、忠告よ」


彼女はそう言い、私に背を向けた。


◇◆◇◆◇


 それから、彼女の言う通りほぼ毎日私には酷い仕打ちが待っていた。


「あらごめんなさい。うっかり手が滑ってしまって。自然と触れるのも良いことだから、土いじりでもしようと思ったのだけど。あーでも、平民なら土に(まみ)れている方が落ち着くかしら」


公爵令嬢は手を出さない。しかし、彼女の取り巻きがよくこのような事をしてくる。


「まあでも、そんな格好で皆様の前に出るのは失礼ですものね。洗い流して差し上げますわ」

「い、大丈夫です」

「ご遠慮なさらずに」


次にバケツに入った水をかけられた。ここは人通りの少ない場所。誰も彼女達の行動は見ていない。


「何をしているの」

「セイナ様!」


彼女達は急ぎ足で公爵令嬢の元へ向かった。


「平民が土に塗れていたので、水で洗い流してあげたところです」

「そう」


彼女はこちらに寄ってきた。


「風邪ひくわよ」


私の前にハンカチを出して、あっけらかんと言い放った。


「自分のがあるので大丈夫です」

「足りないでしょう。別に返さなくていいから」

「いりません!」


彼女の手を叩いて、私は拒絶した。


「そう。行くわよ」


地面に落ちたハンカチに見向きもせず、取り巻きの女子を連れてどこかへ行った。


「なんなのよ、自分で指示したくせに、無関係な顔して……」


公爵令嬢のハンカチを拾おうとすると、上から声がした。


「マイ? どうしたんだ、こんなにびしょ濡れになって」 

「カロウ様。いえ、なんでもありません」

「なんでもなければこんなに汚れたりしないだろ。……なんだこれは」


王子は屈んでハンカチを拾った。


「これは、セイナの物か。どうしてこんなところに──まさか、セイナがやったのか⁉︎」

「いえ、セイナ様では──」

「だが、セイナも関わっているのだろう。平民上がりだからと、このような仕打ちを。許せない」

「本当に違います。セイナ様は私に渡そうとしただけです。私の手がぶつかってしまったせいで落としてしまっただけです」

「そうなのか? 分かった。だが、今後は気をつけるよう言っておく」

「カロウ様!」

「大丈夫だ。わたしが守るからな」


王子は私を抱きしめた。私は抱きしめ返した。


「一体どういうことか、ご説明いただけますか? カロウ様」


 去ったはずの公爵令嬢が、再び姿を表した。


「セイナか。丁度いい、お前に忠告しようと思っていたことがある」

「忠告ですか?」

「ああ。セイナ、マイが平民上がりだからといって、危害を加えていい理由はない」

「危害? 何のことでしょうか。苦言を呈した覚えはありますが、力を奮った覚えはありません。それよりも、カロウ様の状態についてお聞きしたいのです。なぜ、私という婚約者がいながら、他の女性の肩に触れているのでしょうか」


公爵令嬢は一切表情を変えず凛とした顔を、王子は小馬鹿にしたような顔をしていた。


「彼女は頭の良さと身体能力の高さを買われた。ここに来るまでは平民だった。頭の固いお前でも分かるだろう、彼女は貴族しかいないこの場所で生活することが、多かれ少なかれ苦になっているはずだ。だからこそ、王子であるこのわたしが、率先して彼女と友好的な関係になったまでだ。何か問題はあるか?」

「いいえ、その考えは大変素晴らしいものです。しかし、限度を知らないようですね」

「女性というのは、親しい者にこのようなスキンシップを施すのだろう。それに合わせているだけだ」


公爵令嬢はこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、ため息交じりに


「そうですね、失礼します」


と、去っていった。


「マイ、少しいいか」


王子は公爵令嬢がいなくなった事を確認してから私に話しかけた。


「来月。学園で舞踏会が開かれるだろう。年終わりの。マイは相手がいるのか聞きたいのだが」

「いいえ。残念ながらいません」

「ならば、わたしの相手になってくれないか?」

「婚約者がいるのに良いのですか?」

「ああ、問題ない。それで、どうかな?」

「喜んでお受けします」

「それは良かった。では、また後日」


王子は足取り軽く去っていった。


◇◆◇◆◇


 一月が経ち、私は大変喜んでいた。ようやくこの時がきた。約一年、時間はかかったけれど、王子の心を射止めた、と。だけれど、私の心はそれだけで浮つくほど油断していなかった。王子の態度のツケを、取り巻きではなく、自分で直接私に払わせにくることは分かっていた。だから、厳しい顔を浮かべ、私の背を壁に強く押し付けていても、抵抗しようなど思わなかった。


「言いましたよね。彼から離れなさいと」

「私の交友関係を他者に制限される気はありません。それがたとえ、公爵令嬢様であろうと」


私が口答えをすると、公爵令嬢が頬を叩いた。


「あなたが彼と離れると言わない限り、痛い目見るわよ」

「泥をかけるなり、転ばすなり、階段から突き落とすなり、叩くなり、ご自由にしてください。ずっとあなた方にされていたのでもう慣れました」

「なんですって? いつ私がそのような事をしたとおっしゃるの?」

「ずっとあなたの側にいる方にされていた事です。でももういいです。今年はこれで終わりですから」


力の抜けた彼女の手を払い、私は寮へと向かった。


「腫れてる」


公爵令嬢に叩かれた方の頬は真っ赤に腫れ上がっていた。私は近くにあったハンカチを濡らし、頬に当てた。


「あと少し。あとは王子が公爵令嬢を捨てればそれで大丈夫」


 ──思えば、いつから私は王妃の地位を渇望するようになったのだろう。子爵家に買われた頃だろうか。ううん、違う。もっと幼い、知恵も発達しきっていない子どもの頃だろう。平民に目を向けない貴族をどうにかしたい、そう思ったのが最初な気がする。

一部を除いた平民は、その日の暮らしさえも危うい。中には子供を売り飛ばして生計を立てる家もある。子爵家に買われた私も、私の友人も例に漏れず。昨日一緒に笑って、一緒に遊んで、明日の約束を済ませた友人が、その日のうちに売られていたなんてことはよくあった。幼いながらに、その事がトラウマになっていた。

だから、私は王妃に、政治を動かせる立場になりたいと思った。そうすれば、少なくとも私と同じ気持ちを抱く子はいなくなるから。

貴族と同じ基盤にしろというわけではない。ただ、最低限の生活を保障できる制度がほしい。ただそれだけ。

王妃になれば叶えられると思った。だけど、私は頼る相手を間違えてしまった。

そういえば、私の夢を誰かに話した気がする。でも、それが誰かは思い出せない。私の前からいなくなる人は多かったから


◇◆◇◆◇


 ドレスに身を包み、パーティー会場へと向かった。煌びやかな景色がそこには広がっていた。


「マイ。とっても綺麗だ。少なくとも、わたしの中では一番」

「ありがとうございます。そのお言葉をいただけて、感無量です。カロウ様もより一層カッコいいです」


心にない言葉を吐き、王子が差し出した手を取る。

王子の相手が私ということで、周りはひそひそ声で話している。私と公爵令嬢を見比べて。


「そういえば、マイはダンスを踊れるか?」

「授業で習ったことだけならできます」

「そうか。では、リードするから、わたしに身を任せて」

「はい」


音楽に合わせてステップを踏む。単純そうに見えて、実は複雑なステップの連続。周りを見ながら上手く合わせていく。そして、王子の笑顔に合わせて、私も微笑む。

何曲か踊り終わると、音楽が止まった。


「そろそろ時間だ。行かないと」


王子として言葉を述べるため、ステージに上がった。私はステージ横で見守る。

貴族にとっての定型文のような祝い言葉を言い終えると、私にステージに上がるよう手招きした。


「マイ、こちらにおいで。次する話には、君も横に立ってもらう必要がある」


何がなんだか分からずも、言われた通り、王子の横についた。


「今から話すことは他でもない、わたしの婚約に関する事だ。ここにいる大半の人間は、わたしが公爵令嬢、セイナ・マージと婚姻を結ぶと思っているだろう。たしかにそうであった。しかし、彼女はわたしの横にいる彼女を長きに渡り傷つけてきた。心も身体も傷つけてきた。しかも、何かあった時に備えてか、自分では直接手を下さずにだ! そんな人間が、王妃に相応しいだろうか。いいや、違う! 平民上がりだからと人を傷つける者は、人の上に立つべきではない。よって、わたしは今ここで、セイナ・マージとの婚約を破棄すると宣言する」


次の瞬間、公爵令嬢が上がってきた。王子はすかさず私との間に入った。


「一体そのような決断が許されるとお思いでしょうか?」

「人を安易に傷つける者を王妃にするよりかは良い判断ではないか。安心しろ、両家にはわたしから説明しておく」

「あなたの独断でそのような事を判断したのですか? 信じられません。それに、カロウ様は勘違いなさっています。(わたくし)は本当に何も──」

「現状を認めぬだけでなく、言い訳までするのか! 見損なったぞ、セイナ。そこまで落ちぶれたか」


王子は公爵令嬢の言葉を遮り、わざとらしく大声で会場全体に響き渡るように言った。


「話を聞いてください!」

「ならば、一つ問おう。お前は目の前で殺人を犯した者の言葉を、静かに聞くのか?」

「それは……」

「聞かないだろう。何を聞こうが、事実は消えない」

「ですから──」

「警備兵、この暴れる令嬢を摘み出してくれ。家にでも送り返すといいさ」

「なっ!」


王子のその言葉に、兵達は戸惑っているようだった。


「早くしろ! 王子に逆らいたいのか?」


恐ろしくなったのか、兵達は急いで公爵令嬢を捕らえた。


「安心しろ、お前が降りた席はマイについてもらう」

「そんなことさせません! あなたには荷が重すぎるわ! 子爵家の平民、断りなさい! 早く! 今なら取り返しがつくわ!」


連れていかれる公爵令嬢に見せつけるように王子に密着した。


「私はカロウ様を信じます」


公爵令嬢は口をぱくぱくとさせ、言葉が出ないようだった。


「これが答えだ、セイナ」


公爵令嬢が会場からいなくなった後、何事もなかったかのように舞踏会は続行された。


◇◆◇◆◇


 婚約破棄の件から七年、時間はかかったがどうにか王妃となれ、子宝に恵まれた。しかし、私の生活は上手くいかなかった。


「陛下、以前仰った最低限の生活の保障ですが、そろそろ適用したいのです。お願いですから会議に出席してください」


陛下はかなりの遊び人で、王としての責務をほとんど果たさなかった。王子の時は、席が取られないように仮面を被っていたのだ。

今思うと、王子が婚約者を苦労してでも私を選んだのは、公爵令嬢だとここまで自由にできないからだろう。私は元の身分の関係上、他貴族の強いバックアップは得られない。だから、強く出られない。


「お前に任せると言ってるだろ」


下だけ履いただらしのない格好で部屋から出てきた。


「私だけでは最終決定出来ないのです。陛下に話をしっかりと聞いてもらってから最終的に判断してもらわないと、他の貴族達に納得されないのです」

「勝手に法をいじればいいだろう」

「そうすれば貴族からの反感を買ってしまいます!」

「ならばお前が上手いことやれ。平民のお前をもらってやったんだ。あとはお前が全てやれ」

「ですから! 私一人ではどうにも──」

「うるさい」


陛下は私を突き飛ばした。


「頭の良いお前なら、なんとか出来るだろ。いい加減俺に押し付けるな」


散らばった資料にも、尻もちついた私にも目もくれず、陛下はドアを閉めた。

そんな態度をずっと続けられていると、私は何のためにここにいるのか分からなくなってしまった。死にたいとさえ思ってしまうけど。けれど、実行に移さなかったのは子供がいたから。


「ノア、あなたがいてくれるだけで、私は幸せよ」


金髪に緑色の目の大切な息子。まだ生まれて一年も経たぬ幼い宝物。

私に向かって笑ってくれるだけで、疲弊した心も癒される。


「じゃあねノア。仕事してくるね」


 陛下が仕事をしないせいで、私の身体は目に見えてボロボロになっていった。

そして、私には最悪の状況が思い浮かんでいた。陛下は何も考えていないようだが、王の統治を失った国は、平民達が個の気持ちに従って動き出す。そう、革命だ。

その予想は、私が王妃の立場についてから一年も立たずしてやってきた。


「おい、どうにかしろ! 愚民どもが門を乗り越えようとしているぞ!」

「あなたが招いたことです。仕事さえしていただければこのようなことは起こりませんでした」

「おい、待て!」

「こうなってしまった以上、私は自分の身を守る事を最優先します。あんたみたいな役立たず、死んでしまえば良い」


私は元陛下の顔を思いっきり殴った。彼の鼻からは血が流れ、床に座り込んでいた。そんな彼を私はかつてされたように、見向きもせず去っていった。


「さようなら」


◇◆◇◆◇


 私はローブを羽織り、ノアとノアの必要な物だけを持って隠し通路から城を出た。

暴動の様子を尻目に、出来るだけ遠くへ走っていく。


「ふぇ、ええ」


ただならぬ事態に、ノアもぐずり始めてしまった。


「大丈夫だよ、ノア。大丈夫。ほら、怖くない」

「ふぇ」


ノアの為に、決して私のことがバレたりしてはいけない。家族も子爵家も危険に晒したくない。


「ここにいたら危険だね」


 私は持っていたお金を使い、馬車で隣国へと向かう。


「ノア、ここにいっぱい貨幣があるけど、全部使えないんだよ。市とかでは、お釣りが出せないから。貴族とか大商人とかには使えるけど、今の状況である以上信用できないからね。だから、これだけでどうにかしないとね」


ノアは安心したのか眠っていた。私も今にも眠ってしまいそうだったが、不安で一切眠れなかった。


◇◆◇◆◇


 二回ほど日が明けたくらいで隣国に着いた。

馬車を降りて、近くの宿を探す。

しかし、王都が近いことが原因か、どこも金額が高く、とても泊まれる余裕はなかった。

ノアの栄養を無くすわけにはいかないので、食事だけはしっかりと摂った。しかし、その生活も長くは続かなかった。物を売ってもすぐに無くなる。食事以外にも、ノアが体調を崩したりと、支出が多かった。結局、持って二ヶ月だった。


「孤児院にでも、いや、ノアは手放せない」


だが、ノアは孤児院の方が幸せに暮らせるのでは。そう思ったりもした。


 心身共に限界が来た時、声をかけられた。


「だから言ったでしょう」


雨降る夜の日だった。綺麗な服を身に纏った、見知った人。


「セイナ様」


学生時代の名残を残しつつも、落ち着きもある大人びた美人になっていた。


「今の現状をどう思っているの?」

「後悔しています」

「そう。なら良かった。私を隣国に追いやった二人が苦しんでくれて」


公爵令嬢が体の向きを変えた時、私は最後の力を振り絞って、彼女のドレスの裾を掴んだ。


「お願いします。ノアだけは、息子だけは助けてください。息子は何もしていません」


涙も拭かず、ただ下を俯いて見窄らしく嘆願した。


「お願いします」


私の涙に不安を覚えたのか、ノアも泣き始めた。


「あなたのお願いは聞けません」

「そこをどうかお願いします。ノアには、この子には王家の血が入っています。決して、損はさせません。お願いします。私のことはほっといてもいいです。処刑してもらってもいいです。ですからノアだけは許して下さい」


静かな空間が私達を包んだ。いっそ、この時間が永遠に続いてほしいとさえ思ってしまった。


「子供にとって、親というのはどれほど大切な存在でしょうか。あなたが家族を思うように、今この子はあなたを思って泣いています」


顔を上げると、公爵令嬢は悲しそうに笑っていた。彼女の笑顔は初めて見た。なんて美しい笑顔なのだろうと思ってしまった。それと同時に、学生時代、どうして私はあんなに盲目だったのかと。

理由は分かっている。仮面だったとしても、平民上がりの私を気にかけ、側にいてくれて、努力してくれた。私が気づかぬ内に秘めていた不安を癒してくれていた。認めていなかっただけで、私は彼が好きだった。だから、盲目になっていた。


 ──ああ、認めた瞬間、彼ともっと向き合っていれば良かったと、寂しさと後悔が押し寄せてくる。そうすれば、彼もしっかり私に向き合ってくれていたのではないかと。王妃になってから後悔してばかり。


「助けてあげましょう。ですが、条件があります。それを呑めるのなら、あなた方二人まとめて面倒を見てあげます」


私は何も言わずに立ち上がり、頭を下げた。


「何なりと」


◇◆◇◆◇


 公爵令嬢、いや、セイナ様の後につき、馬車に乗った。


「単刀直入に言いますと、あなたの頭脳を借りたいのです」


セイナ様の意図は、カロウ王が亡くなった今、自分が女王になるというものだった。

私は王妃だった頃の視点と平民だった頃の視点両方を用いて、セイナ様の力になった。


 私が今こうして過去の愚かな自分を記せるのも、セイナ様のおかげ。明日は新たに女王が誕生する。そのことに備え、動き回るノアを制し、早く寝かしつける。


◇◆◇◆◇


 私は一際目立つ部屋を訪れる。


「どうぞ」


その声の後に、部屋の中へ入っていく。


「お聞きしてもよろしいでしょうか」

「どうぞ」


セイナ様は仕事をしながらそう答えた。私にはとても新鮮な光景に見える。


「なぜ、私達を助けて下さったのですか。私はあんなに酷いことをしてしまったのに」

「言ったでしょう。女王になるためよ」

「それだけとは思えません。正直、セイナ様は私なんかいなくても女王になれたと思います。私はセイナ様に返しきれないほどの恩をもらいました。それでも、少しでも恩を返したいのです。だから、知りたいのです。お願いします!」


セイナ様は手を止めてこちらを見ると、ほんのり微笑んだ。


「その目、相変わらずね。たしかに、あなたの言う通りそれだけではない。私に夫がいたことはご存知?」


目の前の仕事が忙しくて、他国のことまで首が回らなかった。だから、驚きがあった。


「すみません、知りませんでした」

「宮廷騎士団団長と結婚したのだけれど、すぐに亡くしたの。火事で家に取り残された子どもを助けて。カッコいいでしょう」

「そうですね、私の元旦那とは違って」


セイナ様は眉を顰めて困ったように笑った。


「だから、子供はいないの。正直言うと、子供を育てたかった。子供は好きだもの。だから、あなたの子どもを助けたいと思ったの。それが一つ」

「他にもあるのですか?」

「ええ。もう一つはあなたに同情したから。あの人と一緒にいるのは苦労したでしょう」

「はい。ですが、それはセイナ様の言葉を聞き入れなかった私の責任です」

「私もやり方がまずかったと思っているわ。あなたは話し合いで聞き入れそうにもなかったもの。だから、彼女達にも協力してもらって、実力行使をしてもらっていたの。流石に、内容を聞いた時は驚いて、注意したけど」

「正直、ちょっと傷ついていましたけど」

「ごめんなさい。でも、その嫌がらせをあなたは耐え切った。今と同じ強い目を決して閉じなかった」


私は反射的に鏡を見た。


「自分で見ても分からないわよ」


セイナ様はおかしそうに笑った。


「もう一つは、あなたの目的を知っていたから。だからこそ、あの人と一緒にしてはいけないと思ったの」

「どうして知っていたのですか?」

「それが最後の理由。私はあなたと幼い頃に会っていたの。その時私はあなたに助けられた。道に迷い、一人になってしまった私の手を取り、助けてくれた。その時にあなたの目標を聞いたの」

「それじゃあ、セイナ様は最初から……」

「今こうしているのだからそれで良いじゃない。私も、結果的に婚約破棄をされたおかげで短いながらも良い出会いができたのだから。それに、あなたはあんなボロボロになっていたのだから、罰は受けたと思っているわよ」 


私は頭を深く下げた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。早く寝なさい。明日朝早いのだから」

「はい」


 そして翌日、王の空席が埋まった。初の女王によって。

拝読いただきありがとうございました。


公爵令嬢視点の『自業自得ですこと。』https://ncode.syosetu.com/n5609id/

もあります。気になったら是非読んでいただければと思います。



ジャンル違いという指摘は受け付けません。これは主人公が自覚していなかっただけで立派な恋愛です。

(以前表現不足なのもあって散々指摘されましたので、一応書いておきます。もし不足している部分があればお伝えください。できる限り対応します)


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