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「この子が起きたら怒られるかしら。」
「どうしてですか?」
困った様に微笑むかおりにかゆは聞き返す。かおりはそのままの表情で続ける。
「この子の予定ではね、本当は私がこれの中に入るはずだったの。そしてこの子が、この指輪を着けて私が過ごしたこの時間を過ごすはずだった。でも私はそれを良しとしなかった。だってこの子が来た時にはもうこの世界に囚われていたから。」
かおりは中指に着けている指輪を見て小さくため息をつく。かゆからみても普通の指輪にしか見えない。
「その指輪はどのような物なんですか。」
「これは自分の時間を止める指輪だってこの子が言っていたわ。実際この指輪を着けてから私の時間は進んでいないわ。」
「すごいですね。これを作ったんですか。でも時間が進んでいないなら何故元の世界に戻らないんですか?別に問題は無いんじゃ…」
「そう…思うわよね。でもね、私には分かるの。私はこの指輪が壊れる、または外れる事があれば、すぐにでも消滅するわ。」
「消滅…ですか。」
「えぇ。この世界で私はずっと過ごしているけど時折感じるの。着実に、私の時間は進んでいると。それに、何か違いが無ければあの子があんなに慌てるはずが無い。」
かおりは自分の体を抱きしめるようにして話を続ける。
「この指輪は時間を止める物だと言ったけれど。実際は時間を溜め込む指輪なのだと思う。」
「だから外したら時間が一気に流れる…ということですか。」
「そのとおり。そしてこの事を、この子も知っていたのでしょうね。」
かおりは機械に手を置き、中にいるれいの事を愛おしそうに見る。中にいるれいは起きる事は無く安らかに眠っている。
「この子の事騙しちゃったんだよね。」
「騙した?」
かおりは当時を思い出すように話をしてくれた。
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『先輩。この機械に入れば時間の干渉を完全に防ぐ事ができます。私はこの指輪を着けて助けが来るまで見張りますから。先輩はこの中に入って下さい。』
『れいちゃん。その指輪は?』
『これですか?…これも時間を止める指輪です。この機械を止めるには他の人に止めてもらう必要があるので私がこちらを着けて過ごします。あ、燃料とかは永続仕様なので問題は無いですよ。安心してください。』
『そうなの。…ねぇ、この機械に入るお手本を見せてくれないかしら』
『お手本…ですか?わかりました。じゃあここに入ってこのように横になって…』
れいが機械に入った事を確認した瞬間かおりは機械が起動するであろうボタンを押した。
『えっ!?先輩!?』
『ごめんね。れいちゃん。私はこっちがいいから。』
『先輩!!いやっ!先輩!!』
『おやすみなさい。いい…夢を…』
少しすると声は聞こえなくなり、中には安らかにれいが眠っている。
『これでいい。救われるべきなのはこの子の方だもの。』
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話が終わり、少しの間沈黙し、かゆが先に口を開いた。
「それは、確かに怒られそうですね。」
「ちょっと怖いな。ねぇ、かゆさん。できればだけどこの子の事、あなたが起こしてくれないかしら。ちょっと心の準備をしたいから。」
「わかりました。」
「ありがとう。じゃあ私は下のリビングにいるね。その子が会いたくないって言ったらそのまま外に出て。帰る方法はあるんでしょう?」
「はい。」
「じゃあ、よろしくね。」
かおりは梯子を下りてそのまま部屋を出て行った。かゆと機械に入ったままのれいだけが残る。
(ゼロは最初からこの事を知っていたのかな。)
彼女はこの世界の事、れいの状況についても知っていたようだった。助けようと思えばすぐにでも助けられそうなのに。何故かゆに依頼してきたのか。かゆは疑問に思った。
(帰ったら聞いてみよう。今はとりあえずこの子を起こそう。)
かゆは機械についているボタンを押した。すると機械から大きな音が鳴り響き、かゆは耳を塞いだ。音が止み、機械の蓋が開かれる音がした瞬間れいが手を伸ばしながら、
「先輩!!」
と声を上げながら起き上がった。れいが部屋を見渡すとかゆが耳から手を離している所だった。
「あなた、誰?」
「私はゆうりんか かゆって言います。あなたを助けに来ました。」
「助けに…?先輩は!?」
「今は下に居ますよ。心の準備が欲しいからって。」
「早く案内して!」
かゆはれいに詰め寄られながら頷き、れいを案内した。梯子を下りてリビングへ向かう。リビングではかおりが俯いて座っていた。
「先輩!」
「れいちゃん…」
「大丈夫ですか!?私が眠ってどれくらいっ!」
「落ち着いて。ゆっくりね。」
「ゆっくりできませんよ!」
れいはかなり興奮しているようで話が通じてないようだ。それを見たかゆは場を落ち着かせる為にどうにかしないとと思い、唐突に…
「ええい!水よ!」
かゆはそう言い放ちながら右手の人差し指を高く掲げた。すると二人の上からまとまった水が一気に流れ落ちた。
バチャーン!!
「「……………。」」
「そんなやり取りじゃ話が進まないよ!ほら片方ずつ話して!」
「私も浴びる必要あったかしら…?」
かおりは困り顔しながらもれいに向き合う。
「ごめんなさいれい。私の勝手であなたを眠らせてしまって。でも私はもうこの世界に囚われてた。だから私はあなただけでも助けたかったの。あなたならまだ、間に合うから。」
かおりはれいの顔に手を添えて娘を見るような優しい瞳でれいの目を真っ直ぐ見つめる。そしてれいの目からは一粒一粒涙が流れ出し、そしてそれは段々量を増していく。
「…分かって…ました。…先輩の話を聞いてから、もう先輩も同じ状態なんだと。でも!私はそれでも先輩を助けたかった!助けられないなら、少しでも楽にしてあげたかった…。だって私がもっと早く動いていれば先輩は!…みん…なは…!」
「あなたのせいじゃないわ。こうなってしまったのは世界を越える事の恐ろしさを知らなかった私達の無知によるものよ。どう頑張っても防げるものじゃなかった…。だからあなたは、あなただけでも戻って。」
「いや…です…。だって…元の世界に戻ったって私は友達もいない…。先輩達といたあの時間が…私にとって一番…楽しかったのに…。戻ったって…私には…生きる理由がありません…。」
れいは膝を付き、かおりの足に額をつける。そして顔を上げ叫ぶように訴える。
「先輩達が居ない世界なんて!私には必要ありません!」
「れいちゃん…。」
れいは必至な表情でかおりを見つめる。それをかおりは困ったような悲しいような表情で返す。かゆはそんな二人の無言のやり取りに口を出した。
「ねぇ、れいちゃん。本当にそうかな…。」
「えっ?」
「世界は、そんなにつまらない物かな。」
「…つまらない。何もかも。」
「本当に?」
「…何が言いたいの?」
かゆは睨みつけてくるれいの瞳を真っ直ぐ見つめ言葉を紡ぐ。
「私はね、世界がつまらなくない事を知ってるよ。あなたよりも沢山楽しい事を知ってる。」
「………。」
「世界が広い事を知ってる。世界が美しい事を知ってる。…世界が辛い事を知ってる。」
「そんなの私には関係な「関係あるよ!!」」
かゆの強い意志を感じられる声にれいだけでなくかおりも驚く。かゆは二人を見ながら続ける。
「大切な人が居なくなって悲しくなる。生きる意味が分からなくなる。…分かるよ。その気持ち。」
「…だったらなんで。」
「私の時は本当に独りぼっちだった…。でも必ず誰かが助けてくれて思い出させてくれた。生きる意味を。」
「…そんなの今の私だって同じでしょう?独りぼっちで助けてくれる人なんて誰もいない…。」
「本当に?」
「えっ?」
「元の世界に戻っても、本当に独りぼっち?」
「…あっ。」
れいの頭に自分と同じ姿をした少女の姿がよぎる。
「私は依頼を受けてここにいる。あなたの事を待つ人から。」
「ゼロ…。」
「それに、今の私にならできるよ。」
「かゆ…さん…。」
かゆはれいに向かって微笑む。かゆの目からはれいのその瞳に希望が映った様に見えた。
「私ね。憧れている事があるんだ。」
「憧れている事?」
「大切な人とちゃんとしたお別れをする事。」
「!」
「人なんていつ居なくなるか分からない。認められなくて逃げる事だってある。でもね、少し後に必ず思うんだ。なんでお別れの言葉も言えなかったんだろうって。」
「それは…。」
かゆは不意に後ろを向いて少し歩きながら話す。
「あーあ、また会えるなら伝えたいなぁ。」
そして歩きを止めて横目で見ながら言う。
「ありがとう。さようなら。って。」
「あっ。」
それはかゆにはきっとできなかった事。そして、今のれいならできる事。れいはかおりの方を向く。かおりは優しくれいの事を見つめ返す。
「もう、大丈夫そう?」
「…はい。ご心配…おかけしました。」
「ううん。私もそこまで思われてて嬉しかった。きっと他の皆も同じだと思うよ。」
「先輩。先輩から見て私は、どんな存在でしたか。」
「うーん、そうだねぇ。人と関わるのが苦手なのに一人は嫌な寂しがり屋さんかな?」
「うぅ…。」
「そしてとっても優しい思いやりのある子。」
「………。」
「そんな愛おしくなる程可愛いあなたが、私達はみんな、大好きだったよ。」
「!先輩…」
れいの目に再び涙が溜まる。
「私も!私もみんな!みんな大好きでした!居なくなってしまう事が考えられないぐらいに!でももう、お別れ…なんですね。」
「えぇ。」
「私、もう少し生きてみます。先に天に行ってしまった先輩達に、少しでも多くのお話ができるように。だから、見守っててくれますか。」
「ずっと見守っているわ。あなたのこれからの人生を。先に行っているみんなと一緒にね。だから…楽しんで。」
「…はい。」
二人が和解したのを見てかゆは微笑んだ。そしてれいに呼びかける。
「そろそろ大丈夫?長居はしない方がいいらしいから。」
「うん。大丈夫。行こう。」
れいはかおりの元を離れ、かゆと合流する。そして二人は外に向かう。部屋の外に出る前にかゆに声がかけられた。
「かゆさん。れいちゃんの事よろしくね。」
「はい。必ず元の世界に戻します。」
「それもそうだけど。できる事なられいちゃんの友達になってあげて欲しいの。」
「友達に…ですか。」
「お願い…できないかな?」
かおりは微笑んでかゆの回答を待つ。かゆは少し考えながらもすぐに答えを決めた。
「わかりました。」
「…ありがとう。」
会話を終えると再び外へ向かう。そして家から出る前にれいは振り返った。部屋の中でかおりは小さく手を振っている。そんな姿を見ながられいはまた泣きそうになりながらも最後に伝える。
「今まで本当にありがとうございました!…さようなら。」
言い終わるとれいはかゆと共に外へと移動していった。家の中にはかおり一人が残された。
外に出た二人は元の世界に戻る為かゆが魔法を使う事になった。
「炎よ!激しく燃え上がれぇぇぇ!」
かゆが言葉と共に両手を上にあげると少し距離を置いた先に大きな火柱が立った。れいはポカーンとその光景を見た後、かゆの方を見て、
「あの、先程はすみませんでした。生意気な態度を取ってしまって。」
「ど、どうしたの?そんなにかしこまらなくても。」
「い、いえ、なんでも無いです。」
かゆがれいの態度に不思議に思っていると火柱を立てた場所にポータルが出現した。そしてそれと同時に地面が激しく揺れた。
「な、何?」
「よく分からないけど急いだ方が良さそう。行こう!」
二人はポータルに向かって走り出す。ポータルの前に地面から何かが立ち上がる。それはどう見ても人骨でカタカタ音を鳴らしている。
「ひっ!」
「私の後ろから離れないで!このまま突っ込むよ!」
「で、でも!」
「大丈夫!私に任せて!こうゆうの慣れてるんだ。」
かゆは手に武器を召喚する。それは片手ではとても持つことができないであろう刀身を持つ大剣だった。かゆはそれを両手、たまに片手のみで振っている。
「私達の邪魔はさせないよ!」
「す、すごい。」
「これぐらい余裕余裕!」
かゆが振る大剣で骸骨は砕けながら左右に吹き飛んでいく。いつの間にかポータルはもう目の前だった。
「飛び込んで!」
「わかった!」
二人はポータルに向かって飛び込んでいった。二人が通った瞬間ポータルは消え、骸骨達は追いかける対象を見失った。




