揺らぐモノ
「【蠱毒】とは、古代中国より伝わる呪術だね。存在する呪術の中で最も効果が強い【呪い】の1種だよ。中国華南の少数民族の間で受け継がれているらしい。呼び名は様々にあるね。蠱道。蠱術。巫蠱等とも呼ばれているんだ。【蠱毒】は儀式、其のモノがとても残酷なモノなんだよ。壺等の容器の中に、数十〜百種類の毒虫や生物を詰めて、共食いをさせるんだ。そして、最後の1匹に残った生物を呪いの媒体として使う…。」
部屋の隅にある埃を被っている壺。その壺は彼が指を指す先程まで、その存在すら忘れていた壺だ。その壺を現在は、禍々しく感じてしまう。理解はしている。ただ【意識】が、そうさせているだけなのだ。【意識】が何の変哲も無い壺を、特殊なモノとして感知してしまっているのだ。
「その始まりは諸説あるね。かなり古い文献にも記載されているから、古代から存在する呪術である事は確かだね。古代中国…。殷紀元前17世紀頃~紀元前1046年の時代、周紀元前1046年頃~紀元前256年の時代に見られる甲骨文字からも蠱毒の痕跡が残されているんだよ。古代中国で【蠱毒】と云う呪術は恐れられていた。特に権力者が恐れていたんだろうね。中国の公式文書とも云える古文書にある最も古い記録は漢代(紀元前206ー220年)のモノだね。【蠱毒】を使用した人、教唆した人は、公開処刑を意味する「棄市」が規定されていたんだよ。まぁ。違う古文書には「族」と記されていたから、【蠱毒】を行った人の1族が皆殺しの刑に処せられたんだ。それ程までに危険視されていた…。」
ガサリ…。と音がする。その音を放つ方向はー。
多分、壺の方向なのだろう。
彼は冷静に言葉を奏でる。
暗く深い声だった。
「日本では、厭魅に並んで【蠱毒厭魅】として恐れられいた。757年(天平宝字元年)に施行された法令である「養老律令」の中の「賊盗律」に記載がある様に、厳しく禁止されていたんだよ。実際に処罰された例には、769年に不破内親王の命令で【蠱毒】を行った、県犬養姉女が、死刑の次に重いとされる流罪となったそうだよ。それ以降にも度々禁止とされていた。」
彼の瞳は艶を失う。
「【蠱毒】とは、人の命を奪う呪術。所謂、呪殺の中でも、特に相手に苦しみを与えてから死に至らしめる邪法だよ。【蠱毒】は人に、病の苦しみを与える。それ故に呪われた相手は、何日も、何カ月も病の苦しみに苛まれ、苦しみ抜いた果てに命を落とすんだ…。」
ふとー。
私は窓の外に瞳を向けた。
金色だか、白色だか分からない月がー。
朧気に見えた。