善悪の彼岸
「まぁ。踏み込んではならない領域ってあるんだよ。強いて云うのなら…。善悪の彼岸だね。その中で、ある言葉がある。【深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いているのだ。】この言葉を覚えておかないと戻れなくなるよ。」
戻れなくなる?私はそう言った。
私からしてみれば此方も彼方も無いのだ。
それこそ善悪の境界線すら理解等してはいない。
「それでも構わないんだよ。知りたいんだ。【呪い】ってやつをさ…。【呪いの先】に何があるのかを確かめたいんだよ。」
「【呪いの先】なんて想像しなくても解るだろ?何もかもが歪むんだよ。総ての境界線が曖昧になって、朧気になるんだ。そりゃそうだろ?【呪い】とは脳を錯覚させる為の儀式なんだから…。」
彼は煙草の煙を眺めている。ユラユラと揺れてその向こう側の景色を曖昧にさせている。薄紫色の様な煙は、やがて拡散して消失していく。
「脳を錯覚させる為の儀式?どういう事なんだ?」
私はそう訊いてから、酒を喰らった。アルコールが私の内に浸入してくる。これは好奇心なのだろうか?それとも私の内にある【ナニカ】が求めているモノなのだろうか?
「まぁ。君の事だから僕が教えなくても【呪い】を調べるつもりなんだろ?そっちの方が怖いか…。」
彼は諦めたかの様な表情を浮かべてー。
「わかったよ。少しだけ教えるよ。現代からは想像出来ないかもしれないけれど…。過去には律令で禁止されていた【呪い】と云うモノがあったのは知ってるかい?」
と言った。
「律令?それって法律みたいなモノだよな?」
「そうそう。禁止されていたって事は【呪い】は実在するものなんだよ。いや…。それすらも曖昧なのだろうけどね。厭魅と呼ばれているモノがある。つまりは【呪い】の様なモノだよ。その中で【蠱毒】と云う呪術がある。君も名前ぐらいは聞いた事あるだろ?最近は小説や漫画なんかでも題材にされているからさ…。」
彼は部屋の隅で埃を被っている壺を指さした。




