犬神
「犬は【犬神】の術式により【犬神】に成った時に変貌するんだよ。犬だったモノの姿は、若干大きめの鼠ほどの大きさとなる。斑が有り、尻尾の先端が分かれ、土竜の1種である為に目が見えず、1列になって行動すると云われているね。地域によって様々な姿で語られていたりする。二十日鼠に似て、口は縦に裂けて先端が尖っていたり、他にも…。地鼠、鼬、蝙蝠…。」
私は彼の言葉を遮る様に言葉を重ねる。
「ちょっと待て…。どうして特定の姿形をしてないんだ?」
「こういったモノは【曖昧】な存在だって、さっきから何度も言っているじゃないか。想像から創造されたモノなんだよ。」
そうだなぁ。と彼は言った。
そしてー。
再び、言葉を創造していく。
「蠱道の呪法。つまり【蠱毒】の犬蠱を踏襲した伝承の姿ではないね。【犬神】は管狐やオサキと云った狐霊信仰を中心とする呪詛の亜流が伝承からの姿なのだろうね。」
「なるほど。要は狐憑きの伝承から連想された姿って事だな?」
「そう。総てが曖昧なんだよ。犬であり。鼠であり。鼬であり。蝙蝠でもある。きっと姿形には然程、意味はないのだろうね。肝心なのは、その内側だよ。【犬神】のシステムこそが重要なんだ。」
「【犬神】のシステム?」
「【犬神】は、他の憑き物と同じく、喜怒哀楽の激しい情緒不安定な人間に憑きやすいと云われてるね。憑かれると、胸、手足の痛み、急に肩をゆすったり、犬の様に吠えたりする症状が出る。人間の耳から体内の内臓に侵入し、憑かれた者は嫉妬深い性格になるとも云われてるんだよ。そういったシステム。」
「ソレがシステムなの?意味が分からないよ。」
「考え方を変えるんだよ。そのシステムに付けた名称が【犬神】ってだけだね。人間は理解の及ばない事柄に【名称】を付けたがるんだよ。そうして、理解しやすくするんだ。コレはこういったモノってね…。」
そうなのだろう。以前、彼は鬼や物の怪とされているモノは…。医学の知識が無かった時代の【病】の名称なのだと言っていた。
「ふぅん。なるほどな。犬があるのなら猫でもあったりして。猫神とかさ。」
彼は少し顔を歪ませたかの様に私には見えた。
「【猫鬼】と呼ばれるモノはあるね。その術式は更に残酷なんだよ…。」
言葉が部屋を巡る度に、少しずつ…。
この世界の境界線が曖昧になっていく。
夜空に浮かぶ朧月の様に…。
あの部屋の隅にある、埃を被った壺の内側の様に…。
少しずつ。少しずつ。曖昧になっていく…。




