はじめての騎士棟
ささっと着替えを済ませメイに連れられて辿り着いた騎士棟は、重厚なフィッツロイのお城の中で殊更武張った外観をしていた。
幾重にも連なる高い柵、景観度外視の小さな窓、森に面した側にあるのは池でも川でもなく水堀では?
有事の際には忽ち前線拠点に早変わりするであろうことが容易に想像つく威容である。
一応回廊で本城と繋がっているみたいだけれど、現在は使用していないのかな。外を回ってやって来た。
庭を突っ切れば居住エリアから左程遠い距離でもない。
「コーネリアお嬢様、メイさん。こちらへどうぞ」
内門をくぐった先で凛とした女騎士が待っていてくれた。先程ぶりのモニカさんだ。
階段で顔を合わせた時とは異なり略式だがきちんとご挨拶する。モニカさんも騎士らしい礼で返してくれた。
「お忙しかったのでは…お手を煩わせてしまってごめんなさい」
「とんでもない、役得です」
そうかあ。いくら近場にあってフィッツロイの騎士団であるとはいえ、流石に女子二人を自由には歩かせないよね。
準備に慌しくしているだろうに本当に申し訳ない。
そう言うと、モニカさんはふっと優しく目元を和ませて首を振った。
やだ、イケメンオーラが眩しい。
「本日はフレドリック隊長へ会いにいらしたとか。現在隊長は団長とともに執務室へおります」
そして、続く声にはやや苦味が混ざる。
「…申し訳ありません、団長からの指示に依りお嬢様がいらっしゃることは伝えておりません」
はて、と瞬きした私にどこか困った様に眉を下げたモニカさんは、気を取り直した様にすぐにまた涼やかな表情へと戻ると騎士棟へと掌を向けた。
「執務室までご案内致します」
「…有難う。よろしくお願いします」
突撃訪問ってこと?
サプライズとかして大丈夫なのだろうか、フレドリック様にご迷惑では。
そう思いはするが、大きなイベント前で特に忙しいであろう彼女らにこうして時間を割いてもらっているのだ。これ以上何を言うこともできず、大人しくその後をついて行く。
「…お嬢様は初めて騎士棟に?」
「はい」
「でしたら、道すがら簡単にご説明差し上げてもよろしいでしょうか」
え、すごい。そんなサービスが。
是非お願いしますと声に出して答えると、モニカさんはゆっくりと歩みを進めながら道中のあれこれについて色々教えてくれた。
曰く、エントランスに飾られた大角は魔鹿のもので、その大きさ、凶暴性により四代前の山狩りにおいて狩り取ることとなったが、角を落としたら急に大人しく可愛らしくなり結局リリースすることになっただとか。
曰く、先々代の頃に絢爛豪華に建て直された観覧席付きの練兵場は、騎士の修練に耐え切れず結局一年もしないうちに遺跡のような有様となったが、浮華虚栄の戒めの一つとしてそのままにしてあるとか。
曰く、中庭の噴水は予備水源として騎士棟建設より大切にされているが、いつからか清流を好む魚が棲みつくようになり予備食料庫の役割も担うようになっただとか。
真面目な語り口のモニカさんだけど、話に全てオチがついていて思わずくすくすと笑ってしまった。
すれ違った騎士さんがびっくりした顔をしていたので慌てて澄まし顔に戻ったけれど。
そして、モニカさんのアテンドによって退屈する間も気まずい思いをする間もなく、目的地である執務室へと辿り着いたのだった。
モニカさんは扉の前ですっと体を避けると、掌を扉へと向けた。
「…私の任務は一先ずここまでです。お嬢様、どうぞお入りください」
「有難うございました、モニカ様」
メイから用意した手巾を受け取って扉の真前に立つ。
急に襲ってきた緊張を呑み下しながら、こんこんこんと扉を叩いた。
人より鋭敏な聴覚が中にいる者たちの反応を拾う。
いつもは聞かないようにしているんだけど、緊張しているせいかどうにも。
「おお、来たか。フレッド、出てくれ」
「来たって…お約束が?」
「いいから早く」
幾つかの話し声のあとに近づく足音。
かちゃりとドアノブに手が掛かり、ゆっくり回る。
滑らかな蝶番は軋みなく重い扉を動かした。
「はい、お待たせいたし………って、ええ?」
隙間からフレドリック様の顔が見え、その視線がくんっと下がって私の視線と合うまでがスローモーションのようだった。
驚いた顔のフレドリック様に、条件反射で淑女の礼をする。
「コーネリア?」
「お仕事中申し訳ありません、フレドリック様」
「え…ええ!?どうしたんだい、こんなところまで!」
こんな所とは酷い言い様だな、と笑含みの声はサイラスさんのもの。腰を曲げるフレドリック様の肩越しに見えた団長様はなんともいい楽しげないい表情をされていた。
「うわあ、びっくりした。入って入って。お茶を用意しよう」
「いいえ、あの。これをお届けに来ただけなのです」
背を支える手に首を振り、手にしていた手巾をそっと捧げる様に差し出した。
「これ…は?」
「あの、此度の山狩りは大規模なものなのですよね。騎士団の皆様は精強だと伺っておりますので、これは心配ではないのですけど、あ、布は幾つあっても邪魔にはならぬと聞きまして」
「お嬢様、落ち着かれてください」
メイの冷静なツッコミに、うん、と頷く。
「…ご無事で、帰ってきてくださいます様にと祈りを込めました。その、ご迷惑でなければ、敷布でも手拭いでもお使いいただければと」
手巾が静かに受け取られる。
おずおずと目の前の顔を見上げると、目を丸くしたままのフレドリック様が手巾を握りしめていた。
受け取ってもらえた…?よね。
ほっとして、思わず笑みが溢れた。
いや、フレドリック様の性格を鑑みるに、いらねーよ!なんて手巾を床に叩きつけるようなお人でないことは分かってはいたんだけど。
そうは言っても、手作りの品を直接手渡しするのは三十余年の人生含めなかなかハードルが高かったわ。
「お時間とってくださって有り難うございました。お気をつけて行ってらしてくださいませ」
後ろで爆笑しているサイラスさんにもお辞儀をし、たまらず翻ってメイの元へ駆け寄る。
メイは優しく抱き寄せてくれて、されるがまま彼女の制服にしがみ付いた。
「…では、本館までお見送り致します」
「ああ頼んだ、モニカ。ほら、フレッド?お嬢様がお帰りだぞ」
「はい、え…ああ、待って。待って、コーネリア!」
そう言うとフレドリック様は室内に慌てて戻り、どさどさごそごそと物音を大いに立てながら何某かを探し、そしてぱっと戻ってきた。
「コーネリア!有難う、本当に、本当に嬉しいよ。大切にする。これ、食い刺しだけど」
膝をついたフレドリック様に手を取られ、小ぶりの紙袋を渡された。
僅かに甘い匂いがする。
「開けてみて」
袋の口を開くと、袋いっぱいに色とりどりのキャンディが詰まっていた。
ぶわっと砂糖と果物が混ざり合った甘い匂いが広がる。
「わぁ…」
「ごめん、手持ちであげられるものが他に何もなくて。遠征から帰ってきたら今度は一緒に街に行こうよ。この手巾のお礼に、…兄様が何でも好きなもの買ってあげる」
頭を撫でられる。頭頂に置かれた手は顔横の一房の髪を梳くように滑り、頬を包むようにして落ち着いた。
そのまま頬をもちもちと捏ねられていると、そうだとフレドリック様が立ち上がった。
「そういえばコーネリアは騎士棟来るの初めてだよね。まだ夕食まで時間あるだろう?折角だし少し案内しようか」
「あ…」
口籠る私に、横で佇んでいたモニカさんが一歩前に出た。
「執務室へのご案内がてら私の方でご説明をさせていただきましたのでご心配なく。そろそろ日も沈みます、参りましょうかお嬢様」
「いくら城とは目と鼻の先の距離といえ、遅くまで出歩いては旦那様も心配されます。今日はもう戻りましょう」
表情を変えずモニカさんが切り捨てる様に言い切り、それにメイも頷けば私は勿論フレドリック様も選択肢はないようだった。
お嬢様と呼びかけられ、笑い続けているサイラスさんと口をへの字にしたフレドリック様に今度こそ退室の挨拶をすると、促されるまま足を踏み出す。
一度止まり、振り返った。
私の見間違いでなければどこか名残惜しそうに見送ってくれているフレドリック様へそっと手を振り、再び歩き出す。
なんだまるで人間みたいだ、なんてふわふわ思いながら。




