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腰掛け公爵令嬢のモットーは  作者: nobu
王都 御令嬢いちねんせい編
1/70

ある朝

初投稿です。

古森は気まぐれのように恵みを与え、ときに脅威となる魔物を産み、か弱き人間の畏怖と信仰の対象にすらなっているという。

そんな古森の奥深く、そこはあたたかな光と祝福に満ちていた。


「愛しい子。眉と唇はあのひとにそっくりだわ」

「ひとの顔なぞ分からんが。渦巻く力はお前の流れを汲んでいるな」

「瞳は水晶のようだね」


のぞき込むのはたくさんのひとならざるものたち。木漏れ日に反射して光るそれらが美しく、瞬きを忘れそうになる。


(きれいだなあ)


それらのひとつが、私に手を伸ばし上下の瞼をぐっと広げた。


「いいなあ。ねえ、これちょうだいよ」

(だめです)

「だめよ」


うっとりと眼球をのぞき込まれ顔を引きつらせる私を守るように、母は私に触れる手を追い払った。


「人間っていうのはね、目がないと困るのよ」

(母様、言い方。まあ、間違ってないけれど)

「ふうん。じゃあぼくの目と交換でもいいよ」

「だぁめ」


なんでさ、と喚く声も次の瞬間には違う話題で笑い声をあげている。

精霊とは、移り気な生き物だ。


「愛しい子。森の雫は作れるようになったのか」


太く低い声に尋ねられ、こっくりと頷いた。

森の雫とは、この前母が教えてくれた薬湯のことだ。


「そうか。お前は物覚えがいい」

「覚えが良すぎて淋しいわ。そんなに急がなくてもいいのに」


母の声に、低い声の精霊が片眉をあげる。


「淋しいのなら、行かせなければいい。この森でずっと暮らせばいい」

(そうだよ!その通りだ)

「もう!そういうことではないのよ」


母は私の髪をなでつけた。母の手は泉に吹く風のようにひんやりとしている。


「私の愛しい子は、私だけの愛しい子ではないのだから」

(なんで。母様)


近づく別離の予感に、不安と悲しみがぐるぐると渦巻く。


(母様、私行きたくないよ)


私はーーー




意識が覚醒し、ゆっくりと目を開けた。

寝台の天井に描かれた天球図をぼうっと見つめる。見慣れた、けれどどこか見知らぬ星々だ。

カーテンから漏れる光もまだ薄暗いが、遠くの方で微かに生活音がする。使用人たちはもう活動を始めているのだろう。


久しぶりに見た切ない夢の余韻で、まだ意識がふわふわとしている。

埋もれていたふかふかのクッションから身を起こすと、見計らったかのように部屋の扉が控えめに叩かれた。


「はあい」

「おはようございます、お嬢様」

「おはよう」


私付きのメイド、メイ・ハウラーが静かにワゴンを押して入ってくる。

メイはてきぱきとワゴンの上でお茶の準備をすると、部屋のカーテンを開け始める。部屋に薄く光が差し込むのを見つめた後、私はぐっと伸びをした。


「どうぞ」

「ありがとう」


差し出されたお茶に口をつけると、メイがクローゼットから本日のドレスを運んでくる。

ぼーっとしているだけで支度は着々と進んでいく。

少し前までは自分より年上の女性がてきぱきと動くなか何もしないでいることがどうにも辛かったが、当の本人から「お気持ちだけ有難く」とすぱっと断られてから、大人しく引き下がっている。


「お嬢様、本日は王城でバウムハルト氏の授業がございます」

「ええ、お昼までよね」


教皇庁の寵児、と噂されるカザン・バウムハルト。歴代でも稀にみる法力から次期教皇庁長官の呼び声も高く、様々な見識に富んでいることから王族や高位貴族子女の教師も務める多才な人物、らしい。

聖職者らしく笑みを絶やすことはなく、また女性にも見紛う端正で嫋やかな風貌であるが、その教育内容は控えめに言って鬼だ。数日前から憂鬱になるレベルである。


午後、時間があれば書籍館へ行きたい旨を伝えると、メイが承知しました、と頷いた。

カップをソーサーに置くと流れるように片づけられ、ベッドから降ろされて用意されたドレスを身に着けていく。子供用とはいえ繊細で複雑な形のドレスだ。正直一人ではちゃんと着られる自信が未だにないけれど、メイは迷う様子もなくてきぱきと着付けていく。

化粧台の前に座り髪をセットする間もメイの手は魔法のように複雑に動き続けるが、丁寧に注意を払って触れてくれているのだろう、痛みや不快感を覚えることは決してなかった。


「…朝食の準備ができております。食堂に向かわれますか」

「ありがとう。今日もすてきだわ」


鏡に映る自分を見つめ、お世辞ではなくそう伝えると、メイは深くお辞儀をした。


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