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ある音楽
私は困っていた。ある音楽が耳から離れないのだ。調べたところイヤーワームと言うらしいが、それはあまりにひどかった。通勤電車の中、見知らぬ男が私の耳元で口ずさんだその音楽は一ヶ月もの間、私の頭の中で流れ続けていた。
発症から一週間、私は休暇を申請した。仕事はおろか人との会話もままならず、不眠も併発していた。家に籠り、私はその音楽を聴き続けた。
二週間目以降、私は自分が壊れていくのを感じた。部屋全体が歌っているようだった。廊下をトイレへと進む足の運びが、あの音楽と連動していた。心拍は聞き飽きたリズムを奏でた。音楽が私と世界を満たしていた。
たまらなくなった私は家を飛び出し、夜の街を裸足で走った。息を切らし、足の裏から血を流しながら、私は隣町の駅で力尽きた。仕事帰りの人混みのなか、私は大声で歌った。もちろん、あの音楽だ。
あれから一週間、イヤーワームは終わったが、あの音楽は去らなかった。悩んでも仕方のないことだ。
いまではもう、世界中の人間がそれを口ずさんでいるのだから。