第16話 勧誘
「それであの……さっき冒険者になるって言ってましたよね?」
「そのままの意味だ」
「いや……あの……その……マスターシャインダークさんって……あれですよね?」
エルが言葉を濁す。
別に普通に口にしても構わないのだがな。
日中堂々と動き回っている時点で、誰も信じないだろうから。
「問題でもあるのか?」
「大ありですよ!」
あっと言う顔をして、エルが口元を押さえる。
大声に反応した周囲から奇異の視線が集まってしまう。
本当によく大声を出す奴だ。
「す、すいません」
「構わんさ」
「で、でも。どうして冒険者に?ひょっとして、乙女の血を求めて……ですか?」
通常吸血鬼が人間の社会に入り込む理由と言えば、まあそれになるのだろう。
だからエルがそれを疑うのは仕方が無い。
「血を求めて来た訳ではない。暇潰しだ」
「暇潰し……ですか」
「ああ、そうだ。暇潰しに冒険者で神石級でも目指そうかと思ってな」
「ご、ゴッドって……」
エルが俺の言葉に目を丸める。
「神石級って、そんな簡単になれる物じゃありませんよ!?」
また少し声のトーンが跳ね上がる。
自制心の無い奴だな。
「あ、ごめんなさい」
本日何度目かのごめんなさいを口にした後、エルが真剣な表情をする。
「神石級は私達冒険者のトップです。能力だけではなく、ギルドに多大な貢献をした者だけが与えられる特別な物なんです。魔物……である貴方になれるわけが――」
「その方が猶更面白い」
エルの言葉を遮って、自分の感想を伝える。
簡単になれるものに意味はない。
敷居が高い方が楽しいという物だ。
「……私が、ギルドにあなたがヴァンパイアだって報告するかもしれませんよ?」
当然の行動だな。
幾ら命の恩人だとはいえ、人として種を守るための行動を優先するのは正しい事だ。それに腹を立てる気は無い。
「その時は殺すまでだ」
「……私だって冒険者の端くれです。脅しには――」
「勘違いするな、お前をじゃない。俺に刃を剥ける者全てをだ。お前が口を滑らせば、場合によっては多くの命が散る事に成る。その覚悟の上で行動するなら好きにすればいい」
「う……そんな言い方をされたら……」
エルが怯む。
彼女の行動一つで多くの人間が命を失うかもしれない。
そう言われれば躊躇うのも無理はない。
「安心しろ。其方から手出ししてこない限り、人間を傷つける様な真似はしない。このマスターシャインダーク・オブ・グレートレジェンドの名に懸けて誓おう」
カッコいいんだが、やっぱ長いなこの名前。
誓っておいてなんだが、もう少し短くてシンプルな名前に変えよう。
この名前は救世の剣の奴らも知っているだろうし、身元を誤魔化すのにも丁度いいだろう。
「それでも俺を信じられない様なら、俺を傍で見張ると良い」
「私が傍で?」
「同じパーティーのメンバーとして、行動してくれていい。そして見極めるがいい。俺と言う男がどういう存在かを」
冒険者としての知識は0だ。
それ以外にも、色々とこの世界の情報や知識を仕入れておきたいのもある。
その引き出し口を彼女に担当してもらうのも悪くはない。
傍に居れば伝説の生き証人にもなるだろう。
つまり俺が彼女をパーティーに誘ったのは、れっきとした理由があっての行動だという事だ。決して可愛い子を侍らせたいからとか、そういう下心では無い。
彼女は俯いて考え込む。
「少し考えさせて貰っていいでしょうか?」
「ああ、構わんよ」
妹のウーニャも冒険者で、彼女とパーティーを組んでいると以前助けた時に聞いている。彼女の一存でそう簡単には決められないだろう。
ゆっくり決めればいい。
「マスターこれはなんだ?」
店員がケーキと紅茶を運んで来る。
エルの目の前に置かれたケーキに顔を近づけ、彼女は仕切りに鼻を鳴らす。
行儀悪い事この上なしだ。
まあ犬だから仕方が無い事ではあるが。
「ケーキだ。お前も食べるか」
「食べる!」
こいつ狼の癖にケーキなんか食べるのかよ?
そう思いつつも、店員にケーキを注文してやる。
「あの……気になっていたんですけど。其方の片は?」
「ああ、狼のウルだ」
「オオカミノ・ウルさんですか?変わった名……ってえええええぇぇぇぇ!!」
落ち着いた静かな店内にエルの叫びが響く。
本当によく驚く女だ。




