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荒野の盗賊(8)……野盗

「あなたの強い思念が目に()まったんでしょうね。──その、怠惰さが」


「……んだと!?」


 ファナ=ノアを見上げて、血を流しながら、野盗の首領が吠えた。


「逃げ回るだけのネズミが偉そうに……!」


 ダン、と地を蹴り、跳躍する。重たいはずの彼の身体が、建物より高く浮かんでいるファナ=ノアに届いた。

 流石に驚いたが、空中ではファナ=ノアの方が自由だ。一直線の跳躍からの斬撃を難なく避ける。が──


 ズズ……!


(また、重く……!)


 この男が近づくと、風で支える身体が重くなり、どうしても高度が落ちる。

 彼自身もすぐさま落ちることなく、刀を返すのが視界に入った。──そして、横から斬撃を入れようとするノイの姿も。


「ファナ=ノア!」


 風を使って高く跳躍したノイの剣が野盗の刃をキン、と弾いた。


「チィ、邪魔だァ!」

「──!!」


 野盗の首領は浮遊したままさらに速く刀を引く。ノイが目を見開いた。その三撃目には、反応しきれない──


『ノイ!』


 ノイの左肩を大刀が掠めて抉り、無重力に血が舞った。

 左肩から血を流したまま、ノイが叫んで剣を振るう。


『くっ……! 落ちろォ!!』


 ガァン──!!!


 浮遊状態で強く弾かれた野盗は地面に突き落とされる。


「──ちっ!」


 地面に滑り降りたノイの反対側に、野盗の首領がふわりと着地した。


(磁力……、いや重力か?)


 ノイの怪我は浅くない。利き手は右なので剣は握れるが、ノイの剣は小柄な体にしては大きいので、両手が使えないと満足に振り抜けないだろう。

 ファナ=ノアは微かに苦い顔をした。


『すまない、私の判断ミスだ』

『いや、……動きが読めるように囮になってくれたのに機会を活かせなかった俺の失態だ』


 ノイは苦々しく呻く。ファナ=ノアの治癒の術により血はすぐに止まったが、気休め程度だ。


 視界の端で門から数騎、見覚えのある武装した兵士達が近づいてくるのが見えた。


(……!! あれは)


 安堵を覚えながら、周りの状況を確認する。

 財務卿の従者たちは未だ、野盗たちと戦っている。

 野盗たちはすでにほとんど倒れていて、人数に差はないが、手練れが二人混じっていて、善戦とは言い難い。


 到着した憲兵隊は、野盗たちが数十人倒れているのを見て面食らった後、財務卿に助勢すべく動き出した。

 ──もともと、彼らにとって財務卿たちの支援が第一優先。こちらへの助力は期待できない。しかし、こうなれば目の前の野盗の首領にもはや戦い続けることはデメリットでしかないはずだ。


「──潮時なのではないですか?」

「……うるせぇ! てめえも道連れだ!」


 首領の男が、再び地を蹴った。流れた血がゆったりと宙を滑る。まるで赤を纏っているような鬼気迫る様相。しかし、若干息が上がっているようにも見える。

 ファナ=ノアは高く飛んで躱した。


「あなたは最初から野盗だった訳ではないでしょう? 力を持ちながら、なぜ、不条理に(まっと)うに立ち向かうことなく、野盗などに身を落とし、他者から奪うことを繰り返す──!」




 † † †




 『最初から野盗だった訳ではない』──その言葉に、野盗の首領シュラルクは苦々しい顔をした。

 腕や脚に負った傷は決して浅くない。特殊な力の連続使用で、確実に消耗をしていっている。


「あんな奴ら、糞食らえだ……!」


 吐き捨てるその脳裏に、過去がよぎった。

 最初は下級貴族として領主家の軍に仕えていた。功をたて、名を上げることを志していたのだが、功は全て貴族の中隊長のものとなり、何度も使い捨ての駒のように扱われた。


(『いつまでも、やってやれるか──!』)


 やがて彼は中隊長を殺し、その場で捕らえられた。彼の味方は誰もいなかった。彼自身、部下や同僚を見下し大事に扱うことなどなかったからだ。


(『あいつら皆、クズだ──!』)


 彼は護送中に逃げ出し、追手を逃れて盗みや恐喝を繰り返した。そんな自分がいかに卑しいか、本当は彼自身も分かっている。だからいつも心がささくれ立つのだ。


(怠惰だと──!? ほかに、どんな生き方があった!?)


 地上に降り立って、ファナ=ノアを睨め付ける。

 耳が尖っていなければ、ただの人間の少年のような見目であるその白髪の小人は風を纏いながら、穏やかな顔で首を傾げた。


 ──ただの小人だとはもう思っていない。全力でも刀が届かず、どこか手加減すらされている。それでいて、舌鋒は厳しいが彼を見下しているという訳ではないような。

 その小人、ファナ=ノアはなおも続けた。


「皆に尊敬され、求められ、豊かさを享受したい、と思ったことはないんですか?」


 ──あるに決まっている!

 同年代で、同じく下級貴族だったブレイズは、東で開かれた御前試合から帰ってきてあれよという間に地位と仲間を手に入れた。

 剣が強いのは自分も同じなのに、なぜ同じようにならない。


「俺の周りはクズばっかりだ! ヘコヘコするか、邪魔しようとする奴しか居ない!」




 † † †




 野盗の首領が吐き捨てるように言って再び刀を横に引く。

 しかし彼が地を蹴る前に、そこに斬りかかる小さな人影があった。


「なんだ……ガキ!?」

「随分ね、シュラルク=ヴィーン。誘拐しようとした標的の顔もご存知ないの?」


 優雅に微笑みながら、反撃を難なく受け流し、その少女は鮮やかに突きを放つ。


「まさか、ピアニー=ディーズリー!?!?………くそ!」

「……!」


 野盗の首領が斬り結ぶピアニーがいる場の重力を増そうとした瞬間、ピアニーはぱっと後ろに下がった。

 から振った首領の男は目を見開いて歯噛みする。


『すごいな……()()()みたいだ』


 ノイがその動きを見て感嘆した。


『剣術だけなら()より強いそうだ』


 彼女がこちらに来てくれて正直心強い。

 ピアニーは細剣を野盗の首領に向け牽制しながら、ちらりとこちらを一瞥した。


「ご無事で何より──ファナ=ノア」

「お若いのに、素晴らしい剣技ですね……ピアニー殿」

「嗜み程度よ。私の本分は剣ではないわ」


 ピアニーは強気に微笑む。

 ──しかし彼女の剣技が人間の中でも群を抜いているのは間違いない。

 先に仕掛けたのは野盗の首領──ピアニーはその大刀を器用に弾き、軽やかなステップで間合いをファナ=ノアたちから遠ざけるように──守るように動く。今や戦場を支配しているのは、彼女だ。


「どいつもこいつも邪魔しやがって……!」

「──あなたは周りの文句ばかりですね」


 ファナ=ノアは赤い双眸を細めた。


「自分自身がどうあるか、に他人は関係ないでしょうに」

「──は?」

「誇り高く、誰からも尊敬され、好かれる人はどこに行こうが同じです。──逆は、心当たりがあるでしょう?」

「……」


 ピアニーが来てから、野盗の首領はファナ=ノアに攻撃する余裕がない。

 ピアニーは首領の術を尽く躱し、危なげなく剣を交えている。

 ファナ=ノアは反射神経はあまり良くないが動体視力はいい方だ。彼女の動きを目で追いながら、風で後押ししつつ、首領の男の踏み込みの邪魔に徹していた。

 ファナ=ノアは言葉を繋げた。


「そうやって他人に原因を探しているうちは、あなたは他人に左右され、自分の生き方の舵取りをしていないのと同じです。そんな人に誰もついてこないでしょう」


 彼はギリ、奥歯を噛みしめる。


「──ご高説、どうも。お前たちみたいに、ご立派に良い人になど、なりたくもないな──!」


 ──なれる気がしない。自分はそういう人間ではない。そう、吐き捨てるような叫びに聞こえた。


「そうですか……それはもったいない。あなたは優れた指導者になれるでしょうに」

「……」


 ピアニーは会話を聞きながらも攻撃の手を休めない。

 理知的な瞳は何かを考えているようだ。

 そのレイピアが首領の右肩の脇を突いた。


「ぐっ……クソ!」


 彼女はそのまま素早く後ろに回り、左膝の関節の裏を浅く切り裂く。

 動きが鈍った野盗の首領を、ファナ=ノアの風が絡め取り、小さな竜巻で自由を奪う。

 消耗した首領の男は最初のように術の打ち消しができず、空中でもがいた。

 ピアニーは後退して目を見開く。


「目指すものを見つめ直すも、このまま生きるも、あなたの自由です。──できれば私は、あなたの協力が欲しい」

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