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手探りの希望

「いいの? バッサリいってしまって」


 リンドウは踏ん切りのつかない様子で、血糊ですっかりパサパサになっているラズの裾の髪を()かしている。

 故郷では伝統的な細い筒形の彫刻が入った髪飾りを男女問わずつける風習で、髪を伸ばすのが当たり前なのだ。同郷で、ラズの叔母にあたるリンドウも、背中の中程まである艶やかな髪を肩の高さで結わえている。

 しかしラズは背中ごしに、きっぱりと答えた。


「うん。この際、うんと短くしたいな。軽くて動きやすく」


 ラズももともとリンドウくらいの髪の長さだったのだが、思うように上がらない腕で髪を洗っていて、切ってしまおうとふと思ったのだった。


「それなら……分かった」


 リンドウはようやく覚悟を決めたらしく、ラズの髪にハサミを入れた。


「ありがとう。自棄(やけ)とかじゃないよ」


 シャキシャキという音と共に地面に毛束が落ちて広がるのを見ながらラズは叔母に礼を言った。


「黒はもったいないけどなぁ」


 彼女はそう言いながらも、切るのが楽しくなってきたらしく、思い切って指の長さぐらいに切って整えてくれた。

 谷の國は半数ほどが黒髪だ。ラズと母、母の双子の姉であるリンドウも黒、もう半数……兄と父はブロンドである。黒髪だと、艶やかで見目がいいとよく尊ばれるのだが。


「山歩きしてたらひっかかるから、(かあ)……ううん、いつか切ろうと思ってたんだ」


 母はラズの髪を伸ばしたがった。その気持ちを無下にできないながらも、成人したら母の許可を取って切ろうと思っていたのだった。

 母のことを口にするのは、怖い。だからそのことは言うのをやめた。


「……うん、そっか」


 リンドウは気にしていない風に返事して、仕上げに髪を梳いてくれる。

 リンドウもレノも、あの日何があったのか、聞き出そうとはしなかった。

 ものすごく気を遣ってくれているのが分かり、落ち込んでいるところを見せないように、ラズはできるだけ明るく振る舞っていた。


「明るく見えますね。似合っていますよ」


 夕食の食材を取ってきてくれたらしいレノが、ラズを覗き込んでそう言った。

 リンドウが鏡を見せてくれる。


「別人みたいだ……。でも、いいかも」


 もう一度リンドウに礼を言って、ゆっくりと立ち上がる。

 半日経って、立つ、歩く、ということはできるようになった。


「首がすーすーする。軽っ」


 笑ってみせると、リンドウもにこっと笑った。

 母とよく似た、優しい笑み。きれいな黒髪がさらりと揺れる。


「うん、我ながらいい出来。かわいいよ」

「──かわいさは、いらないかなぁ……」


 困ったように言うと、二人はくすくすと笑った。




 晴れていたので、外で焚き火をして夕食をすることになった。

 ラズはまだ流動食だ。リンドウが焼いた魚をほぐして粥の上に散らしてくれる。

 食事がほとんど終わった頃、レノがおもむろに話を切り出した。


「ラズも目を覚ましたことですし、これ以上のお邪魔はやめておこうかと思います」

「えっ、レノ、もう行っちゃうの?」


 旅人である彼の滞在時間はいつも短い。訪れるのは二年に一度だというのに、長くて二日程度しかいない。夜はだいたいは父と話をしたりしていて、昼間数時間だけ遊んでもらったり話をしたりするくらいだった。

 それでもラズは彼が来るといつもとても嬉しかった。兄はそうでも無いようだったが、國の外の話は面白いし、國にはない発想の錬金術の使い方を教えてくれることもあった。

 武術についても、披露はしてくれないが身のこなしは達人のそれだし、いろいろ教えてくれることもある。

 ──それに、両親には普段言えないような悩みも、彼は馬鹿にせず聞いてくれた。


「……できれば、勘が戻るまででいいから、剣の稽古に付き合って欲しい……な」


 彼にも事情はあるだろうし、わがままを言っては困らせてしまう。

 それでも、今はもう少しだけでも居て欲しいと思った。

 レノはやや意外そうに目を開き、それから表情を緩めた。


「君がそうやってごねるのは久しぶりですね」


 俯くラズと目を合わせ、穏やかな声で続ける。


「実のところ、この後の用というのも特にないので、私は構いませんよ。リンドウさん、もう少しの間ここに来ても大丈夫でしょうか?」

「そりゃ、私は構わないよ」


 リンドウが苦笑する。

 ()()ということは、ここから半日かかる街に宿をとっているということか。

 宿代もかかるだろうし、毎日その距離を訪ねるのは大変そうだ。滞在を伸ばしてもらうことに対してラズは罪悪感を感じ始めた。


「あの、やっぱり大変ならいい……」


 恐る恐るレノを見ると、彼は小さい頃からラズにそうしてくれたように、大きな手をラズの頭に置いて、くしゃくしゃと撫でてくれた。


「気にしなくていい。私は剣を修めていませんが、リハビリの相手くらいはできます」


 ──いいのだろうか。


 たっぷり数秒迷ってから、ラズは頭の上のレノの手に触れた。

 硬いが温かい。父の手もこんな感じだった。


「ありがとう」


 笑ったつもりだったが、気弱な笑顔になってしまった。




 †




 リンドウの薬のおかげで、目が覚めて数日でラズは日常生活に支障がないレベルまで回復した。

 あれから数日、リンドウの薬の材料の採集を手伝ったり、食肉とするために動物を狩ったりするのと別に、朝夕数時間、レノは剣の稽古に付き合ってくれた。


 父の親友であるという彼の腕が立つことはなんとなく知っていたが、実際に稽古に付き合ってもらうと想像以上だった。

 まともに斬りかかっても、余裕で避けるか受け流されてしまう。

 基本的にレノからは手を出してはこないが、時々、ラズの勢いを利用して転がしたりといったカウンターを仕掛けてきた。

 おかげでだいぶ、動けるようになってきた気がする。早く回復して戦えるくらいになりたい。


(不意打ちなら、一本とれるかな)


 そう思って今日は、木の陰で息を殺してレノが来るのを待つことにした。


(──来た!)


 横を通るのを待って足を払うように低く木の棒で薙ぐ。

 が、あっさり踵で止められ、棒はそのまま弾き上げられた。

 宙を舞った棒がレノの手に収まるのを待たず、ラズは姿勢を低くしたまま、彼の足元の地面に腕を伸ばす。


 輝石がないので細かいコントロールはできないが、足場の石を壊すくらいの術なら今のラズでもできるはず。


 ぱぁんっ


 崩れた足場を()けて、彼はす、と後ろに跳んだ。


(よーし、読み通り……!)


 宙を舞っていた棒を取り戻す。この距離で投げれば、間違いなく当たる、と思った。

 思った瞬間、何かが頭の上にぽかっと降ってきた。


「?!」


 棒から指先が離れる直前のことで、集中が乱れてしまった。レノは勢いが落ちた棒を奪い取ると同時に指先で器用に回転させ持ち直す。瞬時にラズの顔の横に突き出した。

 頬を鋭い空気がかすめる。放たれた気迫を受け、ラズは次の動きが取れなかった。

 横目で棒の先を見ると、赤い拳大の果物が乗っていた。


「これって、上から降ってきたやつ?」

「そう、まさかちょうど当たるとまでは思ってませんでしたが」


 くっくっと笑いながらレノが答えた。三十後半の整った顔立ちでそうやって笑うとなかなか格好いい。


「気配の殺し方が本当に上手ですね。そこにいるのに、いないみたいに感じました。……もうほとんど本調子ですか?」

「まあまあってとこ。……あーあ」


 悔しいため息が出てしまった。

 全快したとて、彼にはちっとも及ばないだろう。

 リンドウの家に着く前に、もう一度手合わせしてもらったが、今度はするっと投げ飛ばされてしまった。


「レノって、ホントにただの旅人?」


 歩きながら、上目遣いに問うと、彼はプラチナの瞳をぱちくりさせた。そして、苦笑する。


「──ええ。あてもなく、一人の女性を探しているだけの」


 一瞬だけ垣間見えたのは、どこか寂しげで、儚げな笑み。

 返答に詰まっていると、彼はすぐにいつもの穏やかな表情に戻った。


「ところで、君は、これからどうするか決めているんですか?」


 レノの問いに、ラズは少し考え込んだ。

 ずっと、國を出たかった。レノみたいに、旅をしたかった。荒野に行って、夢の中の友だちと会う約束を果たしたかった。

 でも。


「巨人たちが、また、人間を襲うなら、……止めたい」


 無くした輝石も、探さないといけない。

 小さな声でそう言うと、彼は小さくため息をついた。


「──はっきり言うと、今の君にできることはあまりありませんよ」

「──っ」

「君の剣には、殺意も憎悪も感じられません。戦って殺すんですか? それとも人間を襲うなと説得でも?」

「…………」


 唇を噛んで俯く。

 彼の口調は穏やかだが、無茶する子どもを諭すような圧があった。

 しばしの沈黙の後、彼は意外なことを口にした。


「何か、約束があるんでしょう?」


 『約束』──彼は、夢の中で会う『幼馴染』との。彼がそのことを言っているかは分からないまま、ラズは頷く。


「うん……いつか会おうって」


 最後に会った夢のことを思い出して少し暗い気持ちになる。──きっと今も、心配しているはず。


「なら、それを優先していいんじゃないですか? ──それに、気になることもあります」

「?」

 

 彼は、足を止めて振り返った。

 そして、真剣な顔でラズの目を覗き込む。


「あの時、君を助けるために、私の生命力を分け与えたんです。……もしかすると、近く、その副作用があるかもしれませんから」

「──え」


 目を丸くして、彼の目を見返す。──じゃあ、夢の最後で感じた不思議な温かさはもしかして、彼が助けてくれたからだったのか。


「生命力を分け与えるって……それって錬金術?」

「まあ、そのようなものです」

「気になるなあ。なんで誤魔化すのさ」


 そうつっこむと、レノはなぜか懐かしそうにふっと笑って歩き出した。


「とにかく、今は。早く元気になってください」


 大きな背中を追って走り出す。


 ──もう、体力はほとんどもどってきているのだが。彼は、心の方を言っているんだろう。今は麻痺したように感覚が鈍いが、触れれば息をするのも辛くなりそうな大きな傷が、心の中に存在する。この胸のつかえが取れる日など、本当にくるのだろうか。

挿絵落書き

https://twitter.com/azure_kitten/status/1302516239093305344?s=21

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