輝石と竜(6)
洞窟の中は下り坂になっていた。
奥に入るにつれ、少しずつ道幅が広くなる。
ところどころ岩の割れ目から光が差しているものの薄暗い。
「私たちはこれで充分だが、明かりがいるか?」
「うん、でも、この気体は引火するから、松明はやめた方がいい」
ラズは言いながら松明代わりに術で明かりを灯して見せる。
電気を起こすのと同じく、ちょっとしたコツを掴めば媒体がなくてもできる術だ。
「それ、いいな。私にもできそうだ」
ファナ=ノアが手のひらに光を灯した。
「ひと目でできるの? すごいね。ってことは雷も?」
「似たようなことはできたが、流れ道を作るのがうまくいかなかった」
リンドウはコツを伝えてもできなかったのだが。風を操るのも似たような力の変換が必要なので、もともと得意分野なのかもしれない。
ラズ自身も、自分の輝石がなかったとはいえ、レノに教えてもらってからまともに使えるようになるまで一ヶ月かかった。それでも、レノには早いと驚かれたものだ。
『なにあれ』
ウィリが指差した少し先の足元に、大きな黄色の粘菌状のものがうぞうぞと這っているのが見える。──どこか見覚えのある異様な生物に、ラズは目を眇めた。
「山脈の洞窟には結構いたけど、乾燥地帯では珍しいね。囲まれたくないから減らしておこう」
ラズは躊躇いなく近寄り、手をかざす。じゅうっという音とともに、粘菌が干からびて消えた。術で水分を奪って無力化したのだ。
動きは遅いが怪物化したものは生き物に向かってくるので、油断しているとまずいことになりかねない。
術をかける際に粘菌の性質を<理解>したラズは顔をしかめた。
「うわ、強酸性……これ、触っちゃだめだ。あと、そろそろ足元の方が毒が濃くなってきたから、無防備にしゃがんだら危ない」
毒に酸と、厄介なものが次々と出てくる。
洞窟に入って十分ほどで、行く手に開けた空間が見えた。毒の臭気も一層濃い。
対策しないと即死というほどではないが、もって数十分、そもそも粘膜への刺激が強くて戦うどころではないだろう。
(解毒と身体強化を両方維持するのはとりあえずうまくいってるけど……)
しかし更に武器の強化をするとなると難しいし、うっかり集中が解けるとまずいことになりそうだ。
少しの不安を残したまま、先へ進む。
ぐるぐるぐる……
喉を鳴らしたような、低い音が洞窟内に響いた。──近い。
少し先に広い空間があるのが見えた。
その広い空間の壁や天井・地面に、大小、色とりどりの輝石が生えているのが見える。
(石の中に宝石ができるときの、空洞みたいだ)
四人は、身構えながら、そろりそろりとその空洞に近づく。
自然と、シャルグリートを先頭にして、ラズが隣か少し後ろに並び、ファナ=ノアとウィリを先導する位置関係になった。
じゅう……!
何かが溶けるような音がした。
同時に、その全貌が見えて、息を呑む。
人間の背丈の十倍ほどありそうな、巨大な黒い爬虫類のような生き物がそこにいた。
腹まで覆う黒い鱗、ギョロリとした金の目。重たい身体を充分浮かせそうな大きな蝙蝠のような翼はその生き物にとっては狭い洞窟内では邪魔なのか背中に畳まれている。太い後脚で立ち上がっており、その手足には鋭そうな長い爪が見えた。さらに頭から背、太くて長い尾にかけてところどころ刺のような突起がある。
先日夢で見た竜に似ているが、サイズはこちらの方が小さいし、別の個体に思えた。
「あれが、竜?」
念のため小声で訊くと、シャルグリートは緊張した面持ちで頷いた。
こんな様子のシャルグリートは、初めてファナ=ノアに会ったとき以来だ。
竜は、こちらをじっと見て、鋭い歯が並んだ大きな口から涎をぼとぼとと落としている。
足元に落ちたその液体は、輝石の上に落ちてまたじゅう、と音を立てた。輝石は溶け落ちたりはしていないが、表面が変質化している。あれも強酸かもしれない。
「おはよう! えっと、……お腹すいてるのかな?」
とりあえず大きな声で話しかけると、後ろでファナ=ノアがぷっと笑った。
「すごい度胸だな」
『……ファナ=ノアだっていつも最初に話しかけるじゃない』
『ここまで呑気じゃないだろう』
「もー! 恥ずかしくなるからやめてよ!」
「お前ら、緊張感ナイな……」
ラズはそう言うシャルグリートを下から覗き込んだ。
「シャルはまさか、ビビってるの?」
少し口角を上げて問いかけると、彼は一瞬はっとした顔をしてから、固くなっていた表情を解いてニヤリと笑った。
「そんなはず、ノーだ!」
また黒竜の口から涎が垂れ落ちてじゅう、という音がした。
こちらの声は聞こえているはずだが、黒竜の目には変化が見られない。獲物を狩るときの、爬虫類の独特の目つきに似ていた。
「言葉は通じて……なさそうだね」
「どいつから喰うか選んでる顔ダナ」
竜は、ラズたちを見据えたまま、前脚をゆっくり地につけ、ぐぐっ、と四肢を曲げる。
(跳びかかってくる!)
そう思ったと同時にファナ=ノアの術の気配が膨れ上がった。発する波動の量が普段のラズの比ではない。
目の前にごおっと風の壁ができ、小石や液体が渦を巻いた。
『ウィリ、守りを頼む!』
『分かった!』
竜は突風に捕われ、巨大な身体は浮かないまでも、勢いを削がれて後ずさる。
わずか数秒だったが、あっという間に羽がボロボロになった。そして風の勢いが弱まっていく。
こちらに流れてくる風圧はウィリが調整してくれているので実感が湧かないが、それほどの凄まじい風の刃が渦の中で飛び交っていたのだ。
しかし、竜は目と口を閉じて耐え切ったようで、本体の分厚い鱗はびくともしていない。
ファナ=ノアをちらりと見る。相手に術を阻害されている中での大技の割にはそれほど消耗しているように見えない。
一方ウィリは少し息が上がっている。彼女はそれでも、シャルグリートのために一定範囲の解毒の術を続けていた。
黒竜がぐっと重たい頭を持ち上げる。その目には凄まじい殺気。
「シャアアアァァァアッッッ!!!」
翼を失った竜の怒りの声が洞窟内の空気を震わせた。
技名を叫ばないので描けないのですが。
ファナが使ったのは<風の審判>と(ファナが自分では呼んでいる)術です。
解毒の術は<清くあれ>。
小人の術は聖書などから語感を借りています。




