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輝石と竜(1)

 ラズと女司祭ウィリ、竜人シャルグリートとの三人は、輝石の鉱山の険しい道を散策していた。


 見た目はただの岩山だが、どこもかしこも輝石の気配がする。足元の石すら、美しくこそないが輝石そのものだ。

 ファナ=ノアはレノと行動しているので、今は近くにいなかった。


『この石……なんだか親しみを持てる感じ』


 ウィリが岩の壁に埋もれ、少しだけ顔を出している赤い石に手を当てて言った。

 ラズも覗き込んで、その石に手をかざす。


『ちょっと離れてて』


 錬金術で拳大に削りとる。深い紅の石の中に陽の光が入り込んで煌めいた。


(ファナの目の色みたいだな)


 そんなことを思いながら、ウィリに手渡す。


『ありがとう』


 ウィリは手に収まった石に見惚れながら素直に礼を言った。

 ウィリとも、だいぶ自然にコミュニケーションが取れるようになってきたように思う。

 ラズは今朝のやりとりを思い出しながら、密かにほっと息をついた。




 †

 †




 この鉱山は、ノアの郷から西へ怪馬で一日の距離にある。

 怪馬とは、人間が用いる馬より一回り大きい六本足の馬の怪物のことだ。

 目は美しい翡翠色で、頭から背中にかけて赤茶の鱗のような硬い皮膚に覆われており、額に一本の角が生えている。

 彼らは三日三晩走り続ける体力があり、その速さは通常の馬の二倍ほどもある。しかし、最も驚くべきは心に直接話しかける、念話の能力を持っていることである。

 言語に依存しない意思疎通方法なので、頼めば通訳まがいのこともできる。その距離は怪馬同士なら彼らの足で走って一日、人との念話の場合は人の足で走って十分くらいと、かなり広範囲だ。

 しかしその性格は概ね懐疑的で若干高慢である。通訳などよほどのことでないとしてくれないし、そもそも騎獣とすることすら簡単ではない。

 

「スイ、……太った?」


 その朝、出発前にその立髪を撫でてふと問うと、森の国と平原の国の国境からここまでずっと一緒に来たラズの相棒、怪馬のスイは、ぶるぶると身体を震わせた。


『────筋肉だ』

「冗談でしょ」


 べしっと脚を叩くと、スイの笑う気配が伝わってきた。

 スイは言動は捻くれているが、走り方はとても優しいし、ラズが乗ると嬉しそうに尾を高く振る。

 彼に乞われるままに蹄の手入れをしていると、厩の戸が開いた。


『……ラズ』

『あ、ウィリも行くんだね』


 彼女はここ数日、食事の時などたまに挨拶を返してくれるようになった。


『あの……』

『うん』


 口を何度かぱくぱくさせてから、結局ウィリはぷいと顔を背けた。


『……なんでもない』


 最近なんというか、これの繰り返しだ。

 話をしようと頑張っているような節があり、尖った耳を赤くして口籠る。


(んー……)


 少し考えてから、ウィリが自分の怪馬のもとに歩いて行く背中に、ラズは声を掛けた。


『……ウィリって』


 彼女はびくっとして振り返る。


『ウィリって、ファナのことが好きなんだよね』

『なななな、何を!』


 ウィリは真っ赤になってあたふたした。


『あ、変な意味じゃないよ』

『当たり前でしょ!』

『ね、どんなところが好きなの?』

『優しいところ……ってなんなの、もう』

『なんでもいいから、ウィリと話をしてみたくなって』


 そう言うと、ウィリは目を逸らしながら口を開いた。


『……っ私は、今まで、あんたに冷たくして──』


 しかし言いかけて言葉に詰まる。彼女はずっとそれが言いたかったんだろう。となると続けたかったのは謝罪の言葉か。


『そんなの、謝んなくていいよ。だから僕も謝らない』

『……』


 彼女は少し罰が悪そうに唇をひき結んだ。

 次に言いたいことは小人の言葉でなんと表現すればいいんだろうか。エンリの授業を思い出しながら、ゆっくりとラズは言葉を紡いだ。


『……ウィリって、愛情深くて、意思が強くて、行動的な人、で合ってる?』

『それを確認してどうするの』

『んーん。僕たちも、気が合うんじゃないかなって』


 にぱっと笑うと、ウィリは瞬きした。


 第一印象というのはなかなか変わらない。一度や二度話したところで、気を許せる関係になる可能性は低い。

 しかし『気が合う』とあえて言葉にすることで、本当にそんな気がしてくることもあるだろう。仲がいまいちな相手にはとりあえずそう言っておけ、と叔父に教えられた。


『つまり、あんたは私と仲良くなりたいの?』

『いや、普通』


 笑いながらそう言うと、ウィリはがくっと拍子抜けした表情をした。

 ラズが誰とでも仲良しこよし主義なら、最初からもっと歩み寄る努力をしている。一方的に冷たくしたウィリも悪いかもしれないが、それを放置したラズも良くはない。


『だから最初に言ったでしょ、僕も謝らないって』


 ウィリのことを嫌いだとも思わないし、むしろ尊敬している。ただ、直ちに仲良くなりたいとも思ってはいない。


『でも、ウィリが僕のことをどう思おうと、僕はウィリのこと信頼できる仲間だと思ってるよ』

『それは──、私だって』

『そう? 嬉しい』


 ラズは満面の笑みを浮かべた。

 ウィリは目を見開いてラズをしばらく見つめてから、ふっと苦笑した。


『気を揉んでたのが馬鹿みたい』


 緊張から来ていた頬の上気が少しましになったように見える。

 その後、何故か表情を変え、ぷっと笑った。


『?』

『いや、あんたの怪馬が、『こいつは能天気なだけだから』って』

『ちょっと、スイ、ひどい!』

『───ふん』


 スイからは鼻で笑ったような気配が返ってきただけだ。

 ウィリはまた笑った。


『それにしても、言葉、覚えるの早すぎない? まだ二週間よね』

『一回聞いたら割と覚えられるけど……早いの?』

『おかしいわよ。エンリもビズも半年かかったし、それでも早いほうなのに』


 ──そこまで言われるほどなのか。

 故郷の座学では、筋はいい方とはいえ十人並みの評価だった。──そう言われると自分でもおかしいのではと思えてくる。

 黙ってしまったラズに、ウィリはとりなすように声をかけた。


『まあ、いいや。ファナ=ノアも外で待ってる。早く出よう』

『もう? ……分かった』




 鉱山についたのはその日の昼下がりのことだった。


「広いねー……」


 巨石が風によって侵食されてできた奇妙な形の岩がゴロゴロ転がっている。その奥に、一際大きな岩山が見えた。


「手分けして探そうか」

『ウィリはラズについてやってもらえるか? 彼は広範囲の術は使えないから』

『分かった』


 ウィリは特に嫌がる様子もなく了承した。

 その後、ファナ=ノアは興味半分で付いてきたレノとシャルグリートを見る。

 レノはいつもと同じ格好だが、シャルグリートは胸当て鎧を身につけている。


「俺は……」

「私はファナ=ノアにお供させてもらっていいですか?」


 シャルグリートが何か言う前に、レノが意思表示した。


「そうですね。探す方法もあまり分かっていませんし、お願いします」


 ファナ=ノアがにこっと笑う。

 シャルグリートは棒立ちしてレノとファナ=ノアを交互に見た。


「シャル、早く行こうよ」

「オ、オウ」


 ラズが声をかけると、シャルグリートが何か残念そうにこちらの方にやってきた。


「どしたの?」

「ナンデモナイ!」




 †

 †




 ウィリはついさっき見つけたばかりの紅い輝石を怪馬の背にかけた荷物袋にしまいながら、不思議そうに呟いた。


『変なの。最初から身体の一部だったみたいな感じ……』

『そう思うならきっとそれがウィリに合ってる輝石だよ』

『ふーん、なるほどね。じゃあ、次はあんたの石探しに付き合うか』


 彼女はにっと笑った。


「つまり、何の話ダ?」


 小人の言葉が分かっていないシャルグリートが話が終わったタイミングで話しかけてきた。


「ウィリは自分の輝石が見つかったって。次は僕のを探さないと」

「ほー、そーか、良かったナ!」


 シャルグリートは朗らかに笑ってウィリの肩に触れようとした。


『!』


 ウィリは驚いたように風を起こしてシャルグリートの手を振り払う。


「シャル、急に触るのやめなよ……」


 気にしていない風のシャルグリートは肩を竦めて頭を掻いた。


「祝う時は、そうするものダロ」

『……悪いけど、気安く触られるのは好きじゃないの』

「ほら、嫌だって」

「何を気にしてるンダカ……小人の女に興味無いデス」

「そういうのとは違うと思うよ……多分」


 親しくない人に急に肩を触られたら、嫌がる人がいるというのは男女共通ではないだろうか。

 ちなみにラズはあまり気にしない方である。武術をやっていると身体が当たることは日常茶飯事だからだ。


『なんて言ってるの』


 ウィリが剣呑な目をする。彼女は人間の言葉が分からないが、雰囲気はどうしても伝わってしまう。


(この間に挟まれる感じ、めんどくさいなー)


 今までよく通訳してくれていた小人たちに感謝しないといけない。


『そういう文化なんだって』

『嘘、他にも言ってた……』

『気にしない、気にしない』

『あんたは能天気すぎ』


 笑ってごまかすと、ウィリは呆れたように言った。


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