表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/187

竜と記憶(2)

 ファナ=ノアは教会の執務室でこの二週間で溜まっていた報告書を読んでいた。

 腰に届く長い白髪、長いまつ毛と赤い瞳に、あどけないが整った中性的な顔立ち。よく、男女を問わずうっとりさせる魅力があると評される。

 立場は教会組織の頂点、教主であるが、歳はまだ十。桁外れた術を使うだけでなく、小人にない発想と並外れた行動力で民をまとめている。


 しばらくして、執務室の扉がノックされた。

 声をかけると、司祭ニールが顔を出す。


「ニール、皆の様子は?」

「落ち着いていますよ。手を動かすのは気が紛れていいですね」


 彼の故郷、タキの郷は数日前、人間に滅ぼされてもうない。彼を含めた五人の生き残りはノアの郷に移り住んだ。

 冬の蓄えに限界があるため、その分、教会にいた元奴隷の小人たちには他郷に移ってもらう必要があったが、傷心のタキの郷の人々を離れ離れにすることの方が躊躇われた。


 ニール自身は、元からファナ=ノアの腹心の一人である。

 ここにいるソリティとウィリと、あと九人。彼らは、二年前ファナ=ノアが荒野を旅して心を通わせた友であり、志を共にする仲間だった。


「話って何ですか?」

「これからのことを相談したいと思って。ソリティたちも、今、良いか?」


 声をかけると、彼らはそれぞれ手元の書き物を止め、顔を上げた。

 なるほど、とニール司祭が相槌をうつ。


「帰路で言っていた、輝石探しと竜人との同盟のことですね」

「ああ、私たちが自由に動ける猶予は春までだ。むしろ冬になる前の今しかない」


 荒野の冬は厳しい。皆が無事に春を迎えることすら、簡単なことではないのだ。


「その前に、人間が完全に撤退したか確かめるのも必要だと思うよ」


 教会の頭脳役でもある司祭ソリティがそう言うと、女司祭ウィリが頷いた。


「その件は、シヴィたちに偵察を依頼しましょ」


 シヴィ、というのは小人には珍しい武術に秀でた郷の民だ。郷自体はかなり前に人間に滅ぼされてもうないが、昨年生き残りをノアの郷に受け入れて、以来様々なことに協力をしてもらっている。


「ありがとう。やっぱりソリティはよく気がつくな」

「ファナ=ノアは言わなくても分かってただろ? 僕は君ができることを代わりにやってるだけだよ」


 いつものようにソリティは笑って謙遜する。

 彼はファナ=ノアより一周り年上の二十二歳。糸目でいつもにこにこ顔、首元でまとめた濃茶の髪を首元に、緑色のシンプルな髪留めが良く映える。白いローブをゆったりと羽織り、紙とペンをいつもその内側に忍ばせている人物だ。


 対するウィリは活動的な雰囲気のある女性だ。白い僧服を腰の高さでまとめ、短いズボンを履いている。年齢はファナ=ノアの四つ上で十四歳、明るい茶のさらりとした髪は、うなじが見える高さで綺麗に揃えてある。


 彼らの白い僧服はファナ=ノアの同志であることを示す、トレードマークのようなものだ。

 三人の目をそれぞれ見つめてから、ファナ=ノアは本題を切り出した。


「──竜人の郷に送る使者のことなんだが、ラズに頼みたいと思うんだ。どう思う?」


 その言葉に、三人はなんとも言えない顔をした。ややあって、ウィリが口を開く。


「……ファナ=ノア。答える前に、教えてほしい」

「言ってくれ」

「ラズがファナ=ノアみたいに非凡なことは分かった。人間の兵隊長を味方につけた交渉力もすごいと思うし、私達と見てるものが一緒だとも思う」


 彼女は最初、ラズを嫌っていた。──よそ者がファナ=ノアに妙に慣れ慣れしい。しかも、ファナ=ノアが何故かそれを受け入れていることが理解し難かったのだろう。

 ラズが先日軍を率いていた貴族の隊長を味方につけたのは、たまたま相手の人柄がよく、彼と気が合ったからだが、ファナ=ノアは特に否定せず続きを促した。


「会って二週間とは思えない。二人はどんな関係なの」


 ニールは話が見えずきょとんとしたが、ソリティは穏やかなにこにこ顔のまま、ファナ=ノアの答えを待っている様子だ。

 どんな関係──か。ファナ=ノアはゆっくりと答えた。


「昔から、よく不思議な夢を見る。その一つが、同い年の黒髪の人間と会う夢だ」


 その答えに、一同は目を瞬かせる。


「声は届かなかったが、色んな遊びをしたな。現実ではこの肩書きのせいで、無邪気に遊んだりはできなかったが、夢で彼と会うときだけは童心でいられた」


 子どもがするたいがいの遊びは彼が教えてくれた。少し引っ込み思案だった幼少期、彼の奔放さには救われたものだ。懐かしさに目元が緩む。


「みんなにはそういう面を見せたことはなかったから、驚かせただろうな」

「気づいてたなら、早く言って欲しかったな。ウィリが毎日どんな顔をしてたか」


 ソリティが頬杖をついて苦笑した。


「ソリティは面白がってたじゃないか。……ウィリ自身が彼のことを認めないと、私が何を言っても贔屓としかとれなかっただろう」

「……む」


 ウィリは図星のように口籠った。


「ラズが私にとってどういう存在であれ、皆のことが大切なのは揺らがない」


 ファナ=ノアは紅い双眸を細めて微笑んだ。

 ウィリは、顔を赤くして俯いたあと、ゆっくりと口を開く。


「……竜人の郷に、ファナ=ノアの盟友がいく。それは認めるわ。ただ、小人も誰か行くべきだと思う。それは、私が行く。ここは今は、ニールもいるし」

「……ウィリ、無理してない?」


 ソリティがその顔を覗き込んだ。


「してない。ファナ=ノアの友人なら、私だって友達に……なるし」


 ぐっと堪える様子に、一同は思わず目元を和ませる。──意地っ張りだが真っ直ぐな女性(ひと)だ。


「それを決めるのは、もう少し後でもいいだろう。竜人の郷は怪馬でも往復一ヶ月かかる。嫌いな相手との長旅は強制できない」


 穏やかに声をかけて、ファナ=ノアは手を組んだ。

 ──実のところ、ウィリの考えは正しい。ソリティがいないと教会は回らないし、故郷を失ったばかりのタキの民からニールを奪えない。かと言って、ほかの郷に散らばった仲間も自郷のことで手一杯だろう。


(メグリとクシナがいれば……)


 未だ消息を絶ったままの二人を想ってファナ=ノアは目を閉じた。

 二週間前、ファナ=ノアと共に人間に撃たれて、荒野に打ち棄てられたその後、どうなったのかは分からない。


 ただ、ファナ=ノアは二人はもう()いのだとなんとなく感じていた。

 特にフットワ─クが軽く、各郷の橋渡しをはじめ重要なことを率先してする二人だった。


(弱音など吐いては怒られてしまうな。私たちで繋いでいかなければ)


「ファナ=ノア?」

「いや、なんでもない。次は教育と医療の話をしよう」


 考えるべきことは常に山積みである。思考を止める訳にはいかないのだ。




「ちょっといいかい?」


 一通り打ち合わせを終えたところで、お茶を飲んで一服していると、ソリティがにこにこ笑いながら、数枚の紙束を差し出してきた。


(───これはまさか……)


 タイトルを見て嫌な予感が的中したのが分かる。


「ウィリから聞いてさっそく書いてみたんだけど、どうかな!」


 今朝ウィリと楽しそうに話し込んでいたのは、これか。


「あ、ああ……そうだな……。いつもながら、面白いとは思う」


 少し顔を引きつらせてファナ=ノアは答えた。

 そこには教典に追記されるファナ=ノアの武勇伝が書かれている。先日の人間軍撃退のくだりだ。

 正直いい加減もうやめてほしいのだが、これが彼の至極の楽しみだというのだから強くは言えない。

 ファナ=ノアが乗り気でないことをソリティも分かっているものの、布教の観点からもこれがいいのだとやめてはくれない。最近は、せめて出版する前に中身を見せてくれるようになった。


「この『空の怒りがもたらした阿鼻叫喚地獄』って──もう少しなんとかならないか……」


 もうできれば消してほしい。しかし、それを言うとソリティが泣くので如何ともしがたい。


「それじゃ威力が伝わらないよ! でも、抽象的なのは確かにいまいちかもね。『真空の厄災による地獄絵図』とかどうだろう!」

「……」


 ──いつもながら、もはや何をどう言えばいいのか分からない。ファナ=ノアは黙し、それについて思考するのをやめることに決めた。気にせず、考えなければ何も感じない。はずだ。


「今回はラズ君の分も考えてみたんだよ!」

「……やめてやってくれ……」


 なんとかそれだけ言ったが、ソリティは気にした風もなく、文章の中程をトントンと指差して、ファナ=ノアに見るように促した。


「……っ」


 そこに本人にはちょっと見せられない文字列を認め、ファナ=ノアは眉間を押さえた。


落書き

https://twitter.com/azure_kitten/status/1293870546782846976?s=20

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=442401462&s
― 新着の感想 ―
[良い点] 「それじゃ威力が伝わらないよ! でも、抽象的なのは確かにいまいちかもね。『真空の厄災による地獄絵図』とかどうだろう!」 推しのファナ=ノアちゃんくんが引いてらっしゃる!! ラズまで飛び火…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ