一歩(4)……斥候
「エンリー!!」
「エンリー! あそぼー!」
外に出ると、わらわらと五歳とか三歳くらいに見える子供たちが寄ってきた。
「だあれ?」
彼女のスカートに隠れながら、子供たちが兵士を指差して訊く。
人間の言葉を教わっているからだろう。子供たちは二つの言葉を上手に使い分けている。
彼女が小人の言葉で何か言うと、子供たちは元気よく『はぁい』と返事して、何人かは兵士の手をとって引っ張ろうとした。
「……っ! さ、触るなっ!!」
兵士が怯えたように振り解いて大声を出したので、子供たちはびっくりしてまたスカートの後ろに隠れた。
「子供たち、可愛くない? 人間とあんまり変わんないでしょ」
エンリが子供たちを宥めている間に、ラズは兵士に向かって訊いてみた。
「小人は大地の汚れだ! 愚図で臆病でこの世から消えるべき存在だ!」
「なっ……」
兵士はイライラした様子で吐き捨てた。まるで、そうでないと駄目なんだと言っているようだった。
平原の国で何度となく聞いた考え方。──とても、嫌な気分になる。
おそらく意味を理解した年長の子供たちは悲しそうな顔をした。エンリが辛そうな顔で『ごめんね』と呟き抱きしめる。
ラズが会った小人たちは皆慎ましく優しかった。この世から消えていい存在では絶対ない。──どうしたら、この人にそれを理解してもらえるだろう。
ラズは表情を強張らせたまま、兵士の腕を引っ張った。
「じゃあ、僕ならいい? ほら、見て」
もう片方の腕を広げ、彼に周囲を見るよう促す。
小人の住居の壁には、鳥と木の彫刻がされている。朝日が岩の上から差し込んで、活き活きとして見えた。
通りを歩く小人たちは質素だが小綺麗な衣服を着ている。髪は皆長く、紐できっちりと纏めて整えている。
子供たちは鉱物のアクセサリーで首元を飾っていた。魔除けの意味があるらしい。
少し年上の子供が、怯える年下の子供の頭を撫でて優しく落ち着かせようとしている。
小さな女の子が、エンリのスカートの後ろからとことこと出てきて、愛らしい小さな手を兵士に掲げた。
「手って、つなご」
「────っ」
兵士はそれでも目を逸らした。
レノがそんな彼に問いかける。
「荒野の偵察は何年くらいやってこられたんですか?」
「……ずっとだ。十年近く」
「では、小人の郷を見つけては、焼き払ってきたんでしょうか?」
「……その通りだ……!」
兵士の地を這うような声色を、レノは無表情で受け止めた。
ラズは何度か口をぱくぱくさせて、やっと声を絞り出す。
「……じゃあ、この人のせいで、何の罪もない人たちが襲われたってこと?」
──言わばラズが故郷を失ったときのような苦しみを、彼は何度も引き起こしてきたのか?
兵士は気分が悪そうに俯く。
「……お前たちは、洗脳されてるんだ。小人は生きてるだけで害なんだぞ」
震える奥歯を噛み締めて、ラズは兵士を睨め付けた。
「っじゃあグレンさんは洗脳されてないって言えるの? 小人が大地を汚すって言ったのは誰?」
「誰だろうと関係ない! 小人が住んでるから、ここは荒野なんだ」
「──ここは、小人が生まれる前から荒野ですよ」
ぽつりと、レノが言った。
彼は一瞬たじろいだが、すぐに食い下がる。
「なぜそんなことが言える?」
「……この岩」
レノは無感情なプラチナの瞳で兵士を一瞥し、すぐ側にある岩に手を置いた。紅い岩は、頂上に至るまでに幾つもの横縞がついている。
「土が堆積してこれほどの岩となり、地表に隆起するまでに数百万年かかります。この赤い岩は少なくともその頃からこの大地が枯れていたことを示している。枯れた土というのは赤くなりますからね。小人たちがここに住み始めたのはせいぜい数万年かそこらの話でしょう?」
妙な説得力に、兵士は押し黙った。
エンリははらはらしながら、成り行きを見守っている。
「おじさん~、手って~あっち行こう」
重い空気を打ち破り、幼い女の子が再び手をパタパタさせた。
兵士の女の子を見る表情は、迷いと怯えに変わっているように見えた。指先が少し震えている。
「俺は、お前たちをたくさん殺してきたんだぞ……」
(殺してきたから……手を取る資格はない?)
ラズは自分の手に目を落とした。
──もしそうなら、ラズはもうあの巨人の子どもを二度と友達だと思ってはいけないことになる。そもそも、あの子はラズが仲間の巨人を殺したことを憎んでいるかもしれないが……それでも、もう一度話をしたい。そう思うのは間違いなのか?
──故郷に戻る日があれば、巨人と人間が争わなくて済むようにしたい。自分の手が罪に塗れているなら尚更、自分はあの子と向き合わないといけないんじゃないか。
「……グレンさん、殺した過去があっても、小人と仲良くなっていいと思うよ。むしろそうしないと、罪から逃げ続けることになる」
びくりと、兵士の肩が震えた。
何度も首を振る。
「俺は兵士だ! 敵と馴れ合うなんてできない」
それを聞いてエンリが言った。
「ファナ=ノアは、平原の国と小人の間で友好関係を作ろうとしています。きっとそのうち、敵ではなくなりますよ」
「そんなこと、ある訳がない! もう、領主は小人を滅ぼすことを決めたんだから!」
「……!!」
「……え!?」
その言葉に、ラズは息を呑む。
兵士は震えながら叫んだ。
「今頃、手前の郷を焼いているところだろうよ! ファナ=ノアを差し出すまでは小人全員が人質だ!!」
叫び声に、女の子はきょとんとして、しばらくして泣き出した。
(そんな……! どうしたら!)
ラズは動揺を抑えつけて、必死に考える。
「────手遅れになる前に、ファナと皆で兵隊を追い返せれば、領主だって攻めるのはやっぱり無理だって……対話した方が良いって思うかもしれない!」
ラズは、キッと顔をあげ、兵士を真っ直ぐに見上げた。
彼の揺れる茶色の瞳に、ラズの深い黒色の瞳が映り込む。
「グレンさん、お願い! 詳しく教えて!!」
彼の両手を強く握って、ラズは叫ぶように訴えかけた。
「────これ以上の血を流させないために!」
「……っ!」
差し込む光を受けて煌めいたのはどちらの瞳か。
ラズの真剣なまなざしに捉えられ、やがて兵士は泣きそうな顔をして俯いた。
「…………」
引き結んだ口の端が歪む。──何か言おうとしている。
しかし、地面に落とした目線を泳がせるばかりで、じりじりと時間が過ぎていく。
彼の真意が掴めないまま次の言葉を待っていると、レノが何気ない口調で、
「出兵の規模は?」
と兵士に問いかけた。
彼はびくりとした後、躊躇しながらも口を開く。
「……数は……六百。馬が五十、銃が百、弓は五十……」
──六百。規模は大隊……ぞっとする数字だった。
ラズも、おずおずと質問をする。
「ここのことは伝わってるの……?」
「印をつけてきたから、おそらくは……」
「指揮は誰が?」
「軍務卿が直々に……。鋼務卿と、警務卿も参加されている……」
その言葉に、レノが片眉をぴく、と動かした。
「御大層ですね。……でも、それなら光明がありそうです」
「……どういうこと?」
レノの台詞の意味が分からず、ラズは尋ねた。
「軍務卿はいわば領主の腹心です。鋼務卿は小人についての最高責任者。対応の仕方によって、今後の外交に影響を大きな与えられるでしょう」
「警務卿って……」
「領内の治安維持の最高責任者……汚名返上の名目だとは思いますが、ブレイズ=ディーズリーが直々に出るということは……君はあの日、会ったんでしたっけ?」
「うん」
レノは少し考える素振りをしてから、ふっと笑った。
「気に入られたのかもしれませんね」
「どういうこと!?」
意味ありげな軽い言い方に思わずつっこんでしまったが、──今はそれどころではない。
「……とにかく、ファナに報せて、タキの郷を助けに行く準備をしよう!」
↓の台詞を言わせたかったのですが、入れるところがありませんでした…
「ああ、あれ嘘ですよ。原人が生まれて現在に至るまでに数百万年かかるはずなので、荒野が先か小人が先かなんて、この岩だけでは分かりません。」byレノ




