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回顧と黙示(5)

 時は三日前に遡る。


「小人を……逃がしたですと!?」


 鉱山開発と小人への対処を決める立場にある男爵、鋼務卿は椅子を蹴り倒し、ブレイズの胸ぐらを掴もうとした。

 ファナ=ノアを捕らえる奸計を練った張本人である。


「鋼務卿、静粛に」


 領主が窘めるように言ったが、彼の表情も明らかに憤っている。

 ブレイズは鋼務卿の手を退()けた。自身より小さくて非力な相手にすごまれても、大して恐ろしくもない。


「組織的な撹乱作戦、高威力の爆弾、怪馬での逃走。どれも、想定外すぎる。今後、敵はこれまでと同じ鼠ではなく、我々と同じ能力を持つ()と考えるべきだ」

「なんだと……!?」


 家畜以下と認識していたものを急に人扱いしろと言われても無理な話だろう。しかし、これまで領内の様々な混乱を収め、自身も凄腕の武人である警務卿ブレイズ=ディーズリーの言葉に説得力を感じたのか、会議に同席する何人かは思案顔になった。

 しかし、鋼務卿はなおも唾を飛ばしながらまくしたてる。


「わざわざ助けに来たということは、やはりあれには奴らにとって価値があるということでしょう! ファナ=ノアが力を取り戻す前に、叩くべきです!」

「奴らには怪馬がある。騙し討ちでもしない限り逃げられるだろう」

「それがどうしたと! 小人どもを殺して回れば、いずれ奴らから差し出すでしょう!」


 ブレイズの言葉を、鋼務卿は一蹴した。

 それに対し、軍務卿が腕を組みながら口を開いた。


「しかし、情報が少なすぎる。奴らの総数はどれほどなのか、郷はどこにあるのか」


 あくまで、落ち着いた口調だった。実際に兵を出すのは彼の配下だというのもあるが、感情ばかりでものを言うタイプではない。


「財務卿、会談で聞き出せなかったのか?」

「報告に上がっていた通り、何も」


 領主の問いに対し、商業と税務の責任者である財務卿は肩を竦めて答えた。手腕を認められ若くしてその地位に登り詰めた彼は、いつものように真意の読めない笑みを浮かべながら、控えめに意見を述べた。


「……彼らの要求を呑んだふりをして通商を開始し、情報を集めてから手を打つのは?」


 鋼務卿は顔を真っ赤にして机を叩いた。


「そんなもの、誰が納得すると! あんなクズどもに!!」

「派兵もせずに小人の要求に屈服するのでは、誰も納得せんだろうな」


 その言葉に領主も同意する。


「……屈服ではなく慈善だとか、なんとでも言えるでしょう。彼らの要求は別段こちらにデメリットはありませんが」


 財務卿が手元の書類をひらひらさせた。

 しかし、鋼務卿の憤りは止まらない。


「考えてもみろ……奴らは我々の街を堂々と歩こうと言うのだぞ。汚らわしくて反吐が出る!」

「……財務卿、残念ながら私も同感だ」


 領主はそう言って軍務卿に向き直った。


「昨日言っていた五百を至急出せ。脅威たるファナ=ノアとその仲間を手負いのうちに片付けよ」

「……分かりました。追跡部隊が戻り次第兵を出しましょう。警務卿、憲兵隊からも百出せるか」

「……ああ」


 軍務卿の言葉に、ブレイズは苦い気持ちを押し込め頷いた。──今回の失態の手前、断ることはできないだろう。

 緊急で招集された会議はそれで閉会した。


 ブレイズは城の一階にある自組織……憲兵隊の執務室に戻ると深いため息をついた。


「お疲れ様です」


 副官が深々と頭を下げる。昨晩は不在であったが責任感が強い男であるので、己の失態のように考えていることだろう。

 手短に会議の結果を伝えた後、出された茶を口にする。


「今回の出兵、俺も出るぞ」

「え!? ……ええ、お供します」




 † † †




 ファナ=ノアが目覚めたことを祝う祝宴は、穏やかで温かい雰囲気で満ちていた。


 その周りには入れ替わり立ち替わり小人たちが訪れ、治りきらない傷を気遣いながら、会話を楽しんでいるように見えた。

 そうした中で、ほとんど常に側を離れない小人が三人いる。三人はファナ=ノアと同じ白いローブを身に纏い、特に気安い雰囲気だ。


 宴の参加者は、五十人ほどだろうか。

 揺らめく篝火を取り囲んで、小人たちは歌を歌う。

 独特のハーモニーとリズムが調和し、終わりが見えない荒野と空の暗闇を彩っていた。

 小人達に弦楽器を渡されたレノは躊躇(ためら)いがちにそれを爪弾いていた。アフタービートのシックな伴奏が加わって、小人達が目を丸くする。


 小人の女性たちがビロードの帯をなびかせて踊り始めた。

 男性陣がそこに剣舞で加わる。

 お姫様と騎士のような、ロマンチックな動きだ。

 ジルは珍しく穏やかな表情で、線状の溝が複数刻まれた楽器でリズムをとっている。


 小人たちの舞を見ながら、ラズは隣に座るリンドウにおもむろに話を切り出した。


「リン姉、今までずっと、気を遣わせてごめんなさい。……四ヶ月前……何があったか、聞いてくれる?」

「……ええ」


 ラズはリンドウに、ぽつりぽつりと話をした。

 巨人の子どものこと、突然柵を破って現れた巨人のこと、燃えていた國の様子、最後に門で起こったこと。


「最後はどうなったか分からないんだ、父様の声もしたと思うんだけど……」

「リクは」


 リンドウの目は赤い。その名を口にして、彼女の目からつうと涙がこぼれ落ちた。


「あんたたち二人を逃すために、巨人の足止めをした、ってツェルから聞いた……」


 彼女はずびび、と鼻をすする。

 ごしごしと袖で涙を拭い、弱々しく微笑んだ。


「話してくれて、ありがとね……」


 ぎゅっとラズを抱きしめて、小さな子にするように頭を撫でてくれる。


「話せるくらい、元気になってくれて良かった」

「……話したら、リン姉から、……憎まれるかと思ってた」

「もっと前に聞いたらそうだったかもしれないけど。私もあの街で、小人たちを助けようとしたから……。招いた結果はもしかすると人間にとっては悪いことかもしれない」

「ファナが人間を傷つけるはずない……と思うよ」


 彼女は悪いことは何もしていないとラズは思う。

 リンドウはお酒を一口煽ってから、少し驚いた表情をする。


「『ファナ』って……そういやあんたたち、本当に友達だったの?」


 リンドウはラズがファナ=ノアのことを愛称呼びしたのに驚いたようだ。

 彼女は何日もつきっきりで看病している間に、ファナ=ノアが小人たちにとってどんな存在なのか、詳しく聞いたのだろう。


 あんな風に……まるで神様みたいに大事にされるファナ=ノアを友達呼ばわりすると、周りが驚くことに、ラズもなんとなく気付いてはいた。


「そう思うよ。あ、ノアの郷においでって誘われたんだ」


 そのことを思い出して、ラズはリンドウの顔を横目で見上げた。


「リン姉は、……森の国に戻りたい、よね?」

「え?」


 リンドウはその問いに少し考えてから、口を開いた。


「……正直なところ、しばらく、荒野(ここ)にいたいかな」

「えっ! なんで?」


 意外な答えにラズは驚く。

 彼女は苦笑いしながら、逆に質問してきた。


「なんでだと思う?」

「えっと……うーん。面白い薬の材料が見つかった?」

「正解! ……ってそれだけじゃないんだけどね」


 リンドウは小人たちの歌に耳を傾けながらまた口を開く。


「ラズは、なんで私が森に一人で住んでたか知ってる?」

「ううん」


 ラズが首を振るとリンドウは自嘲気味に笑った。


「人が嫌いだから」

「えっ──?」


 その言葉が孕む怖さに、一瞬ラズはたじろいだ。


「なんてね」


 リンドウはカップを口に運ぶ。少し顔が赤い。もしかして、酔っているのだろうか。


「人って、面倒くさいんだよ。そういう決まりだからこうしなきゃだめ、とか、良かれと思ってやってあげたのに、とか……。色んなものを押しつけてくる」

「……ごめんなさい」


 ラズもリンドウにたくさんわがままを言った気がする。


「あんたは全然。勝手に突っ走ってくのは困るけど、同じことを周りに強制することはほとんどなかった」

「……そうかな」

「心配するこっちの身にもなれって思わなくもないけど……それは私の方の都合だからね」


 リンドウは自嘲気味に笑う。


「で──ひたすら、薬を作っていれば、面倒なことに関わらず、適当な距離で人と付き合える。私は楽してたんだ、森の奥で」

「……」


 ラズにはリンドウの気持ちがまだよく分からない。──自分が兄のことを好きなのに、べったりしないのと同じなのだろうか? 少し違う気がする。


「旅も同じ、多分ここにいても同じ。少ししたら、私は適当にどこかに引き篭もるだけ。危険になれば、どこかに移る」

「でも、リン姉は優しいじゃん」


 ラズは自嘲気味に言葉を紡ぐリンドウに戸惑っていた。

 ──投げやりな言葉と、自分の知る叔母の姿が結びつかない。


「うん? ……側にいたいって思った相手にだけね。あとは薬師としてのプライドと正義感」

「──」

「……リンドウ、飲み過ぎですよ」


 もう一口飲もうとした器を、レノが横から取り上げた。


「何よ……あんただって、同じくせに。人と距離ばっかとって、責任から逃げて」

「それに返す言葉はありませんけど……貴女(あなた)は水を飲んだ方がいい」

「…………」


 出された水を一気に飲み干して、リンドウはしばらく黙り込んだ。

 レノはリンドウの辛辣な台詞を気にした風もなく、近くの岩棚に腰掛ける。


(えーと……つまり、森の国に帰りたい、訳じゃないってこと?)


 故郷や兄の事をそのままにせず、いつかは帰らなければと思っていたが、リンドウにも急いで帰る理由はないのかもしれない。

 ここまで連れてきてくれた怪馬のスイは、しばらく荒野の同胞と過ごすと言っているが、本音は故郷の平原に帰りたいはずだ。

 もし帰りたいと思ったときに、この荒野や、平原の国は、スイやリンドウが単独で移動するには危険だ。ラズはここまで彼らを付き合わせてしまった責任も感じていた。


「リン姉、荒野から出たくなったらいつでも言って。森の国でも、海の国でも、どこでも送るから」

「この、生意気」


 リンドウが、コツン、とラズの頭をこづく。

 その眼差しは、いつものように優しかった。


 その時、小人の女の子たちがおずおずと近づいてきた。


「踊ろうって」


 宴の輪の中から、三つ編みの少女が教えてくれる。


「あ! 剣舞なら僕もちょっとやってたよ!」


 宝剣を受け取って、踊りの輪の中に入ると、彼らは嬉しそうにラズの舞に合わせてくれた。




 † † †




 リンドウはしばらくラズたちの舞を見物しつつ、酔いを醒ましていた。

 大人気ない投げやりな発言をして、ラズを困らせてしまった。──反省しなければ。


「ラズって何歳?」


 ぼーっとしながら水を飲むリンドウに、三つ編みの少女が話しかけてきた。

 さっきラズを誘った小人の女の子たちと入れ替わりで休憩中のようだ。

 リンドウは慌てて取り繕った。


「十歳。まだ子供だから、たぶん、あの子たちの想いは伝わらないだろうね……」

「ふーん。十歳なら、私たちだと十分大人なんだけど」

あなた(ビズ)はいくつなの?」

「十四」


 リンドウは内心驚く。見た目は十歳の女の子なので、年もそうなんだと思っていた。


「小人は、何歳で成人なの?」

「八歳」

「ちなみに、ファナ=ノアは?」

「十歳」


 リンドウは二杯目の水を少し吹いてしまった。


「しっかりしてるね……」


 目が覚めてから、リンドウに丁寧に例を言い、教主として粛々と振る舞っていた姿が思い出される。


「……そうでもない」


 くすり、と少女は笑った。

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