救出(6)
城から抜け出してすぐの場所にジルを見つけ、合流して一度隠れる。
ファナ=ノアはもう一度意識を失ったようだった。
あの青年との戦いは一瞬だったものの、全力だった。
正直なところ、加速、破壊と術を使って消耗したし、身体に負荷がかかって肩の傷まで開いてしまっていた。
ジルは、ラズを一瞥してからそれから退路を予定していた正門を睨んだ。
「まずいな……」
「……だね」
半分倒壊した正門の前に、恐ろしく腕の立ちそうな男────おそらく司令官だろう────がいた。他の兵士より格段に質の良いプレートアーマーを身につけている。
精悍な横顔に、畏敬の念すら覚えた。
(あの人相手に、正面から出るのは……絶対無理だ。もう一度陽動かけて引き付けてもらうか……? いや)
小人の少女はラズとファナ=ノアを装って今も逃げてくれているはずだ。また、昼過ぎに荒野から救援に駆けつけた二人の小人は、ラズたちが壁を出た後に陽動をして、逃走を助ける手筈になっている。これ以上彼らに無理はさせられないし、それをしてもあの男はあそこから動かないかもしれない。
ラズは慎重に辺りを伺う。
侵入に使った穴の近くには兵士が立っている。可能性があるとしたらそこしかないように思えた。
「ジル、あそこから出て、一気に加速して駆け抜けよう」
「そんなこと、お前しか、できない……いやできるのか?」
「できるよ」
しかし、ラズは肝心なことをジルには言わなかった。
ラズとジルは松明の明かりが届かない位置に回り込み、内堀に降りる。そのまま闇に隠れながら気づかれないギリギリまで忍び寄ってから、ラズはジルの体に術をかけた。運動能力の自己抑制を一時的に緩める荒技。
「いくよ……せーのっ」
「!!」
とっさに対応できない兵士達の脇を擦り抜けて穴をくぐり、壁の外に出る。
内側で兵士が何か叫んだ。
壁の外にはもう一つ堀がある。
ジルは堀を飛び越えたようだが、ラズは堀に足をとられた。
「……っ」
錬金術を使い過ぎた脱力感で思うように動けず、傷が痛みだす。
(やっぱり……力が足りない──あと、少しっ……!)
土手に登ったときには、ジルはその向こうの市街地の闇に消えていた。
ジルには言わなかったこと……それは、もう術を使う体力がほとんど残っていないということだった。
肩で荒く息をしながら、土手を降りようとしたとき。
「───!!」
大きな気配が猛スピードで迫ってくるのを感じ、ラズは咄嗟に振り返った。
ギィィン!!
振り下ろされた剣を、短剣と背中の剣の二本を使って寸前ではじき後ろに跳ぶ。傷を負っていた右肩に激痛が走った。
門にいたプレートアーマーの男だ。
「お前は、……人間か? こんな子供が……」
さらに向こうから二人の兵士が駆けてくるのが見える。
男はその二人をなぜか制止し、ラズに剣を向け、にやりと笑った。
「ディーズリー家当主、ブレイズだ。──受けないとは言わせないぞ」
こんなに遠い地でも、決闘の作法は一緒のようだ。
兵士たちがジルたちを追う様子はない。 ジルは気づかれることなくうまく闇に紛れて逃げられたということか。
(スイ。陽動を始めて、ジルとファナを助けてあげて、って皆に伝えて)
『───お前は』
──どうするのだ。スイの問いにラズは唇を噛む。
遠くで、ドォン、と一際大きな爆音が聞こえた。南東の外壁を破壊した音……この陽動で、街中を警備している兵士たちがそちらに引きつけられ、ジルたちも逃げるのが楽になるはずだ。
(あとは────)
嫌な汗がじっとりと背筋を冷たくする。
──逃げても追いつかれる。戦ってもまず勝ち目はない。
(この場を、どうしたら切り抜けられる……? 考えろ……!)
土手を下った先にある市街地をちらりと見やる。松明の小さな火が揺らめいている。
ラズはブレイズに倣い、短剣を腰に戻してすっと剣を構え名乗った。
「谷の國、長の息子、ラズ」
ブレイズはぴくりと眉を動かし、口角を上げた。
「谷の國だと? 巨人に滅ぼされた國か。恐ろしい話だ。気の毒に」
「どうも。……でも巨人より、ブレイズさんの方が強そうだよ」
「……ほう? まあ、詳しい話は後で聞かせてもらおう。──生きてたらな」
言うや否や、踏み込んでくる。──速い!
剣筋を読んでぎりぎりで受け流すが、反撃する暇がない。
押されて後ずさり、三撃目の勢いを利用して後ろに跳び、一度距離を取った。
一撃ごとが速くて重い。両手が痺れている。
ブレイズが前に踏み出した。左からの水平な刃を屈んで躱す。躱しながら足を狙って薙いだ剣先が、戻って来た刃に叩き落とされ、地面を掘った。
「期待はずれだな!」
「──っまだ決めつけるには早い!」
切っ先に力を伝わらせ、錬金術でブレイズの足元を崩す。
限界ならとうにきている。生命力を通り越し、魂を削って錬金術を使っているような感覚だ。──それでも。
剣身に術で振動を纏わせ切れ味を強化していく。この技を教えてくれたのは父だ。技には名があり、口上がある。言霊みたいなものだ。
(────『万象を裁ち虚空に帰せ』、<是空>!!)
ブレイズが体勢を崩した一瞬の隙をついて、<是空>の剣を、下から斜めに斬り上げた。
ブレイズの纏う鎧に入った切っ先は、力を入れずともいとも簡単に振り抜けた。そのまま、薙ぎ払う──が。
(浅い──!)
最後の踏み込みが足りず、大したダメージにはなっていない。
そのまま剣を返しもう一撃加えようとしたとき、カウンターの蹴りが視界の端に見えた。
「!!」
腕でガードしたが吹っ飛ばされる。なんとか体勢を崩さず着地したが、斬撃が追ってくる。そのまま転がって避けるしかない。
外堀の土手の坂を市街地側に転がり落ちる。
ラズは松明のすぐそばに着地した。
「まさか、鎧を簡単に切り裂くとは……。これが谷の國の錬金術か?」
松明に照らされた鎧には斜めに大きな裂け目ができているが、かすり傷程度だ。
頭の中に低い声が響いた。
『───ファナ=ノアは街の外に出た。あとはお前だけだ』
スイの声は心なしか焦っている。
(うん、もうちょっと待ってて)
ブレイズに蹴られた左腕はたぶん折れている。右肩も銃創から血が滲んで悲鳴を上げているが、剣を右に持ち替えた。
猛烈な疲労感が全身をむしばむ。
「逃しては……くれないよね」
「当然だ」
ブレイズが再び斬りかかってくる。松明の影に回り込むと、彼は一瞬躊躇したが支えの柱を斬り倒した。
松明の火がラズに降りかかる。ラズは回避せず、目を瞑って集中した。
(<波動>で、広範囲の火を、一度に消す───!)
────ざわり
錬金術を行使する波動が、イメージ通りに降りかかる熱を包み込む。
(よし──!)
騒がしい元素たちの反応を強制的にピタリと止めると、しん、と全ての火が突如消え、辺りが急に暗くなった。
「……何だ、どこにいる!!」
ブレイズが吠えるが、ラズは気配を殺したまま、市街地のほうに後ずさった。──彼はあの時炎を直視していたから、少しの間、目が見えない筈だ。
「くそっ、やられた!! ……ははっ」
「ブレイズ様……」
咎めるような部下の兵士の声が聞こえてくる。
そのやりとりを背に、ラズは路地の闇をゆっくりと進み、へたり込んだ。
(……しばらく、立てそうにないなぁ)
近くの通りを兵士たちの足音が通り過ぎる。
見つかるのは時間の問題だし、早く移動をしないといけないのに、身体が動いてくれそうにない。
(やるだけやった──ファナは助かった…………もう……いいか)
堪えていたものが一滴、頬を伝って溢れ落ちる。
──その時、頭を殴られるような強い声が直接心に響いた。
『───いつまで待たせる気だ!』
「──え?! ……スイ!!!」
薄明るい通りに、巨大な六本足の怪馬が不気味に足踏みしている。
「早く! 乗って!」
「リン姉!?」
考える暇もなく、その手を掴むと、ぐいっと持ち上げられ、スイの背中に放り投げられた。リンドウも後ろに飛び乗る。
「怪馬だと!? なぜ街に!?!?」
兵士たちが集まりつつあったが、スイは構わず走り出す。
通り抜けざまに槍を突き出されるのを、リンドウが錬金術で弾く。
何回か銃声も聞こえだが、走りだしたスイには運良く当たらない。
走りだしたスイは一分ほどで門に到達した。その門は、すでに爆破され大きく口をあけていた。
「戻ってきたぞー!!!」
兵士たちがざわめき、門の上から矢が降ってくる。
「くっ!」
リンドウが頭上に手をかざすと、到達する前にほとんどの矢が消失した。
「すご……」
しかし、撃たれたのが銃であればこうはいかなかっただろう。
勢いのまま門を通り越すと、スイはさらにスピードを上げた。
ラズはスイの首にもたれた。走りにくいはずだが、スイは窘めなかった。
「助かったよ……。ごめん、ほんとは死ぬかと思った」
『───違うな。お前は死ぬつもりだった』
「……え」
『───お前は自分を罪人とし、裁かれたがっている。ファナ=ノアを助けたから、もう楽になりたいと』
スイの声から静かな怒りが伝わってくる。
『───私をここまで連れてきておいて、勝手に死ぬだと? ふざけるな』
「……ごめん」
よく見ると、スイも体のあちこちに傷を作っている。
『───もっと強くなれ。そうでなければ、私に乗る資格はない』
「──はい……」
──厳しい。しかし、どうしてか、嬉しかった。
スイの硬い立髪に顔を埋める。スイはもう何も言わなかった。
(嘘次回予告)
二章前編(旅編)はこれにて終幕。
次話より始まる後編(荒野編)は、陽気で凶暴な竜人くんと漫才コンビを結成したり、助けた幼馴染とドキドキ急接近するとかしないとか!?
そこにロリコン変態率いる人間の大軍が押し寄せ、物語は佳境へ。どうぞお楽しみに!!
……ここまでお読みくださいまして本当にありがとうございます。
世界が厳しい分、終盤に向けて明るい話で序章からの流れを回収していきますので、二章終わりまで、何卒お付き合いくださいませ。