憎しみと亡国(1)
お読みくださり、ありがとうございます。
ここからは基本的に、主人公ラズの目線(三人称一元視点)で進行いたします。混乱する文ございましたら何卒気軽にご指摘下さい。
その日、ラズは、山脈のかなり高いところ、崖のあるあたりを探検していた。
時刻は昼下がり、季節は夏であるが標高があるので過ごしやすい気温だ。薄着で来てしまったので、じっとしているとむしろ肌寒い。
「よっと」
辺りのひょろっとした木から、比較的しっかりしたものを選び、幹に手をかけて張り出した太い枝に跳び移る。
そして、ぐるりと景色を見渡した。
だいぶと登ったが雲の高さには少し足りない。山脈の麓のものより半分くらいの高さの木が、斜面に伸び伸びと葉を伸ばし、青い果物を実らせている。
ぴるるるる……という鳥のさえずりが耳に心地いい。
猛獣、取り分け異形の類も出没するこの亜高山にわざわざ分け入る人間なんて、ラズくらいだ。景色を独り占めしているような爽快感に、思わず笑みが漏れた。
ラズ、というこの二文字の短い名前はいわゆる幼名である。十二歳で成人するともう少し長い名前が貰えるが、まだ十歳のラズには少し先の話。ちなみに、大国の貴族などではないので姓はない。
子供らしい小さな体躯、樹海に挑むには場違いな薄着にナイフとリュックという身軽な出立ち。胸元には鳥を模した小さな銀細工が揺れている。
「山に入って三日経つから……もう帰らないとなぁ」
ぽつりと呟く。その声はまだ声変わり前のあどけない響きだ。
母親譲りの黒髪に、ぱっちりとした黒目。後ろ髪を長く伸ばして背中でまとめているせいもあり、女の子とよく間違われてちょっぴり困る。
この山を下った谷間に、ラズの住む國がある。國、と言っても、だいぶと人が減って今は五十人ほどの集落でしかないが。
錬金術という特殊な技と、武術に長けた少数民族、なのだそうだ。その中でも、ラズには飛び抜けた才能があるらしく、大人たちをよく驚かせた。
性格は明るく、友だちも多い。とはいえ、やることなすことに突拍子がないせいですぐに誰もついてこられなくなる。けれど別にそのことを嬉しいとも寂しいとも思ったことはなかった。ラズの興味はいつも未知に向いていたからだ。
最近では、未踏の亜高山を調べて成果を持ち帰るのだ、などと小狡く父を説得し、國長の次男という役割もそこそこに、暇を見つけてはたった一人でこうして山にいる。誰かが一緒でも楽しいけれど、自由に動けないので面倒臭い。
あと好きなことといえば、体を動かすこと、……それから、地図を描くことか。
(……できた!)
見える景色を手元の紙へ書き取る作業を終えて、ラズはリュックからもう一枚の紙を取り出した。
その紙には、マクロな世界地図が描かれている。
ここ大山脈を下ると平野が広がっており、そこは隣の国の領地。たくさんの街が栄えていて、その向こうには海や平原が存在するのだという。──眺めているだけでワクワクする。
(その先にあるのが、荒野……!)
遥か西、世界の果てとも言われている。
見渡す限りの大地から目線を持ち上げると、そこには快晴の空。遠くて境目はおぼろげだが、その空が大地と交わるところに、その場所……荒野があるはずだ。
ラズはどうしても、そこに行きたかった。
なぜならそこに行けば、ラズが昔から抱えている疑問が解けるはずだから。
けれど、両親は國から出ることを許してくれなかった。十ばかりの子どもを旅に出すなど有り得ないと、母に泣かれてしまえばそれ以上は何も言えない。仕方なく、せめて成人となる十二歳になるまでは國にいる、と約束し、代わりに、反対側である大山脈を探索することで疼く冒険心を満たしてきた。
ラズは木の実をかじりながら、山嶺を見上げる。
山のてっぺんはまだ遠い。
どうせなら山脈の向こう側に行ってみたかったが、道もまだ見つからない。
ズ……ザザザザザ……
突然、どこからか、何か大きなものがずり落ちるような音がした。ラズは耳を澄ませる。
「…………?」
その方角……崖の方を見て、ラズはびっくりした。
(子ども!?)
遠目だが、それは少なくともラズよりはるかに幼い子どものように見えた。
そんな子どもが、今まさに傾斜を転がり落ちている!
──國にあんな子はいない。そもそも、こんなところに自分以外の人がいることが信じられない。とにかく、あの高さから落ちたら、まず命はない。
嫌な予感しかしなかったが、見てしまった以上放置出来る性分でもない。
ラズは木から飛び降りると、落下地点に向かって駆け出した。
挿絵の落書き、Twitterにて
ラズのラフはこちら
https://twitter.com/azure_kitten/status/1279324197806764034?s=20
可愛いとお姉様方によく言われるタイプで、そのうち髪を切ります。
ラフネームですが、漫画版あります。
https://www.alphapolis.co.jp/manga/920839317/370404734




