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救出(4)

 街の灯りはほとんど消えた夜半、秋の虫が少ない草むらで羽を震わせる音が微かに聞こえた。

 外堀の外側の暗がりに、ラズたちは隠れていた。

 隣にはジルがいる。


(スイ、作戦通り──位置についたよ)

『───お前が一番最後だ』


 心の中で呟くと、スイから返事が返ってきた。

 静かに息を吐く。ここからはもう引き返せない。


 ラズは作ってきた鬼の面を取り出して、顔に着けた。

 この面はレノに作ってもらった──故郷の祭りでよく使われた──災いの神を表す面だ。

 ちなみに髪の色は黒に戻してある。

 

 中央区画の外壁の門に遠い地点で、見える兵士は一人だけ。


 ──りんっ、りん、りんりん……


 鈴の音がどこかから聞こえた。

 別の位置に隠れている仲間が陽動してくれている音だ。


 近くにいた兵士がそちらに注意を向けた。

 ラズはすっと、静かに駆け出し、兵士の背後をとった。

 首筋に麻酔針を打つと、ゆっくりと崩れ落ちる。

 倒れるときに派手な音が立たないよう、後ろからついてきたジルが軽く支えた。


(────まだ、もう少し、見つかるのを遅らせないと)


 その間に、浅い空堀を飛び越えて壁に張り付き、石壁を消失させ、かがんで通れるくらいの穴を開ける。

 小さい穴とはいえ奥行きがあるため、術の行使にごそっと生命力をもっていかれて少し目眩がした。


 ふらつくのを堪えて、ジルに目配せする。

 彼が(くぐ)るのを待ちながら、ラズは周囲を確認した。壁付近からの位置だと、左右に別の兵がいるのが見て取れる。

 ジルが壁の向こうに消えた後、ラズはどん、と壁を叩いた。途端、兵がこちらを振り返る。


「何者だ!」

「気付かれた! 早くっ!」


 ラズは壁と反対側、誰もいない空間に向かって演技した。

 それから、ぱっと屈んで穴を通る。


(ここまで、──狙いどおり……!)


 これで、まず外が騒ぎになる。

 壁の外には誰もいないし、壁の穴は小さいので兵士たちがそこから追ってくることはない。

 だから、壁の中が騒ぎになるのは少し後……闇に紛れるのに猶予ができるはずだ。

 壁内の兵士の目を盗み、物陰を移動する。


「……しばらく、ここにいれば大丈夫かな」

「……お前、その気配の消し方……誰に教わったんだ」


 ジルが少し驚いた様子で眉間に皺を寄せた。


「我流……怪物とか多いところで育ったから」


 ──教わった……ということは、ジルには師がいるのか。小人の何かの流派かもしれない。

 徐々に、侵入者があったことが伝わって、壁の中の兵が増え、騒がしくなってきた。


(スイ、入ったって皆に伝えて)

『───ようやくか』




 † † †




 彼女は領主城の正門前の低木の裏に、息を潜める三つ編みの小人の少女の姿があった。


「……!」


 脳裏に直接響いた騎獣の声に頷いて、静かに、息を整える。


 あの人間……ラズがなぜファナ=ノアに拘るのか彼女には分からない。分からないが、本気であることは十分伝わったし、その覚悟の前に何もしないではいられない。

 手の中の、リンドウから渡された筒を見下ろす。苔脅しの音が鳴る爆弾筒……これがあれば撹乱や誘導といった小細工が容易にできる。もしかすると──本当に、助けられるかもしれないのだ。


 もう一度深呼吸してから、彼女はそれを門の松明に向かって投げた。


 ドォン!


 大きな音がして、衝撃波が付近の松明の明かりを掻き消した。

 辺りは急に暗闇に包まれる。

 少女は大きいが軽い荷物を背負って、混乱する兵士たちの間をすり抜け、通用口から中に入った。


 物陰で小さく身を丸め、周囲を見回して大きく、息を吐く。

 ──自分の役目は、今から次の合図があるまで、決して兵士に見つからないことだ。




 † † †




 門から聞こえてきた爆音に、兵士たちが一斉に注意をそちらに向けた。

 その隙に、ラズたちは石造りの城に窓から侵入する。

 城の中も少し慌ただしい。

 慎重に、気配を殺して兵士たちを何度かやり過ごした。


(……あった)


 地下へ続く深い階段。その前に、兵士が一人立っている。

 しかしそこにもう三人、増援と見られる兵士が走ってくる。


「……!」


 ジルが迷うように表情を固くした。

 その傍らで、ラズは瞬時に答えを出す。


「増えると不利だ! 一気に行こう」

「!」


 階段の前の兵士に素早く忍び寄る。

 まだ──気づかれていない。

 しかし増援の兵士の視界にはどうしても入ってしまう。


「おい、後ろ!!」

「!」


 慌てて振り向こうとする兵士の腕に麻酔針を突き刺して、ラズは地下への階段に駆け込んだ。

 身を固くしていたジルに鋭く声をかける。


「早く!」

「……ちっ」


 兵士たちの前を横切り、ジルも階段に滑り込む。

 すかさずガシャン!と中から鉄格子の門扉を閉め、錬金術で壁に固定した。

 兵士たちは勢い余って門扉にぶつかって悶絶する。

 鬼の面をつけたラズの姿をランタンで照らし出し、苦々(にがにが)しげに睨んだ。


「くそっ! ツルハシか何か持ってこい!!」

「間違いない! 黒髪の小人……!」


 彼らに迷わず背を向け、ラズは階段を数段とばしで滑り降りる。ほぼ役割を終えた鬼の面を側頭部にずらす。

 しかしすぐに先行したジルの背中を見とめ、立ち止まった。すぐ先に部屋があるようだ。夢よりだいぶと短い。

 そこに、二人の門番が槍を構えて待ち受けている。

 ラズは背中から剣を抜いた。右肩は上がらないので、左手に持つ。


「──下がっていろ」


 ジルがそう言い置いて飛び出した。槍を避け、間合いを詰めようとするが、もう一人の槍の突きが迫る。後退して避けようとしたジルに、ラズは叫んだ。


「そのまま!」


 間に入り、術で槍の柄を破壊する。兵士は驚愕して下がり、代わりに腰の剣を抜いた。

 切り掛かってくるのを躱し、後ろから首筋を剣の腹で強打した。


「がっ……」


 子供の細腕では意識を奪うまではいかないが、怯ませるには事足りた。

 わずかに動きが止まった兵士の両足の腱に蹴りを入れ、錬金術でダメージを与える。

 これでもう立てない筈だ。


 その間に、ジルは相対していた敵を倒していた。

 腕に負った傷を、服を引き裂いて止血している。


「大丈夫?」

「問題ない」


 見る限り、言葉どおり軽傷のようだ。少しだけ安堵して、ラズは牢を見回した。

 この階の囚人は軽犯罪者だろう。一つの牢に何人も入っている。


「開けて!」「助けて!」「小人!?」「汚らわしい!」


 ざわついているが、今は構っている暇がないし、この後騒がれてもやっかいだ。


「すみません!」


 牢の前を通り過ぎる直前に、眠り効果のある煙筒を落として、ラズたちは階段を降りた。


 階下では、兵士が四人待ち受けている。

 降りる程に天井が低くなってきた。長い武器は使いにくいからか、兵士たちの武器は短剣だ。


 ラズも腰のベルトから短剣を抜き、左手に持つ。短剣の飾り帯についた小さな石が松明の光を受けて、ちか、と光った。

 部屋に出れば集中攻撃をされてしまうので、うかつに前には出られない。しかし、睨み合いをしているうちに上階の牢の門が破られないとも限らない。


「ジル、背中よろしく」


 ここまでなるべく体を動かさないようにしてきたが、そうも言っていられないだろう。

 足の裏に意識を集中して、術で勢いをつける。


 ダンッ────


 一瞬で兵士の目前に到達し……そして短剣を、一閃した。

 進路にいた兵士は利き腕を深く抉られて、剣を取り落とす。


「あぁああゎああ!!!」


 その兵士は、悲鳴を上げて後ろに下がった。

 追撃せず、引き戻した刃で反応できていない右隣の兵士の肩を突いたが──浅い。

 その兵士はたたらを踏んだあと、すぐに攻撃に移った。

 兵士の悲鳴に我に返った背後の二人が動き出している。

 後ろから切っ先が迫る気配がして、振り下ろされる短剣を振り向きざまにすんでで破壊した。武器を失った兵士は一度下がる。


 後ろの二人に向き直って、ラズは一瞬硬直する。

 ──背後にいたもう一人は喉から血を流して倒れていた。


 キン!


 青ざめたラズの背後に向けられた肩を負傷した兵士の短剣を、ジルのナイフが弾いた音がした。

 一方、ラズに武器を破壊された目の前の兵士は、壁に立てかけてあった予備の武器をとろうと動く。

 その動きではっと我に帰ったラズは、再度錬金術で素早く踏み込み、短剣の先をその兵士の首筋に当てた。

 兵士が身動きを止める。


「……一応訊くけど……ファナ=ノアは──どこ?」


 兵士は苦い表情で、階下を指差した。

 階下からは、人の気配は感じられない。狭い牢獄だから、看守や兵士は上の階も合わせて六人で全部なのだろう。


 ラズはゆっくり息を吐いて、腰のポーチからリンドウにもらった麻酔針をもう一本取り出し、その兵士の首元に打った。

 振り返ると、ジルが肩を負傷した兵士の腹にナイフを突き立てていた。

 利き腕に大きな傷を負った兵士はへたり込んで震えている。ジルが首を締めて気絶させた。


 石畳に、血溜まりが広がっていた。

 しん、と牢獄が、静かになる。

 地下二階の雰囲気は重い。

 囚人たちは収監されて長そうで、痩せて目にも力がない。

 何人かはギラギラさせた目でこちらの様子を伺っている。


「止血、しないと」


 気を失っている兵士の腹の傷が致命傷でないことを祈りながら、錬金術で止血する。


 首を裂かれた兵士は絶命していた。

 やったのはジルだし、あの状況で手段を選べはしなかったのだろう。

 しかし、罪悪感がラズの心にのしかかった。

 吐きそうなくらい気持ちが悪い。

 動いたせいか息が上がっていた。脇腹の傷が開いて、血が滲み出している。


「……っ」


 急に目眩がして、ラズはしゃがみ込んだ。

 倒れる兵士の遺体が、故郷で目に焼き付いた血みどろの風景と重なる。


(──また)


 巨人の二回目の襲撃の後、街の東門の惨状を見た時と同じだ。

 ──自分が皆を殺した、自分のせいで母まで……。


「っおい!」

「!!」


 ジルに荒々しく肩を掴まれ、はっとする。

 軽いパニック症状を起こしかけていたらしい。

 まだ頭が朦朧とする。ひゅうひゅうと息が喉から漏れる音がした。


「ファナ=ノアは下だ。早く行くぞ」

「……うん」


 ──そうだ、自分は助けに来たのだ。……あの子はこんな犠牲の上に助けられても喜ばないかもしれないが。


(──汚い)


 ──自分の手を見下ろして、そう思った。

 ジルに促されて遺体から目を逸らし、下り階段を静かに降りていく。


(だけど、決めたんだ……助けるって)


 罪悪感に苛まれたからといって、ここで立ち止まるなんて尚悪い。

 早足のジルに追いついて、階段を駆け降りる。

 暗い階段は期待より短く、すぐに階下の松明が足元を照らした。


(ずっと……言いたいことが、あったはずなんだけどな)


 ラズは意を決して、薄明るいその部屋に足を踏み入れた。

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[良い点] ラズのトラウマが……! つらいな……。 [気になる点] 特にないです。 文章、読みやすいと思います。
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