救出(2)
平原の国、西方自治区のさらに最西端に位置する広大な平野。小人が住む荒野と、竜人が支配する山地に挟まれた土地に、人間の統治する領がある。
岩石地帯を避け、山地から流れてくる少ない水で乾燥に強い作物を育てながら、荒野近くで採掘される鉱山資源を東に輸出して、人と工業を育ててきた。
といっても、高い壁の中に多くて一万人程度の人口を抱えた小さな鉱山都市や工業都市が点在しているだけで、広い面積の割に栄えているとは言い難い。
区の東側にある中央都市からこの領までの距離は、間に砂漠を挟んで、徒歩の旅人なら四ヶ月ほどかかる。早馬による情報伝達網はあるが、それでも端から端まで情報が伝わるまでに一ヶ月を要する。
そんな地理的事情により、統治体制は、国や区からの監視や介入はあれど、領主を頂点とした自治となっている。
荒野の開拓、すなわち小人への対応についても、ほとんどこの領主の政治により決められていた。
「──今日は集まってもらってご苦労。では始める」
初老の領主が会議の開始を告げる。席についているのは領主の他に四人。皆、領内の有力な貴族であり、政策は彼らによって決められる。
「中央都市から入った情報が一つ、それと例の小人の件です」
補佐が文書を読み上げた。
「まず一つ目ですが、森の国の東部、大山脈に巨人が現れた件の詳細です。そこにあった小國は滅ぼされ、巨人族はそのまま森の国を脅かす勢いだそうです。森の国は、大規模な討伐隊を編成しているとのこと。
以降は極秘ですが、平原の国中央区は結果次第では海の国と同盟を組み宣戦布告を検討しています。西方自治区伝いで、我々の領からも千人出すようにと」
一同がざわつく。
「巨人とはなんだ?」
「人の二倍ほどの大きさの種族ということしか伝わってはきていません」
「そんな遠方に、千だと? もうすぐ冬だというのに、そんな無茶な……」
領主は頷いた。
「銃の輸出を増やす代わりに、五百人に減らしてもらうよう交渉しよう。軍務卿は、遠征可能な兵をまとめ、農民から兵を募り訓練をする計画を作っておいてくれ」
「……承知しました」
「小人の件だが……、警務卿?」
領主からの目配せを受けて、警務卿ブレイズ=ディーズリーは口を開いた。
「看守によると、まだ話せる状態ではないようだ」
囚人の監視や街の警備の最高責任者、それがブレイズの役職である。
通常は軍備も警らも統治者直轄の一つの組織で担う地域が多いが、この領は事情が変わっていて、対外は『軍務』、対内は『警務』と組織を分けてことにあたっているのだった。
「引き続き、生かさず殺さず、服従を迫れ」
領主の指示を聞いていた小太りの貴族が、興奮気味に声を張り上げた。
「奴のせいで侵攻が中止となった郷を叩き潰し、見せしめにすればいいでしょう!」
この男は、通称鋼務卿……鉱山の開拓や小人への対処を領分としている、成金男爵で、領政への干渉をほしいままにしている。
領主は仕方なさそうに眉を寄せつつ、軍部の長に目を向けた。
「……軍務卿。何人出せそうだ?」
「遠征分を差し引いて五百、というところでしょうか」
「鋼務卿、それでいいか?」
「……いつもの十倍も! ええ、あのファナ=ノアがいないなら、十分事足ります」
「警務卿。奴が目を覚ましたら、今の話で揺さぶりをかけろ」
「……了解。それと関連するが、東の街で、小人の奴隷が消える事件が三件起きたと報告があった。三件目では、逃亡する姿が目撃されている。錬金術を使う黒髪の小人がいたとの報告だ。さらに、黒髪の人間の女が幇助していたと。
黒髪の小人の方には胴に銃を二発を撃ち込んだが逃げられたとのことだ。逃走には怪馬が使われた。女の方は外壁を崩すほどの力を持つらしい」
それほどの錬金術を使える者は、西方自治区全体でも一人いるかどうかである。
黒髪というのも珍しい。まだ見つからないということは、人がいない街の外を移動しているのだろう。
ブレイズの報告に、一同はまた顔の皺を深くして難しい顔をした。
「小人がそんな動きをするなんてな……ファナ=ノアという小人の影響か」
「ああ。奴らが怪馬を使うことは分かっていたことだが、こうやって使われると我々の馬では追いつけない。非常に厄介だ」
「小人を助ける人間が現れたというのが、理解に苦しむな……。例の小人が手中にあれば、今後は動きが鈍るはずだが……。危険だな」
領主は少し考えてから、ブレイズを見据える。
「領内全域で手配して、早々に対処してくれ」
「……承知した」
その後、北の竜人の話や、冬の対策について討議した後、散会となり、ブレイズは考えごとをしながら会議室を後にした。
(そもそも、何が楽しくて小人を追いかけ回さんといかんのだ……)
始まりは二代前の領主が、荒野の鉱山資源に存続の活路を見出したのだという。以来、荒野の採掘場を広げるために見つけた小人の郷は全て焼き払い、抵抗する者は殺し、捕らえた者は奴隷としてきた。
大抵の小人たちは人間を見ると一目散に逃げる。荒野にいる小人は錬金術のようなものを使うことが知られているが、つむじ風を起こす程度なので、たいした脅威ではない。過去に一つだけ、激しく抵抗した小人の郷があったそうだが、数にものを言わせて叩き潰したのだとか。それも十年も前の話で、このところは小人たちからの抵抗は皆無だった。
しかし、先日捕えた小人──ファナ=ノアは全てが異質だった。約半月前、発見した郷を攻めようとした際、突如兵の前に一人現れ、進路に巨大な竜巻を起こして見せたのだという。
こちらに犠牲は出なかったものの、相当に恐ろしかったと聞いている。
そしてその小人は、小人の郷への侵略の停止と、対等な交易を求めた。
そんな天変地異を起こされては、兵士が何百人いようと小人の郷を攻めることは到底難しいし、荒野にある人間の街が逆に襲われないとも限らない。
しかし、領主や貴族たちは、小人の要求を飲むことに強い抵抗を示した。
そこで、通商条約を結ぶ偽の会談を設けて招いたファナ=ノアを銃撃し生け捕ることで、小人たちを手中にしようと企て、それは実行された。
(騙し討ちなど、薄汚いことをしたものだ。小人の肩を持つ訳ではないが、褒められたことではない)
領内の治安維持に心を捧げ、正義であろうとしてきた警務卿ブレイズ=ディーズリーにとって、今回の作戦はあまり気分の良いものではなかった。
しかし、そういった絡め手を使うことも、政治ごとには時には必要なのだということは理解している。
「あれ、伯父貴、難しい顔して……今日はなんだったんですか?」
「……本国への出兵依頼があった。そのうちうちの隊からも割けと言われるだろうな」
途中の回廊で気安げに話しかけてきた若い貴族に、ブレイズは向き直った。
彼の地位は中隊長なので、本来直接話す相手ではないが、腕が立つのと、血縁であるという理由でやりとりは気安い。
「そうだ、お前、谷の國を知っているか?」
「山脈にある、錬金術に秀でた小國でしょう。あ、綺麗な黒髪の女性が多いっていう」
中隊長はにこにこしながら答えた。……錬金術に、黒髪。聞いたようなワードが出てきて、ブレイズは顎髭をすいた。
「やはり記憶違いではなかったか……ではあの女──」
「何を気にしているんです? あ、もしかして不倫……」
「阿保か。この手配書だ」
相変わらずの軽薄な返事を一蹴して会議資料を見せると、彼は目を細めた。
「……錬金術を使う黒髪の女、黒髪の小人?」
「小人は荒野を出たら錬金術は使えないはずだろう。人間の子供をそう見間違えたという可能性もある」
「なるほど」
「谷の國の者がここまで流れてきたと考えれば辻褄が合う。たしか錬金術以外にも、武芸にも秀でているという話があったはずだ。大国森の国に吸収されなかったくらいだからな。二人だけとは限らん。たとえば、プラチナの目をしたやつが手引きしてるとかな──」
それを聞いて、中隊長は呆れた顔をした。
「例の飲み友達でしたっけ? あーあ、伯父貴、そうだと良いと思ってるでしょう。いつものらくらかわされて手合わせできてないからって」
指摘されて、いつの間にかニヤけてしまっていたことに気づく。そう、戦い……特に、強いと言われる者と戦えると思うと気分がよくなるたちなのだ。娘には悪い癖だと嫌がられるが、性分なのでどうしようもない。
「例えそうだとしても、伯父貴とは勝負にならないでしょうよ。北の竜人ですら束になっても敵わない伯父貴をどうにかできるはずがない」
ブレイズは過去に平原の国全体の御前試合で、準優勝している。ちなみに決勝は王太子の顔をたてた不戦敗。つまり、この国で実質最強の剣士ということだ。
「分からんぞ、世界は広い」
「へーへー」
「まったくお前は、せっかく腕がいいのにやる気に欠けるな」
憮然として言うと、彼は苦笑した。
「ご指導いたみいります、ブレイズ様。それでは私は訓練に戻るとしましょう」
「……ああそうだ、お前は今日、夜警だろう。今晩の当直は俺も出るぞ」
「わざわざ総隊長が夜間警備なんて。大隊長に任せてもいいのでは?」
「上でふんぞり返るのは俺の性に合わん」
「伯父貴のそういうところ、尊敬してますよ」
中隊長と挨拶を交わし、ブレイズは再び執務室への廊下を歩き出す。
──例の小人が起きているかもしれない。後で牢の様子を見ておくか。




