奴隷(3)
入り組んだ路地裏をついていく。
見通しが悪く、陽当たりもない。
おまけに、整備が行き届いておらず、不衛生な場所だった。
あれからすぐ市場の側の広場を離れたが、何人かは疑いの目をこちらに向けていた。なんとなく嫌な予感がする。
三つ目の角を曲がったとき、後方にちらりと人影が見えて、ラズは体を強張らせた。
(もしかして、やばい……?)
往来であの立ち回りはそれは目立っただろう。ラズはさっき疑いが晴れたとはいえ、三つ編みの少女はもしや、と思われていてもおかしくない。
また微かな衣擦れが聞こえて、ちらりと背後を振り返る。路地の曲がり角には他に人影はないが、間違いなく自分たちではない誰かか、後ろにいる気がする。
ラズは少女とリンドウにギリギリ聞こえる声でささやいた。
「──つけられてるかも」
少女ははっとしてこくんとうなずき、早足になった。
幸いここは路地裏、おそらく撒くのは簡単だろう。
何回も角を曲がり、完全に方向感覚がなくなったとリンドウがぼやいた頃、少し開けたスペースにたどり着いた。
そこに、七、八人の小人がいた。四人が横になってぐったりしている。
苦しそうに呼吸していて熱があるようだった。
「×××××……!」
壁際に立っていた一人は、リンドウを見て抜身のナイフを構えた。何を言っているのか、言葉は分からない。
少女と同じ茶色の髪で、顔だちは三十歳ぐらいに見えた。鋭くて、暗い目つきをした男。
身なりは奴隷とは違い、街の子供とそう変わらないこぎれいな格好だ。耳まで隠れそうなフードつきの上着を着ている。
横になっている小人の中にも、同じ格好をした者が一人。
ナイフを持った小人の様子に慌てて、少女が間に入る。
何かやり取りをした後、その小人の男はとりあえず刃を下ろした。
しかし、敵意がなくなった訳ではなさそうだ。
この三人以外は、街で見かける奴隷と同じ粗末な格好で、痩せ細っていて覇気がない。さっき兵士が言っていた、『屋敷から消えた小人』というのは、彼らのことかもしれない。もしかして大変なことに飛び込んでしまったのではと思い当たり、リンドウの顔色をちらりと窺う。
叔母は途方に暮れた顔で路地裏を見回していた。しかし、意を決したように布を口に当てゆっくり患者に近寄るとその胸に手を当てた。ラズはその様子を興味深げに覗き込んだ。
「……何してるの?」
「肺の状況の<理解>」
気管支の症状が見られる場合、まず確認すべきは肺へのダメージなのだ、とリンドウは付け加えた。続いて、手際よく腹部も確認していく。
「熱、咳、ほかに症状は?」
少女は首を振った。
「細菌性の肺炎ね。感染力が強い」
リンドウは鞄から薬を取り出し、少女に渡す。
「一日三回飲ませてあげて。ごめんね、今はこれだけしかないの」
そう言ってから、彼女は立ち上がり周囲を見回した。
「ここにいると、症状が悪化してしまうけど……」
「一時的にいるだけ。今晩、街を出る」
「それは……この容態で旅をする気? まさか徒歩で、荒野まで?」
「ううん、仲間と待ち合わせ。だから怪馬……」
「×××!!」
ナイフを持った小人が鋭い声を飛ばした。
ラズたち人間には聞かれてはいけないことだったのだろう。
少女の腕を荒々しく引き押しのけて、殺気だった表情でリンドウとの距離を詰める。
叔母を守らなければ。ラズは素早く間に割って入った。左手は、腰──目立たないようベルトの背中側に横に差している護身用の短剣の柄に手をかける。子どもが街で剣を差して歩くなど目立ち過ぎるので、上着で隠せる程度の武器しか持ち歩いていないのだ。
ガキン!
何の躊躇もなく首筋目掛けて繰り出されたナイフを、ラズは短剣で受け止めた。
力比べになる前に小人が足払いをかけてくる。剣で戦えば怪我をさせてしまう。この小人は戦い慣れているようだから、素手で倒すのは難しいかもしれない。
(あれを試してみる……!?)
衝突するであろう位置付近に<波動>を起こして集中する。
小人の脛がラズの足に触れた瞬間、バチッという音がしたかと思うと、彼はバランスを崩して倒れた。
「!?」
ラズはすかさず腕を掴んで捻り、動きを封じる。ナイフが地面に落ちて乾いた音がした。
──うまくいった。
電気を起こすこと自体はレノに修行をみてもらえたのでそれなりに自信を取り戻したが、加減はまだよく分からない。ちなみに身体から離れて広範囲で<波動>を使う技はまだ練習中だ。
小人の男を押さえながら、ちらりを周りを見回す。それ以上ラズたちに向かってくる者はいないようだった。
緊張を残しつつ、ゆっくりと彼を解放する。
「君たちが隠れてることを、僕たちは他の人には言わないよ」
ナイフを返すと、その小人は体の痛みに顔をしかめながら奪い取った。
「……信用できるか。人間など」
人間の言葉も話せたことにラズは驚いた。しかも小人の少女よりも流暢だ。
ただ、彼の昏い表情は、四ヶ月前に見た、巨人たちの悪鬼の形相を彷彿とさせた。
「……なんで」
──そんな顔、見たくない。こんなに遠くまで来ても、この息苦しさはなくならないのか。
ラズは彼から目を逸らして、俯く。
リンドウが代わりに口を開いた。
「……あんたたちを通報してまた人間に捕まったら、良くて奴隷みたいに働かされるだけでしょう。病人を、ここまで痩せ細るような、不健康な環境に戻すのは薬師としてできないから」
気持ちを押し殺しているような、浮かない声だ。
「だけど、私たちだってお尋ね者になるのは困るから、これ以上は手を貸せない」
「……でも」
ラズは俯いたまま呟いた。
「ごめん、リン姉……。たぶん、さっきの市場の件で疑われてるから、ここで小人たちと分かれて往来に戻るより、僕たちも夜まで待って一緒にこっそり街を出る方がいいんじゃないかな」
「ああ……うん。でもそれは、この子達に迷惑じゃない? 私はあんたみたいに動けないから、足手まといになっちゃうし……」
リンドウがそう答えた時。
突然、狭い路地に大きな声が反響した。
「いたぞ!!! こっちだ!」




