プロローグ(イラストあり)
鬱蒼と生茂)った木々の間の細道を、薄明の陽光が柔らかく照らし出す。
その道を少し逸れたところ、太い木の根でかたどられた窪み。そこに、二人の少年が倒れていた。
一人は、血……だろうか。頭からつま先まで、朱に染まっている。目立つ外傷はないようだったが、そのあどけない顔に生気はなく、生きているのか死んでいるのか定かではない。
すでにかなりの時間が経過しているらしく、乾いて削れた赤が、苔むした地面にポロポロと散らばっていた。
もう一人は長身の少年で、憔悴して深く眠っている様子だった。
生気のない少年を守るように、腕を回したまま。……どこか似た面影は、兄弟を思わせる。
その表情は、悪夢を見ているかのように、険しく歪んでいた。
靴の裏は激しくすり減り、赤黒い汚れが目立つ。
……まるで、どこか血みどろの地獄から逃げてきたかのような、悲壮な有様だった。
辺りには、少年たちの他に、人の気配はない。
夏の虫のツクツク……という羽音だけが反響している。
ややあって、葉が擦れる音とともに、そよ風が吹いた。風は、細道の向こうにそびえる山脈の方角から吹いている。
東の方角の見渡す限りを壁の如く立ち塞ぎ、天を衝く大山脈。
その山嶺に、白い何かが朝陽を受けてチカ、と光るのが見えた。
それは、見る間に尾根を滑り降り、近づいてくる。
──竜。
白銀の鱗、黒曜の鬣、蛇のようなしなやかな体躯。……しかし、大きくはない。せいぜい、人間の大人の背丈と同程度か。
竜が纏うそよ風が、草木を騒がせ木漏れ日が揺れた。
蜻蛉のような翅を震わせ、倒れたままの少年たちの側へと、静かに降下する。
しかし地面に降り立ったときには、その姿はかき消え、代わりにそこにいつの間にか人間の男が一人、佇んでいた。
その瞳の色は、飛来した竜のものと同じプラチナの異様な色であり、その男がただの人間ではないことが伺える。
男は朱に塗れた少年に近づいてその顔を覗き込み、少しだけ、安心したかのように息を吐いた。
そして、静かに呼びかける。
「……ラズ。……ツェル」
少年たちの名前だろうか。
しかし、二人は意識を取り戻す気配はない。
男は柔らかい動きで、生気のない少年の額に手を当てた。まるで、母親が子どもの熱を確かめるように。
少年の黒い髪がさらりとこぼれ、口からわずかに吐息が漏れた。
それを見て、彼は目元を微かに綻ばせる。
もう一度そよ風が吹いたとき、そこに三人の姿はなかった。