閑話
小さな人間の友人の声を胸中で反芻する。
──『ビライシェンが公爵軍に追いつくと何が起きるか読めないから、足止めしてほしい』。
(……ハッ。そもそもどいつがビライシェンだか知らねーよッ!)
人馬の進路を塞ぐように大木を切り倒し、その上に仁王立ちしたまま、シャルグリートは胸中でぼやいた。
短い銀髪に、側頭部には稲妻のような刈り込み、耳の後ろに開けたピアスには羽飾り。身長は並の人間の男より一回り大きく、鍛え上げられた筋肉は服の上からでも分かるほど。竜人<牙の民>の特徴である尖った歯は、両耳に引っ掛けた白い布で隠してあった。お陰で目つきの悪いアイスブルーの三白眼が際立つ。
ズガン! ズガン!!
林道に長銃の音が響き渡る。
今のシャルグリートは良い的だ。しかし銃声と同時に目の前に黒水晶の花がいくつも咲いて銃弾を防ぎ、散っていく。シャルグリートはラズのように弾道の予測はできないから、広範囲に水晶の欠片を飛ばして触れたものを反射的に防いでいる。──名付けて、<盾となる粒子>。
「銃が効かないぞ!?」「怖気付くんじゃない! 相手は一人だ!」
「誰が独り身ダーーっ!!!」
「あいつバカだぞ!!」「いや今、喋ったのか!?」
ざわざわと武器を持って間合いをとる兵士たちに水晶の礫をお見舞いする。威力は直に投擲する場合の半分以下で、当たっても大したダメージにはならないが、革鎧程度の人間程度なら、上手く当てれば一発で動きを止められる。当然鋭利な形状にすれば効果は増すが、弱い奴らをいたぶる趣味はない。ラズの頼みでなければこんな役回り絶っ対にごめんだ。
ラズはシャルグリートのことを喧嘩友達くらいにしか思っていないだろうし、シャルグリートにとってもそうだ。それくらいが丁度いい。互いの志も実力も分かっていて、信頼と誠意と貸し借りで成立する仲間関係。だから今回は貸しといてやる。
恐々と様子を窺う輸送兵たちをギッと睨みつけ倒木にどかっと腰を下ろす。彼らの中に多少見覚えのある三十路男を認めてシャルグリートは誰だったか、と眉間に皺を寄せた。そしてすぐに思い当たる──旅の道中ラズが助けた商人たちである。が、特に挨拶する仲でもないしここは無視。
『さてと……どうすっかなァ』
こうして竜人の仕業として隊列を止めれば、目的は十分達したといえる。単独でこっそり近寄れないからわざわざ隠れ蓑を必要とするのだ。蓑ごと止めてしまえば、ビライシェンとやらはラズたちに手出しができなくる。
──だからこれ以上は、シャルグリートの遊びみたいなもの。
長い隊列を見渡して、シャルグリートはニヤリと口角を上げた。
倒木からひと跳びで地に降り立ち、草を踏んで走り出す。シャルグリートの靴は分厚い綿を紐で縛るタイプで、底はシリコンだから大きな足音はしない。
目指すのは、林道に連なる隊列の後方──。
(……!)
直感が近いと警笛を鳴らした。
シャルグリートは速度を緩めず、感覚を研ぎ澄ます。
向こうはどうか知らないが、<虚の王>に力を与えられた者なら気配で判別がつく。
(あそこか)
大きな荷台のある馬車。この騒ぎでも出てきてはこないらしい。
近づいてきた護衛たちを殴って昏倒させてから、シャルグリートは荷台に近づいた。木造の扉をドカッと蹴破る。
そこにいた一人の人間と、目が合った。
「!!」
薬箱の影にその身を隠しきれるくらいの体格。てっきり襲ってくるものかと思っていたのに、端に縮こまっているとは拍子抜けだ。さらりと肩から落ちた髪は見たことのある赤銅色だが、その顔立ちにシャルグリートは驚いた。
「……オンナ!?」
「────?」
その人物は身構えたまま、不快そうに細い眉を寄せた。
大きな赤銅色の瞳に、細い顎、子どものような背丈と、細い体つき。
ラズがあそこまで警戒するような、危険な人間には全く見えない。もちろん人質をとられるといった謀略を巡らされることを考えれば油断はするべきではないが、個人として弱ければシャルグリートにとっては有象無象の人間と大差ない。──あとは生かすか殺すか決めるだけ。とはいえ、女子供を殺すのは気が引ける。……どうするか。
「アー……、お嬢サン。アナタ、俺タチの敵デスか?」
「!? おじょっ……」
ビラなんたらはなにやらショックを受けたらしい。
しばし沈黙した後、そいつはおもむろに木箱の影から踏み出した。
髪と同じ色をした大きな瞳がガラスのように光る。
次の瞬間、あまりのことにシャルグリートは思わず硬直してしまった。
「……敵でなければ、見逃すのか」
「!!??」
ちょっと首を傾げる仕草。若干こけているが形のよい頬をぽっと染め、上目遣いで眉を下げる……まるで鈴蘭でも咲いたかのような愛らしさだったのだ。
(ままままままま待て待て待て! 俺はリンドウさんが好きなんだぁーーーっっ!! つうか趣味じゃ)
めくるめく何かの扉を開けそうになっていることを直感してシャルグリートはぶんぶん頭を振る。
「ああああ、ああ、ソウダ!! 俺はシャルグリート、あああんたの名前ハ!?」
────いったい何を訊いているんだ!? 思考と言葉が全然一致していない。
わたわたするシャルグリートを見上げる赤銅色の目がふっと細められた。薄い唇が、ぽわ、と柔らかい笑みをたたえる。
不覚にも激しくなる動悸を堪えてシャルグリートは答えを待った。
「…………つ、……すか」
「へ」
ぼそりとした呟きに問い返すと、ビラなんたらは目を逸らした。
「──いや、なんでオ……わたしを敵かどうか確認したのかなと」
ほどけたままの口元を、さらりとした横髪が撫ぜる。
「そりゃ、ラズが──」
ぴし、と固まったのは、今度は相手の方だった。
「……まさか。お前、荒野の」
「────?」
先刻より低い声色に驚きながら、シャルグリートは一歩退がった。
そしてはっと思い当たる。きっとこいつはシャルグリートがあの日ラズといた竜人であることを覚えていないのだ。だから、単に本隊の討伐対象である竜人が襲ってきただけだと思ってやり過ごそうとした。なぜなら一介の商人が特殊な能力を持っていると露呈した場合いいことはない。
しかし、シャルグリートがラズの仲間なら話は別だ。
彼はすごく不機嫌そうに童顔を歪ませ、腕を組んだ。
「……心配しなくとも、今回は手を引くさ。お前たちとことを構えるつもりはない」
こちらが地声なのだろう。さっきの演技はとんでもない破壊力だったが、なよっとした態度をやめれば普通に童顔なだけの──
「……うそダロ……男」
「…………」
青年は眉間を押さえて黙り込む。横髪から覗く耳は今や髪色より赤い。
「あ? 照れ──」
「余計なことをほざいてないでさっさと行ってほしいな。仲良く話していると思われたくない」
赤面したままチッと舌打ちして睨んでくる。相当不本意な芝居だったらしい。悪の組織の親玉とは思えない意外な素顔である。仮面をしていたのはこんな顔を見せないため、だったのか?
「お、おう……じゃあ、またナ」
荷馬車の外のざわめきが近づいているからあまり長居していても面倒ごとが起きるかもしれない。
シャルグリートは身を翻し、その場を後にした。
† † †
「『また』……?」
荷馬車に一人、ビライシェンは立ち去った竜人が残した言葉に眉を寄せた。実はシャルグリートの語彙力ではその挨拶しか出て来なかっただけなのだが、再会を暗示する別れの言葉に、ビライシェンの心は妙にざわついた。
(ちっ……。今回は手を引くが──次はない)
綺麗事ばかりの荒野の連中とは、いずれ、対峙することになるんだから。




