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平原の国(12)……旅路

 草原の小鬼は山地近くにいたものより一回り大きい。二足歩行の醜い猿人は、知性は高いものの理性は皆無だ。人肉に興味がある訳ではなく、ただ他の生き物を害することを愉悦として襲う。猫背で非力、武器はせいぜい石のナイフか槍だが、多少の怪我など恐れずに向かってくるものだから恐ろしい。

 護衛の男にたかっていた小鬼の背中に剣の腹を叩き落とし、ラズは叫んだ。


「加勢するから御者を守って!」


 言い切る前に三匹斬り払う。傭兵姿の護衛は唖然とした様子でラズの姿を目で追ってから、はっとして動き出した。随分と疲労しているようだ。

 追おうとした二匹の小鬼を、シャルグリートが殴り倒す。


「術なしで!」

「小鬼ゴトキに使うかヨッ!!」


 一言交わし、背を向ける。こちら側は彼に任せて、馬車の反対側へ。子ども……というより赤子の泣き声が一層激しく馬車の幌を震わせている。この声が怪物を昼夜呼び寄せ続け、護衛が疲労困憊状態になっていたのかもしれない。──事情は何であれ、今は目の前の小鬼を追い払わなければ。




 ものの数分、一定数死体を積んだことで、小鬼たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 深追いはせず、赤黒い血糊を拭き取って剣を鞘に納める。そろそろ身長的に腰に差してもいいのだが、動きやすいのでついつい背負ってしまう。


「──……君は」


 声に振り返ると、馬車の幌が開いて、亭主らしき男性が顔を覗かせていた。


(久しぶりって……言っていいのかな)


 反物を主体に扱う商人──それくらいしか知らないが、彼らはかつて森の国を出る時に同行した商隊だ。

 この国境近い地域においても、荒野の小人に人間の錬金術師の少年が加勢して領の軍を退けた話は伝わっている。しかも尾鰭(おひれ)がついて、皆殺しにしたとかしてないとか。この地域においては黒髪も錬金術師も少なからず存在するから大人しくしていれば騒ぎになることない。とはいえ、この商人には名前も荒野の小人に会いに行くことも知られてしまっている。まさか都合良く忘れてくれていたり……なんてことはないだろう。

 商人の戸惑いの表情を、一際大きな泣き声がぶち壊した。


「うえええええええーーーーん!!!」

「あっ、あーっ、すまん、よしよし……」「泣かないで、お願い──」


 妻らしき女性の声も聞こえる。

 ここは出会わなかったことにしてさらっと姿を眩ませるのもありだろうか……いや、この調子だとまた怪物に襲われるだろうから、ハイさよならは無責任だ。

 一度馬車の中に消えた後、疲れた表情で再び出てきた商隊の主人に、ラズは自分から声をかけた。


「都まで護衛しようか?」

「……あー……。答える前に、はっきりさせてくれ。()()噂は君なのか?」


 その問いに、どうにか表情を変えずにただ肩をすくめてみせる。


「────。どう考えても、同名の別人だろ。荒野の重要人物(えらいひと)がこんなとこに居る訳ないのに、おじさんまで疑う?」


 ──よし、我ながら完璧な演技だ。多少棒読みなのも不快だからだということにすれば。後ろの竜人、ニヤつくのをやめろ。


「おーい、ラズ。俺は17ダゾ」


 ──空気読めよ、あほシャルグリート! 倒した小鬼の数は今どうでもいいだろ。

 ……とか言うとまた喧嘩になるので顔を向けずに「10」と短く返して、商人の反応を伺う。勝利に歓喜する気配はとりあえず無視。

 商人は少し考えたようだったが、すぐに決断した様子でラズに歩み寄って頭を下げた。


「今は手持ちがないから、謝礼は都に着いてからになるが──どうか頼む」




 †




 小鬼の死体を燃やし馬の脚の手当てを終えて、ラズは移動を再開した馬車と一緒に歩いていた。


「商売は順調?」

「──だったんだがな」


 ゆっくり進む馬車の中で、商人は深くため息をついた。


「またイチから出直しだ。変なタイミングで会うよ、君とは」

「それは──」


 言いかけたところで、馬車の中から突然おああ、と赤ん坊の泣き声が弾けた。次いで焦ったような夫人のあやす声。そして叔母リンドウの謝る声がする。


「──騒がしくてすまないな。続けて」

「ううん。……生後一ヶ月だっけ」

「ああ。馬車に乗るのはこれが初めてだ」

「泣き声が小鬼を呼ぶって知らなかったの?」

「知ってたさ。しかし、それでも移動するしかなかった」

「……どういうこと?」

「拠点にしていた町が森の国のゲリラ攻撃に遭って──逃げるしかなかったんだよ」

「────よく、無事だったね」

「……日頃の行いが良かったのさ。あと運も」


 商人は肩をすくめた。


「森の国の兵士たちが追ってくるかもしれないのだと言ったら、手を引くかい?」

「……今更だよ。別に兵士なんて怖くないし」

「…………」


 商人は目を丸くする。

 後ろから、ざっざっと草を踏む軽い足音が近づいてきた。ピアニーだ。髪を頭の上でお団子にして、日除けの布を被った彼女は、声色を下げたら男の子にも間違われそうなくらいボーイッシュな出立ちだ。

 ちなみに怪馬たちは馬車の後ろをゆっくりとついてきている。商人たちはラズが怪馬を慣らした件を知っているから隠す必要はない。スイはラズが体温を下げる術を使ってくれないために不機嫌オーラを垂れ流しており、背中に残された金髪騎士が少々不憫である。

 隣に追いついたピアニーは商人の顔をまじまじと見上げた。

 

「ねえラズ。そろそろいい?」

「……うん」


 小鬼を追い払った直後『しばらく同行する』と伝えただけで、旧交を確かめるまで少し時間が欲しい、と遠慮してもらっていたのだ。結局ラズも正体を隠したままだし、信頼関係が作れたかというといまひとつだが。

 ラズは商隊の主人をピアニーに紹介した。マナー的には貴族であるピアニーを先に紹介すべきなんだろうが。


「こちら、元森の国の商人さん。前に国境を越える時、お世話になったんだ」

「世話になったのはこちらの方さ。ラズくんが居合わせないと既に怪獅子の腹の中だった」

「怪獅子?」

「こういうの」


 首を捻るピアニーのために、石を拾って錬金術で鋭い爪と牙を持った大型の猫科を(かたど)る。


「大きさは、人間の二倍くらい」

「闘牛とどっちがおっかない?」

「群れで会いたくないのは闘牛かなぁ」


 闘牛……怪馬に匹敵する体躯を持った黒い牛は草食獣なのだが、一頭走り出すと群れが続き、何もかも踏み潰す。こないだ道中で会ったときは刺激しないために念のためかなり大回りした。


「私でも倒せるかしら」

「余裕じゃない、多分」

「そこはオブラートに包みなさいよ。ゴリラ女だと思われるでしょ」

「ゴリラ見たことあんの?」


 怪物をネタに賑やかにやりとりする少年少女に、商人は初めて表情を緩ませた。


「あ、申し遅れてごめんなさい。私はピアニー。これでも一応傭兵よ」


 彼女の言葉遣いにはいつもの品がない。切り替えの良さにいつも驚かされるばかりだ。ちなみに傭兵という設定はあながち間違っていなくて、途中の街で発行した身分証もある。試験は目立たない程度にこなしたため、ランクは六段階の下から二番目だ。ちなみシャルグリートはもともと傭兵の身分証を持っていて、そのランクは上から二番目だったりする。


「ねえ、さっき最後に言ってた、森の国の兵が追いかけてくる話が本当なら、ちょっと面倒ね。まさか皆殺しになんてしないでしょう? かといって放置もできないし。衛兵に突き出すのも大変よ。何人くらいなの?」

「五十人余……だと思われる」


 ピアニーはすっと目を細めた。自分で訊いておいて答えがあったことが意外らしい。


「……。無我夢中で逃げてきた割によく分かるわね?」

「………!」


 商人は青い顔で口を噤んだ。数を知る理由に、後ろめたいことでもあるのだろうか。

 ここらの町といえば広さは歩いて一周十五分くらいだ。家屋が密集しているから襲われて逃げる間に敵の全容が見えるとは考えがたい。ラズだって、去年巨人が國を襲った時、その規模を把握出来なかったのだ。

 予め知っていたとして、その理由が、噂や情報屋の調査ならこんな反応するだろうか。であれば、何かの事情……例えば、この商人が森の国出身だというのが関係あるのかもしれない。


(協力を求められた……とか?)


 しかしすべて憶測に過ぎないし、顔色の良くない商人を問い詰めるのは躊躇(ためら)われた。

 赤子はようやく寝たらしく、夏の平原を静かな風が通り過ぎていく。

 沈黙を破ったのはラズだった。努めて平静かつ明るく提案する。


「森の国の兵士たちは説得して自国に帰ってもらえばいいんじゃないかな」

「……は?」


 上手く行けば、国境を秘密裏に越えるルートが手に入るんじゃないだろうか。紛争地域を横断するのはさすがに大変だろうから、ちょうど対策を練っていたところだ。

 何気ない口調に滲む本気に、商人は目を点にした。ピアニーはため息をつく。


「ラズは全員助けたいのかもしれないけど、非戦闘民を攻撃した時点で、畜生同然よ。反省して母国に帰りますなんて簡単に言うはずないわ」

「そうなんだよなぁ……」


 しかしそれを『無理だ』と諦めたくはない。ただ商人の前でこれ以上議論したくなくて、ラズは口を噤んだ。


「……そもそも勝ち目があると思うのかい」

「じゃあなんで僕たちに護衛を依頼したんだよ? ああ、囮にして逃げるって手もあるのか」

「っ! さすがにそこまで人でなしではない!」


 憤慨して取り乱す商人に、ラズは目を丸くした後、にっと笑った。


「……へへ、やっぱ、おじさんたち、いい人だね」


 一年前に、怪獅子に一人立ち向かおうとしたラズを心配して引き返そうとまでしてくれたことを思い出される。

 商人は唖然としてから荷台に深く座り直した。


「……善人というだけでは食っていけないよ。私はただ、分別を付けているだけだ」

「ふーん……? まあ、最近変な能力者が増えてるから、油断はできないけど」


 都合よく思い通りに行くとは限らない。思わぬ苦戦を強いられる可能性だってある。

 ピアニーは呆れたように笑った。


「それ、今更。ラズって引き寄せ体質だもの」

「え。初耳なんだけど」

「自覚がなかったの? <犬>さんが言っていたから相当だわ」

「……あ、そう」


 道中やたら厄介な怪物に出くわすのがラズのせいになっているのか。心当たりがない訳でもないのでなんとも言い難い。


「私がいなかったら危なかったでしょ。もっと感謝していいのよ?」

「はいはい。すっごくありがとう」

「もお、心がこもっていない!」


 ピアニーが小さく頬を膨らませるのを見て、ラズはへへ、と笑った。──もちろん感謝してる、とても。ただ真正直に伝えるのはむず痒いものだ。


 国境のリューン公国、その都まで、あと二日。


旅編、国境に近くなって物語が動き出しました……!

商人さんは二章「騎獣」に出てた人たちです。

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