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平原の国(7)……旅路

 静かなオアシスに野営地を設営し焚き火を囲む。

 献立は昼間倒した怪ミミズの肉と、黒い虫の脚の唐揚げ。リンドウの錬金術でカリッと仕上げたノンオイルフライだ。

 育ち盛りのラズと身体の大きいシャルグリートはリンドウが呆れるくらいよく食べる。荷物に入る程度の携帯食などでは二日と持たないので、材料は自然とその日倒した怪物になっていた。

 このところリンドウは「ふふふ……どう調理してやろうかね」などと怪しげに笑いながら、この上なく楽しそうに有毒な部分を処理して調理している。これで味は美味しいのが本当に不思議だ。


「いただきます」


 いかにも虫らしい鉤爪丸出しの黒光りする唐揚げを、ピアニーは澄ました顔でゆっくり咀嚼し嚥下していた。

 その様子を、ラズは何となくはらはらしながら見つめる。

 彼女が皆がいないところで吐いているところを介抱したのは数日前のこと。普段食べない生き物を口にするのは相当辛かったらしい。しかし、プライドが高い彼女は環境に対する我儘(わがまま)を絶対に言わなかった。

 同じく貴族出身のはずの金髪騎士リゼルは、訓練か何かで経験があるのか、旅の衣食住に支障をきたしているそぶりはない。基本的に紳士な彼は常に従妹であるピアニーのことを気遣っていたが、当のピアニーが『すぐに慣れるから余計な気を遣うな』と頑なに拒否するので、現状は見守るに徹しているらしい。


 ちなみにピアニーは環境に対し受け身な訳ではない。食事の準備は積極的に参加して自分も食べられるものを作ろうと試みている。……そして、その過程でより気分が悪いものを目撃してしまうこともあり────。あまりにも気の毒で代わりに手伝おうとしたものの、料理に関して門外漢なラズは状況をより悪化させてしまった。ここ数日は、せめて食後の気晴らしに付き合うことにしている。


 ようやくその日の食事を終えた後、立ち上がったピアニーが手にしたものを見て、ラズは首を傾げた。


「──あれ、それ何?」


 食事の間焚き火の熱で温められていたプレートからは、芳ばしい香りがする。小麦色をした一口大の薄いそれは、もしかしてビスケットだろうか。


「昨日オアシスで自生していた穀類を粉にしてみたのよね」

「へ、へえ……」


 ──猫じゃらしみたいにフサフサと群生していたあれか。発想が思いの外アグレッシブだ。

 一つ手にとってパクリと口に運んだピアニーは微妙な顔をする。


「食感がだめね……残念」

「もらっていい?」

 

 好奇心が疼いて訪ねると、どうぞ、と返答があった。

 雑味は思ったほどではない。何を入れたのかとても甘く、食べられないほどではないが、もそもそしていて()み込み辛い。携帯食でこんなのありそうだ。


「卵とバターがあればね……」

「どっちも高級食材だなぁ」


 そういえば、彼女は荒野の教会にいる間もスコーンを作るなど、何かと甘味を追求していた。楽とは言えない旅の最中でもそれをするのだから、剣よりお菓子作りが好きというのもあながち嘘ではないのかもしれない。

 小麦は平原の国の中心部では生産が盛んだが、卵やバターは保存が難しいので高級食材だ。一部の農村か、そこから特別な契約をして仕入れている貴族や商人からしか手に入れられないだろう。


「ラズはお菓子は好き?」

「うん。前はよく食べてたかな。クッキーとか」


 何気なく答えると、ピアニーは目を丸くした。


「前から思っていたけれど、あなたの家って結構裕福なのね?」

「ううん? 住み込みの家事手伝いさんはいたけど護衛とか召使いはいないし、食べ物は全部自給自足だったよ」

「そ、そう……」


 ピアニーは理解が追いつかないようで、リンドウをちらりと見る。彼女は手をひらひらと振った。


「國って言ってもこの辺の村みたいなものだから。ただ土地が豊かなのと閉鎖的なのとで、環境は良かったんだよね。その中で(リナ)……ラズの母親は大の料理好きで」

「そうそう。しかも父様とツェル兄が甘党だったから、毎日ってくらい作ってたな」

「ラズは違うの?」

「僕はほら、割と味音痴だし」

「物質名とか化学変化について感想言われても嬉しくないってリナが呆れてたね。基本なんでも美味しいって言ってくれるから楽っちゃ楽なんだけど」

「変なこと言わないように気をつけるようにしてるんだけどなー」

「あんたそう言いながら初対面でやらかしたんでしょ? ピアニーから乳化(にゅうか)って何って訊かれたときはびっくりしたよ」

「あー……そうだっけ。ごめん……」

「気にしていないわ。面白かったもの。また作ったら食べてくれる?」

「うん、僕でよければ」


 ピアニーはくすくす笑って作ったビスケットを荷物袋にしまった。

 それから、代わりにレイピアの鞘を手に取る。


「ねえ、今日は久しぶりに鍛錬したいの。もしよかったら付き合ってくれない?」

「──えっと」


 ラズはいつも夜明けと共に早起きして身体を動かすのが日課なので、この時間の鍛錬は久しぶりである。

 彼女と共に鍛錬したのは、荒野にいる間に三回ほど。旅に出てからこの三週間の間では初めてだ。彼女がタキの郷にいたのは実質一ヶ月弱で、そのうち二週間は領主の訪問準備等で忙しかった。彼女は条約の話なんかも手伝ってくれていたし、ゆっくり話せた時間なんて数えるほど。そして旅に出てからは、環境の変化に疲れた様子で、食後は鍛錬どころではなかった。


「体調がいいんなら、僕は全然構わないけど」


 リンドウが苦笑する。


「あんなに動いてたのに、元気だね。私はちょっと歩いてくるよ」


 彼女は連日この時間はオアシスの毒虫や苔を採集して薬作りをしている。隠密の女性<犬>も興味があるのか護衛がてらそちらに随伴すると立ち上がった。

 ピアニーの言葉に最も興味深そうに反応したのはシャルグリートだ。


「へぇ、面白そうダナ」


 旅に出た当初彼女が戦えることすら知らなかったシャルグリートは、怪物相手のその立ち回りに目を丸くしていたものだ。彼は近くの地面にあぐらをかいて、見物を決め込む。近くには騎士リゼルも一緒だ。

 ラズとピアニーは刃先を錬金術で鈍らせただけの普段の武器で向かい合った。修練用の木剣なんて用意がない。ラズは両利きだが今は右手持ちだ。

 ピアニーはにっこり笑った。


「本気を出してね?」

「分かってるって」


 答えながら半身で構え腰を落とす。

 待っていても隙なんてないから、さっさと仕掛けるに限る。

 ラズはトンッと地を蹴った。術で反発力を付与した、素早い跳躍。つっこみながら、剣を下段から左上に斜めに滑らせる。ピアニーはその速さに驚くこともなく、ラズの剣をいなした。──受けてくれれば剣に雷を伝わせるといった手もあるのだが。

 ピアニーはラズの力の流れを利用して身体を前に倒し、鮮やかな突きを繰り出す。引いていた剣でそれを受け押し戻すと、それもすい、と流される。長い髪が流麗に舞った。

 ここまでラズの先制攻撃は一つも届いていない。


(術を使って大人並みの力を出しても、力を利用されたら意味ないっ……)


 彼女の動きはラズからすれば特別速くもないはずなのだが、初動から動きを読んでいるのか、どう攻めても受け流される。

 日中の戦いでかなり疲れているから、このペースで戦うともう数分と保たない。ならばと身体にかけた強化の術を解き、踏み込みの加速だけで後ろを取る。


(これならどうだっ──!)


 突きを繰り出そうした瞬間、ひゅんっと額に風が当たった。


「っ……」

「私の勝ち」


 ピタッとレイピアの切先を向け、ピアニーはにこっと笑った。ラズが踏み出した時から、回り込む位置も攻撃のタイミングも読んでいたというのか。


「本気を出してって言ったのに」

「本気だったよ」


 口を尖らせて答えると、彼女はただ肩をすくめた。

 腕を組んで観戦していたシャルグリートが野次を飛ばす。


「ラズ、オンナ相手にエンリョしテル、にシカ見えナイぞー!」

「いや、本当に凄いんだって」

「ハア〜ン?」


 本心から主張したのだが、彼は全く信じられないとでもいうように鼻で笑う。

 そしてニヤ、と尖った歯を見せて笑い、立ち上がって近づいてきた。

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