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平原の国(6)……旅路

 荒野を出て東に進むと、砂漠がある。その一週間と少しが、最初のハードルだ。なぜなら、そこはなかなか厄介な怪物がいる。……特に、人間が使う正規ルートを外すと尚のこと危険だ。

 男三人、女三人に怪馬が三頭。馬車にでもできれば快適なんだろうが、怪馬のスピードで荷台が揺れれば乗り物酔いどころでは済まない。それで結局、女性三人は一頭に乗り合わせ、シャルグリートは一人乗り、金髪騎士はラズの後ろに相乗りする組み合わせで落ち着いている。

 愛馬の硬質な立髪を撫でて、ラズは心の中で語りかけた。


(スイ、東北東にオアシスだっけ?)

『───ああ、そうだ』


 地図より怪馬の渡りの記憶の方が頼りになる。

 もう少しで日没だから、あと一踏ん張り。


 そう思った矢先。


 進路ににょきっと巨大なミミズのような頭が生えるのを見て、ラズはまたか……と頭を抱えた。


(初めて通った時はここまで遭わなかったのにな。……あの時はレノがいたからなのか、もしかして)


 レノ……故國を失ったラズを荒野まで連れて来てくれた、ラズにとって師のような人。彼は千里眼のような術が使えたから、怪物との遭遇を未然に察知していたのかもしれない。ちなみにラズも真似ができないか試したことがあるのだが、そもそも媒介になる輝石がそんなにたくさんないし、複数のものにそれぞれ力場を作って別々の動きをさせるのもできないし、自身の術の有効範囲が狭くてあまり距離を稼げないしで、体力ばかり削れるだけで徒労に終わってしまった。得手不得手の問題もあるかもしれないが、彼の練度に到達するにはまだまだ時間がかかりそうである。


 ──とにかく、今は進路の怪ミミズだ。


 怪馬たちが脚を止め、砂埃が舞う。あのミミズ、砂に紛れる虫などを食べるだけなら無害なのだが、一帯を掘り起こすので足場が極端に悪くなる。

 それと、あれが居る場所には大概……

 目を凝らすと、砂地にまばらに突き出た黒く細い何かがざわりと動くのが見えた。


「やっぱりいるッ! 蟻地獄だ、シャル!!」


 ラズは鋭く声を掛けて剣を片手にスイの背から跳び降りる。


「『シャルグリート様お願いしマス』ダロッ!」


 シャルグリートは大きく跳躍して、その手に錬成した水晶の槍を砂地の一点に突き立てた。


「……キッシャアアアッッ!!」


 高音の断末魔をあげて、巨大な虫の大きな黒い兜が地上に跳ね上がった。暴れ狂うその頭をゴスッと踏みつけるように降り立ったシャルグリートの手に、水晶の槍が溶けるように小さく絡みつく。

 頭蓋を貫かれた黒い虫はじたばたともがく──まだ、終わりではない。

 虫の下──砂の中から黒いギザギザが付いた虫の脚のようなものが大量に突き出す。


 ザッッッ───ザッザザッッザッ!


 少し離れていようがお構いなしに、細長く伸びた黒い脚が次々と砂地から生えて、付近の生き物に襲いかかる!

 ラズは剣を鞘から抜いてシャルグリートに叫び返した。


「うっぜ! やりたい癖に!」


 そのまま剣を振りかぶる。<波動>を展開して集中────!


(────<八風(はっぷう)>!)


 斬り払った軌跡に乗せた風の斬撃が、黒いギザギザを根こそぎ薙ぎ払った。

 ばらばらと砂に落ちる細い脚の欠片。

 ──この脚は本体を潰さないと砂地が脆い限り無限に追ってくるのだ。最初はそれを知らなくて消耗戦を強いられた。

 勢いの緩まった黒い脚をレイピアで弾きながら、ピアニーが叫んだ。


「ラズ! 禿鷲(とり)が来てるわ!!」

「げ! ──リン姉」

「分かってる!」


 ピアニーが守る怪馬の背で戦況を見守っていたリンドウが、煙玉に火をつけ、シャルグリートに向かって放り投げる。

 シャルグリートは黒い頭を蹴って跳び、空中でそれを受け取った。そのまま宙返りして、上空に向かって力一杯投げ上げる。


「オラァァァァ、愛の全力投球ダゼ!!」


 ボムッと上空で煙玉が破裂した。意味不明な気合いの台詞にリンドウはげんなりと額に手を当てる。


「ピイ!!」「ピギャーッ!!!」


 灰色の煙に覆われた禿鷲たちが、回れ右して飛び去っていくのが見えた。リンドウ特製の獣避け用の臭い玉である。

 黒い虫の脚が収まるまであと少し……乗り切れるかとホッとしたラズの視野で、またぞろりと砂が動く。ピアニーの、すぐ後ろの足元で。


「っと!」


 タンッと跳躍して彼女の脇をすり抜け、剣を突き出す。

 その切先は、ピアニーの背後に忍び寄っていた大蛇の頭を貫いた。

 彼女は振り返らない。そのまま、ラズの背中に迫っていた黒い脚を、斬り払う。


「──ありがと」

「こちらこそ」


 一瞬視線を絡めただけで、ラズはすぐにスイの元に戻る。

 怪馬の脚を傷つけられる訳にはいかない。特にこの黒い虫の脚の棘は刺さると痛いらしい。金髪騎士リゼルも馬から降りて守りを手伝ってくれている。彼は前の戦いで脇腹に怪我をしているが、怪物相手の戦闘程度では遅れを取っていない。


 一方、投擲をした体勢から、浮かせた水晶を足場に怪馬の背にすたっと降り立ったシャルグリートはニヤ、と尖った歯を剥き出しにして笑った。


『あとちょっとだな──このまま終わっちゃ、つまんねぇ!!!』


 竜人語で叫ぶ。と同時に、水晶の刃が砂地の上を踊り狂った。


「「「!」」」


 残りの黒い脚が派手に叩き切られて砂埃と共に舞う。勢いが止まる気配がない。

 ピアニーは一瞬早く怪馬の背に避難していたが、リゼルはモロに巻き込まれて腕で顔を覆った。


「うわっ!!」

『アホシャル! 味方を巻き込むなよ!!』


 <是空(ぜくう)>を纏わせた剣で水晶を弾き、リゼルを怪馬の上に引き上げた時には、一帯に動くものは無くなっていた。


「ふ……俺様、カンペキ」

「どこが」

 

 格好つけているシャルグリートを半眼で睨んで、砂地に降り立ち足場を確認する。リゼルが馬上で苦笑した。


「あのシャルグリートによくそんなこと言えるよな。嬢ですら気を遣ってんのに」

「そう? 昨日ピアニー……まあいいや」


 シャルグリートは態度は尊大だが、明け透けで基本的にフレンドリーだ。しかし機嫌が悪くなるとすぐ喧嘩腰になるので、リゼルは距離を測りかねているらしい。隠密の女性<犬>に至っては会話しているのを見たことがない。

 一方昨日、シャルグリートに『凹凸のないチビ』呼ばわりされて怒ったピアニーはだからモテないのだとあれこれ痛いところを指摘し彼を言いくるめ謝らせていた。──ラズがいたから反論する勇気が出たのだと後で笑っていたが。


 足場の確認が終わったラズはスイの背中に戻って、手綱を握った。


「こっち側なら通れそうだ。時間食っちゃったし、さっさと行こう」




 旅はまだ、始まったばかりである。

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