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領の動乱(18)……Day 3

 あらましを聞いたブレイズは、今にも手の中の水筒を握り潰しそうな形相で、低く呟いた。


「妻は無事なんだな」

「……はい、財務卿(フリッツ)家の使者と共に、先に街を出られているはずです」


 その静かな剣幕に圧倒されて、隠密の女性<犬>の声は震えていた。街の南西部にある見通しの悪い空き地……よく、青年団の集会に使われるらしいその場所には、弧を描いた段差の高い階段が数段あり、中央の演壇を見下ろすようなつくりになっている。

 事前に決めていたこの集合場所に集まったのは、ブレイズとその副官、シャルグリートたち竜人と、ピアニーの隠密<犬>、そしてラズとファナ=ノア、ノイの合わせて十二人。ちなみにアクラキールとほかの小人は、街のはずれにある岩窟で怪馬と共に待機している。


 話が終わるまで見聞きの術に集中していたファナ=ノアがゆっくりと目を開けた。


「ピアニー殿は、仮面の人物のところにいます。場所は西側の外壁沿いの通り」

「! そんな、よりによって……!!」


 ラズは唇を噛んだ。仮面……ついさっき対峙したばかりの、手も足も出せなかった相手。身柄があの鋼務卿家にまた引き渡される前になんとかしたかったのに……最悪だ。

 この広場からその通りまでは、おそらく、道なりに走って五分……すぐにでも娘を取り戻しに行くと言い出しそうな雰囲気の警務卿ブレイズを、険しい表情で引き留める。


「待って。仮面の組長(あのひと)相手に……接近戦は無理だ」

「──なんだと?」


 獅子のような視線に怯みそうになるが、ちゃんと言わなければならない。


「高出力の電磁波──まともに浴びたら即死……する。……だから、作戦を立てないと」


 口にするだけでゾッとした。意味が分からないという顔をする面々に、それが目に見えないことや、直ちには影響が現れないが人体を分子レベルで破壊され死に至るということを説明する。


「────嫌な気配がした後、実際に電磁波がくるまでのタイムラグがあるから、やばいと感じたら退がれば最悪のことにはならないとは思う。……至近距離だと電磁波が強力すぎて僕も手が出せなかった」


 語気に悔しさが混じる。

 ファナ=ノアが躊躇いがちに補足した。


「出力が強くなければ私が効果を打ち消せます。ただ、先刻の状況から言って、たとえ十歩離れていても仮面の青年(かれ)が本気になったら守りきれません」

「ちっ……」


 ブレイズは思案するように視線を足元に落とした。<犬>は広場の隅に立ちすくんだまま、不安げに会話を見守っている。一方、上段に陣取ったシャルグリートは難しい話が続いたせいか額に指を当てて思案顔だ。

 ブレイズの副官ゲイルが冷静に問いかけた。


「なら竜巻を起こす技で、なんとかできないのかね」

「距離があると上手くコントロールできず、ピアニー殿を巻き込んでしまいます。できるとすれば、少し動きを邪魔する程度……。もし数歩の距離でも、引き離せれば……」


 低めの透き通るようなアルトの声は落ち着いた調子ではあったが、赤い瞳はどこか悔しさを帯びていた。苦手としていた術の立ち上がりは初めて会った時より格段に速くなっている。それでも、まだ努力が足りない悔しさに苛まれる気持ちはラズにも分かる。

 

「……数歩、か」


 数歩でも、敵を孤立させることができれば、ファナ=ノアの力で無力化できる……ただ問題はどうやって人質を引き離すかだ。

 ブレイズが苦々しげに吐き捨てた。


「結局は現状誰も手出しができんということだろう」


 厳しい言葉に、ファナ=ノアは悩ましげな表情で小さく息を吐く。控えていたノイが不快げにブレイズを見返した。

 とりなすように、副官が口を開く。


「ちなみに、飛び道具なら通用しますか?」


 その問いに、ラズは少し考えてから答えた。


「弓……銃とかなら、電磁波じゃ防げないと思うし、距離があれば」


 とはいえ、そんな武器を誰が……顔を見合わせた時、犬面の女性がおずおずと名乗り出た。


「あ──あの、吹き矢なら。少し近づかないといけませんけど」

「なるほど」


 おそらく、即効性の矢毒だろう。ただし、仮面の組長はマントを羽織っていたから、吹き矢を打ち込むのは難しいかもしれない。

 ラズは広場の上段で足を組んでいるシャルグリートを見上げた。蚊帳の外になってしまってつまらなそうな顔をしている。


「シャルの力も借りたい。投擲なら得意だろ」

「ン?」


 シャルグリートの術も中距離戦向き……不意をついて一撃で倒せないと反撃される不安があるが。

 声をかけると、彼はニッと尖った歯を見せて悪そうに笑った。


「──貸し、二つ目ダゼ?」

「ツケといて」


 ──どうせ、戦いたくてウズウズしてる癖に。しかし、他の竜人たちの能力も確認しておかなければ。

 尋ねると、彼らは能力を隠す主義ではないらしく、質問に端的に答えてくれた。操れるのは石灰や重金属だそうだ。


「……シャルの水晶なら、電磁波を回析させれるかな」

「は? カイセキ? 旨いメシか?」

「……今は冗談に付き合う気ないよ」

「へいへい、いつになく余裕ねーなァ?」

「うるさいな」


 ぷい、と顔を背けると、シャルグリートは肩をすくめた。

 ──さっきからずっと脳裏から離れないのだ。一ヶ月前、鉱山都市でアイビスを助けた日の朝のやりとりが。


(……勝手に危険な真似はするなって言ったのは、どっちだよ)


 ──こんな気持ちにさせないで欲しい。どんな理由があったとしても、彼女に直接一言言わないと気が済まない。だから、必ず無事でいて欲しい。




 † † †

 † † †




 ピアニーは馬の背に揺られながら両手首を縛る縄を見つめた。すでに、いつでも引き千切れるように、こっそりと錬金術を使って脆くしてある。すぐに逃げ出さないのは、縄の端を握っているのが、無闇に抵抗しても逃げられないであろう手合いだからだ。

 その相手……<狼男>は、今は人間の傭兵然とした姿に戻っている。馬を使って商業地域に面する外壁沿いの道を通り、拠点のある西区を目指しているようだった。


 西門にほど近くなった頃、馬の歩調が緩んだ。背中越しに前方を覗くと、石壁の陰に、舞踏会風の仮面を被った人物が佇んでいるのが見えた。

 成人女性と変わらない背丈、背中に一房流した赤銅色に透ける髪。直接会ったのは一度、社交イベントで挨拶したきりだが、似姿は何度も見て覚えている。あれはおそらく──


 <狼男>が馬を止めた。距離を取ったまま、降りる事なく声をかける。


()()──こんなところで、一人ですか」


 仮面ごしにこちらを見据え、その人物は冷ややかな言葉を返した。


「お前こそ……部下を失って令嬢一人しか捕らえられなかったのかな?」

「それは……お──お赦しを」


 <狼男>は狼狽えながら言葉を探している。仮面の青年は壁にもたれて腕を組んだ。


「西区の拠点はもう使えない。そのまま鉱山都市(ホーム)に連れて行け」

「……!」


 鋼務卿の屋敷でも領主城でもなく? 

 鉱山都市までは馬で数時間かかる。城下街から遠く離されることに危機感を覚え、ピアニーは馬から飛び降りた。


「お待ちください」

「あっ、おい──」


 <狼男>の制止に構わず話し出す。


「私、あなたにお話したいことがあるの。……まさか、こんな場所にいらっしゃるとは思っていなかったけれど」


 顔を上げて、影の中に佇む仮面の青年を真っ直ぐ見つめる。

 仮面に隠れてその表情はよく見えない。しかし、呼吸が荒いのは肩の動きを見れば分かる。──かなり、疲労している?

 憲兵隊の強制捜査に居合わせ、それから逃れてきたなら、鋼務卿の別宅に戻るはず。そうではなく、鉱山都市にも戻らず、こんな人気の無い場所に逃げて息を潜めているしかなかったということは──何か、他の危険を警戒しているのだろうか。

 仮面の奥の赤銅色の瞳が、値踏みをするように冷ややかに光った。


「侯爵家のご令嬢が……オレにどんなご用で?」

「あら、当家のお屋敷に火を放つよう指示をしたのはあなたでしょう? いかなる理由があったのか、ぜひお聞きしたいですわ、ビライシェン様?」

「…………」


 反応はない。ただ、射抜くようにピアニーを見つめている。

 彼はまだ、ピアニーのことをただのお嬢様だと思っているはずだ。だから、ここで転機をものにするために、ピアニー自身がここで会話する価値のある相手と納得させたい。……かといって、西区の強制捜査の首謀者の一端を担っているなど正直に言って逆鱗に触れるのはまずいが。


「……(わたくし)、憲兵隊の皆様方には大変可愛がっていただいておりますの。それこそ、極秘情報をなんでも教えていただけるくらいに。あなたの語る理由に納得したなら、今朝捕縛される者たちを秘密裏に解放するよう指示することもできますわ」


 無論そんなことをするつもりはない──今ここで必要なのは、時間稼ぎ。ファナ=ノアがどこかで見ているはず……であれば、父やラズがきっと助けに来てくれる。

 仮面の下から、くぐもった低い言葉が漏れた。


「……警務卿家を実質滅亡させ、侯爵家同士の不毛な睨み合いを終わらせるのさ」


 答えがあったことに、内心ほっとした。慎重に会話すれば、もし助けが来なくとも、逃げ出すチャンスがあるかもしれない。


「──その上で領主様を(そそのか)して、国から独立させようというのでしょう。どうして?」

「……不利な関税に、重い納付金。この領で商売しても、搾取に()うだけだと皆口を揃えて言っているからね」


 二人のやり取りを、<狼男>は戸惑った表情で見つめている。組織の者は仮面の組長が貴族だということを知らないはずだから、この反応は無理もない。


「税も納付金も、軽減の要求をすれば良いのではなくて? どちらにせよ平原の国の目は今は国境に向いているのだから」

「なぜ属国であり続けることを許容するのかな? 国がオレたちを守ってくれたことなんて、なかったというのに」

「国境の戦争が終われば、こちらを支配しようとするわ。であれば属国に甘んじながらでも体力を蓄えておく方が賢明だと思うけれど」


 一歩も引かず異論をぶつける。危うい綱渡りだが、稚拙な令嬢と軽視されるよりはいいだろう。ただし、手に余ると判断されるのもまずい。


「保守的な言い分だよ。さすがは国から身分を与えられた侯爵家。尻尾を振ることに慣れているな」

「あなたは、支配されることがお嫌なのね」

「……ああ、そうさ。賢く生きるつもりで強者の支配に甘んじていれば、いずれは大切なものを全て、奪われることになる……!!」


 その言葉は、彼の人生そのものを表しているのかもしれない。傲慢な父に付き従う物静かな嫡男……それがビライシェンの元々の風評だった。彼が妻を喪ったのと、薬の密売組織が活発に動き出した時期は一致する……もしかすると、その死の裏にも、鋼務卿がいたのかもしれない。

 地を這うような声の響きに、背筋がぞっとするのを感じ、ピアニーは口を噤んだ。

 ──怖い。この人物を相手に逃げ出す算段を立てようなど、愚かな(はかりごと)だったのではないか。──そんな考えを、なんとか振り払う。


「……あなたの支配によって、領民は幸せになるのかしら」

「税金が軽くなるんだ。文句は言わせない」

「…………」


 独立するにもお金は要る。大国が攻めてくることを想定した軍事力の増強も必要だとすれば、税金が軽くなるかは微妙なところだ。あるいは荒野の勢力を期待しての発言かもしれないが、それよりも、民衆などどうでもよいというような態度が気に食わない。……しかし、これ以上の挑発はやめて、この辺りで同意してみせた方がいいかもしれない。


「──分かりました。このまま鋼務卿が私腹を肥やし続けるよりは、賢い選択なのかもしれません──」


 ゆっくり答えながら、ピアニーはビライシェンの背後をちらりと見遣った。

 今までおろおろと見守っていた狼男が何かに気づいたように辺りを見回す。


 突如、太い声が外壁を震わせた。


更新お知らせ落書き(不機嫌なラズ)

https://sketch.pixiv.net/items/7532547983796750465

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[良い点] シャルグリートはカイセキ料理が好きなんですねw というより、海というのも存在するんですねw
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