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戦姫の迷い(9)

 静かな朝、近づいてくる軽い足音にラズは薄く目を開けた。

 カチャリ、とドアが開いて、部屋の中が明るくなる。

 戸口に立った少女……フードを深くかぶったピアニーは、正面の長椅子に寝ている青年を見て、息を呑んだ。


「……!」


 柔い朝日が逆光になって、その表情はよく見えない。

 ややあって彼女は一歩進んだ。初老の従者が続いて後ろ手に戸を閉める。

 ピアニーは足早に青年の側に歩み寄り、その寝顔が穏やかであることを確認してから、長椅子に上半身だけ預けて寝ている彼の弟分の少年の毛布をかけ直した。

 それからフードを取って、入り口の横の床に座ったままのラズの方に向き直り、その側の椅子に座っている二人の隠密に向けた。


「──説明してくれる?」


 猿の面を被った方が答える。


()()は、昨晩わざと捕まり、アイビス氏に引き合わされ、それを逆手にとって助け出したそうです」

「……そう」


 ピアニーの手が少し震えた。

 彼女は数歩歩み寄り、座ったままのラズに目線を合わせるように、床に両膝をついてすとっと座りこんだ。

 そして、静かに口を開く。


「そんな危ないことをしてだなんて、頼んでいないわ」

「────」


 その表情に、ラズはとっさに何も言い返せなかった。彼女は怒っているように見えたが、今にも泣き出しそうにも見えたからだ。

 膝を倒してあぐらの姿勢で座り直し、彼女の目を見返す。


「今回はたまたま、あなたに敵う人がいなかったのでしょう。でも、あなた以外にも、強い力を持っている人を私は知っているわ。その可能性があるところに一人で飛び込むなんて、命がいくつあっても足りないと思わない? そもそもあなたの戦場ではないのよ、ここは」

「……ピア」


 ──その可能性は考えなかった訳ではない。しかしそうなれば囲まれたりする前に逃げるつもりだった。

 しかし彼女にそんな言い訳を話しても、言い返されるだけだろう。しかし何より勘に触ったのは、彼女の最後の言葉だった。


「冷たいな……僕の戦場はどこだって言いたいのさ」


 落ち着いた口調で返答したつもりだったが、わずかな怒気がこもってしまう。ピアニーは眉を寄せた。


「請負ったことに手を抜く気はないし……僕は、目の前で誰かが悲しんだり、憎しみ合うのは嫌なんだよ。何かのせいで君が辛い顔をするなら、出来る限りのことをする」

「どうして……そこまで。たった二度、会っただけなのに」


 その言葉は前回ラズが彼女にこぼしたものに似ている。

 ラズは目を逸らした。


「ピアが言ったんだよ……友達だって。──嬉しかったんだ。同年代の友達なんて、もうファナ以外いなかったから」


 故郷の友人は門の前で物言わぬ骸となってしまった。

 だから最近、竜人のローウインたちとも仲良くなれたのも、涙が出るくらい嬉しかった。

 リンドウやレノ、シャルグリート、スイ、大事な存在はたくさんできたし、足りないとわざわざ考えることなんてないが、ファナ=ノアが言っていた『童心(おなじめせん)で接することができる相手』というのは希少なんだと今更に思う。


「でも……心配かけることをしたとは思う。ごめん。もう勝手にはしない」


 ()ねた声色のまま謝ると、ピアニーは曖昧に笑ってラズの手を握った。

 凍りつく未明の荒野を数時間移動してきたばかりの彼女の手はひんやりとしている。


「……私ね、最近よく言われるの。望みを叶えたいのなら、対価……犠牲を負わなければいけないと」


 大きな瞳が、ガラスのように虚ろに光る。


「それが自分の身体と心で済むことなら、とても、理解できるわ。だけど、私は、仲間まで天秤に乗せられない」

「──うん、よく、分かる」


 ラズが考えた『誰も犠牲にしない策』を、凶敵マガツは『その甘さは命取り』と(あざけ)った。

 結果的に、レノは呪いを負って、ラズの前から姿を消してしまった。『勝った』──あれで良かったとは言い難い結末だった。


「ああ……そっか……でも」


 あの時、ラズも、シャルグリートも、牙の竜でさえも、自らの危険を顧みず、戦っていた。それぞれの大事なもののために。


「僕たちは、皆、自分自身だけを対価として、仲間を天秤に乗せずに済む方法を必死に考える。誰かに命令されたからとか関係ない」

「仲間が……命を()すのは、あくまで本人の意思だと?」

「だから、そうならなくて済むように、状況を動かすのが君の役割なんじゃない?」


 彼女の手を温めるように握り込んで、ラズはゆったりと笑った。


「厳しいことを言うわね……国の王様が聞いたら、きっと、一笑して終わりだわ。人は誰しもそんなに賢くないのだから」


 ──万に一つの、全員が助かって勝利する道など、たいていはそれを見つける前に審判のときが来てしまうだろう。

 窓から差し込む朝陽が眩しい。


「そうかもね……僕は……それでも、足掻き続ける。意地を張るのは得意だから」

「………」


 彼女の目に浮かんだ迷いを、窓から差し込んだ朝日が照らして隠した。

 寝ていた少年が眩しげに目蓋をびくつかせ、呻き声を上げてみじろぎする。


「む……」

「!」


 つないだ手をぱっと(ほど)いて、彼女は振り返った。


「──はっ! ピア!」

「ご機嫌よう、クレシェン」


 飛び起きた少年に、ピアニーは優雅に微笑みかける。


「アイビスさんっ、起きろ、ピアが来てる」


 クレシェン少年は兄貴分の肩をトントンと叩いた。


「無理して起こさなくても……」

「……いや、半分……起きてたよ」


 ──ということは、さっきのやりとりを聞いていたのか。別にやましいことを話していた訳ではないが、なんとなく気恥ずかしい。

 彼は億劫そうに身体を起こした。それから、主君であるピアニーに向き直る。


「何かあったら切り捨てろっつったのに、ここまで来るとは思わなかった」

「おあいにく様。私は自分の信念にしか従わないの」


 立ち上がって胸を張って言う彼女に、青年は顔を曇らせる。


「……俺から情報が漏れてないか、訊かないのか?」

「喋る相手の爪をわざわざ全て剥いだりしないでしょう」

「……はは、いつものことながら、すげーお姫様だ。ヘマして捕まって……すまなかった」

「あちらが、私より上手だったのよ。あなたはよくやったわ」


 ピアニーは腕を組んで首を振る。それから、凛とした口調で、彼に問いかけた。


「……何を見たの?」


前半シーンの落書き漫画

https://sketch.pixiv.net/items/5815136984825210218

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