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竜の旅人(4)……虚の夢

 その晩、また、レノの記憶の夢を見た。


 そこは、見渡す限り枯れ落ちた草木が広がる平原だった。遠くに見える山くらい大きな木も、無残に葉を落とし生気がない。

 平原には、たくさんの『人』が倒れていた。

 半数は、額に角、背に蝙蝠の様な羽と尾──もう半数は、御伽噺で見るような白い羽が背中にある。


「悪魔と──天使?」

「そうでありんす」


 耳元で、高く幼い声がした。二本の尾をくゆらせて、黒い小さな猫が肩に乗っている。

 辺りの光景をもう一度見渡し、ラズは吐き気を覚えて口元を押さえた。


(──うぅ……、キツいな)


 先日の小鬼の一件で乗り越えたと思っても、人々が血を流し倒れる姿を見るとまだどうしても気分が悪くなる。


「……童には、酷な光景でありんしたね」


 猫がぽっと灯火を生み出した。

 辺りが揺らめいて霧が立ち上り、血みどろの景色を覆い隠す。

 気を遣ってくれたようだ。


「……ありがとう。すごいね」

夢幻(ゆめまぼろし)でありんす。わちきにはそれしかできんせん」


 ぽっかりと霧のない空間に、見覚えのある人影があった。


(レノと、赤い髪の女の人……と、)


 先日の夢で眠っていた、悪魔の子供。彼は、膝を折ってくた、と倒れた。

 血濡れた三叉の矛がその手からこぼれ落ちて、鈍い音が響く。

 その前に、豪勢な服を着た男の天使が仰向けに倒れている。胸から大量の血を流し、すでに、息はない。

 悪魔の子供は、駆け寄り手を握った女性に向かって力なく、一言二言呟いた。

 その女性の容姿は、先日夢で見た髪の長い妖精と酷似していた。ただし、前と違って人の大きさをしており、背中に翅もなく燐光を纏ってもいない。

 そしてその顔は、悲嘆に暮れていた。

 悪魔の子供の全身に刻まれた縄のような紋様が蠢き、彼の表情から、みるみる生気が抜けていく。


「どうして──こんなことになってしまうんでしょう」


 女性は悲しげに呟いた。後ろに静かに立っていたレノが口を開く。


「美しい悲劇と終末……それが、<王>の意思だったんだろう」

「私に、なんとかできないんですか」


 よく透き通った声が震えている。


「……なぜ? 何百年も、ただ君たちを閉じ込め、こんな仕打ちをしたこの世界を、君は助けたいのか?」

「はい。あの牢も、出てからの日々も──私には……。それに、まだ生きている人だっています。世界と心中なんて、させられません」


 女性はしゃがみ込んだまま物言わぬ悪魔の子供の手を握りしめた。


「……俺が<後継>の肩代わりをすれば、世界の死は避けられる」


 彼女ははっとしてレノの顔を見た。


「それは……あなたは旅をここでやめるということですよね」

「まあ、君が居るなら……ここに根を下ろすのも悪くないかと思ってね」


 彼女は泣きそうな顔をする。


「居ます! あなたはずっと……ここに、居ていいです」

「……」


 レノは目を細めて、彼女に手を差し伸べた。


「この世界を()()したいかは君が考えてくれ。俺は特に思いつかないから。既に壊れたところは、その通りに復旧させる」


「それって……花咲爺さん……みたいなですか?」


 涙の乾ききらない大きな夕焼け色の瞳をぱちぱちさせて、彼女は彼の手を取る。


「全く、こんな時に……気が抜ける喩えはやめてくれ」


 彼は目を伏せて控えめに笑い、触れた手をゆっくりと大事そうに握った。




 ラズは少し離れたところでそのやりとりを聞いていた。


「今……『世界が死ぬ』って言ってた」


 ファナ=ノアが言う、新たに<虚の王>の役割を果たすべき人が『<後継>』なのだと思われるが──その<後継>の役割を、レノが代わりに果たした?


(じゃあ、<虚の王>ってすでに一度は代替わりしてて、今はレノってこと?)


 しかし今『<虚の王>は老いて死にかけている』はずだ。レノのイメージとは一致しない。


「あまり考えても仕方ありんせんよ」


 黒猫がまろい声で言った。


「そんなことより、あの方がなんであの女性を選ばれたのかが不思議です」


 たしかにそれは興味が疼く。今恋人と会えないレノにとっては薮蛇かもしれないが、本人に訊いてみたい気がした。


「あ……そうだ、この間の伝言、伝えたよ」

「それはありがとうござりんす。何かおっしゃっていんしたかえ?」

「『おやつは食べていい』って伝えたらいいって」

「……ほうほう?」


 黒猫がりん、と耳元の鈴を鳴らしたとき、視界が夕暮れ色に塗り変わった。枯れた巨大樹が紅い大きな塔の姿に変わっていく。

 周辺の枯れていた草木は色こそ変わらないものの、活き活きとした様子になった。


「不思議だなぁ……」


 ──自分の想像とはどうしても思えない。たしかに部分部分は考えたことのある景色のようにも思うが、自分の意思と全く異なる移り変わりをしていく様は、記憶と想像によるもの、というだけでは説明がつかない気がする。

 ──あるいは、自分ではなく、レノが自分の記憶に想像を混同してしまっているのだろうか。


「どこまでが記憶(しんじつ)で、どこまでが想像(うそ)なんだろう」

「さて、それはわちきにも分かりんせん。ただこの景色を楽しんではいかがでありんしょうか」


 黒猫は温かな夕陽色に包まれた世界を見渡した。

 倒れていた天使と悪魔はきらきらと光に包まれ、塵となって消えていく。


(レノの記憶から派生したただの想像……考えても仕方ない……この猫はそればっかり言うなぁ。……僕がそう思っている方が都合がいい? もしかすると、レノにとっても?)


 昨日の歯切れの悪い返事が思い出される。


(あるんだろうか……竜であること以上に、隠さないといけないことが)




 †




 ──朝。

 薄明かりが洞窟内に差し込み、鳥のさえずりが聞こえた。


(牙の竜の洞窟周りだけ、常春だなぁ)


 見た目は怖い赤竜だが、実はこの豊かな動植物を慈しんでいるのかもしれない。

 スイたち四頭の怪馬も震えていたのは最初だけで、二晩経った今は落ち着いたものだ。

 あの後スイと話をしたら、スイとレノの怪馬は最初から彼が竜であることを知っていたらしい。口止めされていたとかで、少し謝られた。


 寝起きの頭でぼんやりとそんなことを考えていて、はたと気がつく。


(あれ……スイ? 怯えてる?)


 背中越しに震えが伝わってくる。


 身体を起こして、違和感に気づいた。

 陽炎のような揺らめきが髪を撫ぜる。


「何……」


 なんとなく、遊びに誘われているような無邪気さのある気配だった。

 見回すと、シャルグリートの周りの揺らめきが特に濃い。


「───う、ぅ……」


 シャルグリートが苦しそうに呻いて寝返りをうった。

 洞窟の壁側に片膝を立てて座っているレノは、一瞥しただけで特に反応しない。


「──レノ、これ……」


 そう言ったとき、シャルグリートの周りを満たしていた揺らめきがぶわっと広がって消えた。


「……」


 鳥のさえずりだけが妙に静かに洞窟内に反響している。


「今の──もしかして、<(しろ)の王>?」

「……おそらく」


 レノは静かに答えた。


「──!」


 <虚の王>が絡むと、今のところ良いことがない。


「……シャル?」


 反対側の壁側にいるシャルグリートに歩み寄り、肩を叩くと、彼は痛そうに呻いて目を開けた。


『んだよ……』

「大丈夫?」

「……イタイ、当たり前ダロ」


 シャルグリートは折れていなかった方の腕をついて億劫そうに起き上がった。


「よっ……と」


 彼の様子に特に変わったことはない。ラズはほっと胸を撫で下ろした。

 胡座で座って壁にもたれたシャルグリートは、頭を振って息を吐く。

 手を見下ろして、グーパーと開閉しながら、考え込む様子は、やはりいつもと違う気がした。


「シャル?」


 力の入りきらない拳を握り込み、シャルグリートが顔を上げた。


「……お前、今日付き合えヨ」

「え……シャル容赦ないから、今はちょっと相手できる自信ない」


 ──ラズだって治りきっていないのだ。無茶すれば傷口が開くことは自分でも分かる。

 正直に断ると、シャルグリートは眉を寄せて頭を掻いた。


「手加減くらいスル」

「……ん? 何かシャルらしくない言葉が聞こえたような……」

「お前、俺をナンだと……」


 村の子供相手の時はさすがに加減していたが、ラズとの勝負で手加減なんて前例がない。


(まさか、<虚の王>のせいで性格が変わってたり!?)


「お前絶対失礼なコト考えてるダロ」

「いや、心配してる」

「なんでそうナル……」


 そんなやりとりをしている間にウィリや、シャルグリートの義姉が目を覚まして、朝食の準備を始めた。


「シャルが年下の子に稽古? 珍しいわね」

「義姉さん」


 シャルグリートがなんとも言えない顔をした。


「二人とも怪我が治りきってないんだから、無理しちゃだめよ」

「はーい」


 なんとなく叔母……リンドウに言われたような気分で素直に返事すると、彼女はにこにこした。


「シャル、スローで良ければ相手になるよ」

「レノとたまにやってたアレか」


 あえてゆっくり技を出すことで、戦いの流れに戦略性を持たせるとともに理想の動きを体に教え込ませる、という訓練だ。

 怪我をしない訳ではないし、キツい体勢を維持するのはなかなか辛いが、普通のペースで戦って急に本気を出されるよりましだ。


「いいぜ……頼ム」


(??)


 殊勝な台詞にまた疑問符が浮かんだが、シャルグリートの目が真剣だったので茶々を入れるのをやめた。


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