4.ギルド
「こんな物でいじくられたらかなわんのう」
「おわっ」
椅子に座る俺と机との空間に幼女が居た。いつのまにか俺の手から消えたドライバーの先端付近と尻を左右の手でつまみ、横からしげしげ眺めたり、切っ先を目に向ける。
外見は俺の想像するダンジョン・コアそのままだった。
”ピー!”っとホイッスルが鳴った。
「マイナスドライバーの理由なき携帯は犯罪です!」
ヨロイ女だった。
「いたのか」
「あんたがギルドに案内させたんでしょうが」
「ありがとう」
なんやかんやと、室内でかなりうるさくしたが、誰からもしかられなかった。
ここは仲良しギルドではない。特筆すべきものが何もないギルドだ。
居て然るべき、絡んできそうなオヤジたちはどうした?
見れば皆、カニを食っていた。それで無口だった。
「ちょっと、なんで食べてるの!」
ギルド職員がとがめた。
「そりゃあ小さい足なら一、二本欠けてても引き取ってくれるって言われたからさ」
「そういう意味じゃない! わざわざもぐ事ないでしょーが」
職員が激昂する。頭から湯気が、目から光線が出そうだ。
ギルドはカニを目方で買い、立派なカニは単体で売る。これでは無駄に儲けが減る。
この解説的地の文は神視点なのか、職員の激怒を目の当たりにした俺の憶測なのか。
これこそが職員が口を閉じて発した声、すなわち”吽”であったとしても、この作品では今更な考察であった。
確かなのは、第三者視点を駆使してまで説明する話ではないという事。
人称ブレを気にして保険を掛ける様に”~なのだろう”と語尾を濁してみても、十中八九それが正解なのだから、その予定調和には反吐が出る。
俺が良く使う”ようだ・らしい・だろう”という正解を明示しない投げっぱなしの憶測に、モヤモヤをつのらせる読者は多いだろう。
――立派なカニは単体で売る。これでは無駄に儲けが減る(要出典)
お次は予定調和の使い方についてなのだが、これで正解なのか、うろ覚えなのか。疑問に思う時点でうろ覚えの自白なのだ。哲学用語としての――
「しらねーよ、ほら」とオヤジは職員にカニ足数本をおすそ分けした。さすが傭兵、強気である。
「おう」と、そっぽから声をかけられた。
「その棒貸してくれ。食いなれないもんは、食いづらくてかなわん」
D・コア子が渡すと、オヤジはカニ足にドライバーを刺して肉をほじくり出そうとする。
「違う!」
俺は急いで手を洗うとそのカニ足を奪い、やや端寄りの部分を折って左右に引いた。鞘を払った短刀の如く、通販番組の試食が如く、肉はキラキラしていた。
「おおおー」とギルドがすこぶる沸いた。
オヤジにカニ足を返す。一息ついたところでコア子が聞いてきた。
「それで、右と左どっちにするのじゃ」
コア子の改まった態度。”どっちにする”とは、そういう事だろう。
おれはコア子とヨロイ女を見比べた。ヨロイ女の存在がさっきより小さく見えた。ヒロイン選択画面で決定前にフォーカスしていない方が後方に引っ込んだり色あせたりするレイアウトと一緒だ。
「レッサー……」
「だれがかつてパンダと呼ばれていた小さなパンダよ! 胸の事なら訴えるわよ!」
「そうじゃない」と、コア子の幼女らしからぬ威厳が場を鎮めた。
「戦闘画面のキャラの向きは右か左かと聞いておるのじゃ。おぬしは道中、右の店舗だけ飾り付けたじゃろ? 答え次第ではダンジョンを作り替えねばならん」
「……」
話が読めない。俺が決める話か?
「カニのデザインはいいのお。左右兼用じゃ」
コア子がカニ足の残骸を拝借し、一歩歩かせるようにもてあそんだ。
「私もどっちでもいいんだけどねー。両手利きだから」とヨロイ女が剣を抜かずとも順構えのファイティングポーズを取った。
「こやつは既に声優を第三志望まで決めておる。準備万端じゃな」
「いやーん、言わないで。シーよ。シー」
コア子が忙しなく動くヨロイ女を見た。
「ほー、おぬしはチビキャラ映えしそうじゃの。☆1とは思えんわ」
面と向かって言われたヨロイ女が無言でガーンとなった。
「盛り上がっている所すまない……俺はただの旅人だ。俺を五歳児の冒険者だと思って教えてくれ」
俺はヨロイ女を無視して言った。ある意味、割り込む切っ掛けを作ってくれた事にはその☆1に感謝する。
「またまた~、ソシャゲ化するんじゃろ?」
「いや、そんな予定は全く無い」
「アニメ化も?」
「しないし出来ないよ。そんな人気もコネもない」
コア子がカニ殻をメンコよろしく床に叩きつけた。
「なんじゃ……来て損した」