3.ギルド
「阿吽 絶叫丸」
俺はギルド職員に自分の名を告げた。つまり名乗った。
”阿吽絶叫”
ネットでその言葉を見た時の奇妙な感覚を今でも覚えている。
(なんだそれは。あぁ、アビキョウカンね。あれれ、どんな漢字だったか)
自分もパっと漢字が思い浮かぶほど阿鼻叫喚に馴染み深くはなかった。
間違いひとつにぐだぐだうるさい奴だ。うろ覚えのまま使った経験のない者だけが石を投げろと言われれば、それまでの話なのだが。
いやしかしアウンゼッキョウはねえよ。
されど言葉とは生き物なのだから、いずれはこちらが主流に?
絶叫と叫喚。個人的には泣きわめかれる厄介さに比べたら、絶叫がそれ単体である限りは、絶叫のほうがマイルドに感じる。
阿鼻とは地獄の底の底、阿吽と比べるまでもない。
発言者は馬鹿にされる可能性を承知の上で阿鼻叫喚ほどではないと表現したかったのだろうか。
子供に「いただきます」をさせたくない親のポリシーよろしく、発言者は発言者なりのポリシーやらジンクスで、不吉な言葉を避けた可能性も考えられる。ネットでの発言は発言者と言葉をデジタルチックに紐付けする。
もしくは回避でなく、観測者のひっかかりを利用して阿鼻を連想させ、阿吽の不吉化を狙ったものなのか。
漱石枕流の例がある。枕石漱流を言い間違えてからのこじつけが四字熟語を生んだ。
もしアウンゼッキョーが大多数に認知されれば、阿鼻叫喚地獄に次ぐ新しい地獄の誕生となるのかもしれない。
「どうせなら、減ってほしいもんだ。ヘルだけに」
「……」
先ほど述べた絶叫のマイルドさ。そして阿吽とは終始、呼応、対立。
さすれば俺の考えるアウンゼッキョー地獄とは、
1.黙って一方的に聞かされるクレーム罵声地獄。
2.叫喚地獄の隣に位置する薄壁騒音地獄。
いやいややっぱりアウンゼッキョウはねえよ……という想いがこもった名前だ。
「あ、アウンのウンはウシでなくクチ偏にニムでお願いします」
こっちの方がスケベ運が高い気がした。
「……」と、職員が醒めた目で俺を見た。
希望の『呍』が変換候補に無かったのか。はたまたスケベ心がバレたのか。
「何か?」
「変更はこれだけですね? ……次からはお金取りますよ」と、手元の情報を修正しながら応じた。
「どーも」
「……」
「何か?」
「感謝はどーもやサンキューでなく『ありがとう』のみでお願いします」
「おいおい、そういうこだわりは説明せずに読者が気付くのを待たなきゃダッサダサだぞ」
「守っていただければ、身分証に敬語不要のライセンスをお付けします」
「……ありがとう」
身分証が出来上がるまでの間、契約事項の説明を受けた。
「それではご納得いただけましたら、この契約書にサインをお願いします」
「ちょっと待った。雇用形態、傭兵って物騒だな。冒険者じゃ駄目なのか? 冒険ってほどの冒険しなくても」
言葉とは生き物であり……
「それってつまり……命の保証はしかねると思いますので、傭兵としての登録となります」
出た。質問のようなニュアンスで始めて、そうでない奴。自分に意識を向けさせるため話術なのだろうが、俺の嫌いなしゃべり方だ。
しゃべり方も相まった急かされたような不快感と俺の冒険者としてのカンが告げる。条件を呑んだ次の瞬間、それを見計らったように「戦争が始まったー!」との知らせがギルドに舞い込むのだ。
「いいや、冒険者。命知らずの冒険者だ」
傭兵という言葉か、戦争という言葉から紛争的なニュアンスが消えるまでは……
「それは、具体的には?」
「マイナスドライバーでダンジョンコアをいじる位の、冒険者だ」