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季節商品

作者: 高月怜

「可哀想に………君は売れ残っちゃったか…」


思わず、棚に並んだ商品を手に取って優衣香はそう呟く。優衣香が手にしたのは業界人には“季節商品”と呼ばれる商品の一つだ。


「今日でお正月も終わったものね」


そう言いながら自分の傍らに置いたカートに置いた段ボールの中に商品を入れていく。


季節商品ー


それは日本人が心待にするイベントを彩る商品の総称だというらしい。優衣香がその言葉を知ったのはこのアルバイトを始めた6ヶ7前月のこと。


「季節………商品ですか?」


初めて聞く言葉に優衣香が目を瞬かせればアルバイトを始めた先の小さな雑貨屋の店長が深く頷いた。


「そうよ。作った人の気持ちも費用も全く一緒なのにイベントの日を過ぎただけで賞味期限が終わったものにされちゃう商品のことをさしてそう呼ぶの。実際には勝手に世間に決められた期間中にお嫁に行けなかっただけの彼らだけなんだけどねぇ。別に急に中身が悪くなった訳でもないし、見た目が変わった訳でもない。でも、ここにいるだけで世間からはその季節が過ぎたら浮いてるように見られちゃうのよね。ちょっと可哀想よね」


常々、こうして商品が売れることを“お嫁に行く”と表現してみる店長は悲しげに肩を竦めて見せる。そう話す上司はこの店で働くためのアルバイト面接の際にも色んな持論を教えてくれた。


その中の1つではあるが………彼女いわく“物”には2つの側面があるらしい。単純に“物”として人々を満たしてくれるという側面とその人の人生を彩る“者”としての側面。だから、彼らが新しい家に帰っていくのを“結婚”として扱ってもいいんじゃないかと思うと宣う店長はまだ40代と若いがこのお店を構えたのは30代半ばで今、現在の優衣香の年とあまり代わりはなかった。


「なんか残念ですね…」


教えて貰ったばかりの“季節商品”達を眺めて初めて聞いた言葉に対してそう感想を漏らせば店長が楽しげに目を細めた。


「あら、あなたもそう思う?」


「はい。だって、彼らは何にも悪くないのに勝手に決められた期限を1日過ぎただけで不必要扱いされるんですよ。なんか………寂しいなと思って」


店長からの同意に頷いた優衣香はため息を吐く。


「でも彼らばかりを大事にしてたら新しい出会いもないということですね」


「そういう事。悪いけど、彼らをを片付けてくれるかしら?」


そう言って箱を示す店長に優衣香は肩を竦めながら頷いた。


「よろこんで」


そう答えながら優衣香が初めて手にした季節商品は夏の終わりを告げる“風鈴”だった。


それからも様々な季節商品達と出会いと別れを繰り返してきた。

夏の季節商品達を箱にしまって取り出したのは“月に住むウサギの一族”達。


10月はカボチャの形をした被り物。


11月はクリスマスカラー一色に染め上げた。


そして12月24日の聖夜の終わりとともに。


12月後半から1月の初めは“新年”を彩るための鏡もち


1月半ばから2月半ばまでは“恋を成就”させるための甘~いスパイスであるチョコレート


2月半ばからは3月半ばまでは“感謝”を伝えるための真っ白な心を


3月の初めは“親しい友”との別れを


そして4月は新たな“門出”を祝う


「もう少し………」


そう呟いて優衣香はせっせと季節商品をまた1つ、また1つと箱に戻していく。昔は毎日、毎日同じ日々を繰り返すことに何ら疑問は浮かばなかった。毎日、自分の仕事をこなすのに精一杯で周りを見る余裕なんてなかったから。だからこんな風にじっくりと“季節商品”をみることもなかったし、こんな風に色んな出来事が積み重なり、1年が出来上がるのだと思いもしなかった。


そう……まるでそれが人の一生の縮図のようになっているとは。


「私も誰かからこう思われていたのかしらなんてね……」


思わず、そう呟いた優衣香は苦笑すると棚から下ろした季節商品の一つである“鏡もち”を模した可愛い雑貨を段ボールの中に入れて箱の蓋を閉めた。季節が決められているのは彼らだけではなくて自分も同じだったかもしれないとここで働くようになって優衣香は思うようになった。


“勉強しなさい”


親からは学生という期限を決められた“季節商品”として


“結婚しないと”


周りから囁かれる声に踊らされて自分の女性としての期限を決めた“季節商品”として


私には様々な季節商品という誰かの人生を彩る“者”としての自分がいる。


そして何より気づいたのは“彼”をいつの間にか私の人生を彩るであろう“結婚”という季節商品として見ていたのだとも。


“好きだった”


告白した訳ではなかったけど、他の人よりかは親しいという傲慢が確かに私の中にはあった。なのに偶然、休みの日に1人で買い物に出掛けたある日。密かに恋心を秘めていた先輩と可愛がっていた後輩が手を繋いで歩いていたところを見た。その先輩には入社してからずっと色んな仕事を教えて貰って、失敗して怒られて。


“お前なら出来る”


その言葉を誇りにいつも頑張っていた。彼が自分には見せない表情を後輩に見せている姿にどう思ったのかは自分でも分からない。


ただ……


突然、それまでは何も感じなかったのに。急に全てが嫌になった。だから気づいたら“退職届”を出して退職してしまった。それから1ヶ月ぐらいはぼんやりと過ごしてふと歩いた時に見つけたこの雑貨屋さんでのアルバイトに応募した。入社してからがむしゃらに10年間働いたお陰で貯蓄はあったので少し人生の“充電期間”という季節商品として立ち止まってみることにしたのも偶然だった。


人生には周りから決められた“季節”があるのかもしれないがそこに流れる“季節”はきっと人それぞれだろう。


なぜなら………


棚を彩る“季節商品”達はその季節が始まる前から気づかないうちからそこにあるのだから。


「よし、終わり」


今の自分には何をしたいのかは全く分からない。


でもそれは彼らが私達の人生にひっそりと寄り添うように


いつか私もまた自分の人生の“季節商品”として歩き出す時が来るだろう。


そう思う……

いつもお読み頂きましてありがとうごさいます。


誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


なんとなく……


バレンタインと恵方巻のパンフレットを見ていて思い出した言葉で書いた小説です。

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