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八話 Cの事情

 セドリック・コリンズはセリーヌ・クレメンツの婚約者、だった。


「あまりよく知らないから情報もらっても良いかな?」


 セリーヌたちとはこうしてお茶や食事を楽しむ仲だけれど、その婚約者たちとはあまり話したことが無い。婚約者がいる身で同年代の男性と仲良く話をするなんて、色々と疑われる可能性があるからだ。

 容姿はふんわり金髪のエメラルドの瞳。背は平均的な同年代の男性どころか、私よりも低い。


「そう、ね。よく言われているのは貴族学院始まって以来の魔法の天才児。親の後も順調に継げるだろうって」

「ああ、そのくらいは知ってるよ。最近、悩んでいた事とか何か知らないかな」


 落としどころが欲しくてセリーヌに聞いてみたけれど、私も知っている情報しか出てこなかった。

 ……魔法の天才児、そう、天才だけで済ませば良いものを子供っぽい見た目からして天才と言われてしまうのだ。

 エリックとして存在していると、自然と男性視点で物を見てしまう。もちろん完璧とは言えないけれど、今回は何となく予想がついた。

 

「子供っぽくて悩んでいるのをエドナに付け込まれたのかな」

「相手はセリーヌだものねぇ」


 べリンダがうんうんと頷く。対するセリーヌは大人っぽい容姿で、二人が並べば姉と弟、下手をすれば親子に見えてしまう始末。

 こればっかりは本人が達観しなければ周りがどう慰めても反発してしまうだろう。

 二、三年前であったならまだまだ成長期だと元気づけることも出来たのだが、この齢だと微妙だ。二十歳過ぎまで成長する人はいるにはいるかもしれないが、絶対とは言い切れない。

 おすすめのシークレットシューズでも贈ろうか。激昂されて突っ返されるかもしれない。


 婚約者として間近で見ていたセリーヌの意見を聞きたかったけれど、セリーヌは考え事をしているみたいだった。


「セリーヌ?」

「ごめんなさい。その、私には見えていなかった問題だから……。セドリックに対して私が老けてるって事かしら?」


 皆で一斉に慌てる。


「違う、違うよセリーヌ。そうじゃない」

「大人っぽくて色気があってうらやましいわ。ね、ディアナ」

「本当、変わってほしいくらい」


 可愛らしい容姿のディアナは、時折子供っぽくみられるそうでそれが悩みらしい。私からしてみればどちらも女の子らしくてうらやましいのだけれど、そう言う類の悩みは本人にしか分からないんだろうな。


 大人っぽいのは何も容姿に限った話ではない。例えばセリーヌが藤色のふんわりウェーブのかかった髪を耳に掛ける仕草。男装していない時に鏡の前でこっそりマネしてみたけれど、どこか滑稽に見えてため息しか出てこなかった。


 セリーヌは淑女としての所作も自然に出来ている。セドリックが努力してセリーヌに合わせるならわかるが、セリーヌがセドリックに合わせて落ちる必要はない。

 少し話しただけでも子供っぽい、ツンツンした感じがした。もう少し落ち着けばいくら背が低かろうとも年相応に見られると思うのに。


「婚約破棄した理由、やっぱり直接聞いてみるよ。それから動いてみるしかないね」




 エドナとセドリックを魔法棟の近くで見つけた。人目につきやすい場所であるし、今まで二人以上でエドナを囲んでいたのを見ていたからセドリックに譲らずにそのまま近づいた。気づいてエドナは笑みを浮かべ、セドリックは一瞬だけ顔をしかめたが取り直してエドナに話しかける。

 

「ねぇ、エドナ。町で可愛いレストランの情報仕入れたんだ。一緒に行こうよ」

「それなら知ってます!でも予約は半年先まで埋まっているって聞きましたよ」

「僕を誰だと思っているの?無理やりねじ込むくらいわけないよ」

「すごいです、セドリック様」


 うわぁ、出た。父親の権力を笠に着てやりたい放題。外見だけでなく中身も子供っぽいんだな。そして多分それを大人の男だと思ってる。

 皆が出来ない事を出来る俺ってすげぇぇ、みたいな。


 あのメニューがおいしい、このメニューが人気らしいだの、レストランに関する会話が途切れるのを見計らって、セドリックに遠回しに聞いてみる。本人が傍に居るけれど気にしない。


「君はエドナのどこを気に入ったんだ?」

「なに、エドナにいちゃもんつけてるの?」


 めちゃくちゃ喧嘩腰だ。そんなに恨まれるようなことはまだして無い筈なのに。


「いや、そうじゃない。俺は異国の人間だから、婚約破棄をするほどエドナは魅力的なのかちょっとわからないだけだ」


 ニュアンスによってはエドナに魅力が無いとも言える言葉だったけれど、幸いセドリックはそのままの意味に捕らえたようだ。


「ふうん、可哀想に。まずはこの容姿。この国の貴族の女たちと違って純朴で可愛いだろ?化粧っ気も無いのに美しい肌をしているし」

「セ、セドリック様ったら……」


 セドリックからしてみればエドナは全く化粧をして無いように見えるらしい。が、実際にはとんでもない手間が掛かっているのが分かる。じっくりと見たわけでは無いから肌の作り込みはどの程度か知らないけれど、チークやアイシャドーも結構つけてるのにあれですっぴんに見えてるのだろうか。

 逆にセリーヌはもともとの顔立ちが派手目なのでマスカラやつけまつげの類もつけず、唇にルージュを付けているだけかもしれない。


「肌がきれいなのはセリーヌの方だと思うよ。エドナは首筋と顔の色が違う」

「お前、そんなところ見てるのか。やらしい奴だな」


 ―――は?

 胸だの腰だので言われるならわかるけれど、首筋レベルでやらしい奴扱い?

 セドリックってもしかして中身かなりお子ちゃま?


「それで、他には?」

「エドナは話をきちんと聞いてくれる。何を言っても褒めてくれる。さっきのレストランの話だって、セリーヌはきっと『店に迷惑がかかるから止めましょう』って言うんだ。せっかく僕が誘ったのに」

「そうだね。相手が君なら店側もVIP対応をしなくてはならない。もともと予約していた他の客をキャンセルさせるなんて店側にしてみれば迷惑この上ないね」


 セドリックの顔が盛大に引きつる。エドナはセドリックと私を見比べていたが、結局私に付いた。


「私もエリック様に賛成です。順番を待っている楽しみもありますよね」


 無遠慮に私の二の腕を触るエドナに生理的嫌悪を覚えたが、にっこりとほほ笑んでおく。反対に、セドリックはどんどん眉を吊り上げて不機嫌になっていった。


「セリーヌは君の暴走を止めようとしているだけに見える。どうして婚約破棄なんかしたんだ?」

「自分が大人っぽいからっていい気になるなよ」

「は?」


 質問に対しての返事はせずにセドリックはいきなり会話を打ち切りエドナを置いてどこかへ行ってしまった。……いいのか、これ、置いていって。


「これで二人っきりですね」

「相手を気遣うことが出来ないのか、それとも―――エドナは知ってるかい?セドリックが婚約破棄した理由」


 セリーヌよりもエドナを好きになったから。本当にそれだけだったらお手上げだけれど、ベイルの時のようにちょっとした悩みのせいかもしれない。アルバートは何考えているか分からないから参考にもならない。


「ごめんなさい。ちょっとわからないです」


 首を傾げてエドナは困った顔をしてみせる。諸悪の根源がぶりっ子をしながら何言ってんだか。

 いじめても良いだろうか。独占欲が強いだとか好きな子をいじめるタイプだとか、あさっての方向に解釈されて却って喜ばれそうなので止めておこう。





 次の日、セリーヌは藤色の髪を両サイドでアップにして、いわゆるツインテールにしてきた。


 多分、出来る限り若く見える髪型を本人は選んだつもりなんだろうけれど。化粧もナチュラルメイクを頑張って来たんだろうけれど。

 ……揺れる藤色の髪とうなじがとても色っぽいです。ベージュ系の重ねグロスのルージュがむしろセクシーさを演出しております。

 制服も今まで通り黒を基調とした露出も少なく派手ではないデザインなのに、髪型とのギャップのせいでより大人びた感じがする。


「思い切ったね」

「似合わないかしら?」

「ううん、むしろ暴力的なまでの色っぽさになってるよ。ほら、見てごらん」


 道行く男子生徒がセリーヌを視界に入れた途端、持ち物を足の上に落としてギャッと悲鳴を上げると言う喜劇でしか見たことの無い動作を繰り返している。


「子供っぽくなるように頑張ったけれど、逆効果なの?」

「本格的に変な虫が付かないように、気を付けて」

「あら、セドリック様だわ」


 忠告も耳に入らない程好きか、そうか。セリーヌが見る方へ顔をむければ確かにセドリックがいた。セリーヌに見惚れているのか、硬直している。


「セドリック様ぁ、人気のレストラン、セリーヌも行きたいですぅ」


 甘えた声を出してセドリックに抱き着くセリーヌ。顔も首筋も耳まで真っ赤で、無理をしているのが見え見えだ。何だかこっちまで居た堪れなくなる。


「は、離せこの年増っ」

「とし―――ひどいっ!同い年なのに。頑張って可愛い格好したのにどうして」


 大切な人に気付いて照れ隠しをする程度の悪口なら、道筋としてはむしろ喜ばしいけれど。

 セリーヌはセドリックによる禁句で激昂しているし、セドリックはセリーヌの抱き着きによってかなりテンパっている。

 魔力のエキスパート二人による魔力をまき散らしながらの痴話げんかになってるから、静電気みたいにビリビリして仕方がない。


「僕だって努力してるのになんでどんどん大人っぽくなっていくんだよ。あいつか、エリック・ユールのせいか?」


 なんかとばっちり来た。ビリビリがバチバチに変わってちょーっと命の危険を感じなくもない。


「二人とも落ち着いて」

「女性の経験を積めば僕だって大人っぽくなると思ったのに!セリーヌに釣り合う男に成れると思ったのに!エドナは本当に役立たずだな」


 釣り合いたいと思っていたなら気持ちは今でもセリーヌの元にあるという事だ。良く考えればそれが分かるのに、余裕の無くなっているセリーヌは違う言葉に反応して後ずさりする。


「け、けいけん……?セドリック、まさかもう……」

「…るさい、うるさい!全部お前のせいだぁ」


 呪文を唱える手順もふまずにセドリックは魔力の塊を私へと打ち出してきた。急いで即席の結界を作り出すけれど、呪文を唱える時間が無いので強度が弱い上に圧が凄すぎて防ぎきれない。耐え切れず結界ごと吹き飛ばされてしまう。

 体が宙に浮き、記憶が走馬灯のように巡る。


 このまま、地面に叩きつけられて男装したまま死ぬなんて。

 ―――嫌すぎる!

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