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三話 AからEへの変身

 貴族学院の敷地内には小さな町がある。生活するうえで、また学校生活をつつがなく過ごすために必要なものを手に入れられる店が無いと不便だからだ。貴族を相手にするのでそれほど質の悪い店は無い。通っている学生の親族が経営をしていたりする場合もある。


 本格的な男装の準備はべリンダの馴染みのお店で行われた。ブラウンズバーグ夫人…べリンダの婚約者であるベイルの母親が経営をしており、貴族向けの服を取り扱っている店だ。 


「この度は愚息が大変申し訳なく……」

「いいえ、誰にでも間違いはありますもの。それより今回の計画は内密にして頂けますか?」

「アイリーン様を男装させることでございますか。それは勿論、誰にも口外致しません」


 夫人は可哀想なくらい縮こまっている。元々は富豪の娘で経済的な援助を名目にブラウンズバーグへ嫁いだ。侯爵夫人と侯爵令嬢、立場的には変わらないもののやはり身分差を越えるのは難しいのだろう。


 髪の色を魔法で金髪から黒へと変える。瞳の色は緑からブルーグレーへ。口調と声色も徐々に男性のものに慣らしていく。変声の魔法も使えない事は無いが、余力として残しておきたかった。


「あー、あーあー、リーワース砦の時と同じ色で良い…よな」

「そうね。学院の制服も基本は黒と言うだけだから違和感はないわね」


 砦の時とは違い貴族仕様の服なので肌が隠せる安心感がある。それでも念のためにサラシは巻いておく。

 貴族学院の制服は黒を基本に使っていれば特に決まった形がない。騎士団の制服に似せるのが最近のはやりでフロックコートにも近く、肩幅を誤魔化せるのが良い。

 差し色は自由で、袖口や襟もとに紫色をあしらってある。デザインはべリンダ考案だ。生成り色のマントは左右非対称でつける。

 装飾の少ない剣を腰に佩き、気絶しても髪や瞳の色を固定できるようにセリーヌが用意してくれた魔術具のピアスを耳に付け、化粧は眉を真っ直ぐに整えるだけで出来上がり。


「すごい……細身の男の人にしか見えない」


 試着室から出ると、セリーヌとディアナが目を丸くして出迎えた。


「普段は髪で隠しているけれど、少しえらが張って鼻筋が通っているからね。剣術のトレーニングは欠かしていないのでしょう?手が筋張ってるから手袋も必要ないわね」

「おーいべリンダ、人が気にしているのにずけずけと。ブーツはちょっと上げ底にしてあるのか?」


 靴底を見ても分からないけれど、違和感に思わず足を上げて靴の裏を見てしまった。


「砦にいたのは二年前でしょう?全然成長してないのも男性としてはどうかと思って」

「そうか、俺だけでは気づかなかったよ。有難う」


 にっこり微笑んでお礼を言うとべリンダたちは顔を引きつらせ、何故か三人で固まって店の隅に逃げてしまった。

 ぽそぽそと呟く声が聞こえるので、耳をそばだててみる。


「あれはアイリーン、あれはアイリーン、あれはアイリーン」

「やばい、新たな扉が開きそうだわ……」

「わ、私はデューイ様一筋なんだから」

「三人とも、大丈夫?やっぱりどこか変かな」


 後ろから声を掛けると三人とも肩をびくっと震わせた。べリンダが立ち上がり、何故かうろたえながら答える。


「な、何も問題は無いわよ。ええ、ええ、大丈夫ですとも。きっとエドナ・イーリィもいちころよ」

「そっか。後は……学院はこの服で行動するとしても、男物の普段着も一揃え欲しいな。既製品で良いから見繕ってもらえるか」

「かしこまりました」


 ブラウンズバーグ夫人に声を掛ける。男子の親である彼女なら、見落としは無いだろう。店の中を歩き回り服を手に取る彼女に、ディアナがおずおずと声を掛ける。


「あの、私も選んでいいかしら?」

「男の人が着る服を選ぶ機会なんて滅多に無いものね。私も参戦するわ」


 セリーヌとべリンダも一緒になって、店の中の服を物色する。


 私に着せる服なのに、それぞれの婚約者に似合いそうなものを選んでいるのが微笑ましい。本当に、どうしてこんなに良い子たちが婚約破棄なんてされなければならないのか。

 男性陣とエドナへの怒りをたぎらせて、一人、闘志を燃やした。


「それにしても随分と変わった既製品の店だな」


 ベリンダに聞きながら手近にかかっている服を手に取ってみる。全て一着ずつしかなく男装した私にぴったりのサイズだ。リーワース砦の中に有った肌着などを扱う店はもう少し幅広く置いてあった気がする。


「既製品には変わりないかもしれないけれど、全てエリックに合わせて作らせたものだもの」

「それ、既製品って言わなくないか?」

「細かいオーダーはしてないから……セミオーダー?夫人に融通を利かせてもらったの」


 べリンダの手回しの良さに呆れてものも言えなかった。



 女王陛下にもいろいろと協力してもらうために、エリック・ユールとして謁見を申し込む。身元不明で国籍もないため、その辺りはべリンダたちが尽力をしてくれた。

 三人の侯爵令嬢と共に謁見室に乗り込むと、女王陛下が「あらぁぁぁぁ」とはしゃいだ声を上げる。

 普段女王のそんな姿を見たことのない令嬢たちは驚いているようだ。


「本当に見事ね。うちの馬鹿息子と取り換えたいくらい……というか私の夫になる気、無い?」

「それで、城に部屋を賜る件と学院に入り込む件ですが」

「綺麗に流すわねぇ。冷たさも男性らしくて素敵。良いわよ、いくらでも協力するわ。あなたの家にも王妃教育としてしばらく城に滞在すると打診しておくわ」


 アイリーンの侍女は傍に置けない為、陛下についている口の堅い侍女を付けることと部屋のある一角には信頼のおける騎士を配置することを約束された。

 学院には領地ごとの寮があるのだが、エリックは余所の国からと来たと言う設定だ、アルバートも城から通っているし、女王陛下の客人と言う名目なので問題は無いだろう。


 侍女に案内され城の中を歩いていると、ぱったりとアルバートに出くわした。


「エリック!エリック・ユールじゃないか。久しぶりだな」


 心の準備をしていなかったのでかなり動揺する。そうか、城に滞在するという事はアルバートと顔を合わせる機会が増えるという事だ。慌てて落ち着き(?)、声を作り出す。


「やあ、アルバート。国に戻っていたんだが女王陛下に呼び出された」

「何のようだ?」

「今度は学院を視察に。ついでに息子が馬鹿やってないか見てやってほしいってさ。まぁ、砦の時と同じだな」

「信用されてないのか。学院は親の不干渉が基本なのにな」


 アルバートは不機嫌さを顔に出した。婚約破棄なんて国を揺るがすようなことをしておいて、どの口が言うか。少し厭味ったらしく言ってやろう。


「聞いたところによるとアイリーン・アシュフォード嬢に婚約破棄を突き付けたそうだな」

「ああ、それでか。お前まで小言を言わないでくれ、こっちはうんざりしてるんだ」


 ひどく迷惑そうな顔に、胸がずきりと痛む。アルバートにとって婚約破棄はさしたることでは無いような素振りだ。

 案内の侍女が黙って立っている方を見やり、暗に会話を切り上げようとする。こんな気づかいも出来るのに、どうしてアイリーンにはそれをしないのか。


「学院の方へは明日からか?」

「ああ特例として城での滞在を許された」

「そうか、ではまた会えるかもしれないな。頑張れよ」


 最近のアイリーンには向けなくなった笑顔を、エリックには惜しげもなく見せる。胸中は複雑だ。同性だからと気を許しているのか、それともアイリーンを実は嫌っているのか。

 視点を変えてみればエリックの本心が見えてくるかと思ったのに、余計に心が見えなくなった気がした。


この世界にサラシがあるのかと言うツッコミは無しでお願いします。

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