二話 令嬢たちのお茶会
「私が婚約破棄された時にもエドナ・イーリィがいたの」
「ええ、聞いたわ。セリーヌの時もディアナの時も。四股を掛けて、どういうつもりかしら」
侯爵令嬢が四人もそろう珍しいお茶会。火花がバチバチ散るかと思いきや、女王陛下の名の元に穏やかな交流が続いていた。
婚約破棄をされて一時は落ち込んでいたものの、三人とも侯爵である父親とそれを支える母親の背中を見ているせいか、とても強い。
現状をどう切り抜けるか考えているので、貴重な情報収集の機会であるお茶会にも直ぐに参加の返事が来た。
私は早速紅茶を振る舞う。流石にお菓子は実家から用立てたものだけど、自ら食し、紅茶を飲んで毒が無いことを示した。
ここは貴族学院内の誰でも入れる薔薇園だが、生垣で囲まれた部分は女王の許可が必要な上に最高級の乙女たちのお茶会に乱入する不届き者などいない。けれど念のため生垣の外に護衛を立たせてあるので少しだけ声を落とした。
「女王陛下にね、婚約破棄を撤回させる様に命じられたの。協力してもらえるかしら」
べリンダたちはお互いに顔を見合わせた。
べリンダ・ベディングフィールドは騎士団長子息であるベイル・ブラウンズバーグに。
セリーヌ・クレメンツは魔術師団長子息であるセドリック・コリンズに。
ディアナ・ドレイクは宰相子息であるデューイ・ドノヴァンに。
そして私、アイリーン・アシュフォードは王子アルバートに婚約破棄された。
たった一人の子爵令嬢、エドナ・イーリィによって。
「女王陛下が直々に命ずるなんて―――エドナは他国のスパイかしら。それとも、内乱を企てる勢力が彼女の背後にいると言うの?」
セリーヌが唇に人差し指を当てながら思案する。ただそれだけの動作なのに、同年代とは思えない程の色っぽさがある。泣きぼくろがとってもセクシーな上に、同性の私でもドキドキする程ナイスバディだ。
「それは分かりません。でも解決するにあたって問題が一つ。婚約解消を幸いだと思っている方は、この中にいらっしゃいますか?」
「私は破棄を納得してません。父様たちは既に次の候補を考えているようですが、デューイ様を取り戻したいです」
ディアナはふんわりおっとり可愛らしい女の子。けれどその瞳に宿る光と意思は、強い。芯のしっかりした子だ。
ディアナに続いてべリンダとセリーヌが「私も」「私も」と賛同する。
政略による要素が全くないわけでは無いが、それでも私たちは婚約者を支えられるよう努力を続けてきた。そこに愛情が全く無ければお互いに辛いだけだ。
それに突然断ち切られても直ぐ次に移れるほど軽いものでは無い。費やしてきた時間があまりにも長すぎる。
皆の答えを聞いて良かったと胸を撫で下ろす。
「でも、何か具体的な策があるの?」
「べリンダ。女王陛下からエリック・ユールとして存在することを許されたわ」
まぁと言ってべリンダは両手で口を押えた。
べリンダはお洒落が大好きだ。自分だけでなく他人を着飾らせることも好きで私もお世話になっている。自分が前に出るよりは支えることに長けている女の子。こんな事を本人に行ったら怒られるだろうが、私にとっては理想の母親像だ。丁度良い世話の焼き加減ってかなり難しいのに、べリンダはそれが出来る。
「エリック・ユールとはどなたですの?」
「アイリーンが男装した時の名前よ」
長い付き合いで私の過去を知っているべリンダが説明した。ディアナとセリーヌは直ぐに呑み込めないらしく、男装姿を想像しているのか私を見ながら無言になっている。
確かに私は女性の中でも背が高い方だが、そこそこ胸だってある。顔立ちだってそれほどきついわけでは無い。
二人に構わずべリンダがポンッと手を打った。
「面白そう、私たちは何をすればいいのかしら」
「エドナを彼らから引きはがす手段として、男装した私をちやほやしてほしいの」
私がそう言うとセリーヌがなるほど、と頷いた。魔術に長けているだけあって頭の回転が速い。
「彼女がしているのと同じようなことをするのね。で、釣れるのを待つ、と」
「確かに、それは面白そうですね」
ディアナも会話に加わり、四人で顔を寄せ合ってひそひそと話す。そこそこいい顔と肩書があればエドナは釣れるはず。
婚約者たちからから少しずつ引き離し、何が目的か、どうやって落としたのかを聞いて対処しべリンダたちを元鞘に納める。男性側に近づくのだって男装していた方がやりやすい。男装している私は最後になってしまうがそれは仕方がない。
皆が思案に暮れている中、ディアナが不安そうな顔をする。
「でも、デューイ様たちが本気にしてしまったら?自分よりもその……エリックが好きなんだろうって」
「婚約破棄している間、令嬢たちに悪い虫が付かないよう陛下から仰せつかった、というのはどうかしら」
「なるほど、身を守るために貴女にたかるのね」
セリーヌの言い方には難があるけれどその通りだ。
「大丈夫なの?男装ってすぐばれないかしら」
「私、昔アルバート様を追って砦に一年間潜り込んでいたの」
もとより知っていたべリンダは驚かなかったが、セリーヌとディアナは口元を抑え目を見開いている。
ここで言う砦とはリーワース砦を差し、言うなれば武術の訓練学校のような物。貴族全てが貴族学院に入るのに対して砦は騎士も兵士も―――貴族も平民も武術を必要とするものが入る。一年から、場合によっては数年間。
もちろん周りは男性ばかり。女人禁制など聞いた事が無いが、入る者はいないだろう。
王子は立場上入る必要はないが、思う所があったのか一年だけアルバートは入った。全寮制で一年間も合えなくなることに不安になった私は、男装して潜り込んだ。
それまで伸ばしていた長い髪をバッサリと切り、髪と瞳の色を変えて胸にはさらしを巻く。声を出来るだけ低くし振る舞いを少しだけ粗野にすれば、普段から顔を合わせていたアルバートにすらばれなかった。
戻ってきた時に短い髪を見て両親が泡を吹いて倒れたが、今では既に元通りだ。
「アシュフォード家から通うの?学院内の寮では出自が怪しまれるわよ」
「女王陛下の温情という事で城に部屋を用意してもらうわ。設定も以前の物を使い回せばたぶん大丈夫よ」
べリンダの疑問ももっともだ。
リーワース砦に入った時は、女王の客人と言う立場だった。よそから来たと言う設定で出身国は明かさず、目的は留学兼アルバート殿下のお目付けだった。
女王の威を借りれば変に絡んでくる者もいなかった。かなり心強いステータスだ。
それでも今回は重大な目的があるので、他人の視点も取り入れ計画を話し合いながら詰めていく。行き当たりばったりな部分もあるけれど、そこは臨機応変にしか対応できない所だ。
「何だか楽しみね。うまくエドナ嬢を誑かしなさいな」
セリーヌが妖艶な笑みを浮かべた。