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最終話 Aの平穏

 嵐は過ぎ去り、心穏やかな日々が続く。私たちは貴族学院を卒業した。アルバートとの結婚式まで忙しい日々が続くが、合間を縫ってべリンダ、セリーヌ、ディアナを呼びアシュフォード家の庭でお茶会を開いた。

 その席にエドナを呼ぶ。エドナは単位も成績も足りずに卒業できなかったため、昼間は学院に、夜はアシュフォード家で私の教育を受けている。あまりに出来が悪くてくじけそうになるが、子育ての練習だと思えば何とか我慢できた。


「皆様、本当に申し訳ございませんでした。アイリーン様の教育を受けて私がどれだけ皆様に無礼を働いていたかが良く分かりました」


 頭を深く深く下げる。元々このお茶会はエドナの希望であり、エドナが自力で開くにはまだまだ時間が必要と判断したので私が開いた。

 自分のしたことをきちんと理解し詫びるまで意識が成長できたのは良いが、皆がエドナを見る目はとても厳しい。


「アイリーン、生ぬるいわ。婚約者たちを誑かした罪をこの程度で収めるなんて……」

「あら、私はエリックが迎えに来るまで・・・・・・・お預かりしているだけですもの」


 べリンダの言葉ももっともだと思いながら、私はエドナに気付かれないように説明をする。エリックは私であるので決して優しい罰ではないと意図を汲み取るだろう。


「エリック様は必ず来て下さいます。私は信じてます」


 エドナが両手を胸のまえで組む。未だに夢見るヒロインを演じる彼女に一斉に冷たい視線が突き刺さった。程なくしてセリーヌがため息交じりに、理解を示した。


「……なるほど、そう言う事。また思い切ったことをしたわね」

「でもアイリーンらしい。誰も傷つけずに解決するのは中々出来ない事よ。下手をすれば家同士の全面戦争になっていたもの」

「卒業までは私が面倒を見るつもり。エドナの実家に帰すべきなのだけど、実は父親の顔も名前も覚えていないらしいのよ」


 イーリィと言う苗字で他の領地も調べたが該当する家は無かった。学院に入学する直前の一週間を屋敷で過ごしただけで、ろくな教育も受けずに貴族学院に放り込まれたそうだ。それでも最初は必死に馴染もうと頑張っていたが、元が平民では無理がある。ある日突然、家から来た手紙で勘当され学院での席を抜かれて寮にも入れなくなったらしい。

 父親から嘘の苗字を教えられていた節さえある。出来が良ければ他家とのつながりに利用し、悪ければ切り捨てるつもりで引き取る。


 それでも同じ寮で過ごす貴族からわからないかと思ったが、本人曰く、平民なので苗字がそれほど大事だとは思っていなかったとの事。大して仲の良い者もおらず、名前で呼ぶので覚えていなかったらしい。

 いっそ退学扱いすれば私もエドナも楽になれるのに、フェリシア様とアルバート様の言うには―――


「これも王妃教育の一環ね」

「福祉事業に携わる経験を、エドナを練習台にすればいい」


 何だかうまく言いくるめられている気もするが、平民の知識や概念、常識をエドナから学べているのは事実だ。エドナの卒業後は追々考える事にしよう。


「あの、どなたかエリック様の居場所をご存知の方はいませんか?」


 エドナの言葉に皆がそっと視線をよこした。私は、にっこり笑ってエドナに言い聞かせる。


「女王陛下ならばご存じでしょうけれど、今の貴方ではまだまだ御前に出せないの。頑張りましょうね」

「はい!では失礼いたします」


 私がフェリシア様に聞けば済むと、エドナは気付いていない。元気よく駈け出そうとして淑女の教育を思い出したのか、そそと歩き出す。ベリンダがそれを見送りながら不安そうに聞いてきた。


「アイリーン……決して迎えに来ないと知られたら、エドナに刺されない?」

「この前ね、エドナが外で急に悲鳴を上げて何事かと思ったら、魅了の魔法を使ったらしいの」

「ああ、例の。ということはどなたか別のお相手が」


 黒いあれがエドナの足元を取り囲んでいたのが遠目に見えた。近くには一目散に逃げていく若い男性の姿。

 エリックの所在を聞いたのも、天秤に掛けているのだろう。


「その内に待てなくなって誰か適当な相手を見つけると思うわ。一生思い続けるなんてあの子には無理よ」

「それだと罰にならないのでは?」

「その時はその時。この四人の婚約者に手を出さないなら、とりあえずは良いと思っているの。貴族の醜聞なんてよくあることだもの。―――あら?」


 アルバート、ベイル、セドリック、デューイの四人が、庭へと入ってくるのが見えた。


「皆さま、御機嫌よう。お揃いでどうなさったのかしら?」

「時間が出来たなら私との逢引きを優先してくれてもいいではないか」

「以下同文」

「右に同じ」

「逢引きしてやらなくもない」


 一様に同じことを言うので思わず女性陣が皆でくすくすと笑い、場が華やいだ雰囲気になる。


「まぁまぁ、せっかくですからお茶でもいかが?ただいま用意させますわ」


 紅茶と菓子、それから椅子も用意させ、テーブルは窮屈になったけれどとても楽しいお茶会が始まった。


「ドレイク家が用意した婚約者がごねている」

「エドナを差し向けましょうか」

「ああ、成る程。そんな使い道もありましたね。エドナには生贄になって頂きましょう」

「生贄と言えば、魔法薬の実験台にベイルを借りても良いかな」

「断固、お断りします」

「戦力強化の為の獣化の第一段階として、しっぽと耳を生やす薬ですわよ」

「えっ、そっそれは……」

「ベリンダ、どうしてそこで答えに詰まる」

「私は寧ろデューイ様に飲ませたいです」

「な、何を企んでる」

「それよりも―――」


 空はよく晴れている。大なり小なり悩みはあるとはいえ、居場所を奪われずに済んだ。怒って、泣いて、そして笑って。安心して感情が表に出せる場所。

 一人でも婚約破棄を止められなかったら見られなかった光景だ。楽しくおしゃべりしている様子を見ながら静かに微笑んでいると、隣に座っているアルバートがこっそりと耳打ちをする。かかる息が少しだけ、くすぐったい。


「頑張ったな。これで私の治世は盤石なものとなる」

「どこまで自分本位ですか」

「これからは私の番だ。そなたの大事なものまで守ると誓おう」


 いつの間にか手を絡め取られていた。つまんでいた菓子を指先ごとぱくりと食べられる。


「そ、そういうのは二人っきりの時……に……?」


 いつの間にか話し声が止んで、視線が集まっていた。目を見開いたり、頬を赤らめたり、口に手を当てたりと反応は様々だ。その中で、ベリンダがおずおずと声をかける。


「あの、私たち席を外しましょうか?」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「ベリンダ、大丈夫よ、大丈夫だから。アルバート、離しなさい。でないと―――――怒るわよ?」


 私が思いっきり睨みつけたのに、アルバートはとても嬉しそうに笑った。




                                     完

有難うございました。少し時間を置いてからエドナがどうやって城へ行ったのかなどのおまけの話を書くつもりです。

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