表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

十九話 Eの処遇

 これで全ての婚約破棄が解消されたがあと一つだけ、やらなければならない仕事が残っている。

 エドナをどうするか、だ。父からの連絡では該当する貴族は領内にいないと言う答えだった。他の領地を探るわけにもいかず、エドナ本人に聞くより他はない。

 聞いたとしてもおそらく引き取られはしないだろう。このまま放っておくのも一つの手だが、後でとてつもない厄介ごとを引き起こしそうだ。


 今日からアイリーンの姿で貴族学院へと戻る。私は、エドナの為にエリックの姿になるつもりはない。べリンダたちの為なら喜んでするが、これだけ引っ掻き回したエドナには罰があるべきだと思うのだ。


 私はアルバートにエリックとしての手紙を託す。アイリーンからは決して受け取らないであろう姿が予想できたのでこの手段を取った。エドナは大喜びし手紙を読むなりどこかへ走っていく。


「何を書いたんだ」

「秘密ですよ。何があろうともエリックの正体を明かさないでくださいまし」

「あまり酷いことはするなよ」

「見方によっては酷いかもしれませんけれど、彼女にとってもかなり良い方法だと思います。教育をして卒業させるまでは面倒を見るつもりですが、その後は彼女次第です」


 とは言っても実家の支援が見込めないから、選べる道はきっと少ない。アルバートはそれでも心配しているようだ。

 ……少しだけ、妬ける。


「私が何をすると思ったのですか」

「鞭で打ったり拷問まがいの事をしたり髪を切らせたり」

「嫉妬深い女性がお好きですか。たった今絶賛嫉妬中ですが大安売りして差し上げましょうか」

「い、いや。そなたはそのままでいい」


 怯えるアルバートは私の手を取るなり指先に口づけてきた。彼なりのご機嫌取りのつもりらしい。

 風が吹いて雲の色が濃くなった。雨が降りそうだ。


 


 静かに雨の降りしきる中、約束の場所でエドナは傘も差さずにエリックをずっと待っている。辺りは既に薄暗くなっていて、少し肌寒い。時間を書かなかったのでおそらく朝からずっと待っていたのだろう。服が汚れるのも気にせず、木の根元にずっと座りふさぎ込んでいるのが窓から見えた。

 私は傘を持って彼女の元に向かう。


 エドナは近づく影をエリックだと思い笑顔で顔を上げたが、私だと分かると途端に顔を歪ませた。


「何よ。笑いに来たの」

「エリックは来ません。陛下に挨拶を済ませ、既に国を出ています。いつ戻られるかは存じません」

「ここまで待っても来ないんだもの、分かっているわよそんなこと」


 エドナは天を仰いだ。顔を濡らしているのが涙か雨か分からない。悲劇に酔っているように見えて、同情など全く湧かなかった。


「やっと、やっと真実の愛を見つけたと思ったのに。こんなの、ひどい」

「私たちも婚約を破棄された時は同じ気持ちでした。努力は生まれてきた時からしてましたから貴女の比ではありません」

「……え?」


 意外にも、エドナはこちらの話に耳を傾けている。手を引いて立たせると素直にそれに従った。まだ城にも寮にも連れていけない状態だ。せめて屋根のある場所まで連れて行って話を続けた。


「あなたの目には侯爵令嬢たちはどのように映っていましたか。男性に愛されて幸せそうに見えましたか。努力など全くしていないように見えましたか。傷ついていないように見えましたか。そう見えないようにするのが貴族ですから当然です。それをあなたは……どうして婚約者を取るようなまねをしたのですか」


 怒りを表さず、淡々と。夜会の時にはみっともない姿を見せたが、私の頭は冷え切っている。アルバート達それぞれに婚約破棄をする理由があったとは言え、切っ掛けはエドナだ。

 対するエドナも、淡々と話し始めた。


「私、ね。幼馴染がいたの。将来を誓い合ったくらい仲が良かったのに、商家の娘に取られたの。それから母の死に際に、死んだと聞かされた父が子爵だと知った。形見を持って行ったらあっさり引き取られたわ。彼らより偉くなった。見返してやれたの」


 具体的に何をして見返したのか、聞きたくもない。エドナは自慢げに話しているが本人は何かをやり遂げたわけではなさそうだ。

 エドナの人となりが見えてきた。本当に教育で何とかなるだろうか。今話している言葉も目上の者に対してのものではない。


「でも、それまで勉強もろくにしてなかった私はただただ蔑まれるだけの存在で、学院に入れたけれど成績も悪くて父からも見放されて。学院の籍も抜かれて物置みたいな部屋を当てがわれて、雑用をさせられるようになった。母が生きていることよりもっと酷い暮らし。そんな時に思ったの。お高く留まっている侯爵令嬢の婚約者をとってやったら、どれだけ胸がすくんだろうって」


 それで、あの行動。あまりに考えのなさすぎる自己中心的な理由だった。頭を抱えたくなる。


「国外のスパイがハニートラップを仕掛けているとか、国家転覆を狙っているとかいろいろ言われていたのをご存じ?」

「そんな……そんなつもりは私、微塵も……だってほとんどうまくいってなかったし」

「そうね、むしろ利用された側だわ。でも、私を含めた令嬢たちがあなたに傷つけられたのは事実です。国外追放、処刑、一生監獄暮らし。一番可能性として高いのは人知れず消されること」


 侯爵令嬢が四人も煮え湯を飲まされて、生半可な復讐で済むわけがない。令嬢たち本人ではなくとも実家がエドナを危険視して手を出してくるかもしれない。

 エドナも自分が置かれた立場を漸く理解できたのか、すがるような目をしてこちらを窺った。


「あ……私……どうすれば助かりますか―――?」


 ここで拾い上げたって恩義を感じてもらえる確証はない。見返りを求めるわけではないが、下手をしたらまた同じことを繰り返す危険がある。危険は排除して遠ざけたい。どう考えても私の人生にエドナは必要ない。


 でも、そんな私は果たしてアルバートにふさわしいだろうか。忘れて隣で笑っていられるだろうか。


 婚約破棄は解消できた。出来なかったらきっと私は自ら手を下していたが、アルバートとは寧ろ前より距離が縮まったと思う。それに関して私は全く持って認めたくないが、小指の爪の先、いや髪の毛一本分、いやいやその辺に浮いている埃分くらいは感謝しているのだ。


 また、面倒を背負い込むのかと思わず自嘲してしまう。それを不思議そうに見るエドナ。軽く咳払いをして、エドナに選択をさせる。


「エリックの為に貴族としての教育を受け直す気はありますか?それとも平民に戻りますか。平民に戻るなら―――」

「貴族になるわ。淑女になってエリック様を今度こそ振り向かせて見せる!」


 絶対に叶わない願い。思った通り、エリックは良いエサとなった。けれども他の誰かに見初められる可能性だってある。エリックに対する愛情がどれ程のものか、一生をかけて見せて頂きましょう。


「人が話している途中で言葉をかぶせるのは大変失礼に当たります。以後気を付けるように」


 ―――これが私の、ささやかな復讐。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ