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一話 Fの命令と婚約破棄

 成人間近の子供がいるとは思えない程、若々しい女王フェリシア。先王に嫁いだが先立たれ、他に王弟や妥当な親族もいなかったがために自らが玉座を継いだ。

 一応、三代前の王の血筋を受け継いでおり、即位について貴族が否を唱えないほどあらゆる能力も高く、戴冠式は平和的に行われたと聞く。


 その女王陛下の前で私、アイリーン・アシュフォードは僭越ながら紅茶を入れている。父は侯爵だが私はまだ爵位を持っておらず、王子の婚約者ではあるがまだ家族では無い。

 呼べば直ぐに来られる控室に侍女はいると思うが、今は陛下と私の二人きり。

 王妃教育の一環として紅茶を入れるよう急に申し付けられたのだ。知識はあっても最初はうまく出来ず失敗したのが数日前。侍女たちに聞き込み何度も練習し、今日こそはと意気込み挑戦している。


「最近、息子の傍に得体の知れないご令嬢がいるらしいの」


 振られた話題は私の心を乱そうとする意図が明確で、話をしながらも紅茶を蒸らす時間は間違えないよう、試されているのを肌で感じる。懐中時計は持っているが、それを見ながら入れるなどもっての外だ。

 時間の感覚を身に付ける訓練だと言っていたが、本当はどうなのか私にも読めない。


「ええ、存じております。エドナ・イーリィ…様ですね。他の殿方とも懇意になされているようですよ」


 微塵の動揺も表に出さず、会話の受け答えと一つ一つの所作を丁寧に行う。花の絵に金で品良く彩られた陶器のカップに赤い液体を注げば、辺りにふんわりと香りが漂った。

 

 フェリシア様は優雅に紅茶を一口飲み、ほうっと息をつく。口元に笑みが浮かんでいることから、この試験は合格だと確信を持った。


「上手になったわね。相手をもてなし、自分のペースに引き込むための一つとして必要な手段よ。今後も忘れぬよう、時折練習なさい」

「はい、有難う存じます」

「王妃が手ずから入れた紅茶を毒見させる馬鹿はいないもの。ここぞと言う時に使うのよ」


 背筋が凍りつく。それは毒殺される危険を覚悟するばかりでは無く、自分の手を汚す覚悟も必要だと言っているようなものだ。


「陛下はあるのですか。……その、入れたことが」

「あるわ」


 陛下に躊躇いも無く答えられ、私はごくりと唾を飲んだ。毒と言っても体を害する物から精神を蝕むものなど様々だ。もしや即位時に敵対する派閥も何も持ちあがらなかったのは―――


「夫に媚薬を試してみたくて」

「そういう事ですか」


 褒められるような物ではないが、ほっとした。席に着くように勧められ、自分で入れた紅茶を飲む。王妃が紅茶を入れるような機会は、おそらく公のものではなく個人的なものである。茶葉によって入れ方が少しずつ異なるが、全てを覚えさせられた。

 今飲んでいるのは流通量も少ない最高級のものだ。陛下の言う最終兵器にふさわしい。


「あーあ、つまらないわ。無理難題もそつなくこなしてしまうんだもの、姑としていじめがいが無いわよ」


 口をとがらせながらカップをおいた。女王陛下は少女のように若く見えるが、一番上の王子アルバート様は私と同じ十八だ。


「私にだって苦手なものはございます」

「そうね、アルバートともう少し心を通い合わせていれば今のような状況には陥らなかったはずだもの」


 痛いところをグサリと突かれたが、それでも微笑を崩さずに平然とする。侯爵令嬢である私に身分を気にせず指摘をしてくれる者は少ない。


「酷い状況ね。きっと次は貴女の番。……そうね、教育の一つとして婚約破棄を撤回させることを命じます。もちろん他の令嬢も含めて、ね」

「待ってください。まだ破棄されていない私はともかく、他のご令嬢の中には破棄されたものとして動き始めて居る方もいらっしゃるのですよ」

「既に心が離れているなら無理強いはしないわ。その方を私の前へ連れていらっしゃい」


 話を聞くだけなのか、説得されるのか知らないが、連れて来られた方はたまったものでは無い。きっと処刑場に引きずり出される心地になるだろう。

 こうなったら腹をくくるしかない。全ての婚約破棄を撤回させて元鞘に収める。自分の恋愛だってままならないのに人の色恋に首を突っ込まなければならないなんて、恐るべし、王妃教育。


「とは言ってもそのままでは難しいでしょうから、女王の名において、エリック・ユールとして存在することを許可します。あ、でも髪は切ったらダメよ?」

「仰せのままに」



「アイリーン・アシュフォード!貴殿との婚約を破棄させてもらう」


 はい、来ました。予想通りアルバート殿下の隣にはエドナ・イーリィ嬢がぴたりと張り付いていますよ。ラブラブですねェ。私はそんな事したくても出来ないのに。羨ましいぞこんちくしょう!―――って嫌だ、はしたない。

 猛る心を内に秘めながらも、私は穏やかな微笑を絶やさない。だって侯爵令嬢ですもの。


 ここはグルテリッジ貴族学院の中庭だ。噴水や緑があって憩いの場になるはずのこの場所で、何故殺伐とした空気の中心にいなくてはならないのかしら?それもこんな公の場で言われては対処のしようがないのに。

 周囲にはやじ馬……もといゴシップに興味津々な貴族の令息や令嬢たちが遠巻きに見ている。


「ごきげんよう、アルバート様。婚約破棄とは穏やかではありませんわね。私に何か非がありまして?」

「なさすぎるからいけないのだ!全く可愛げがない!このエドナ・イーリィは私を思うあまりそなたの罪をでっち上げようとしていたのだぞ」

「え、アルバート様。私の言う事を信じてなかったんですか」


 それまで私を見下すように見ていたエドナ嬢とやらは、驚いてアルバートの顔を見る。

 あれ……思っていたのと違う。断罪されて酷い目に合う場面だと思っていたのに。最近巷ではやりの恋物語と異なる展開に、私も目をぱちくりとさせた。


 アルバートはとろけるような優しい笑みを浮かべながら、飼い犬にしてやる様にエドナの頭を撫でて言い聞かせた。


「階段から突き落とされたと言っていたが、アイリーンは上級貴族専用の転移魔法陣を使っている。子爵令嬢であるそなたのいう事は有り得ないのだ。また持ち物を荒らされたと言っていたが、別の貴族に割り当てられた部屋に侵入するなどいくらアイリーンでも不可能だ」


 そうそう、学生証に仕込まれた魔術によって管理されているからね。

 アルバートは多少残念な所もあるが、馬鹿では無い。おそらく私を貶める為にエドナはいろいろ画策したようだがすべて水の泡となったようだ。


「では、どうして婚約破棄を?」

「エドナのように少しは馬鹿な事をやってほしい」


 そんな無茶な―――私の笑顔はピクリと引きつった。

 弱みを見せれば敵に付け入る隙を与えるだけのこの貴族社会でそんなことは出来ない。心の中はこの通り結構残念令嬢だけれども、外に出さなきゃ分からないもの。

 でも、それだってアルバートに迷惑が掛からぬよう、かなり努力して取り繕っているのに。努力を認めてもらえないことほど辛いものは無い。


「そんな理由で、ですか……」

「ああ、完璧主義のそなたには到底無理だろう?だからこちらから婚約破棄をしてやるのだ。そうすれば少し欠けることになる」

「訳が分かりません」


 思わず眉間にしわを寄せてじとーっとした目で言ってから、しまったと思ったがもう遅い。アルバートは鬼の首を取ったようにそらみろと言ってきた。


「そうだ!そなたのそんな顔が見たかったのだ。怒った顔、泣いた顔、呆れた顔。張り付いた笑顔で無くいろんな顔を私にだけ見せてほしかったのに」


 笑った顔よりそれ以外が見たいと言う。誰だって好きな人には笑っていてほしいものではないの?

 私の笑った顔が見たくないという事は、既にもう心が離れて―――


「殿下、失礼ですがたった今皆様に見せてしまっていますけれど。アイリーン、大丈夫ですか?」


 助けに入ってくれたのはべリンダ・べディングフィールド。私の無二の親友だ。別の領地の侯爵令嬢なので会話への割り込みも不敬には当たらない。


「ええべリンダ、有難う。殿下、気分がすぐれないので御前を失礼させていただきます」


 軽く会釈をしてその場を離脱する。予想していたとはいえダメージは思ったよりも大きかった。特に、婚約破棄された理由が。

 後ろでエドナの呟く声が聞こえる。


「私……もしかして当て馬……なんてことないですよね、アルバート様?」

「何を言っている?私が選んだのはそなただ。エドナ・イーリィ」


 アルバートは新たな婚約者に選んだ、とは言っていない。だったら、まだ何とかできるはずだ。陛下のご命令通り、婚約破棄を覆して見せよう。

 エドナ・イーリィ、ちょっぴり哀れになったけれどざまぁに手は抜かなくってよ。


よろしくお願いします。

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