十七話 Bの災難
パーティで何となくいい雰囲気になれたのでエリックを卒業しようと思うのだが、何となくベイルが気になって念のために男装で貴族学院へと来ている。おそらくアイリーンが来るものだと思っていたアルバートはそわそわしていたが、授業が始まっても来ないと知ると明らかに落ち込んでいた。
目の前にいるんですけれどね。アイリーンでは見れないアルバートを見られるのは、楽しい。
ベイルとべリンダの二人を見つけて話しかける。げっそりとしながらも、声をかければ「おう」と返事をするベイル。本人は元気に返事をしているつもりみたいだけれど、声が少しかすれている。全体的の筋肉も落ちて覇気が無いと言うか、とても剣を持って訓練できる状態ではなさそうだ。
ベイルを気にしつつもベリンダにそっと声をかける。
「べリンダ、医者に見せた?」
「ええ、でもどのお医者様に見せても原因不明だって」
「エドナに恋煩いってわけでもなさそうだしなぁ」
私に駆け寄ってくるエドナにも全くの無反応だ。エドナもエドナでベイルには既に興味が無いのか素通りしている。念のためにセリーヌたちに診察してもらうように提案したが、エドナがいると惚れ薬の件を誤魔化さないといけない。魔法棟の外で待ってもらうことにした。
「エドナ、ここで良い子で待てるね?」
「エリック様…はい、待ちます!」
まるで犬みたいだがちっとも愛着は全く湧かない。
あれから父様に調べてもらってはいるが、お家のスキャンダルをそう簡単に話す人はいない。没落した子爵家があるなど聞いていないし、私生児が一番可能性として高そうだ。
もしも本当にうちの領地内の貴族だったら、卒業できる程度に教育して後は誰かに引き取ってもらおう。
研究室に入るとセドリックが元気よく「兄貴!」と反応した。事情を話すと二人ともうーんと唸った。
「あー魅了魔術と惚れ薬の組み合わせはやばいね。相乗効果で死ぬか廃人になるはずなんだけど。ベイルは凄いな。顔色は悪いけれど言葉は離せるし意識もある」
「ごめんなさい、訓練の時に気付けば良かったわね。医者に見せても分からないのは当然よ。これは魔術の分野だし、エドナの作った惚れ薬は古い魔女の文献にしかレシピが残っていない物なのよ。エリックはよく知っていたわね」
二人とものんびりと怖いことを言う。そしてなぜフェリシア様はそんなものを知っていたのか。あの人も得体が知れない所があるからな。
「助からないの?」
泣きそうなベリンダにセリーヌが返事をする。
「回復するための薬は作れるけれど、様子を見ながら定期的に飲み続ける必要があるわ。一回分はここにある材料で作れるけれど、その後は調達が必要ね。手に入り辛いものもあるの」
「それなら私が手伝うわ。こう見えても我が家は顔が広いの」
「俺も手伝うよ。アルバートたちにも声をかけていろいろな伝手を使おう」
ベイルとべリンダの為だけではなく、これは私とアルバートの為でもある。ベイルが回復しなければそのまま婚約破棄が撤回されない恐れがある。ベイルはアルバート付きの騎士から外されべリンダは不本意な結婚をする。
……セリーヌやディアナには悪いが、一番普通の、一番幸せになってもらいたいカップルなのに。ここで不幸になられたら、二人を幸せに出来ないものが王妃になるなんてとずって自分を責め続ける気がする。
「だから、頼む。ベイルをどうか治してくれ」
「よしっ任せて兄貴、大丈夫!セリーヌ、水月花の蜜と」
「氷虎の血ね、はいどうぞ。それから世界樹の精霊を呼ぶわ」
「時の魔術で魔素の結合を加速。仕上げに僕のとっておき魔術で―――」
次から次へ材料を鍋に入れ、リズミカルに魔術を使う。息がぴったりで仲たがいしていたのが嘘みたいだ。指先から出た光が呪文に合わせて宙を舞う。
出来上がった薬は濁った青で、同じく青い靄のような物が立ち昇り、お世辞にもおいしそうだとは言えなかった。
透明なガラスの器に移し替えられると空気に触れて反応したのか液体が紫色に変わり、辺りに凶悪な臭いが立ち込める。毒だと言われた方がしっくりくる様子で、とても回復のための薬とは思えない。
「はい、出来上がり。ささ、ベイル。成分が変わらない内にぐいっといっちゃって」
「あ、ああ」
ベイルは匂いを嗅ぎ顔をしかめるが、鼻をつまんで一気に煽った。
「お、おおおお」
光の粒がベイルの体の表面を駆け巡る。時折花火の様にぱっと光を強く放っては消えていった。
こけた頬の肉がいきなり元に戻って腕や足の筋肉量が増す…なんてことは無かったが、顔色が大分よくなり肌が艶やかになっている。
何処か虚ろだった目は、健康な時の輝きを取り戻していた。
「べリンダ、婚約破棄は無しだ。こんな危ないものを飲まされていたなんてな」
「ベイル……良かった……!」
「ずっと付き添っていてくれてありがとう。これからもよろしくな」
「ええ、もちろん」
人前だと言うのにひしっと抱き合う二人。これで三組とも婚約破棄の解消が成立した。後は私だけだ。おそらく大丈夫だとは思うけれど、まだアルバートから言質を取っていない。エドナの件もまだ解決していないし、もう少し頑張ろう。
良かった良かったと感動に浸っている私の傍で、セリーヌとセドリックが何やら不穏な密談をしている。
「薬に耐性がある場合は回復薬も効きにくいはずなのに」
「一瞬で戻りましたわね。あり得ないくらいに」
「ああ、継続的な摂取が必要だとは言ったけれど多分一度で大丈夫だ。……でも、実験台にはもってこいだよね」
二人の顔がまるで双子の様ににやりと笑う。私はベイルの災多き未来を予想してそっと目を伏せた。
「ベイル、これから食欲が増してくると思うけれどあまり食べすぎないように気を付けて。訓練量は少しずつ増やす事」
「その辺りはべリンダの采配が必要ね。それから毎日ここへ通って頂戴。診察が必要だから」
「二人とも有難う。私、頑張るから」
次の日、ベイルは病み上がりだと言うのに再戦を申し込んできた。『訓練場にて待つ』と言う果たし合いのような手紙をベリンダから受け取った私は、ベイルの様子を聞く。
日常生活に支障は無いが、体を慣らしたりする程度でまだ本格的な訓練はセドリックから止められているらしい。
「私も止めたのに全然聞いてくれなくて」
「仕方がない、けがだけはさせないように気を付けるよ」
ベリンダに告げた通り手加減するつもりだったのに、思ったよりも勢いよく撃ち込まれる攻撃を受けきれなくて、地面に剣を落としてしまった。
訓練も出来ない状態が続いていたベイルに負けるとは思っていなかった。
「エリック、手加減は止めろ。もう一度だ」
「ベリンダに泣かれるぞ。努力が実を結んだんだ、素直に喜べ。なぁ、エドナ」
努力など出来る状態になかったのは知っているが、適当な事を言って再戦を拒否する。話を振られたエドナは興味を失くしたようだから冷たくすると思ったのに、普通に話していた。
「ベイル様が汗臭い努力なんてするわけないですよ。騎士団長の息子なんだから強いのは当たり前でしょう?」
ベイルは顔をしかめている。子供の頃から長い時間をかけて努力してきたベイルを、エドナは全部否定した。見ていたのは騎士団長の息子と言う肩書だけ。
「だってさ。エドナは君を見てすらいなかったようだね。君が強くなるまで支えてくれたのは、誰なんだろうな。ほら、あそこで泣きそうになってる」
見物席を指さすとべリンダがベリンダを見たベイルは慌てた。
「悪い、エリック。勝負はお預けだ。ベリンダにこれ以上心配かけるわけにはいかない」
「分かった、しっかり怒られて来い」
べリンダが何かを叫んで、ポカポカとベイルの胸を叩いている。叩かれて困った顔をしながらも口の端は緩んでいて、ベイルはとても幸せそうだ。
二人を見ていたエドナも、うらやましくなったらしい。
「やっぱり私にはエリック様しかいません」
エドナがしなだれかかる前に「さて、と」と言いながら立ち上がる。そろそろこの姿も止め時、かな。




