十二話 Eの治療
授業が終わった頃を見計らいセドリック達がいるであろう魔法棟へ移動する。彼らは優秀なので自分の為の研究室を持っている。ちなみにセリーヌにもらった魔力固定のピアスもここで開発された。
「セリーヌ、セドリック、エドナを少し見てやってくれ。魅了の魔法が駄々漏れしているみたいなんだ」
「エリック兄貴!お勤めご苦労様です」
いつのまにか舎弟が出来た。魔術に置いては最強と呼ばれる一族の舎弟だ。舎弟は深々と頭を下げたまま動かない。そのうちベイルとデューイも配下に置いてアルバートを打ち倒し私はこの学院のトップに成りあがる……って違う。
「いや、それは良いから。エドナから幽かだけど魔力が漏れているみたいなんだ。治療で止められるかな」
「ああ、これは確かに。ちょっとごめんなさいね」
セリーヌがエドナの手首を取り、脈を測る様に指先を手首に押し当てた。エドナは少し顔をしかめたが、男性の目があるせいか嫌がらずに大人しくしている。
その間にセドリックがエドナに質問をしていく。
「しっかり手順を踏んで魔術を最後に使ったのは、いつごろ?」
「ええと……魔法科へ進まなかったので入学時に軽く教わったきりです」
高位の貴族ならば幼い頃より教師を付けて学ぶのだが、下位の貴族はそうもいかない。莫大な授業料が必要な上に魔術は感覚的な部分も有るので、良い教師を探すのはかなり大変だ。
それでも魔術の初歩は学院に入った時に教わる。その際に下位貴族でも魔力が高くて魔法科を薦められることがあるが、少ない者はそれっきり魔術を使う機会が無い場合もある。
「入学時に教わるのは治療や解毒、それから防御で、魅了は無かったはずだけど」
「魅了の魔術なんて私も使った覚えがありません。使えたらいいな、くらいに思ったことはありますけれど」
「無意識か。ちょっと待ってて、治療方法についてセリーヌと兄貴に相談するから」
部屋の隅の方に三人固まると、セドリックがあっという間に音を遮断する空間を作り出す。一般貴族が高価な道具の力を使ってすることを、彼らはこともなげに自力で行ってしまう。
「一番手っ取り早いのは、魅了の魔術をきちんと教える事、なんだけど」
「教えたらやばそうな相手ではありますわね」
「うん、漏れた魔力を強制的に外側から止めるのはきちんとした治療が必要で、学生のうちは許可が下りないんだ。加減を間違えると相手の魔力を枯渇させかねないから」
正しい魅了の魔法の使い方を教えてエドナに使用を禁止したところで、本当に使わないわけがない。これ幸いとばかりに、善良で純粋な男子生徒を堕落させるだろう。後から後から若くて優秀なのが入ってくるから、むしろ卒業したがらないかもしれない。放っておけばこの学院を牛耳るだろう。
正々堂々と舎弟を増やすならまだしも、そのような手段でトップに立つのは許せない。
大体、魅了するなら男女問わずするべきだ。それも性的な魅了でなくて人間的に魅了すれば周囲の男女がいがみ合う事だってない。
「影響を受けるのは人間の異性だけ(・・)か……」
私が何気なくぽつりとつぶやいた言葉に、セドリックとセリーヌが顔を見合わせる。
「それだっ、兄貴!」
「範囲を限定した術式を教えれば問題無し、ですわね。例えば動物や虫など」
羊飼いなどが扱う微量の魔力で動物を操る魔術があるらしい。エドナが誰かに意図的に掛けようとしても、効果は無いはずだ。
魔術を教えるのは認可制だが、緊急時にはその限りではない。二人とも魔術は最高の教育を受けているし、間違えた術式だと後で気づいても結果的にはエドナを救うためなので何か言われる筋合いはない。
「蜘蛛がお勧めですわ。蜘蛛に好かれてもらいましょう」
「ムカデはどうかな。多足類ならヤスデなんかもお勧めだな」
可愛い動物をメロメロにさせる術をエドナに教える気は、私もセリーヌも微塵も無い。これは私たちのほんのささやかな復讐だ。
協議を重ねた結果、不衛生な場所にいる黒いアイツに決まった。うっかり魅了の魔術を使うと、きっとあれがエドナを慕って大量に湧き出てくるのだ。もちろんエドナが約束通り使わなければ問題ない。一度使ったとしても二度目は無いだろう。これは、万が一の為の保険である。
「兄貴もセリーヌもえげつない……」
「君らが婚約破棄などしなければもう少し手段は選べたのになぁ」
「うう、エドナ、ごめん」
「セリーヌ、嘘を教えないように見張ってくれ」
「了解」
話し合いが終わり、セドリックが結界を解く。
「エドナ、今から君に魅了の魔術を教える。ただしこれはあくまで治療の一環だし、誰に教わったのか聞かれると僕らがまずいことになるから絶対に使わないで」
「俺からも、頼む。魅了の魔術を使う者はどんな物語でも悲惨な結果にしかならないからな。エドナがそうなったら悲しい。デューイもそう思うだろ?」
ダメ押しをデューイにも手伝ってもらおうと声をかけると、驚いた顔をした後何故か睨まれた。
「ああ、メガネのせいで気づいてやれなかったが、魔術を使わなくとも俺の心はエドナの物だ」
よくそんなこっぱずかしいセリフを言えるな。堅物メガネが恋に落ちると箍が外れるのか。Sならもっと含みを持たせて相手を翻弄したりするものでは無いのか?
「はいはーい。君たちには教えられないから出て行ってくれる?セリーヌは一応立ち会って結界をお願い」
「ええ、承知いたしました」
廊下にデューイと出された私は、いろいろと聞くチャンスなのにはっきり言って攻めあぐねていた。ベイルは剣術、セドリックは容姿での迷いが何となく分かった。けれどデューイにその類の物が見えない。
普通にエドナに好意を持っていて婚約破棄をする。それは分からないでもないが、デューイは宰相の息子だ。どんな事態を引き起こすのか予想できない筈が無い。
女王陛下には子がアルバートしかおらず、アルバートに子が出来る前に何かあればドノヴァン家から王族へと変わる者がいる。それはデューイ本人かも知れないし、デューイの弟妹かも知れない。本人だった場合、エドナが嫁だと孤独な王様になるだろう。
宰相になるにしても、公爵家を継ぐにしても同じだ。
どんな人生を歩むとしてもドレイク家の後ろだてが付くのはデューイにとって心強いはずだ。エドナでは庶民と同じ扱いになり、むしろ敬遠されるようになるだろう。
アルバートの様に他意があって婚約破棄をしたのでなければ、辻褄が合わない。
私が黙って考えていると意外にもデューイの方から話しかけてきた。
「お前はどうなんだ。間抜けにも魔術にかどわかされていたのか。それとも心からエドナを思っているのか?」
どうやら私と張り合っているつもりらしい。ここは腹の探り合いだ。私の本心を出さずに接して、彼の本心を探りたい。
「さあ?」
「さあ?って、どういう意味だ」
「俺はエドナをものにしたくて助けたわけではないからな。彼女がお礼に恋人になると言っても、俺は断るだろう。そのような事をされても嬉しくは無い」
聞きようによってはエドナに興味がないとも、誠実でありたいとも思えるように言葉を選んだ。デューイがどのようにエドナに入れ込んでいるのかまだ知らない以上、立ち位置を曖昧にしておきたい。
「デューイはどうなんだ?ディアナ・ドレイクと婚約破棄をし、将来をふいにしてまでエドナに走る理由は何だ」
「なんだ、ディアナに興味があるのか」
「違う!」
思わず大声を出してしまった私に、にやりと笑うデューイ。しまった、これではムキになって否定しているようにしか見えない。
「理由が知りたいだけだ。後ろ盾を失うのは怖くないのか?」
「勿論、何が起こるか予想はしている。親からは勘当されるかもしれないし、下手をすればここを卒業できない可能性だってある」
卒業できなければ貴族として認められない未来を示している。私が唖然としていると、デューイはやはりにやりと笑う。
「だが、だからどうした。教師としてやっていく自信はあるし何も問題は無い」
「卒業も出来ない者が貴族学院の教師になれるはずがない」
「ならば他の道を探すだけだ。ここから出られないエドナとずっと一緒にいられる道をな」
一時の気の迷いではなく、そこまで揺るぎない決意までしているなんて信じられなかった。
「欲しいならくれてやる。あれはきっとお前の役に立つだろう」
「女性を物のように扱うな」
一番避けたいパターンに踏み込んでしまった。藪をつついて蛇を出してしまった。すうっと血の気が引いていく。
少なくともデューイはエドナに本気で恋をしているようだ。それを自分の手で引き裂かねばならないとなると……。かと言って解決できなければディアナが泣くことになる。
自分自身の恋を復活させるのが一番難しいと思っていたのに、こんなに手こずるなんて思わなかった。
魔法を教え終わったセドリックから呼ばれる。エドナからピンク色の靄は出ていない。どうやら成功したようだ。部屋の中にアレはいない。おそらく効果を封じながら使わせたんだろう。
「良かった、エドナが無事で」
「デューイ様……」
「やっと本当の君が見られるよ」
エドナの頬をいとおしそうに撫でるデューイ。周りの目が無ければそのままキスでもしそうな甘い雰囲気に、デューイと親しいセドリックは微妙な顔をした。
「セリーヌはあれをされたら喜ぶの?」
「無理はなさらなくても結構ですわよ。でも……」
「スマートにされてもどきりとするけれども、セドリックにされたらたどたどしくてもセリーヌは喜ぶと思うよ。ただしやるなら二人きりでしてくれ」
私は落ち込んでいるのに目の前でこれ以上いちゃいちゃされて堪るか。
セリーヌたちは大丈夫そうだ。問題なのはデューイ。魅了の魔術が解けても相変わらずエドナに迫っている。ディアナはこれを毎日見せられていたと思うと、胸が痛んだ。




