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十一話 Dが壁ドン

 もう少しぐずぐずと長引くかと思ったが、ハンカチを軽く湿らす程度で涙は止まった。べリンダたちの心配そうな顔を見て、困らせてはいけないと令嬢としてのプライドが機能し始めたようだ。

 アイリーンとしてアルバートと対峙しても、結局喧嘩して泣かされて終わってしまった。それどころかベリンダ達の仲が怪しくなっていることを薔薇園で知る。久々のアイリーンの姿でのお茶会も、楽しいものとはいかない様だ。


 べリンダはエドナをうまく利用する事にしたらしい。エドナが行った様に殿下より強くあらねばならないのなら、訓練を怠ってどうなさるのですかとベイルに言ったそうだ。行動が矛盾していると指摘したその結果―――


「破棄の撤回を求めたら、『過ちを犯した俺は君にふさわしくない』ですって。稽古に打ち込むようにはなったけれども、それ以外は無気力になられた気がするの」


 それは、もしかして惚れ薬の後遺症なのでは……?

 他の令嬢に取られる心配はなくなったものの、厄介な事情ではある。べリンダには薬の可能性を伝えて、もしも長引くようであれば医者に見せるように助言した。


「エリックが出て行っても『だったら君がベリンダを娶ってくれ』とか言いそうね」

「ベリンダをかけて決闘だ!って事態に巻き込んでベイルに花を持たせれば、何とかならないかしら?」


 ああだこうだと皆で話し合う中、ディアナの表情が暗い。相槌を打ったり自分の意見を言ったりはしているが、どこかぼんやりと遠くを見ている気がする。


「ディアナ、何かあったの?」

「領地から帰還の命令が出ました。今から休学して卒業試験までには戻れると思うのですが……」


 声に覇気が無く、言葉の最後の方はすぼんでしまった。おっとりしつつもはっきりと物を言う彼女らしからぬ元気のなさだ。まだまだ時間はあると思っていた私は、ドレイク家の対応の早さに驚いた。

 古くは軍師を務めたこともある家系であまり敵に回したくない一族だ。ディアナを見る限りではそのようには見えないが、仕事が早すぎる。


 血筋、人物像、今までの成績、功績、女性遍歴。厄介な親戚、恨みを買っていないかどうか。候補となる貴族の情報を集めるのにはそれなりに時間がかかるが、本人がいなくとも出来る作業だ。領地から呼び出しがかかると言う事はかなり候補が絞られているところまで来ている。


「いくらなんでも早すぎではないの。宰相と事実の確認をしたうえで正式に破棄をして、候補者を絞り込むのだってそれほど簡単にはいかないでしょう」

「父は婚約破棄された四人の侯爵令嬢により、残りめぼしいお相手の取り合いになると考えたようです」


 私を含む残り三人の令嬢は、想定していなかったけれど有りうる事態に血の気が引いていた。


 我が国の貴族の序列は上から公爵、侯爵、伯爵、男爵、子爵である。中でも公爵はかなり特殊で王族の分家筋にあたり、王族に後継ぎがいない場合や女王が立った場合の伴侶として公爵の血筋から選ばれる。ちなみに今は宰相の奥方が公爵だ。フェリシア陛下もこの一族の出身である。


 父親が侯爵ともなれば、子爵や男爵では相手にならない。公爵、侯爵、辛うじて伯爵の後継ぎ、それから王族でなければ環境も違いすぎて辛くなるだけだ。何より体裁と言うものがある。

 領地内で相手が見つかれば良いが、私たちのような身分だと他の領地から候補を探し出す方が多い。


 王族の誕生に合わせて男児なら側近や要職に、女児なら嫁候補にするために子供を作るので、年齢が近い者が多い。まあ、私たちの様に一学年に固まるのもかなり珍しい現象だ。


 私の兄は既に結婚して甥っ子がいるし、べリンダやセリーヌも弟がいるが年齢からして婚約者がいるはずだ。いくら地位が高くても他人の仲を引き裂いてまで奪い取るのは体裁が悪い。年の差も身分差も少なく且つ婚約の話がまだ無い貴重な残り者をこの四人で取り合う様子を想像する。


 みんな、かなり手ごわい恋敵となることが予想され、ほんのちょっぴり疑心暗鬼になる。

 相手の男性に女王陛下直伝の紅茶のおもてなしで一服盛るか、それとも男装姿を明かしてギャップで萌えてもらうか。

 自分の長所や能力を思い浮かべ、どうやって出し抜くかを考えてしまう。べリンダもディアナもそれは同じだったようで目がどこかさまよっていた。

 一人、余裕のあるセリーヌが穏やかに言う。


「ディアナ、領地に戻るにしても準備がありますでしょう?いつごろの予定ですの?」

「そうですね、どれだけ引き延ばしても一週間と言ったところでしょうか」

「でしたらなおさら早めにデューイ様攻略をせねばなりませんわね、アイリーン?」


 私は黒い計画を立てていた頭の中をすっきりさっぱり消し飛ばして、何事も無かったかのように返事をした。


「え、ええ、そうですとも。明日からまた私頑張りますわ、ほほほ……」


 いけないいけない、そうならない為に男装までして頑張っているのだ。アルバートではなくまだ見ぬ誰かに選ばれるかどうかの心配をするなんて。しかも女の友情にもひびを入れようとするなんて。


 恐るべし、エドナ。なんて卑怯なの!



 次の日、エリックの姿でデューイ・ドノヴァンを探す。冷血メガネでSっ気ありとの情報から今まで以上に手ごわさを感じる。ディアナによるとここ二、三日は授業にすら出ていないようなので、私も授業を抜け出した。アルバートには陛下の命令だとだけ言っておく。


 魔法棟、訓練場、事務所や食堂、治療室や薔薇園など。目立つ場所は一通り探した。後は、ひと気のないところを歩き回る。

 いくらなんでも神聖な学び舎で宰相の息子が一線を越えているとは思えないけれど、いきなりラブシーンを見る覚悟もしておかなくてはならないのか……。その場合は止めるべきなのか、それとも立ち去るべきなのか。


 そんなどうでもいいことを考えながら階段の前まで歩くと声がする。いつも上下階の移動には転移陣を使うのでついうっかり見落としていた。

 壁の影からそっと覗くと、下の踊り場にエドナとデューイがいた。


 エドナは壁を背に、デューイは向かい合わせに立ってエドナが逃げないよう壁に手を着いていた。


「エリックとか言うキザ男にうつつを抜かしていたらしいな」

「そんなこと……」


 困った声と言葉を話しながら顔は困っているどころかむしろ喜んでいるようなエドナ。逃げようともぞもぞとしているよりは身をくねらせてしなを作っているように見える。

 そんなエドナの耳元でデューイがやたらと色っぽい声で囁いた。


「お仕置きが必要だな」


 あ。これやばい感じだ。


 エドナを利用しているようにも見えたアルバートたちと違って、どっぷりエドナに浸かっている感じ。魅了の魔法を使っているとセドリックは言ったけれど、どれどれ……

 よくよく目を凝らしてみると、エドナの周りから時折幽かにピンク色の靄のような物が見えた。存在している物と認識して見なければ気づかないほどのごく狭い範囲で、陽炎のように揺らいで見える。


「あ、本当だ。幽かだけど魔力が漏れてるな」

「っエリック様!いつからそこに?」


 浮気現場を見られたかのように、エドナは慌てふためいた。階段をゆっくりと降りる。久々に階段を使い、しかもシークレットブーツを履いていたから怖かったわけでは断じてない。

 デューイの瞳を覗き込んでみるが魅了に当てられたようなぼんやりとした視線ではなく、むしろ私に嫌悪感を示して眉間にしわを寄せた。

 意識がはっきりしているようだ。けれど、魔術が原因ではないなら余計にたちが悪い。


「何か用か?取り込み中なんだが」

「悪い、ちょっとエドナに聞きたいことがあって。エドナ、緊急時以外に魔法を使うのは禁じられている」

「私、使っていませんけど」


 エドナのきょとんとした顔は本気かどうかわからない。でも、セドリック達に見せればわかるだろう。


「無意識か……体調が優れないなどの異変は無いか?突然力が抜けるような感覚に陥るとか頭痛がするなんてことは無い?」

「エリック様、心配して下さるのですか」


 エドナは頬を赤らめ、デューイは眉間にしわを更に深く深く刻んでいる。隙間にコインが挟めそうだ。

 どうするか……ここでエドナを甘やかせばデューイに喧嘩を売ったも同然だ。セドリックの時のようになるのは嫌だし、心を閉ざされたら婚約破棄をした理由も聞けない。


 まあ、デューイの場合は本当にエドナに惚れたから、みたいだけれど。ここは出来る限り、エドナの為を強調して近づいておこう。


「デューイは傍にいて気付かなかったのか?」

「ああ、お前がいない間もずっとが気が付かなかった」


 一音ずつ強調して話した上で、にやりとドヤ顔をする。いやそこ、褒められるところじゃないからね。授業はどうしたんだ、さぼりか。


「へぇ、気づかなかったのか。エドナが停学や退学で済めばまだ良いが、死ぬ可能性もあったのにな」

「どういう事だ」

「制御できない魔術ってのは術者自身の身を滅ぼす。専門家でなくたって常識だろ」

「それは知っているが……ああ、もしかして」


 デューイはメガネをはずしてエドナを見た。メガネは物によって魔術で視力を補っている物がある。おそらく濃い魔力は見えても、ごく微弱な魔力だとメガネ自体の魔力が邪魔をして見えない時があるのだろう。

 メガネをはずしたデューイは目だけで人を殺せそうなほど凶悪な顔だった。至近距離で睨みつけられているエドナは口元を引きつらせ目に涙を浮かべながらも耐えている。顔が真っ青で足元も震えていた。頑張るなぁ。


「駄々漏れだな。済まん。俺からエドナを引き離すための口実かと思っていた。どうするか策はあるのか?」

「取り敢えず、エドナをセリーヌたちに見せたい。デューイもついて来てくれるか?」

「ああ、もちろんだ」

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