ーサンサ・ウェルネットー
ーー
暗い闇の中を歩いていた。
何もない真っ暗な所である。
頭がぼーっとしてふわふわした気持ちになる。
自分がなぜ今歩いていて、どこに向かうか。
そんなもの何一つとして分からない。
しかし歩みを止めることはしない。
歩み続けることに何らかの意味があると信じている自分がいるのだ。
歩き続けているうちに前方に光のようなものを感じた。
その光に吸い寄せられるように走っていった。
「お…………だい…………君…………しっかり……」
誰か分からないが自分に話しかけているようだ。
うっすらと目を開けると森の景色が広がっていた。
視界がぼやけていてはっきりとは見えなかったが、爽やかな緑とその隙間から見える青からそう考えた。
視界もはっきりしてきて、今の状況を考える余裕も生まれてきた。
そして、自分が森で倒れていたということを理解した。
体が重く感じたが上半身を起こして、地面に座り込んだ。
「良かった……どこか怪我をしていないかい?」
この三十代位の男の人が自分を助けたということか…
そう思っていると「君は何者なんだい?」と問いかけられた。
助けてもらった立場として、自分のことを話そうと思ったが何一つとして覚えていない。
思い出そうとしても頭が痛くなるだけで何も思い出せない。
「だ、大丈夫かい…む、無理はしなくて良いんだよ」男はあたふたした様子で何か考えているようであった。
「ちょっとここで待っていてくれるかな?」
と、何かひらめいた様子で立ち上がり、どこかへ走り去っていった。
動く元気もなくどこへも行くあてが無かったため、男が戻ってくるのを待つことにした。
鳥が飛んでいた。自由に、大空を。
時々そよ風が吹き木々が木漏れ日を揺らしながらそよめいている。
どれぐらいの時が経っただろうか。
雲の動きを見ていると後ろから声がした。
「良かった!まだいてくれた」
男が戻ってきた。
後ろにはまるで巨人のような大きさの体格のいい、いかにも怖そうな男が立っていた。
待っておくんじゃなかった……後悔したがもう遅い。
いかにも怖そうな男に「貴様は名前は何と言う」と問いかけられた。
記憶を失っているらしい。
名前も出身地も何もかも思い出せなかった。
しかし、記憶がなくても喋ったり考えたりするのには何も支障がなかった。
まるで「自分に関する記憶」だけが無くなっているようだった。
「いいや、覚えてない……何も」
そう言うと体格の良い男が少し考え、
「そうか、しかし名前がないのは色々と不便だ。そうだな……」
筋肉質の男がしばらく考えて
「よし!今日からお前は『サンサ・ウェルネット』だ」
そう言ってこちらに手を差し伸べてきた。
そのがっしりとした大きな手はまるで岩のようであった。
これからどうするかのあてもない。
試しに付いていってみるか、という好奇心が生まれた。
サンサか……悪くない名前だなと思いながらその手を掴んで立ち上がった。
もう太陽もだいぶ落ちてきて辺りが赤っぽく染まっていた。
サンサ・ウェルネットのサンサ・ウェルネットとしての人生が今始まった。