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前兆

 異世界の気候は複雑だ。滅びゆく私たちの地球とは違って。

 私は体調が万全でありながらも煩わしく思っていた。このうだるような暑さを。

 私たちに熱中症の概念は存在しないが、それでもこの感覚は邪魔臭い。

 なので、何一つ賢い機能が搭載されていない点が特徴的な白の軍服を脱ぎ去り、タンクトップ姿で作業に従事していた。スカウトスクーターに乗り込んで、木々の間を疾走している。タイヤではなくジェット機構で走るこのスクーターは燃料の消費こそ難題ではあるものの、それ以外の点については優秀な有人型偵察機だった。

 森の中からは原生生物の鳴き声が聞こえてくる。鳥だろうか。疑問には後ろで私の背中に掴まるリムルが答えた。


「カリストロリス」

「それがこの鳥の名か?」

「はい。変な鳴き声でしょ」

「これは変な鳴き声なのか」


 比較対象の知識が存在しないため、私はリムルの知識で補完する。新しい情報を頭に叩き込んだところで、リムルが前方を指さす。

 彼女はタフだ。初めて見る機械に興味を示したばかりか、率先して同乗し案内を申し出てくれた。

 轟音が響く。腹の底から穿つような。リムルと共に訪れたのは巨大な滝だった。


「滝の後ろに洞窟があるんですよ」

「ふむ。確認しよう」

「はい、今降り……てぇ!? え? シズク!?」

「どうした。今から確認する」


 戸惑うリムルの反応に私は疑問を感じる。なぜ慌てるのだろうか。そして、なぜ降車しようとしたのか。

 このまま突っ切ればいいだけではないか。あの滝の向こう側に。


「この……ままです? このままなんです?」

「そうだ。構わないだろう?」

「かま……かま、まって――!!」


 私はサイドにある制御ギアを最大まで引き上げると、急加速をして重力に従い流れ落ちる水の壁を突き破った。



 ※※※



 まさに水を打ち破るが如く。

 その通信は寝耳に水と言えば間違いないが、予想の範囲内であったことは確かだ。

 グィアンと共謀し、ヴォル族とグド族の仲を取り持った数日後、徐々に安全圏を広げていた私たちの元へ通信が届いた。

 正確には私宛の通信だった。名指しで指名されたのだ。シズク・ヒキガネ。応答されたし。死んでいるはずの私を呼ぶ通信に、有能な通信技師であるエミリーは訝しんだ。

 しかし、無視するわけにもいかなかった。謎の通信相手がカグヤの名前を出したからだ。私はモニターの通話コマンドをタップした。


「何者だ」

『私の声に聞き覚えがあるはずだ。君は』

「ブラックベレーか。覚えている」


 私は無感情に応じる。フィレンが緊張で息を呑み、ミーナもこの時ばかりは菓子を口へ放り込む手を止めていた。

 エミリーはデスクの前に座り、ディスプレイを眺めて逆探知に勤しんでいる。グィアンは壁に寄り掛かって状況を見守っていた。


『私の名前も覚えているな。そうだろう、君』

「ああ。シャルリ・ハンマー」

『会ったことも。そうだな』

「お前は私の家に来た。忘れていない」


 几帳面な女。それがシャルリ・ハンマーへの第一印象。ホワイトベレーとは反対の黒いベレーに軍服を着込んだ彼女は、まさに絵に描いたような人間だった。

 健常者ヘルス。死神などと揶揄される部隊に所属する女にしては真面目かつ勤勉であり、本来なら電子書類で済ますところをわざわざ口頭で勧告に来た変わり者でもある。

 曰く、ブラックベレーに入隊しないか、と。


『嬉しいよ、シズク。君に発生した欠陥は、脳機能の不全ではないのだな』

「獲物を見つけて破顔する狩人の如く。ぞっとしないな」

『いいや違うな。もし私が君を狩る立場なら、健常を喜びはしないだろう。君の実力は知っている。油断ならない相手だ。だが、今回、私は君を狩る立場にない』

「では何だ。よもや、スカウトしに来たなどとは言わないだろう」

『そのまさかだよ、君』


 私は眉根を顰める。エミリーも不振がって私の方を見上げた。


「お前こそ、脳機能が正常に働いているかどうかスキャンした方が良さそうだ」

『いいや、私は至って正常だよ。君が自身の状態を異常と認識しているように』

「お前は……どこまで知っている」

『全て、と言いたいが、君が裏切っていることしかわからない。裏切りという答えを導き出す式に当てはまるのは私が知る限り君だけだ。他の者には動機も能力もない。簡単な推理だ』

「それで裏切りだと断定したのか。いささか早合点ではないのか」

『そうではないとも。君自身がよく知っているはずだ。君は効率的に敵を倒し過ぎた。まさにシズク・ヒキガネの戦い方。一目見てすぐにわかった。マップのチャートを見れば瞭然だよ。そして君は私に隠し通せないとわかっているから、会話を打ち切ったり、白々しい嘘を吐くこともない』

「……そして私は窮地に追い詰められる、と。そういうことか」


 冷静に話してはいるが、内心では焦燥していた。例え敵に包囲されたとしても、突破するだけの自信と能力は有している。だが、問題はカグヤだ。彼女を確保されれば私としてはどうしようもなくなる。

 私の生はカグヤのためにあるも同然だ。カグヤの死は、私の死に等しい。

 頭の中で打開案をまとめている先で、シャルリは悠々と言葉を紡いだ。しかし、敵を貶めて楽しげな印象、というよりは、まるでミスをした生徒に挽回の余地を与える教師のような話し方だ。

 実際、彼女は優れた戦闘教官でもある。私と同い年ながら。

 シャルリはますます状況を混乱させる一言を放つ。


『そうでもない。君の出方次第で……まだ君は救われる立場にある』

「どういうことだ。何を企んでいる」

『先程告げたはずだ。君のスカウトだ』

「本気か?」

『嘘を吐くためにハッキングを仕掛けると思うか。極秘回線で軍部に悟られぬよう通信を独自に暗号化させると思うのか?』


 私はエミリーを一瞥――彼女は首肯。シャルリは軍に私の離反がばれないように気を遣っているようだ。

 理解不能だが、本当に私をスカウトしたいと考えれば合点がいく。しかし、なぜなのか動機が定かではない。その謎を、彼女は饒舌に打ち明けた。


『私は君を殺すのが惜しい。君の部下も……有能だな。君は能力を発揮できずに処分される者を鼓舞するカリスマ性も備えているようだ。ますます……理想的だ。君は遺伝子に縛られていない。良くも、悪くもな』

「それでお前も社会に対して反抗期、というわけではなさそうだな」

『そうだとも。私は社会の一員だ。君もな。私たちの世界はフロンティアではない』

「お前もセックスが娯楽な世界が嫌いなクチか」

『……精神変異が深刻だ。以前の君はそのように……私に接しなかった。自身で気付かぬうちに影響を受けているぞ』

「悪か良か? 悪だろうな」


 自問自答した後に、私はシャルリに返答した。


「わかっているだろう。結末は。私は拒否する」

『それは賢明な選択とは言えない』

「カグヤを人質に取るからか」

『いや……そのような卑劣な手段はとらない。このような方法ではなく、今一度面と向かって交渉をしたい。シズク、君は有用な人的資源だ。……以前、君は私の提案を蹴ったが……この状況では、拒む理由はあるまい。妹の命も、生活も保障しよう。カグヤ・ヒキガネはシズク・ヒキガネという歯車を動かす上で有用だ』


 かつて私が社会に証明しようとした事実を、シャルリは告げる。私はじっと真っ黒な通信相手のウインドウを眺めていた。


「謀るつもりか」


 私がインディアンに策を講じたように。狂言襲撃を行ったように。


『それを計れ、シズク。私と対峙した時にな。明朝、またこの回線で通信を送る。場所は君たちが指定しろ。日付、時刻もな。これでもなお信頼しないと言うのなら、私は然るべき手段を取らなければならない。脅しのようになってすまないが……断れない状況は都合がいい。赦せ、シズク』

「傲慢だな」

『自覚している。だが、忘れるな。私は君の味方でありたいと思っている。……同じ境遇である、君のな』


 シャルリは通信を切った。一方的に。エミリーは首を横に振る。逆探知に失敗したのではなく、通信地点は明快だったからだ。

 アラモ砦。異世界を新天地フロンティアと名付けた命名者がついでに付けたのであろうふざけた名前の第一目標エリア。


「嘘はついていない」

「わかるのか」


 私はグィアンの発言に耳を傾ける。彼は首肯し、


「精霊は全てを見通す。真偽すらも。彼女は本気でお前を案じているようだ」

「それは生体兵器として使えるから、だ。お前たちとは心の構造が違う」


 私はモニターへ身体を屈ませ、アップロードされた地図を表示させる。しばし黙考。罠が仕掛けやすい場所が定石だが、私はこの地の全貌を把握できていない。


「俺が案内する」


 私の意図を察したグィアンが名乗りを上げたが、なぜかエミリーが異論を唱えた。


「待ちなさい。あなたにはこの村を守護する任があるでしょう。グド族のこともあります。今、あなたが村を無闇に離れるのは得策ではないかと」

「では、どうする」


 グィアンはエミリーを見据える。値踏みするように。エミリーも負けじと睨み返していたが、彼女とグィアンの関係に複雑な亀裂が入りそうな不穏な空気を感じる。フィレンもそれを読み取ったのか、縮こまり始めた。ミーナは通信が終わったことで気を緩め、現地の焼き菓子を頬張っている。最高においしい、というのが彼女の感想だ。


「最適な子がいるでしょう。あの子に任せましょう。きっと二つ返事で応じるはずです」


 その子が誰を指しているかは名前を言われないまでもわかった。

 妹とそっくりで、どこかが決定的に異なっているあの少女だ。



 ※※※



「ぐしょぐしょ……濡れちゃった」

「平気だろう?」

「この靴、濡れると変形しちゃうんですよ」


 リムルは靴の状態を確かめながら言った。革靴だが、それは高級品という意味合いではなく、普遍的なものだ。


「それは……知らなかった。謝る。だが、時間がないんだ。ここが不適切ならば、次の候補地を探さねばならない」


 私はリムルに謝罪しながら、滝の後ろに広がる空洞を検めた。外部からは想像つかないが、滝の内側はとてもつもなく広大だ。問題なく騎兵を隠すことが可能なスペースが広がっている。

 今のところ、この場所は最適だ。しかし、何があるかはわからない。

 そしてその不確定因子が、何の前触れもなく咆哮した。


「今のは、リムル」

「ああ、大変です……ウィフィグト!!」

「ウィフィグト、とは」

「あ、あれです!!」


 リムルが私の背後を指さす。振り返った私は巨体を見た。

 青い体毛に覆われた巨人。いや、クマもどき、とでも呼ぶべきか。

 そのクマは巨大なかぎづめを振り上げて、威勢よく叫んでいる。不意に縄張りへと進入した私たちを撃退しようとしているのだろう。

 だが、私はそのまま歩み出ると、喧しく叫ぶクマの鼻を殴打した。


「シズク!?」

「……やはりな。身体構造は変わらないか」


 鼻は目立つ感覚器官だ。大概の動物は鼻を殴られれば悶絶する。加えて私たちの腕力は旧人類を遥かに上回っている。遺伝子組み換えの利点をふんだんなく使用し、私の腕を一撃もらった青クマは苦悶の鳴き声を上げると速やかに退却した。


「いい判断だ」

「すごい……ウィフィグトを一発で……」

「賞賛に値しない行為だ。お前の兄ならば交戦することもなく退却させられたのではないか」


 グィアンの精霊術ならば、或いはあの原生生物と対話をし、周辺状況の更新まで並行して進めるかもしれない。だが、私にできるのは動物とのコミュニケーションではなく、拳を使ったやり取りだ。銃を使うのはどうしようもない局面であり、今のような些事に腰のホルスターに収まる拳銃を引き抜く必要性は感じない。

 認めている。私はグィアンに劣っている。だが、リムルは目を輝かせて私を見上げた。


「ううん、グィアンよりすごいよ!」

「それはないだろう。お前の兄は」

「だって一撃、一撃ですよ! そんなの、見たことない! ウィフィグトは狂暴で大人だって恐れをなすのに」

「単にスペックの違いに過ぎない。私たちの筋力はお前たちの種族を遥かに上回っているからな。管理社会での性差は、子を孕むか、孕ませるか程度の違いしかない。簡単に言えば、私たちは生まれつきお前たちより力が強い、ということだ。それはつまり、力なく戦えるお前たちの方が優れているのと同義となる。それに、グィアンなら戦わずに済ますはずだ。お前の兄は優れている」


 私が釈明を続けると、リムルは一瞬呆けた顔をして、すぐさま笑い声をあげた。


「なぜ笑う?」

「あ、え、すみません……ごめんなさい。けど……おかしくて」

「おかしい?」

「なんか……私よりもシズクの方がグィアンのことをよく知っているんだなって」

「そんなことはない」


 否定しながらも、彼女の発言には一理あると思っていた。

 グィアンはあまり妹に地を出さない。そんな兆候があると、ここ数週間共に過ごして理解していた。

 ほんの一部、自身の片鱗だけを妹に晒し、後はふたを閉じて秘匿する。諭されぬように知られぬように、自分の中へと封じ込める。

 大事なものは全部己で抱え込む。誰かにひけらかすことはせずに、独力で対処するのだ。

 グィアンはそんな男だ。だからリムルは彼をよく知らない。いつも遠くで彼の背姿を見つめている。そしてグィアンは、妹の気持ちを気にも掛けず、与えられた使命を黙々とこなすのだ。

 プロファイリングを終えて……私は閉口する。リムルに語る言葉は持ち合わせていなかった。そんな資格はない。

 ゆえに、私も目的を遂行する。異世界調査のために与えられた端末を、異なる目標のために正規利用する。

 地質の調査を開始。最適。周辺の生体反応をスキャン。多数。しかし特筆すべき項目なし。光及び風の侵入位置特定……一方的。戦術情報構成プログラム走査――オールクリア。ポジティブ。

 これほど条件に合致したのは見つからないのではないか。そう思い込んでしまうほどに理想的な環境だ。

 私は服の裾を絞るリムルへ向き直る。ここでいい、と一言告げて、


「っていうかシズク、あなたもびしょびしょで……」

「問題あるのか?」


 私は白い肌が透けるタンクトップを見下ろした。旧人類ならこんな格好で森の中を突き抜けるなど論外だろう。だが、私たちは違う。あらゆる薬品や毒素も、旧人類が致死量に設定した量を摂取してやっと効果が出始めるぐらいだ。

 だから、何も問題はない。濡れていても体温は極端に低下などしていない。むしろ心地よいくらいだった。凍死という概念が消え去った私たちにとっては。

 だが、リムルは顔を真っ赤にして糾弾した。


「ダメ! ダメです! もしグィアンや男どもに見られたら……」

「私を? なぜだ。ふむ……私の認識が正しければ、お前は彼らが私に欲情すると考えているのか?」


 リムルは私の欲情という単語を聞いて口をぱくぱくする。


「よ、よく……じょ」

「他の者たちは知らないが、グィアンに関しては問題ないだろう。奴はそのような無駄な行為に耽るような男ではない」


 グィアンが欲情して私を襲うなどという言葉の羅列に私は失笑すら漏らした。

 あの男がそんなことをする光景が思い浮かばなかったからだ。カグヤの言葉を借りれば、コメディチックというものだろう。

 リムルが怒ったように話を続ける。


「わ、わからないじゃない! グィアンだって男なんです! け、けど……確かにずっと戦い戦いで、そんなことする時間はなかったと思いますけど……求婚されても断ってたし……」


 リムルの表情から怒気が失せ、自信すらも終息していく。私がコミュニケーションツールとしての笑みを浮かべると、リムルはため息を吐いた。


「はぁ……」

「なぜ落ち込む?」

「なんでシズクが誇らしげなんだろう。グィアンもこのままじゃあ……あ」

「どうした? 何か見つけたか?」


 私はリムルの視線を辿るが、その先には暗闇が広がるだけだ。視線を戻すと、持ち込んだタクティカルライトに淡く照らされるリムルの愛らしい顔が移る。

 彼女は何かを思いついた策士のような顔つきをしていた。


「そうだ。いい、いいこと思いついちゃった。これで兄の女っ気のなさをバカにされなくて済むし……きっとシズクも幸せだ」

「リムル?」

「ふふ、ふふふー。急いで服を乾かしちゃいましょう」


 リムルはスキップという喜の感情表現動作を行いながらスクーターに近づいていく。リムルの情動豊かさに戸惑いながらも、彼女の後を追う。



 ※※※



『シズク・ヒキガネ。時間だ』


 明朝、約束通り暗号化された通信を受信機が捉えた。シャルリ・ハンマーの声がスピーカーから拡散される。トレーラーに集まっていた部隊とグィアンに頷いて、私はマイクへ音声を送った。


「おはよう、はないのか。シャルリ・ハンマー」

『そのような風習を続けているのか、君は。……気分を害させるのは不本意だ。君が求めるのなら挨拶をかわそう。おはよう、シズク。そして聞いているであろうスカウト677のメンバーであるエミリー君、ミーナ君、フィレン君。それと正体不明のアンノウン』

「おっはよーう! むぐ」


 元気よく挨拶をしたミーナの口をエミリーが塞ぐ。名指しされたフィレンが見透かされていた現実にわなわなと震えた。


『互いに部下には振り回されるな、シズク?』

「お前の部下に問題のある奴(バリアント)が混ざっているとは思えない」

『どうかな。私は有能な人材をスカウトしている。中には問題があるものもいるが……処分されずに貢献をしているよ』

「それで私がお前を信頼するとは考えていないな」

『無論だ。その程度で軍門に下るのなら、こうして密会場所の設定などしていないよ』


 シャルリとの会話は、カグヤとの映画で見た友人との他愛のないそれのようだ。しかし、違う。関係性が大きく異なっている。シャルリは私を正常な歯車に戻したいようだが、私に管理政府の機械へ戻るつもりはさらさらない。


『では、本題に入ろうか、シズク』

「……三日後。エリアR234。時刻はアラモ標準時刻12:00(ヒトフタマルマル)

『戦うつもりか。まぁ、予想していたが……』


 私は平然としていたが、フィレンがピクリと反応を示した。ミーナもきょとんとしている。どうしてそう勘ぐるのかわからない、という顔だ。

 普通に考えれば昼間の方が奇襲に勘付きやすい。そのため、正午を指定した私に安堵を抱いてもいいはずだ。そう思いたくなるのは理解できる。

 だが、それは高性能の各種カメラとセンサー類を所持していない場合であり、最先端テクノロジーで補強されたキャバルリーではむしろ夜闇の方が気付きやすい。

 だから私は昼を待ち合わせ時刻とした。その方が戦いやすいから。

 ともあれ、戦闘を予想しないシャルリではないので、円滑に会話は進んだ。


『無駄だと知っているが、あえて警告を述べさせてもらおう。ブラックベレーとホワイトベレーの戦力差を知らない君ではないな。もし戦闘になれば……殺さないようには善処する。だが、何が起こるかわからないのが戦場だ。確約はできない』

「承知済みだ。こちらも似たような警句を言おうと思っていた。しかし――」

『手を抜くつもりはない、か。まぁいい。一度お灸を据える必要もあるだろう。……この表現は正しいか?』

「正しいのではないか」


 気さくに訊ねるシャルリに私は一応、返事をする。しかし、この女は一体何を考えている……本当にただのスカウトが目的か?


『ならば、以上だ。シズク。では、三日後のお昼に。ランチタイムと行こう』


 シャルリが一方的に通信を切る。フィレンの疲労が混ざった吐息。ミーナはエミリーの拘束から解かれ、ものすごい勢いでお菓子を食べ始めた。グィアンは私を見て、そんな彼にエミリーは若干の敵意に類似するものを視線に載せている。

 とにかく、予定通りに事は進んだので今度は準備シークエンスに入る。例の洞窟に騎兵を秘匿したりトラップを仕込んだりしなければならないが、敵が下見に入る恐れがあるのですぐには仕掛けられない。


「正式な準備は……そうだな。明日となる。今日は身体を休めておけ」


 私は部下に指示を出すと、タブレット端末を持ち出して外に出ようとした。同じく自身の役目を果たすためにトレーラーを後にしようとしたグィアンと二人でドアを開ける。


「シズク! グィアン! 丁度よかった!」

「リムル……お前が呼んだのか?」


 扉の先に待ち構えていたリムル。私はグィアンへ問うが、彼は否定した。


「いや。お前に用があるのだろう」

「お前の名も呼称したぞ」


 私たちは彼女の真意を測るべくリムルへ目を向けた。彼女はインディアンの衣装を手にもって笑っている。何かを企んでいる。


「一体何を……」

「グィアン! 引き継ぎの儀式!」


 私の問いはリムルの僅かな怒気をはらむ声音にかき消された。グィアンは眉根を顰め、


「それは後だ。戦争が終わってから行う」

「ダメ! 今日やるべき!」


 しかしグィアンは頷かない。私は逡巡し、リムルに助け舟を出すことにした。


「リムルは正しい。戦士たちの士気にも繋がるだろう。どうせ今日は何もない。インディアンとしての役目を果たすべきだ」

「シズクの言う通りだよ! だからグィアン――」

「……仕方ないか。手早く済ませるぞ」

「好きにするがいい。私は――」


 とシャルリのレポートを再読しようとした私をリムルの手が止める。何? と訝しむと彼女の瞳は先程と変わらなかった。


「シズクも!」

「何を言っている、リムル」

「シズクにも参加してもらいます! 儀式の後は祭りがあるんです。その時、部族の長は家族の女性と踊らなければならないの」


 私はリムルの発言の、企みの意図がわからなかった。なぜ私を指名するのか?

 士気を上げるという観点では、形式上の家族ではあるものの、未だ溝が深い私たちが先住民の祭りに参加するべきのは得策だと言えない。今までも極力現地民と触れ合うのは避けてきた。


「女性なら他にいるだろう。彼はいわゆる……モテる、だったか? のだろう?」


 古い映画で多数の女性に言い寄られる男性がそう表現されていた。グィアンは、モテるという状況説明単語に当てはまるので私に頼まれる理由がわからない。


「いいえ全然! 女っ気ゼロなんです! これじゃあ私が友達に笑われちゃう! だから、シズク! お願いします! 私のためを思って!」

「確かに、お前には借りがあるが……」


 戦闘場所の選定作業に付き合ってくれた借りがまだ残っている。しかし、了承できない理由があったので、それを口に出した。


「しかし、私は忙しい。残念だが、別の人間を……」

「嘘です。だって、さっき今日は何もないって」

「む……」


 そこを突かれると躱し文句が思いつかない。リムルの手助けをするように、背後から声が掛かった。ミーナの愉快な物でも見つけたような言葉が。


「その通りだよー、リムちゃん。隊長さん、嘘を吐いて逃げようとしてるー!」

「あ、あまり隊長を責めるのは……。で、でも、確かにそうですね。隊長、今日は身体を休めろって言ったじゃないですか。なのに、自分だけ仕事しようとしてるんですか?」


 フィレンの援護射撃も加わり、私は万事休すとなった。残るは副官であるエミリー。だが、彼女は苦悩していた。

 頷きたいが、何か危惧すべき事案があるとでも言うような。


「グィアンと、いっしょに隊長が踊るのですか」

「そうです。ダメ、ですか……?」


 リムルの視線がエミリーに注がれる。エミリーは私とグィアンを交互に見た後に、観念したかのごとく息を吐いた。


「少々不本意な形ではありますが……隊長が率先して休息を摂るのは善いことです」

「エミリー、しかし」

「決定です! じゃあ、シズク、行こう! グィアンも」


 私はそのまま手を引かれる。成す術もなく。

 本気で抗おうとすればできただろう。だが、身体は不自然にも動かなかった。

 不自然に、自然に。案内されるまま彼女の家へと入って行く。

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