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アンバランス

「お姉ちゃん、何してるの」


 私がホロモニターをタップして表示される項目を取捨選択していると、カグヤが車いすを軋ませながら仕事部屋へと入ってきていた。私はモニターを消そうとしたが、カグヤがそのままでいいと言ったので作業を続けながら返答する。


「今後の計画をまとめている」

「貢献活動の……」

「そうだ。時間は貴重だから、一秒たりとも無駄にできない」

「そ、そうだね。ごめんね……邪魔しちゃって」


 カグヤは意気消沈して申し訳なさそうに言うと、部屋を出て行こうとする。私は振り返って彼女を止めた。


「待て、カグ。私の話を聞いていなかったのか」

「え? だから、邪魔しないようにって……」

「お前との……コミュニケーションの時間は貴重だ。そこにいろ。二つを同時に済ませる」

「え、でもなんか、悪いし」

「悪いと思うなら、そこにいてくれ」


 私の声には懇願の響きが含まれていた。カグヤは私の願い通り思い留まり、私の隣へと近づいてきた。

 きこきこと音がする。哀愁漂う、しかし愛おしさが含まれる音。


「スケジュール……びっちりだね」

「クオリア165にデブリが接近中らしい。そのせいで予定が詰まった」

「また危険な……除外作業に従事するの?」

「危険じゃない。ワーカーを使ってデブリをどけるだけでいい」

「でもお姉ちゃん……いつも危ない仕事してる」

「その方が稼ぎがいいんだ。それに……カグ?」


 カグヤが顔を俯かせる。そのしぐさで彼女が何を考えているかわかる。私は管理タスクを閉じると、カグヤの肩に手を当てた。


「私の貢献実績は知ってるだろう。コロニー衝突コースを辿る戦争デブリは政府にとっては予期せぬアクシデントだが、私にとっては想定内のボーナスなんだ。このボーナスで何か買ってやる。映画がいいか? それとも本か? お前が欲しいものなら何でも……」

「お姉ちゃんといっしょにいられるなら何でもいい。ごめんね、やっぱり私行くよ」

「カグ」


 車いすが遠ざかっていく。足の不自由なカグヤが。

 対して、自由に動けるはずの私の両足は磔にされたように動かなかった。

 動けなかったのだ。その願いは、私がどれだけスケジュール調整したところで叶えられるものではなかったから。



 ※※※




 空調システムを意図的に切ったトレーラーは全てのドアと窓が開放されて、涼しい風と自然の香りが車内へと運び込まれてくる。私はその様々な匂いと優しい風に晒されながらスケジューラーを起動していた。

 そこへ、足音が聞こえてくる。何者かの侵入音。対象の身長を判別。小柄。歩調から戦闘慣れしていないことは明白。前傾姿勢のため、何かを所持していることが窺える。


「リムル」

「うえっ!? 何でわかったの!?」


 先んじて名前を呼ぶと、リムルは表情豊かに驚いた。手に持っていた食料品を落としそうになってどうにか踏み止まる。


「トレーラーに堂々と入ってくる者は限られている」

「すごい……流石です、シズク」

「それは何だ」


 戦闘訓練を受けていればそこまで驚く技術でもない。私は彼女の賛辞を受け流して、リムルが両手に持つ籠に言及した。

 リムルはそれをテーブルに置いて軽食ですよ、と返事。その後に、堂々と私のデスクトップを覗いてくる。


「うわ……全然読めない」

「お前たちの言葉じゃない」


 今私が口に出している異世界言語とは異なり、モニターには私たちの世界の言葉が記されていた。なので、彼女はさっぱり理解できない。兄妹でもグィアンとリムルは対照的だった。私たち姉妹と同じように。


「でも、やることがいっぱいあるのはわかります」

「そうだ。時間は限られている」

「へぇー」


 リムルはカグヤとは違い、遠慮がなかった。相槌を打つだけで傍にいる。それは私が妹に求めたものであり、リムルに対してもそうであるかどうかは……結論が出なかった。


「グィアンと仲良くなったって聞きました。本当ですか?」

「仲が良いという言葉が適切かどうかは定かではないが、そうだな」


 奴との連携は必要に駆られて行う予定だったが、先日の戦闘を踏まえてできる限り協力し合った方がいいという判断に至った。戦術的判断だ。精霊術は戦闘騎兵に対しても十分な威力を発揮できる。無警戒の敵ならば一撃で屠ることも可能だろう。


「嬉しい。グィアン、あまり友達がいないから……」

「家族がいるだろう」


 私はコンソールを操作しながら続ける。独立作戦の第一段階として攻撃する要塞は、私たちがポータルを通って異世界へとやってきたゲートだ。ゲートは数多のコロニーにコネクターを介して接続され、用途に応じて開放される。まずはそのゲートを通らなければならない。それはすなわち、アラモ砦などというふざけた名前が付けられた要塞を攻略する必要が出てくる。

 現状の戦力と砦の警備網を考慮しながら思索に耽る私にリムルは語り掛ける。


「家族は、家族だもん……。でも、グィアンはほとんど戦ってる。毎日、毎日。たくさんの巨人マッティカ戦士トレリアンが来るから仕方ないって、わかってるんですけど」


 リムルが浮かべる表情はカグヤのものと同一だ。遜色ない寂しさを湛えた顔。私は耐えきれず視線を画面に戻した。先程までは並行して行えていた思考に乱れが生じる。


「心配するな。戦争は長く続かない」

「――本当に!?」

「ああ、嘘はついていない」


 私はモニターを見ながら、青白い光の中にぼんやりと映る私の表情を分析する。嘘を吐いている顔だった。私は何をしている。自問しながら言葉を紡ぎ出す。


「計画は……立ててある。最後までな。計画通りにいけば……半年も掛からないはずだ。速度が重要だからな」


 スピードが命なのは間違いなかった。カグヤを救出する際に私は言わば、家を一時的に留守にする。その間に本当の家からカグヤを回収した後、ドライブに工作をし、遠隔操作で破壊してゲートからこちらへと帰還するのだ。

 そして、フロンティアで新生活を始める。妹と共に。遺伝子の問題は残されているが……少人数での生活ならば、いずれ淘汰されるだろう。

 だが、この作戦は困難だ。不可能に等しい。言葉にすれば簡単だが、カグヤを敵に察知されず連れていけるかはわからない。それに留守にする期間にこの集落が襲撃されないとも限らない。……戦力はどちらにしか割り振れないのだ。グィアンが一人残ったとしても、無事守り通せるかはわからない。数で攻められれば敵わないのだ。

 そのリスクに目を瞑り、私は盲目的な説明を並べ立てた。


「安心しろ。お前の兄は……死なない」

「良かった……お兄ちゃん」


 私のウソでリムルは幸せを噛み締めるように喜んだ。瞬発的に全てを曝け出したい欲求に駆られる。私は自身の目的のために平然と他人を殺せる人間であり、カグヤを救い出すためならばお前の兄ですらも殺しかねない女だと。

 だが、私は告解しなかった。感謝を述べて去って行くリムルを見送るだけだった。


「私は……何を、している」


 改めて自問するが、答えは出ない。

 自分が狂っていることだけしかわからなかった。



 ※※※



 それからは任務の消化作業に入った。ホワイトベレーが異世界を住みやすいように木々や原生生物を蹂躙して開拓するように、私も自身の進路を阻む障害物を破壊していく毎日だった。

 狩猟と戦闘を繰り返し交互に行っていく。敵は敵であると同時に貴重な資源でもある。グィアンは優秀なスカウトで私たちの戦い方と本質が似ていた。正確には、私にそっくりだった。

 私が注意を引いて、奴がとどめを刺す場合もあれば、奴が気を引き、私が近接攻撃を仕掛ける場合もある。連携方法を確認せずとも、息はぴったりだった。


「すごいですね、隊長さんとグィアンさん。また大活躍ですよ!」


 ミーナが賞賛を放つ。レンジャーを使って敵部隊を壊滅し終えたばかりだった。グィアンに、彼を普遍的なインディアンと誤解した敵を私たちが待ち伏せするエリアまで誘導してもらい、一挙に撃破したのだ。

 やっていることは戦国武将なる日本の将軍が行っていた釣り野伏せという戦術と大きく変わらない。普通の相手ならば見抜かれる恐れもあるだろうが、ホワイトベレーは通常の相手(ヘルス)ではないので、何も問題はなかった。そもそもカテゴライズとして敵と呼称しているのみで、真なる意味での敵ではない。

 敵とは、先日倒した元正規兵の指揮官のような相手を指すのだ。


「この程度は戦いの内に入らない」


 私はミーナの褒め言葉を受け流すと、待ち伏せ地点である草原を踏み歩きながらエミリーの傍へ近づいた。キャバルリーから降りた彼女は何か不満を抱いているように明後日の方向を眺めている。


「エミリー。おい、エミリー」


 彼女の肩が驚いたかのように震えた。


「すみません、隊長。少し、考え事を」

「待遇に不満があるのか?」


 私は彼女の振る舞いから読み取った推論を述べる。エミリーは即座に否定し、


「滅相もありません。何も、不満など……」

「ならいいが。……危惧すべき事案がある」


 私は敵……形式的な敵の残骸へ目を向けた。草原に倒れるレンジャーをフィレンが検めている。その横をグィアンが警備していた。彼の強さはフィレンの精神動作に良い反応をもたらしている。安心する彼女はいつもより手際よく使えパーツと使えないゴミを選り分けることができていた。


「ブラックベレーですね」


 エミリーは即答した。優秀な副官としての責務を果たしている。


「察しがいいな」

「しかし、偽装は完璧です。戦闘の痕跡も細工していますから、論理的に私たちの裏切りを見抜くことは不可能でしょう」

「心理的にならばそうはいかない」


 私は可能性を危惧する。敵に裏切りが発覚する可能性を。

 脳科学の一分野である心理学は、数多の戦争を経て磨きがかかっている。

 証拠をせっせと集めて動機と照らし合わせる捜査ならば私たちに嫌疑は掛けられないだろう。しかし、心理学はそうはいかない。一番裏切りそうな奴は誰かを選択し、動機と技能を検閲(プロファイリング)して断定する。

 計算してから答えを導き出すか、答えから逆算して予想するか。答えが先か計算が先か。その程度の違いに過ぎないのだ。

 ブラックベレーはそのどちらも行う。仮に冤罪が起きて謝罪する慎ましさなど連中は持ち合わせていない。そう反論するならば、彼らはこう応じるだろう。疑いをかけられる方が悪いと。

 実際に彼らの反逆者摘発率は見上げたものだ。もはや推理ではなく、答えを明示された後に動き出しているようなもの。

 ゆえに私は楽観視できなかった。最悪なことにブラックベレーは私を知っている。


「彼らがやってくるとお思いなのですか」

「出兵前に、連中は私とコンタクトを取った」

「疑惑をかけられたのですか」

「いや、スカウトしに来たんだ」


 私に黒く染まれと強く要求した女を思い出す。君には才能がある。こちら側に来るべきだ。君の個人的な問題についても、私が手を打とう。


「断ったが、覚えているかもしれない」


 自意識過剰と切り捨てることも可能だったが、先日の戦闘以降、私が思う以上に私という一個人は注意を引いているのではないかと思い始めていた。あの元正規兵も私の裏切りにさして驚いた様子は見られなかったし、グィアンも摩訶不思議な精霊術と追跡犬トレースドッグを用いて私を見張っていた。

 そして……あの男。クオリアコロニーでホワイトベレーが一堂に会したブリーフィングの最中、目が合ったように感じたあの場違いな男も気にかかる。

 私自身が注目されること自体は構わなかった。問題はその注視によって発生する副次効果だ。私が見られることは、カグヤが視線に晒されることを意味する。

 あの子に手は出させない。


「急ぐ必要がある」

「しかし、作戦の進行率は……」

「わかっている。お前たちを危険には晒さない」


 私が伝達事項を伝えると、エミリーは不服そうに返答した。


「私は危険を恐れません」

「お前たちには役割がある。役を演じろ」

「私を信頼していませんか……」

「信用している。だからこそ、後を任せるんだ」


 エミリーにもミーナにもフィレンにも死んでもらっては困る。真なる敵に襲われる前に、可及的速やかに砦を攻略し、カグヤを救出しに戻った方がいいかもしれない。

 そうグィアンに提案しようと彼に近づいた時だった。例のトレースドッグがやってきて、何かを彼に向かって吠える。びっくりしたフィレンが悲鳴を上げながら工具を落とした。


「何――」


 グィアンは狼に疑問をぶつける。精霊術とやらで不可思議なコミュニケーションを取る人間と狼は円滑に会話を進めた。私は黙してそのやり取りを見守るしかない。フィレンは機体の残骸の陰から様子を窺っている。ミーナとエミリーもやってきた。

 草原を風が薙ぐ。グィアンは深刻そうな表情で狼の吠え方を分析している。


「まもなくか?」


 グィアンの問いに狼が小さく吠える。肯定したように。すると、グィアンは身体に虹色の光を纏って集落の方向へと全力疾走を始めた。


「待て、グィアン――! 緊急事態か?」

「そうだ、急いで来い!」


 私は部下に目配せすると、騎兵へと騎乗した。戸惑うフィレンはミーナのアームに回収され、私とエミリーが先陣を切る。

 さっきまではどうやってカグヤを救い出すか考えていたのに、今の私の中に居座るのはリムルの無邪気な笑顔だった。



 集落では人だかりができていた。密集の中心にあるのはスウゼン導師の家だ。キャバルリーから降りて人波をかき分けその中に入る。グィアンがスウゼンの隣で跪き、彼を挟むようにして涙を流したリムルがいる。

 スウゼンは床に伏していた。この前私たちを家族と認めてくれた老人はすっかり衰弱している。


「おお……偉大なる戦士たち」

「スウゼン……どういうことだ」


 私はグィアンに尋ねる。彼は一言寿命だと答えた。

 寿命。その単語の意味がわからずに私は一瞬呆けてしまう。間を空けて、ようやく気付いた。

 人には命の期限がある。それが寿命だ。私たちの世界ではまず全うすることがないライフリミット。


「……延命措置が……あるはずだ」


 私は自身でも理解が及ばない言葉を吐き出した。何を言っているのだ、私は。

 グィアンは首を横に振る。死期が近づいていた。もはやこれまでだ。


「私は……あなた方の来訪を待ちわびていた。老い、召される身体と戦いながら。しかしそれも……もう叶った。ここいらが引き時ですな」


 スウゼンは声を放つのも苦しそうだった。しかし信念のような力強さは残っている。彼はグィアンに呼び掛けた。


「私が精霊に迎えられた暁には、お前に家族を任せる。彼女たちと共に守れ」

「了承しました、導師」


 グィアンが応じる。スウゼンは安堵したように微笑むと、横で泣きじゃくっているリムルの頭に手をのせた。


「兄を支えてやれ、リムル」

「じいさま……」


 涙でぐしゃぐしゃになるリムルの顔。私の中に言いようのない感情が湧き出てくる。この感情の対処方法を私は知らない。

 どうすればいい。フリーズしかける私の前で、事態は着実に進行していく。

 スウゼン肢体から力が抜けた。リムルを撫でていた手が自由落下し、床へと落ちる。リムルの絶叫。グィアンの黙祷。気付くと私はスウゼンへと近づいて蘇生措置を始めていた。

 メディカルパックから注射器を取り出し、弛緩したスウゼンの腕へ注射しようとする。それをグィアンが掴んで止めた。


「何する! 今は――」

「必要ない。いいんだ。彼は天寿を全うした」

「何を――」

「いい……いいんだよ……いいんです、シズク」


 嗚咽交じりの要請に、私は絶句する。

 これが、いいというのか。これが……理想的な死に方だと。


「これがお前の言う……天寿、なのか?」


 人間はいずれ死ぬ。しかし、老衰で死ぬなど……夢物語だと思っていた。何らかの不慮で人間は死ぬ。社会に貢献できなくなったから、もしくは貢献している最中に死ぬ。それが人の死に方であり、生き方だ。ずっとそう思っていたが……。


「そうだ。お前の世界では、違うのか」

「いや、きっと、同じだろう。恐らく」


 虚ろな言葉を吐き出して、私は逃げるように家を後にした。




「私は、何をしている……」


 森の中をあてもなく彷徨いながらひとりごちる。

 社会の規範がインストールされた私という歯車が狂ったのは、客観的に理解していた。社会へ反抗し、ホワイトベレーを殺した。多数のインディアンを虐殺しながらも素知らぬ顔で彼らと共闘し、カグヤを救い出そうとしている。

 その状況に猛烈な……吐き気とも言うべき情動を痛感していた。私たちが嘔吐するのは体調不良というよりも精神の問題だ。遺伝子配合は嘔吐中枢の役割を大部分奪ったため、フィレンのように吐くことは稀だ。精神的な不調に伴って、始めて嘔吐中枢が本来の役割を果たす。

 今の私は精神的な不調をきたしているのだろうか。たった数言、会話しただけのスウゼンの死を目撃して。

 同情している? いや、そうではない。

 衝撃を受けている? 確かに、その通りだ。

 この感情は哀しみか? 否、それはない。

 では、喜びか? ……定義が不謹慎。


「喜んでいる……? いや、安堵しているのか、これは」


 自己分析を行うが、明確な結論が出ない。

 ただこのような思考に至っているのはわかった。――あれは理想的な死に方だ。

 弾丸で穴だらけにされることも、ブレードで切断されることもない。

 不用品のレッテルを貼られて処分されることも。

 あのような死に方が望ましい。私にその資格はないとは断言できる。

 だが、あの子には……あのような死に方をさせてあげたい。


「贅沢過ぎる願いか、それは……」


 私が呟くと、森の中に粒子状の何かがきらきら輝いた。

 この世界の森には精霊が住まうという。精霊は目に見えないが、確かにそこに存在している……らしい。

 そして彼らは私たちを見ているのだと。見守り、育んでくれるのだと。

 そんな彼ら精霊が、私に影響を与えたのだろうか。

 地響きが響く。木々が倒され、その巨体が目に入る。

 戦闘騎兵。バトルキャバルリー。虐殺の道具。人殺しの兵器。

 メインカメラである単眼が私を見下ろしている。ただ効率のみを追求したマシンには無駄な部分が一切存在しない。今の私に付着した余分なものはこの機体に搭載されていないのだ。

 その機体が無用な弾薬消費を抑えるためにブレードを振り上げる。

 私はその光景を見ながら、ひとりごちた。微笑を浮かべて。


「ああ、確かにこれは……これが、私の理想的な死に方だ」


 振動剣が、私という存在を掻き潰した。

 親子を私が潰した時とそん色ない太刀筋で。




「おい、起きろ」


 その呼びかけでようやく私は自身が睡眠を摂っていたことに気付いた。

 目を見開くとグィアンが私を見下ろしている。その表情はいつもの通り無だが、かすかに悲哀のようなものが見て取れた。

 或いは、私の中にも微小な悲壮が含まれているからそう思うのか。

 身体を起こした私に、グィアンは問いを投げた。


「疲れたのか?」

「私たちに肉体疲労の概念は存在しない」

「疲れたんだな」


 私の噓をグィアンは見破ったが、正答というわけでもない。肉体的な疲労感をもたらすほどの運動量には達していない。先程の戦闘も、旧人類ならともかく私たちには疲れを発生させる要因にはなりえない。

 何が疲れたと言えば、それは間違いなく精神的なものだ。


「お前は何をしている。葬儀……と呼称すべきものがあるのだろう」


 長らく死語だった言葉を今日初めて使った。葬式などという文化は廃れて久しい。私たちのそれに準ずる行為は、処分と呼ばれる。廃棄処分だ。全自動化されているので、誰に看取られることもなく殺される。その結果発生した脂分などの有機物は再利用されるのだ。ただそれが効率的だからという理由だけで。

 私は両親の死亡報告をPCが受信したメールで一瞥しただけだった。さっと黙読し、フォルダのメモリ容量を空けるために消去したのだ。それをできたのが六歳の私だった。

 しかし十八歳の私は、些事であるはずの事柄に混乱している。

 任務に支障をきたしている。


「家族に任せた」

「なら、リムルの傍についてやるといい。あの子にはお前が必要だ」

「いや、問題ない」

「なぜそう断定できる」

「あの子は強いからだ」

「なぜっ!! ……なぜ、そう思うんだ」


 私は腰を上げてグィアンに詰め寄る。が、その語調は速やかに平静としたものへと収束した。

 そうとも、私には資格がないのだ。あの子を追えなかった私には。

 私は前言撤回し、本題を訊ねた。


「いや……何でもない。それで? 私の力が入り用なのだろう」

「導師の死を知った敵対部族……グド族が使いを送ってきた。宣戦布告だ」

「同一種族間で内乱を起こしている場合ではないぞ。私たちの敵はほかにいる」

「だからだ。彼らにそれを自覚させる必要がある。幸い……連中はお前たちがここにいることを知らない」


 私はグィアンの狙いを把握した。逆の立場だったなら私もそうしたであろう謀略に、私は自然と笑みを浮かべていた。


「自作自演か。芝居をしろと」

「できるか?」

「無論だ」


 私は即答した。精神的疲労は消え失せていた。



 私とグィアンが立てた計略――芝居の筋書きはこうだ。

 まずグィアンが集落……私たちの属するヴォル族の導師としてグド族の拠点へ直接赴く。

 いくら宣戦布告をした相手とはいえ、武器ももたない新導師をいきなり襲ったりはしない。グド族の長と面会の機会が設けられるはずだ。

 そこでグィアンは和平交渉を始める。真なる敵が他にいて、部族間で争っている場合ではないと。敵の兵器は強大で、我らは一丸となって戦わなければならない。そう説き伏せる。

 が、敵はまともに応じようとしないだろう。ホワイトベレーがインディアンを見下すように、インディアンもどこかで敵の強さは根も葉もないでたらめだと思っているからだ。特にグド族の縄張りにはまだ騎兵が進軍していない。見たこともない敵の戦力を見誤るのは仕方ないことだ。私がグィアンに不意打ちを受けたように。

 そのタイミングで私が一石を投じる。バトルキャバルリーで村を襲撃し、人的被害を出さずに敵戦力を無力化する。そうすることで、初めてグィアンの言葉に信憑性がもたらされる。

 私はレンジャーのコックピット内で、夜空の下、馬に乗るグィアンがグド族の戦士に止められる様子を眺めていた。木の柵で囲われた集落は、光源をたいまつに頼っている。

 その光景を見ても、不思議と不安はない。奴は武器を持たずとも彼らを蹂躙できるだろう。ある意味、私たちよりも脅威的なのがあの男だ。


『大丈夫でしょうか、隊長。一人で……』

「ああ、大丈夫だ。奴なら平気だ」


 フィレンへ私は二つ返事。と、今度はエミリーの通信。


『随分信頼なさっているのですね、隊長』

「奴の戦闘力は知っているはずだ」


 私の返答に、エミリーはとげのある言い方で応えた。


『それにしては……だいぶ入れ込んでいるようですが』

「……どうした、エミリー」

『いえ。ただ……』

「ただ、何だ」

「隊長はもしや……あの男に好意を――」

「待て……動きがある」


 エミリーが何か言いかけた瞬間、サーモグラフィで観察していた部族長のテント内でアクションがあった。演技をする合図だ。私はレンジャーを休止モードから正規モードへと移行し、アクセルペダルを踏んだ。


「行くぞ。手筈通りにな」

「……わかり、ました」


 私は騎兵でインディアンを蹂躙する。敵を味方とするために。

 自分が何をしているかすら希薄なままで。

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