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ドレッドノート 異世界開拓記  作者: 白銀悠一
第二部 エクストラエピソード
70/70

そして未来へ 後編

「ねぇ、お姉ちゃん。チェ・ゲバラって人のこと知ってる……?」

「キューバ革命の英雄か」


 私が答えると、カグヤは二人分のカップをテーブルに並べながら微笑んだ。


「やっぱり博識だね、お姉ちゃんは」

「たまたま知っていただけだ」


 私はカップを一口含む。


「おいしい?」

「ああ。……ゲバラがどうした?」

「知ってるならわざわざ言うまでもないことだと思うけど」


 そうカグヤは前置きして、キューバの英雄について語り出した。


「まず、キューバ革命については知っているよね」

「簡単に言えば、アメリカ合衆国に対する独立運動だ」


 当時の中南米の国々のほとんどが、北米に位置するアメリカ合衆国の圧政を受けていた。と言っても、これには複雑な事情が絡む。そもそも、ゲバラ自身も複雑な人物だ。

 彼がキューバ革命の指導者となるきっかけは、一つの国の惨劇を目の当たりにしたからだ。

 当時の大統領であるグスマン大統領は、独裁政権によって悪化した国の惨状を修復しようと奮闘していた。これをグアテマラ革命と呼ぶ。無論、全ての政策が完璧だったとは言わないが、彼なりに努力していたのは間違いない。その頃はグアテマラの春と呼ばれ、国民たちは平和を享受していた。

 しかし、グスマン大統領がアメリカ傘下であるユナイテッドフルーツの所有地に改革を実行しようとしたことで、アメリカに敵視される。

 その結果、グアテマラ革命の恩恵は全て消失し、長い戦乱が開かれることになった。その経験によって、ゲバラは武力による革命が必要だと考えるようになる。


「フィデル・カストロという反乱軍の指導者と偶然出会ったゲバラは、ゲリラ戦を繰り広げ、戦いの最中に貢献を認められ司令官コマンダンテとなり、最終的にはキューバの独裁政権を打ち破った」


 その後は、政治家としてキューバ政府の仲間入りを果たす。しかしキューバを裏から牛耳っていたアメリカが黙って見過ごすはずもない。アメリカはグアテマラに駐留する傭兵部隊をキューバに派遣したが、これをゲバラは撃退した。


「でも、この人は理想主義者過ぎたみたい。アメリカは嫌いだったけど、キューバの国交相手であるロシアも、彼は大好きであるとは言い難かったみたい」


 ロシアの外交姿勢に文句を言ったゲバラは、キューバに迷惑を掛けないために国を後にする。そして、圧政に苦しむ人々を救うべくコンゴ共和国に渡ったが、失敗。今度はボリビアで革命を起こそうとして、その生涯の幕を閉じた。


「チェ・ゲバラさんは、いい人だったんだと思う。今の私たちから見ると、思想的に共感できない部分もあるけれど、たぶん彼はみんなが苦しまないような世界を作ろうとしていただけだった。けれどね……この人はボリビアでは受け入れられなかった」


 ボリビアでのゲバラの扱いは散々なものだった、という話はいくつかのデータに残っていた。

 結局のところ、ゲバラはキューバの英雄であり――後々、南米の英雄と呼ばれるまでに至ったとしても――当時の人々の全員が、関心と尊敬を持っていたわけではなかった。

 英雄は、無名として葬られた。死体も酷い状態だったという。


「気をつけてね、お姉ちゃん。ゲバラさんのようにならないで」

「私と彼では状況も立場も思想も違う。心配するな」

「うん……わかってる。でも、気をつけて」


 カグヤの警告を胸に刻むべく、私はコーヒーを飲み干す。

 優しさの中に、苦みが混ざった味だった。



 ※※※



 茶色の布で覆われた天井には、月明かりがうっすらと浸透している。


「目が覚めたようだな」


 私は寝かされている簡易な藁ベッドから身を起こし、発言主へ視線を送る。

 エリシャが壁に寄り掛かっていた。腕を組んで私を見下ろしている。


「服はどうした」


 全裸だったので訊ねる。彼女は顎で指し示した。血に汚れた服が、丁寧に畳まれている。


「残念ながら血は渇いてしまった」

「そうか。仕方ない」


 服は、また仕立てればいい。

 人命が失われるよりはマシだ。

 エリシャしかいないので、私は堂々と立ち上がり服へ手を伸ばす。傷口を見ると完璧に修復されていた。


「お前の身体を調べたが、基本的には私たちと変わりないようだな。人間の、女だ。胸もあれば子宮もある」

「人が寝ている間に検閲とはいい趣味をしてる」

「どうせお前たちだって私たちの同胞を捕らえ、声にするのもおぞましい所業を行っていたのだろう。それに比べれば、可愛いものだ。違うか?」

「否定はしないが、私は関わっていない」

「ふん、どうだかな」


 エリシャは半信半疑の眼差しで私の着替えを堂々と見つめる。しかしそれは決定的な進歩だ。少なくともエリシャは、話を聞く耳を持っている。


「それで、質問はなんだ?」

「何?」

「とぼけるな。わざわざお前が私の監視に付く理由もないだろう」

「どうかな。私以外の者にお前の相手が務まるとは思えない。……強いて言うなら、それについてだ」

「精霊術についてか。……私よりお前の方が詳しそうだが」

「つべこべ言わずに話せ。なぜ異世界人であるお前が私たちの世界の力を使えるのか」

「少し、長くなるぞ」


 服を着替え終えた私は、エリシャと向かい合うようにして藁の上に腰掛ける。

 そして、重要な部分を簡潔にまとめて精霊術を使えるようになった経緯を話した。


「有り得ない。嘘を吐いている……と一蹴するのは簡単だがな」

「信用してくれるか」

「完全に、とはいかない。そもそも、例えこの話が真実だったとしても、お前は私たちの同胞を殺した罪人だ。まさか無条件で信頼しろ、なんていう傲慢な考えはしていないな?」

「もちろんだ。赦す必要はない。ただ……」

「ふん」


 エリシャは気に入らないといった様子で鼻を鳴らす。

 しかし、ずっと肌身離さず持っていた槍を床に置いて、私の対面に胡坐をかいた。


「お前たちは奇妙だ」

「その評価は当然だ」

「……容姿や文化のことじゃない。そんなことはわざわざ口に出す必要もない。お前たちは意味不明だ。理解不能だ。……なぜ殺された方と殺した方が共存できている。お前だけじゃない。先日捕縛した連中もまた、互いを庇い合っていた。我らの同胞が異世界人を庇い、異世界人が同胞を守ろうとしていた。なぜだ?」

「お前たちコリク族は単一の種族か?」

「他の部族を受け入れたこともある……我らとの戦いで敗北した者の子孫も、ここにはいる」

「なら、それと同じことだと言えば、完全な理解はできなくとも、その一端くらいはわからないか?」

「理屈はな。でも、理屈だけだ。それだけでは何の意味もない。正直なところ、戦争が終わったとお前たちに言われても、私は信じることができない。……愛する者、家族が殺されて……殺した相手に……だが……お前はたぶん、私の……家族を殺していない」


 エリシャは苦悩するようにこめかみを片手で押さえた。


「先程はグィアンがお前に絆されたと言ったが、私は奴の幼馴染だ。あの男がお前の軍門に下るような男ではないと知っている」

「随分、あいつを信用しているんだな」


 グィアンやリムルとの会話の中で、コリク族の名前が出たのは今回の騒動が初めてだ。つまり、彼女は全盛期のグィアンの強さをまだその目で見ていない。

 なのに、信頼が揺らぐ素振りがないというのは少し異常にも取れる。私が言えた義理ではないが。


「一応、婚約者だからな」

「そうか…………何?」


 その単語を聞いた自分の顔がどんな風になっているのか想像したくもない。


「何だ、その顔は。……ふん、そう言われたこともあった、というだけだ。私はコリク族の長の娘、彼はヴォル族の導師の息子。元々、ヴォル族とコリク族は友好関係にあったんだ。互いの文化を尊重し、共存の道を歩むという未来を模索したこともあった。だが――」


 戦争が全てをぶち壊した。

 その一言は、私の心を殴打する。


「母を殺されて、父は人が変わってしまった。……私に精霊術を教えたのはスウゼンと父だ。しかし……父はもう精霊術を使えなくなっている。私も父という師を失い……しかし故郷であるこの地を離れることもできず、精霊術の体得にこれほどの時間を掛けてしまった。父は……焦っていた。一族を守るための力が必要なのに、私が力を上手く使いこなせないから」

「その焦燥は……」

「言うな、シズク。……わかっている。その教えをかつての父と、スウゼンから受けたのだから」


 精霊術を行使するためには、慈愛の心を持たなければならない。

 復讐心に駆られたり、ただ人を殺そうという悪意で用いようとすれば、精霊は応えない。

 憎しみを募らせれば募らせるほど、その感情を晴らすための力は遠のいていく。


「私自身、完全にこの力を制御できているとは思えない。だが、動機は明瞭だ。家族を守る。そのために、精霊から力を借り受けている。もし、お前たちと戦わずに済むのなら、それに越したことはない。お前たちの強さは嫌というほど知っているし、ましてや戦意がないのならば……だが……」

「お前が戦いを望んでいなくとも、他の者は違う」

「しかしその者たちも私の家族だ。どんな理由があろうとも、他者に傷つけられるのを黙って見過ごすわけにはいかない」

「……それは、私も同じだ。悪いとは思うが……」

「やはり、平行線に終わるか。薄々勘付いていたがな」

「どうしても、無理か?」


 立ち上がったエリシャに訊ねる。エリシャ当人には戦意がない。ただ、家族を守りたいという願いだけだ。しかし、重なった誤解の渦が、彼女の真意を捻じ曲げる。


「無理だ。家族は、お前たちを殺そうとするだろう。例え譲歩の結果和解が成立したとしても、それは……恐らく、私たちに有利なもの……対等なものではない。そしてお前はそれが気に入らない。そのことを糾弾するつもりはない。もしお前が私たちを支配しようとしているなら話は別だが、お前からは……いや、お前の仲間たちからも、そのような邪な気配は微塵も感じなかった。ただ仲間を守りたいという願いしか」

「それなのに、ダメか。別の道はないと?」


 交渉決裂と言わんばかりに立ち上がったエリシャが答える。


「もしそんな道があるというのなら、それはお前が提示するべき道だ。私たちに、求めるものじゃない」


 エリシャは槍を携えて去って行く。

 溝が縮まったと思ったが、それは私の独りよがりに過ぎなかった。



 ※※※



 それは小休憩中に突然湧いた素朴な疑問だった。


「でも不思議です。シズクたちは私たちより仲がいいのに、喧嘩……戦争になっちゃうなんて」

「リムルにはそう思えるのか。……世界が一つになったと言えば、確かに聞こえはいいかもしれないが」


 私たちの世界は管理政府に統括されている。様々な部族が無数に存在するこの地のインディアンたちと比較すれば、確かに仲が良いと思えるかもしれない。

 だが、互いに納得し合って一つになるのと、無理やり命令されて一つの場所に閉じ込められるのとでは話が違ってくる。


「私たちの統一は……相互理解の結果じゃない。戦争の果てに地球が深刻な状態となり、妥協案の末に一つとなったに過ぎない」


 かつて大国が小国の民族を切り貼りして民族紛争が発生したような手順を、全人類の規模で行う羽目になっただけだ。

 当然、反発は起こる。世界大戦ほど大規模ではなかったにせよ、たくさんの争いが起きた。

 そして、大部分はその闘争を見て見ぬ振りした。ただでさえ人口過多で困っているのだ。自発的に人口を減らしてくれると言うのに、なぜ止める必要があるのだろう。

 必要なことだと言い聞かせて、人々は殺戮を見て見ぬ振りした。

 その反動が自分に返ってくるとは夢にも思わずに。


「無理矢理一つにすればいいというわけではないんだ。理解を重ねた上で手を取り合わなければ、不満が募って殺し合うだけだ」

「だから、シズクは私たちと、ゆっくり馴染もうとしているんだね。尊敬します」

「もしすぐに誰とでも仲良くなれるのなら、それに越したことはないんだがな」


 理想論、と一蹴するつもりはない。

 だが、私にはできないことだ。

 きっと、そんな夢のような方法が可能なのは……。


「わっ」


 私はリムルの頭を優しく撫でる。

 リムルは戸惑いながらも嬉しそうに顔を赤らめた。


「な、なんですか、シズク。もう……」

「私はお前たちに期待している。……それまでは、私たちが守る。約束だ」



 ※※※



 結局、その後一睡もできずに、コリクの戦士に呼び出された。

 私に対して警戒心を露骨にする戦士は、ぶっきらぼうにここに座れと命じる。

 雪の上に座らされるのは冷たさを感じるが、せいぜい服が湿るぐらいで不快感をもたらすことはない。この程度の寒さはGMHには何の苦でもない。

 平然としている私の様子が面白くないのか、何人かの戦士は憮然とした態度をとっているが、中央に佇むエリシャだけは同情的な眼差しを覗かせている。

 だが、その心情自体に特別な意味はない。相手を哀れみながらも必要だと判断すれば、平気で人を殺せるのが人間だ。

 だから、その情念を意味のあるものにするためには、私が提示するしかないのだ。

 新しい道を。可能性を。


「総督……!」


 慄くような声を交えて、先んじて捕らえられていた捕虜たちが運ばれてくる。

 GMHの隊員は精神的な疲労が見て取れるものの肉体的には健康だ。

 顕著なのは、インディアンヴォル族のスカウトの方だった。

 GMHとインディアンの身体性能の差が表れている。

 焦燥を隠せない兵士は、仲間のインディアンの隊長を心配しているようだ。


「本当にあなたがここにいらっしゃるとは……!」

「黙れ、トレリアン!」


 戦士が驚く兵士を殴ったが、それに対して反目したのはヴォル族のスカウトだった。

 それらを多くの戦士たちが異常視する中、エリシャだけが真摯に眺めている。

 最後に連れて来られたグィアンと、彼女は視線を交差させた。


「己の心に従え、エリシャ」

「従っているとも。私はコリク族の娘だ、グィアン」


 そこには一種の諦観も滲み出ていた。彷彿とするのはシャルリの面影だ。

 彼女も選べなかった。どちらも等しく大切だったから。

 そして自らの後始末を自分でつけた。あの時の私は無力だった。

 大切なものを何も見えていなかった。しかし今は、違う。

 捕虜が全員集められた後、族長が姿を現した。

 復讐にその身を支配されている男。

 壊れてしまった人。


「異世界の怪物と、落伍者」


 俺たちはそんなものじゃない、とスカウトの一人が声を張り上げたが、ゼデットは聞く耳を持たない。ただ憤怒を蓄えた眼光で、捕虜たちを見回すだけ。

 嘲笑うのであれば、対処は簡単だった。

 差別をするのであれば、方法は明確だった。

 しかし、憎悪する場合は……。


「戦争は終わったなどと世迷言を振りかざし、我々を騙そうとしている堕ちた者ども。ふん、そのような者どもを、我らの聖地に誘ってしまった。必要なこととはいえ。これは大いなる罰。精霊が我らに与えた試練だ。その試練に応えるために、この悪霊の化身たちの血で、聖なる大地を浄化しよう」

「……処刑、なさるので?」


 エリシャが訊ねる。声音には失望が混じっていた。


「当然だ。これ以上、悪鬼をのさばらせるわけにもいかぬ」

「しかし他の連中を誘き出す囮に使えるのでは?」

「死体を野ざらしにしておけば否が応でも現れる。そうだろう? そこな女は多くの怪物どもに好まれているようだからな」


 下劣なアイデアを口にするゼデットだが、彼の瞳に愉悦や快楽は映っていない。

 ただそうした方が良さそうだから。

 みんなの気持ちが晴れるように思うから。

 罪を償える気がするから。

 彼自身に、私たちを侮辱したり苦しませようとする意志はない。ただ機能だけが生きた亡者だ。

 復讐心に囚われた人間は得てしてそうなる定めがある。

 気付くと、己が復讐する相手と思考回路が似始めるのだ。

 グィアン以外の味方が怒りと恐怖に震え、ゼデット自身も形だけの悪辣な笑みを浮かべているが、エリシャだけはじっと様子を見守っている。

 私は彼女を見上げた。彼女は私を見下ろす。

 今のままでは立場は対等にならない。同じ高さで相手の瞳を見て、初めての対等だ。


「早速始めろ」


 ゼデットが命じると同時に、周囲の戦士たちが弓を構える。処刑の名誉を預かったであろう戦士が刃渡りの長いナイフを私へと向け、心臓を一突きしようとする。

 その瞬間に、私は行動を起こした。ロープを前回と同じ要領で引きちぎると、突き出されたナイフを、相手の右腕を捻ることで落とさせる。


「誰も殺すな!」


 私は命令と同時に、ナイフを味方の兵士に投げた。彼らは衰弱するインディアンのスカウトの救出と護衛を始める。

 私は拳を握りしめて、近場の戦士に殴り掛かった。気絶させるのは容易いことだ。少し離れたところでは、彼も周りの戦士を気絶させている。弓を奪って、捕虜を射的しようとする戦士の腕だけを射抜いて止めた。


「何をしている! 殺せ!」


 ゼデットが吠える。猛々しい叫び声をあげて戦士たちが突撃するが、敵を威嚇するというよりも、畏縮する自分たちを奮い立たせるための咆哮に聞こえた。

 実際、彼らの士気は高くない。強さを目の当たりにして委縮している。戦うふりをして、遠くから観察するだけの戦士も混ざっていた。彼らの視線の先にはエリシャがいる。

 コリク族最強の戦士であるはずのエリシャは、私たちの戦いを傍観していた。槍は片時も手放さず、戦うべき時とその相手を吟味しているようにも見えた。


「怪物! 怪物が!」


 斧を振り回す戦士が叫ぶ。奮起というよりは、怯えから放たれる威嚇のようにしか聞こえない。最低限の攻撃でできるだけ怪我を負わせないよう気絶させて、今度は槍を持つ別の戦士を、柄を掴んで、柄の反対側による強打でダウンさせる。

 二十人ほど戦闘不能にした辺りで、ゼデットが忌々しそうに憤慨した。

 そして、伝統衣装の懐へ手を伸ばす。そこから出てきた武器に私は目を見張った。


「何……!?」


 咄嗟に精霊術を展開――間一髪のところを防ぐ。

 味方への損害を。

 自身の左肩を貫いた衝撃は、致し方ない。

 エリシャは驚愕の眼で父を見た。


「父様――それは」

「連中を殺せると言うのなら、私はどんな力でも使う! それが悪しき敵の道具でもな!」


 拳銃を右手に構えるゼデットは銃の扱い方を完璧に体得した上で、私の背後に控える衰弱したインディアンのスカウトたちに照準を合わせていた。

 彼は憎悪に満ちた表情で私に銃口を向ける。


「何が和平だ、交渉だ! メリサは連中に……殺された!」


 発砲音が立て続けに響く。私は精霊術で銃弾を防いだ。

 彼は荒い息のまま、私に詰め寄ってくる。


「ただ殺されたわけではない! 連中は嗤いながら……私の妻を嬲り殺した!!」


 撃ち尽くしスライドが開いたが、かの老人はマガジンを排出して、予備の弾倉を交換した。弾丸が防壁に潰されてもお構いなしに、銃弾を放ってくる。


「お前たちはバケモノだ、怪物だ! 断じて人間などではない! そんな者たちと交渉の余地などない! 全滅させるのが道理だ! 世界の敵として!」


 彼には同情の余地がある。復讐する権利は確かに存在する。

 彼だけを一方的に責められる事案ではない。しかして、殺した側も……到底許されることではないが……私には、その気持ちがわかる。

 嗤うしかなかったのだ。ホワイトベレーたちは。

 それくらいしか、彼らに逃げ道は残されていなかった。

 殺人に快楽を見出すしか。

 しかし、だとしても。


「殺されていい命など存在しない。殺人は罪深き行為だ。人を殺すのは、一種の諦めだ。殺すしかないという己の無力さの証明だ」


 銃弾は壊れていく。しかし、途切れることなく装填される。

 ゼデットの感情も、もはや取り返しのつかない段階になりつつなる。

 否、これは諦観。自分の無能さの露呈だ。

 私には、できない。

 だから、私にできることをする。

 足を踏みしめて、滑走。銃弾を避けながらゼデットに肉薄し、銃を取り上げて転倒させる。

 そして、仰向けに倒れたゼデットに銃口を向けた。


「あなたの動機は理解できる。それでも私は、あなたに殺されることだけは避けなければならない」

「だから、赦せと? ふざけるな」

「赦さなくていい。私を憎め、呪え。くっ……」


 構えた拳銃が恐ろしく震えている。銃口はあちらこちらへと傾き、どうにかして押さえようと左手を添えたが、それでも震えが止まらない。


「くそ……この」


 カチャカチャと喧しい音を立てて、思い通りの狙いを描けない。指を引き金に近づけようとするたびに身体が拒否反応を起こして、磁石でも内蔵されているかのようにトリガーガードに人差し指が吸い付いてしまう。


「私は、こういう人間だ。弱く、愚かで……どうしようもない殺人鬼。……ドレッドノート、などと呼ばれたこともあった。当時はみんなを救おうと必死だった。結果として、仲間のほとんどを死なせた。兵士としても、人間としても、不良品だ」


 私はエリシャを見つめた。彼女は私を見ている。周囲の喧騒は収まっていた。

 グィアンは弓を構えて、いつでもゼデットを殺せるように待機しているが、私は首を横に振って弓を下ろさせた。

 拳銃の震える音と、私の震える声が、雪の降る広場にこだまする。


「もしみんなが思い描くような英雄なら、誰しもが認める最高の人間なら、きっとこのように愚かな事態は引き起こしてないんだろう。でも、私は違う。英雄なんかじゃない……泣き虫で、弱者で……最低最悪な、人間だ。だから……」


 震えを止めるために精霊術で腕を固定する。これで弾が外れることはなくなった。当時のように精確な射撃はできないが、それでも、人を殺せる。


「私には、これしか思いつかない。エリシャ……お前も、私を憎んで恨み……復讐しろ。その権利がお前には、ある」


 一晩寝ずに考えても、私はこれ以上に最善な方法を思いつかなかった。

 相手に交渉の意志があれば、他に方法があったかもしれない。

 もしくは、ネゴシエーターが私よりも有能な人間ならば。

 でも、私には無理だ。

 血に汚れた……血塗れの私では。

 だから、私は。

 ゼデットを殺す――。


「私は、赦されざる者だ。だから――」

「そうだな。お前は罪人だ。殺人者だ」


 エリシャがようやく動き出した。槍を握りしめて、私たちへと歩み寄る。


「これは因果応報……当然の報いだ。いくらヴォル族と共闘関係に至ったとはいえ、やはり、お前は殺したのだ。罪なき我らの同胞を。どんな理由があろうとも、その罪が消えることはない」


 エリシャは私の傍で立ち止まった。槍の柄を両手で握りしめ、振り上げる。

 私は冷や汗を全身に掻いて、目を瞑る。自らが刺し貫かれた瞬間に、ゼデットをこの世から葬る。エリシャは賢明だ。捕虜たちを解放してくれる。

 そして、私の優秀な仲間たちも、私の弔い合戦などが起きないよう手配してくれるはずだ。

 だから、大丈夫だ。ドレッドノートはもういらない。

 後は――その時を待つ。

 最後の時を。


「だとしても、自らが犯していない罪まで背負うのは、傲慢すぎる」


 槍が振り下ろされて、血しぶきが上がる。

 私は呆然と血まみれになった自分の身体を見下ろした。

 同じく血を浴びたエリシャと。

 血をまき散らした超本人であるゼデットを。


「父様、あなたは疲れすぎたんだ。全てを背負って生きて来た。だから、母様が死んだのも自分のせいだと思って……無理をし過ぎた」

「おお……エリシャ……」


 父親の心臓を貫いた槍を右手に掴んだまま、彼女は姿勢を低くする。死にゆく父親の顔を、気丈の眼差しで見つめ続けた。


「心配しなくていいよ。私は父様のおかげで強くなった。まだ完璧とはいかないけれど、昔懐かしい幼馴染がいる。彼なら私にちゃんと力の扱い方を教えてくれるさ。それに、この女は……他のトレリアンと違ってくそ真面目みたいだ。小さく弱い人間のくせに、世界の罪全てを背負おうとしている。相応に生きればいいのにな」

「メリサ……の仇は……。彼女に、報いなければ……」

「大丈夫。実はな、私が悩んでいる時に母様がやってきて、私に言ったんだよ。父様を癒してやってくれって。父様はもう十分に働いた。だから、もう休んでいい。母様といっしょに……眠っていいんだ」

「いいのか? 私は、赦されたのか……?」

「みんながどうかは知らない。でも、私と母様はずっと父様の味方で、家族だ。――愛しているよ、父様」


 エリシャは微笑んだ。ゼデットは苦悶に喘ぐ表情を……穏やかな笑みに変える。


「ああ――愛しているとも、エリシャ」


 復讐に囚われた男は、最後に笑って死者の国へ迎えられた。

 私は拳銃のセーフティを掛けて、ゆっくりと雪の積もる地面に置く。


「エリシャ……」

「と、いうことだ。聞け、みんな! 今日から私が族長だ! 異論のある奴は武器を持て! 掟に則り、挑戦を受けよう! どうだ!?」


 エリシャの呼びかけに異論を挟む者はいない。名実共にエリシャはコリク族の族長へと昇格した。


「では、シズク・ヒキガネ。トレリアンのリーダーよ。それと、グィアン。ヴォル族の導師。コリク族の族長として、私には対話の用意がある。捕虜を解放し傷の手当てを終えたら、今後について論議を重ねよう。……周囲で待機しているお前の仲間には武装を解かせろ。仲間が怯える」


 その言葉で、いつの間にかコリクの集落が数十機のバトルキャバルリーに囲まれていることに気付く。バックアップ担当のフォルシュトレッカーと、レンジャーカスタム三機もいる。結局、みんなついて来てしまったようだ。


「アウェル」

『はい、なんでしょうか隊長』

「キャバルリーを集落から引き離せ。シャリーにも同じ命令を伝えろ」


 リングデバイスに語り掛けた途端、周囲の戦闘騎兵が洗練された動きで集落から離れていく。

 懸念すべき問題がなくなったことを確認し、私はグィアンに微笑みかけた。

 ゼデットへの哀悼の意を忘れずに。



 

 エリシャとの交渉はスムーズに進んだ。彼女はこうなることを予測していた。

 昔馴染みのグィアンが私との間に入ってくれたことで、数日は掛かる見通しだった議論はたった二日で終了した。もちろん、私たちが嘘をついたり約束を違えれば、コリク族は憤るだろう。

 そして、私たちと交わした契約を反故にされた場合、私たちは抗議をする。

 対等な関係。どちらが上でも下でもない、理想的な関係だ。


「グィアン、お前はコリクの戦士と寝食を共にしろ。シズク、お前は私の家に来い」


 そうエリシャは私を誘い、すっかり日の暮れた寒い夜の中、エリシャと同じ部屋で私は過ごしている。ほぼ初対面の人間との宿泊はあまり居心地の良いものではない、というのが本音だが、なるべく顔に出さないようには務めた。

 彼女が悪人ではないとわかっているのだから。


「ふん、そんなに私と二人きりが嫌か。腹を刺したことを気にしているのか?」

「そんなことはない。ただ……私はあまり他人とコミュニケーションを取ることが上手くないんだ」

「こみゅにけーしょんとは何だ?」

「……話だ、話。私は話下手だ」

「それは私も同じだ。なら、何も問題はなかろう。それに、これは必要な儀式だ。互いの部族の代表者が、食事と睡眠を共にする。永続的な友好関係を築くためにも、な」


 エリシャはゆったりした服に着替えている。戦士装束の猛々しい印象から、彼女は一人の女であると強く自覚させるような容姿だ。

 彼女の美貌は目に見張る。それが私の心を不安定にする。


「しかし、確かに手持無沙汰。話す話題も思いつかない。夜はまだ長い……絆を築くために同伴しているのに、気まずくなったのであれば意味がない。ふぅむ」


 エリシャはしばし考え込み、


「では、交わってみるか」


 と気楽な調子で空恐ろしいことを告げた。


「……それは、どういう意味だ?」

「理解できないわけではあるまい。人間であり、そして女なのだから。これがもし男と女だった場合は、そうなっても何も不思議ではなかった。まぁ、あのグィアンのような堅物なら話は別だろうが。人と人とが手っ取り早く絆を深めるなら、これ以上に適切な行為があるだろうか」


 さも当然のような口調でエリシャは立ち上がると、私の肩に手を置いて耳元で囁いてくる。


「そちらの文明がどうかは知らぬが、こちらでは普通のことだ。お前たちはこちらに馴染んでいくのだろう? なら、合わせるのも礼儀だと思うが」

「いや……しかしな……きゃっ」


 自分でも聞いたことのないような声が漏れ出る。エリシャは私を押し倒し、妖艶な瞳で私を見つめ、そっと唇を近づけて――。


「ふっふっふ、あはははは」


 堪え切れないように噴き出した。

 私は困惑し、硬直するしかない。


「な、何……な」

「何だ、期待したか? いくらなんでもそんなことはしない。同性愛に勤しむ同胞もいるが、私は族長の前に戦士だった。そんな暇はなかったし、恋い焦がれてしまうような女も、ましてや男もいなかったよ」

「つまりは冗談、ということか?」

「戦っていた時の勇ましさはかけらもないな、シズク。……だからこそ、お前を信用できる。お前はみんなに尊敬され、崇められているようだが、お前自身はただの女だ。年相応の少女、と言ったところ。何で私はお前に槍を向けたりしたんだろうな。いや……相手が誰であれ、戦いの後にはいつも思うことだが」


 私は倒れた身体を戻して、咳払いをした後に応える。


「戦っている時は……どうしても盲目的にならざるを得ない。相手の事情や背景などお構いなしに……ただ敵を倒す、或いは殺すことを考えるしか」

「道理だな。ふぅむ、やはりお前はそっち方面には詳しいが、こっちの方は疎いのか。……ますます私と似通っている。と言っても、お前ほどの初心を見たのは初めてだ。そんなにいいカラダをしているのに」

「これは生まれつきだ」


 別に女らしい身体付きで生まれたかったわけではない。まぁ、その条件は全員同じだろうし、GMHはまだ自然生まれよりは容姿にスポットを当てると恵まれているので、文句は言わないが。


「お前は私が見てきた中で、最高の女だ。もしお前にその気があったのなら、本気で抱き合ったかもしれない」

「褒められている、と解釈しておく」

「褒めているよ。お前たちの出自はそう……自然の法則に反するものかもしれないが、それでもお前たちは美しい。同胞がお前たちを警戒するのは、当然その行為が主な原因ではあるが……その麗しさもまた、一つの要因かもしれないな」

「それは……それは、私たちにも言える」


 私はエリシャの肌を見つめた。自分の手の白さとエリシャの浅黒い肌を見比べる。


「私たちの世界で、有色人種はデリートされた。これは白人至上主義の産物、なんてものではなく、色の有無によって、旧人類に争いごとが絶えなかったからだ。その原因を絶つために、私たちの祖先は色を消した。愚かな私たちの先祖は、見た目が違うというだけで、優劣を決めたがった。中身ではなく、見た目で。私自身にそのような差別意識はないつもりだ。もちろん、無意識的にお前たちに失礼な行為をしているかもしれないから、注意を怠ることはない。だが、やはり、お前たちを見て恐怖を感じる同胞は確かに存在していた。今でも……少数ながらいる。彼らは今、その壁を打ち破ろうともがいている。……私たちの同胞が、不必要な殺戮に手を染めたのも、政府の脅しが主原因ではあるが、副次要因として違いを怖がったからとも、分析できるんだ」

「つまりはどちらも恐れていた、か。まぁ、そんなものだろう。人が人を殺す理由なんてものは。お前なら知ってるだろ」

「ああ」


 エリシャの冗談から派生して会話は弾んだが、これは望んだ方向性だったのだろうか。

 また新しい沈黙の闇が訪れようとしたが、その前にエリシャは軽く笑いを漏らした。


「ダメだな。茶化そうとしたはずなのに、真面目な話になってしまった。今更お前と差別について……まぁ、必要な時はいずれ来るのは否定しないが……話したかったわけでもないのにな」

「共通の趣味でもあればまた違うだろうが」

「ふむ、では趣味について話し合うか?」

「……思い当たるのか? お前と、私で?」


 まだ出会って一週間も経っていない、おまけにかつては住む世界が違った同性との共通項など、私には思いもつかない。

 しかし、エリシャは含み笑いをしながら女らしいトークを詳らかにした。


「男だ。どうやら好みは同じらしいしな」


 飲み物を口に含んでいなくてよかったと心の底から安堵する。

 激しい咳と共に私は訊き返した。聞き間違いだと思いたいが、GMHの聴覚は耳を直接吹っ飛ばされでもしない限り正常なのが残念だ。


「慌てるな生娘」

「なぜ男の話になる! それに……共通だと? バカな、私の趣味をお前が知るはずが」

「グィアンに惚れてるだろ。だが、直接交わうまでにはいっていない」

「何のことだか私にはさっぱりだ」

「ここでシラを切るとは……大胆だな。しかし、もう遅い。というかグィアンに訊ねたら素直に教えてくれたぞ。シズクと付き合っていると」


 アウェルが用意してくれた枕を殴る。しかし気持ちは一向に晴れない。


「自分の苦手な話題を追及されると、癇癪を起した子どものように振る舞うなお前は。立派な戦士が形無しだ」

「私は戦士じゃない。その話題を一刻も早くやめろ」

「やめてもいいが、いいのか?」

「……何がだ」


 聞きたくないが、聞かないと恐ろしいことになりそうなので訊ね返す。

 くそっ。この女がこんな厄介な性格だとは思わなかった。ニカの方がまだマシだ。


「盗るぞ? 元々、私の婚約者だ。私が手を出しても何ら不思議ではない。そうとは思ないか?」

「なっ……は? ふざけるな。あいつは私の」

「お前の?」

「かれ……ボーイフレンドだ」

「言葉の意味ははっきりと理解できないが、逃げた言い回しなのはわかった。身体は大人でも、精神は子どもみたいだ」

「私は子どもじゃない」


 顔を背けて、腕を組む。腕組みは拒絶の意志の表れでもあるが、エリシャに通用するかどうか。


「その態度がまさに子どもだ。全く、人命が掛かった時の勤勉さとは対応が真逆で、笑いそうになる」


 やはりエリシャには通じない。そもそも腕組みには拒絶の意だけではなく、肯定や賛同などのポジティブな意味も含まれるので、大した意味はないと思い出した。


「油断するなよ? 男っていうのはしっかりと手綱を握っておかないとふらふらとどこかへ行ってしまう。それに平然と別の女にも手を出す。うちの集落でも何人かそういう不届き者がいて、あまりに酷いとタマを――」


 ストン、と手刀を落とす仕草をエリシャがする。そんな恐ろしい刑罰がコリク族の間で行われているとは知らなかった。


「まぁ、そこはどうでもいい。私が言いたいのは、本気であいつに添い遂げたいなら、さっさと済ますことを済ませと言いたいだけだ。お前は無自覚とは言え、私から婚約者を奪ったんだぞ? なのになあなあと無駄に年月を過ごしているだけなら、私が隙あらば奪ってしまおうと目論むのも、おかしなことではあるまい」

「いや……う……」


 それはおかしい。

 という正論が喉元でつっかえて出て来ない。

 ああ、本当に厄介だ、恋愛というものは。母さんはどうやって父さんと巡り合い、私を出産する経緯になったのだろうか。

 私のように至らない状態に陥ってはいないはず。精神的に参ってしまう。


「ふん、まぁ、私も悪霊ではないし、まだ時間は掛けてもいいとは思うが、だからと言って忘却の彼方に押しやるのはダメだ。……ふぅ、これですっきりした」

「すっきり? 何か抱えていたのか?」

「抱えていたに決まってるとも。やっぱり私はあいつのことが好きだったからな。族長ともなれば、数人の異性と結婚する同胞もいるにはいる。だが、私はそんなに多くの人間を愛せないし、そのつもりもない。伴侶は一人だけで十分だ。その一人を、また探しに行く」

「……すまな」


 と謝罪しかけた私の口に、エリシャは人差し指を当てた。


「それは禁句だぞ。感謝しろ。……それにな、争いがなければ、なんて仮定の話で結論を決められるほど、簡単な問題でもない。グィアンは本気でお前に惚れてるよ。常にお前のことを気にかけているのが、否が応でも伝わった。あれほど情熱的なあいつの瞳は見たことがない。もしやリムルやスウゼン辺りは、気付いていなかったかもしれないが、あいつを好きだった私には、わかる。お前を見る時だけ、あいつは他の人間を見る時とは違う感情を乗せている。諦めるしかないだろ、これは」


 清々しい笑みを浮かべて、エリシャは寝床の方へと移動する。格好良さすら感じる背中だ。


「これでわだかまりも完全に解けた。春の雪解けのようにな。お前とはいい関係が築けそうだ」

「お前は意地が悪いから、少しだけ不安だがな」

「そういう相手とも上手に付き合うのが人生のコツだぞ、シズク」

「肝に銘じておくよ、エリシャ。……おやすみ」

「ああ、また明日」


 その夜はぐっすりと眠りにつけた。一睡もできなかった三日前が嘘のように。



 ※※※



 コリク族との同盟が正式に決まったことを踏まえ、私たちは拠点であるアラモ砦に戻ることになった。帰還には数名のコリク族が同行し、こちらからもヴォル族と漂流者の人員を送ることになっている。

 同盟を馴染ませるために必要な措置だ。少なからずトラブルは起こると予想されるが、淡白に無問題で終わるよりも、ちょっとした問題を協力して解決した方が交流は上手く進む。


「バトルキャバルリーを一機、こちらに置いて行くが構わないか?」

「強力な兵器を集落の傍に侍らせて、私たちを脅す気だな」


 謳い文句は信頼関係に亀裂をもたらしかねない内容だったが、エリシャの表情は昨日私に冗談を口にしたそれと同じだ。彼女はもう私たちのことを疑っていない。となれば、後は他のみんなにも私たちを信じてもらえるように行動する必要がある。

 戦闘騎兵の駐留もその一環だった。大量破壊兵器を同盟地点に滞在させる……と書くと不穏さが滲むが、このレンジャーは武装を解かれた資材運搬用に調整された機体だ。それに、インディアンが操縦できるように改良されたOSもインストールされており、操縦方法さえ習えばコリク族だって動かせる。


「まぁ、練習はしてみるさ。グィアンが動かせるんだ。私に使えない道理はない」

「あの男と張り合うのは止めた方がいいと思うが」


 グィアンと何かを競おうとするといつも心がくじけそうになるので、私は比較を止めていた。そもそも私は一度もグィアンに勝利したことがない。最初の出会いの時も、リベリオン基地での模擬戦の時も。


「では、お前と競おうか? シズク」

「遠慮する。お前にも負けそうで怖い」

「そんな調子だと、あっちの方でも負けるぞ」

「……未練がましいな」


 昨日の会話を思い出して、私は眉を顰める。潔く引き下がっていてもらいたい。


「ならさっさと済ませることだな。何度も言うように」

「何を済ませるんだ? 何か忘れ物でもあったか?」

「何でもない!」


 グィアンが厄介なタイミングで割り込んできたので、私は声を張り上げてしまう。

 グィアンは訝しんだが追及はせず、同盟の証である木彫りの像をオフロードカーの荷台に乗せた。


「雪がいつ降り出すかわからない。天を司る精霊は気まぐれだ」


 四季という概念が存在するフロンティアは死んだ地球よりずっと住みやすいが、予測できないアクシデントを引き起こすという難点を抱えている。

 今までも、これからも私たちはこの惑星とよろしくやっていかなければならない。


「そうだな。早く帰ろう」


 グィアンに同意して、私は運転席へと飛び乗った。他のインディアンたちがGMHの身体能力の高さに不慣れな中、エリシャは素知らぬ顔のまま気にした様子はない。


「また会おう、シズク。ごたごたが片付いたら、そっちに向かう」

「ああ、また」

「グィアン、お前もな」


 エリシャは助手席側に近づいて、親しみの込めた笑顔をみせる。いつ接吻をしてもおかしくなさそうな雰囲気を醸し出したため私はアクセルペダルを踏み込んだ。エンジンが唸って、急発進する。

 バックミラーを見つめると、エリシャが噴き出しながら手を振っていた。


「くそ、あいつめ……」

「どうした?」

「別に何も」


 私はクラクションを鳴らす。しかし数人のインディアンたちが驚いただけで、エリシャは肩を震わせもしなかった。

 少々胃がむかむかする感覚を味わいながら、私は雪道に車を進めていく。


「綺麗だな」


 気分を紛らわせようと、話しかける。

 来た時も同じ道を通ったので、景観自体は変わらない。

 だが、私には違って見えている。グィアンもそのはずだ。


「ああ……お前に引けを取らないくらいに」


 ハンドル操作を誤って危うく事故を起こしそうになった。


「一体どういう風の吹きまわしだ……?」

「少し、考えたんだ」

「考えた? 何を?」

「今は忙しい。しばらくは似たような状況が続くだろう。ゼデットのように復讐心に取りつかれたり、単純に俺たちのことを気に入らないような連中はまだまだ出てくる。だが、いずれ落ち着く時が来る。その時は……」


 はぐらかすことはできる。誤魔化すことも。

 だが、いつまでもうやむやのままにするわけにはいかない。

 私はもう兵士じゃない。人間として生きると決めた。


「まぁ、そうだな。全く考えないというわけにもいかない。みんなの未来もそうだが……私たちの未来のことも」


 ミラーに映る私の顔は、赤くなっている。

 ……こんな姿を見られても平気な人間は、限られている。


「落ち着いたら、旅に出るか。二人で」


 こんな風に綺麗な場所を探しに行く。二人っきりで。

 それは、とても素晴らしいことではないだろうか。


「ああ、いいだろう」


 グィアンは同意してくれた。そのことが素直に嬉しい。

 自然と口元が綻んでいる。彼も微笑んでいた。


「じゃあ、急いで後進を育てないとな」


 やるべきことを口に出す。

 恐怖は根底に燻ったままだ。だが、彼といっしょなら付き合っていける。


「ああ。俺たちの役目を果たそう」


 返事が私の背中を後押しする。

 荘厳な雪景色の中を、走行していく。

 私たちが進む道の先には、常に希望が輝いていた。

 これからも、きっとそうだろう。

 だから私たちは、恐れを抱いたまま勇気を振り絞って進めるのだ。

 未来へ向かって。

これにてエクストラエピソードも完結です。

いかがでしたでしょうか。

もしシズクたちの物語を楽しんでくれたのなら幸いです。

読んで下さった方、ありがとうございました

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