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ドレッドノート 異世界開拓記  作者: 白銀悠一
第二部 エクストラエピソード
69/70

そして未来へ 前編

 その椅子は座り心地が良いとか、安心感が湧き出るなどという情念とは程遠い。

 ただ、こびりついている。骨の髄まで。切っても切り離せないほどに。

 もし無理矢理引き剥がそうとすれば……私の身体まで、ズタズタになってしまうことはわかるぐらいに。


「音声認識。起動シークエンス開始。バイオメトリクス認証……アクセス権限を解放。操縦権をシズク・ヒキガネ少尉に委譲せよ」


 馴染み深いシートの上で、私は機械に語り掛ける。

 自動音声はすぐさま了承の意を伝え、私は追加の指示を飛ばす。


「確認。各種システムを登録番号1224でコーディネイト。確認。流動装甲をキャバルリーモードへ」


 俯瞰モニターをチェック。白い球体が可動音と共に見慣れた姿へと変わっていく。

 バトルキャバルリーに騎乗を終えた私は、通信に耳を傾けた。


『隊長、それでは』

「ああ。標的はどこだ?」

『ルートガイドを表示します。表示に従ってください』


 アウェルに返事をし、メインモニターに表示されるナビゲート通りに道を進んでいく。アラモ砦の中では、複数のバトルキャバルリーが整備され、また任務を遂行するために移動している。その足元にはまた忙しなく動き回る整備兵や警備兵。

 事故を起こさないよう注意を払って砦の外へ赴くと、今度は景色が一変した。

 こちらに戻ってくる前の、戦闘に全てを注いでいた時や、精神的な変異によって世界が灰色に見えていた頃には感じられなかった自然の雄大さを、私はモニター越しに確認する。

 一面の銀世界。雪が積もり、世界を白く染め上げている。

 逞しく生きる針葉樹や枯れてしまう広葉樹に雪が覆い被さり、独特のオブジェクトを形成する様は、私たちがいた世界では見られなくなってしまったものだ。


「今日もいい景色だな、アウェル」

『この現象……降雪は、もうしばらく……後三か月ほど続くそうです』

「寒冷地仕様への変更は滞りないか?」

『レンジャー自体は元々真空にも耐えられる設計ですので、各部位を調整すれば良いだけです。影響は武装が顕著ですね。一部の武器が最大効力を発揮できません』

「……そうか」


 私は同意して、森の中を踏みしめていく。高速移動が可能なホースモードへの切り替えをオペレーティングシステムは提案してきたが無視を決め込んだ。

 不用意に森を傷つけたくはない。私たちは自然との共生を望んでいる。

 自然体系を破壊する気はなかった。かつてアメリカのフロンティアを開拓した開拓者たちのように。


『そろそろ目的地です、隊長。このような雑務をあなたにお任せするのは気が引けますが』

「案ずるな、アウェル。このような雑務をやっている時が一番気が休まる」


 元々、私はカグヤの貢献度を稼ぐためにこういう仕事をしていたのだ。

 いや、これよりは遥かに危険だったと皆口を揃えて言うのだが、私としては大した差を感じない。

 私は標的に目線を合わせる。両手に握る操縦桿の内、右手側のボタンを押してバトルキャバルリーの手を開く。ペダルをゆっくりと踏み込んで前進。

 標的を掴んで持ち上げる。……建材に適切な木を。


「本当は、これが本来の使い道だった」


 私は開拓用のキャバルリーの中で感慨に耽る。


『ようやく、正規の役割を全うできています。これも隊長のおかげ……いえ、総督とお呼びした方がよろしいでしょうか』

「やめてくれ」


 もはやホワイトベレーたちに浸透してしまった呼び名だが、せめて昔馴染みの仲間には呼んでほしくない。


『お戯れが過ぎました』

「そもそも私はもう隊長ですらない。呼び捨てでも構わないんだがな」

『それは有り得ません。私に、いえ、私たちにとってあなたは隊長ですから。私の先任……エミリー・コール少尉も同じ言葉を述べたでしょう』

「そうだな、それは間違いない」


 私は小さく笑いながら、作業を続ける。雪はそれなりの重量があるので、適時木を揺らして落雪させなければならない。

 その作業が意外とコツがいる。力を込め過ぎれば木は折れてしまうし、中途半端な振動では雪がほとんど落ちてこない。

 だから、自他共に認める実力者の私に白羽の矢が立った。

 しかし、今の私はエースパイロット、などと胸を張れる状態ではない。

 かつての私なら、実力を戻すためにトレーニングを重ねただろうが。


「今はこれでいい」

『隊長?』

「何でもない。続けるぞ。日が暮れる前に終わらせる」


 私は意識を仕事に集中させる。

 単純な作業だが、そこそこ時間が掛かった。

 これを人力で行っていた昔の人間には頭が下がる。



 砦に帰還した私は回収した資源を保管庫に納めて、レンジャーから降りた。

 服装がばらばらな兵士たちが一斉に敬礼をしてきて、私も適時敬礼を返しながら迎えに来たアウェルと合流する。


「例の服も流行してきたようだな」


 私が着込む服と同じ服に身を包む隊員たちが非常に多くなった。この服は機能性に優れた丈夫な衣服なので、激しい運動をしても破れたりなどしない。


「良いデザインだし、当然か」

「いえ、原因は服のデザインではないかと」

「どういうことだ?」


 砦内を歩きながら、並歩するアウェルに訊ねる。すると頭を抱えたくなるような返答が放たれた。


「あなたですよ」

「私だと……? まさか」

「お察しの通り、あなたに憧れて、皆あなたと同じ服を着ているんです。最近、開発室にはSAAの注文も多くなっています。もちろん、モデルはあなたの使用するキャバルリータイプです」

「どうにかならないのか」


 私はため息を吐く。そんな私に同情するどころかむしろ誇らしげに笑うアウェルは、書類の更新をするために砦内の事務室へと入っていく。

 私が外で待っていると、妙な視線を感じて背後へ振り返る。

 と、


「あ、あの……!」

「……君は?」


 初対面のため柔らかい口調で訊ねると、小柄な少女が顔を真っ赤にして、何かの紙を差し出している。不意に脳裏をよぎったのは、カグヤと共に見た映画の特典映像でファンにサインをしている俳優陣だ。


「サインはしないぞ?」

「サイン……? い、いえ! そうじゃなくて、受け取って欲しいんですけど!」


 私が着る茶色をベースとした配色の服と寸分違わぬデザインの服に着込む少女は、震える声で言う。腰のホルスターで携行しているのは、私がニカからもらったSAAだ。おまけにポシェットから僅かに覗く本の表紙には見覚えがある。

 虐殺器官。ニカからもらったものが私の愛読書だという噂が広まり、簡易コピー本が出回っていると聞いたことがあるが。


「受け取る……何かの報告書か?」


 私は訝しみながら内容を一瞥し、


「……これは一体?」


 どうにか咳き込むのは堪えた。


「わ、私――ヒキガネ総督のことが、好きなんです!」


 今の私なら、その言葉がどういう意味を持つのかわかる。

 名前も知らないこの子は本気で私に惚れている。一時の気の迷いかもしれないが、今彼女の心の中で熱く燃え滾る情念は間違いなく本物だろう。

 適当にあしらうこともできたが、それはそれで失礼な気がする。

 私はもらった手紙……ラブレター……を彼女に付き返した。


「すまない、君。私には既に、相手が……」

「――っ!!」


 この世の終わりのような表情になる少女。どうしていいのか私にはわからない。

 私が適切な言葉を探り終える前に、彼女は大声で泣き出してしまった。

 すると、今度は別の方向から怒声が響き渡る。


「誰だ! ミリィを泣かせやがったのは!」


 荒い口調で大声を出すのは、気の強そうな少女だった。好戦的なバリアント。

 彼女はその原因がミリィという名前の少女に立つ私だと認識したや否や、ものすごい剣幕で詰め寄ってくる。


「待て、誤解だ。君、ちょっと落ち着いて――」

「誰だか知らないがぶっ飛ばしてやる!」


 どうやら彼女は人の話が聞けない性質らしい。説明する前に拳が飛んできて、私の内部で瞬時に反撃からノックアウトするまでの戦闘理論が整えられる。

 だが、実行しなかった。殴打される寸前に後ずさりし、手で軽く防御しながら後退する。


「待て、君、少し話を聞いてくれ」

「うるせえ、ミリィを泣かせた奴は、私が成敗してくれる!」


 下がりながら拳をいなしていたが、壁際に追い詰められる。

 いつでも彼女をねじ伏せることはできただろう。

 しかし、力技で言うことを聞かせるような真似はしたくなかった。

 なので、私は防御を止めて、無防備な姿を晒す。

 そして、拳が顔面に直撃した。――否。


「これは――!?」

「一旦、落ち着いてくれ」


 顔に当たる直前で展開した精霊術――防御用ウォールによって、彼女の拳は塞き止められた。

 瞬間、彼女は私が誰なのかをようやく理解したらしい。

 顔を青ざめて、謝罪してくる。周囲にいつの間にか集まっていた部下たちは、眉を顰めて平謝りをする彼女を見つめている。

 このままではまずい。私は咄嗟に口を開いた。


「待て、誤解だったんだ。みんなも。……それに、彼女はミリィ、と言ったな。彼女を私が傷つけたと誤解して攻撃したに過ぎない。悪意による行動じゃない。だから、そう睨むな」


 私が告げると皆の視線から鋭さが失せる。人気者の唯一の良い点だ。

 私は安堵しながら謝罪する彼女の頭を上げさせた。


「君の行いは間違いではないが、最適解でもない。何が起きたのか吟味をするのが先だ。無論、そこまで悠長に構える時間がない場合もあるが、時間が許す限り、事態をできるだけ正確に把握するべきだろう。しかし、君の友達を守る勇気には感銘を受けた。ミリィ、君、良い友人を持ったじゃないか」

「あ、う……は、はい!」


 騒ぎによってすっかり涙が止まったミリィに私が言うと、彼女は緊張の面持ちのまま頷く。

 そして、今度は殴った張本人に向けて囁いた。


「君の名前は?」

「レイレスです、ヒキガネ総督。……申し訳……」

「謝罪はいい。君は彼女のことが好きか?」

「っ!? い、いえ……」

「誤魔化さなくてもいい。私が聞いた話によると、傷心した状態の相手を口説けば成功率が格段に上昇するそうだ。少々卑怯な気がしないでもないが、今は絶好のチャンスだ」

「あ……はい……」


 私はレイレスから離れて、皆に向かって号令を飛ばす。


「では、諸君、仕事がある者は仕事に。自由時間のものは己のやりかけていたことに戻れ。解散!」


 全員を散らせて、私は嘆息する。

 見計らったように戻っていたアウェルが助言を挟んだ。


「もし人気者になるのが嫌ならば、わざと殴り飛ばされ、そして赤子のように泣きわめけばよかったのですよ。そうすれば、皆、あなたに失望したことでしょう」

「面白い冗談だな。行くぞ」

「ええ。ヒキガネ総督」

「頼むから止めてくれ……」


 私の懇願は、日が暮れ始めた砦の中に消えていった。



 別の部署に引継ぎを終えた後、私は砦周辺で行われる業務を視察し、皆が求めていると思われる対応をしながら見回りを続けた。

 日が暮れ、夜間任務に就く者たちを激励し終えた頃には既に深夜を回っていた。

 手持無沙汰の私は資材の上に腰かけて、砦のインテリアと化しているドレッドノートと、その頭上に浮かぶ星空を見上げて時間を潰している。

 寝るという選択肢もあったが、たまには一人で星を観察するのも悪くはない。


「結局、お前は完璧に修復されてしまったな」


 愛機に語り掛ける。大破状態だったドレッドノートは今や新品同然の輝きを白色のアーマーから放っている。

 リボルビングシステムはもちろん、三形態への即時変形機能も健在だ。整備兵たちは部品の一つ一つにこだわり、向こうから持ち込んだパーツや適した資源を加工して、元の状態へと仕上げた。

 その戦闘能力もまた保持したままだ。ただの平和や勇気、独立の象徴ではなく文字通りの殺人兵器。


「強大な力は……いつか過ちを誘発する」


 武器があるから人殺しが発生するわけではないと私は知っている。

 武器がなくても、殺す時は殺すのだ。

 ドレッドノートがなくなったからといって、争いの種が消滅するわけではない。

 しかし、万が一。

 悪意のある誰かがこの機体に乗れば、他の誰にも止められなくなる。

 私はもちろんのこと、グィアンにさえも。


「システムを破壊すれば、機能しなくなる」


 皆はドレッドノートを神格化しており、不用意に機体へ触れることがない。

 ましてやコックピットに入り込むなどもってのほかだ。仮に何者かが侵入したとしても、フィレンとアウェルによって厳重なプロテクトが掛けられている。

 私の生体認証情報も必要不可欠だ。だが、完全な防御など存在しない。

 しかし、キャバルリーの外部には何の損傷も与えず、内部のシステムだけを密かに破壊しておけば……誰にも、察知されることなく無力化できる。


「精霊よ――お力添えを」


 私は右手をドレッドノートに翳す。

 止まっている標的を破壊することなど造作もない。精霊も、武器の破壊に拒否権を行使することなど有り得ないだろう。

 後は私がドレッドノートの中核だけを壊すイメージを浮かべて、実行すればいい。

 そのはず、なのだが。


「く……っ」


 冷や汗が額を伝う。顔が苦悶に歪んでしまう。

 恐怖が私の胸底に貼り付いて、私に破壊する勇気を与えない。


「ダメ――か……」


 私は破壊を諦めて、手を下ろす。

 どうしてもダメだ。躊躇ってしまう。

 恐れを抱いてしまう。

 私は今、武器を装備していない。

 しかし、武器を捨ててもいない。

 何かが起こってしまうのではないかという恐れが、私に武器を捨てさせない。

 本当にフロンティアの安全は確保されたのかという疑念が、頭に捻じ込まれている。


「そう急ぐ必要もないだろう」


 という声が背後から聞こえて、私は小さく跳ねる。

 不意を突かれたという理由もあるが、最大の原因は発声した人間だ。


「グィアン……驚かすな」

「悪い」


 謝罪しながらも大して気にせず、彼は私の隣に座る。


「とは言うがな、今破壊しておかなければ、一体いつ破壊できると言うんだ」

「安全だと確信した時に、壊せばいい」

「安全や安心はまやかしだ。そのことを、私たちはよく知っているはずだ」

「そうだ。だが、疑心に駆られ過ぎても悪しき事態を引き起こすとも、知っている」

「それはそうだが……」


 信ずる心と疑う心。そのどちらも人には必要である。

 そんなことは今までの戦いの中で嫌というほど経験した。

 そんな今更の言葉が彼の口からわざわざ出るということは、他ならぬ私自身に今更な助言が必要なことを示している。


「兵士であることをやめた瞬間に、恐れが私を蝕んでいる」


 最後の戦いの後、私は人間になった。

 そのように振る舞う猶予を与えられた。

 だが、実際に人になってみてどうだ。確かに毎日の生活は新鮮で、怠惰と勤労のリズムは心地よく、家族や友人たちと愛情や友情を育めている。

 だが、根底になる恐れはいつまでも……いや、他者と触れ合うごとに強まっている。


「怖いんだ、私は。今までそんなものとは無縁だった」


 必要に応じて戦場に飛び込むことができた。

 率先してバトルフィールドの真ん中に、突撃することが可能だった。

 だが、今同じことをしろと言われて、完璧にこなす自信がない。

 とんだ腑抜け。良い傾向であることは間違いないはずなのだが。


「どうすればいいと思う? お前は」

「自然に振る舞えばいい。お前らしく」

「私らしさ……これがお前の考える私らしさなのか?」

「元々、お前は人一倍優しい人間だった。かつては否定しただろうが、今は知っているだろう。生来の気質が滲み出て、お前はその未知の感覚に戸惑っているだけだ。いずれ慣れる。時が経てば、お前らしさ……シズクらしさを獲得できる」


 その助言を聞いて、自然と口元が緩んだ。


「お前にそう言われると、安心する。お前はずっと変わらないな」

「そうでもない」

「そうか。そういうものか」


 私は同意して、グィアンの横顔を見つめる。恋人関係になったはいいものの、カグヤやリムル、シャリーによれば、関係は全く進展していないらしい。

 だが、皆になんと言われようとも、私はこの曖昧な関係が好きだ。強固な絆は私と彼の間にあるのだ。どれだけふわふわしていても、私たちの絆は壊れない。

 ……当然、浮気など赦すはずもないが。


「……」


 恐怖が緩和したら緩和したで、脳内に余計な単語が不法侵入を試みだした。

 これは由々しき問題だ。別ベクトルの恐怖が、ありもしないことを喚いて止まらない。


「なぁ、グィアン。ちょっと訊くが……お前……浮気など、したことないよな」

「浮気? ……ああ、あるが」

「何だと!?」


 興奮のあまり裏返った自分の声を聞いたのは、その時が初めてだった。

 しかしグィアンは私の態度に疑問を感じているようで、後ろめたさの片りんも見せずに問い返してくる。


「上の空になること、だろう?」

「な……ん……いや、もういい……」


 私はそっぽを向いて星見に戻る。

 人間とは、恋愛とは……本当に度し難い。



 ※※※



 その知らせが届いたのは、早朝のことだった。

 砦の中で一夜を過ごした私は、そのまま作戦室へ向かう。

 そして、慌ただしく動き回る皆の間を縫って、アウェルに詳細を窺った。


「事実か?」

「九十九パーセントの確率で偵察隊は全員、インディアンに捕縛されたようです」

「しかし……どういうことだ。よほど巧妙な罠でも仕掛けられていたのか」


 私は捕らえられたとされる偵察隊のメンバーを確認しつつ訝る。

 適切な訓練を受けたGMH四名と、現地環境に詳しいインディアンの斥候三名による万全を期した配置だった。

 最低でも、全員捕まる、なんてことは有り得ないはずだ。どれだけ相手の実力が高いとしても。

 しかし現実として、想定外の事態が起きている。


「なんか、懐かしいですね」

「ミーナ?」


 朝食のパンを食べながら、ミーナが会話に割り込んでくる。


「ちょっとミーナさん、二人のお邪魔をしちゃ」

「フィレンちゃんだって、ちょっとデジャブってるでしょ?」

「まぁ、確かに……」

「デジャブだと? 一体……」


 そこまで言いかけて、脳裏に記憶がよみがえる。


「まさか」

「有り得ないとは言えない」

「グィアン」


 グィアンは否定したい可能性を、有り得るとして肯定する。

 彼は救出隊メンバーの暫定案を一瞥し、


「正直に言うが、誰を向かわせたところで解決は不可能だろう」

「ですが、彼らを見殺しにするわけには」

 

 グィアンの見解に当然ながらアウェルが反発する。

 そこへ私は一石を投じた。


「私とグィアンで行く」


 私の一言で、作戦立案室の喧騒が静まる。注目を浴びていることを把握しながら、私はもう一度アウェルに告げた。


「二人で向かう。その方が確実だ」

「しかし……いえ。では、ドレッドノートの準備を」

「必要ない」

「でしたら、レンジャー……私のレンジャーカスタムを」

「バトルキャバルリーは不要だ。無論、銃もな。サバイバルナイフぐらいは……必要かもしれないが」


 自衛用ではなく、邪魔な植物に出くわした時の伐採や、ロープを切り裂く程度の用途で。

 私の宣言にアウェルは反目しようとしたが、彼女とも結構な付き合いになる。彼女は私の意志の不屈さを認めフィレンへ目配せした。


「はい。じゃあ、オフロードカーを用意しますね」

「待て、フィレン。私は馬で――」

「じゃあ、私が運転して入り口まで運んどきまーす」


 有無を言わせず、二人は車の準備に向かってしまう。その間にアウェルは通信ネットワークを立ち上げて、カグヤとリムル、シャリーに連絡を取っていた。


「ですので、はい。お弁当を数日分。シャリーさんには、ハンマー隊による後方支援をお願いします。元ブラックベレーの実力なら、隊長たちの足を引っ張らずに支援を行えるはずです。いざという時はヒキガネ隊も出撃します」

「おい、アウェル……」

「いけませんよ、隊長。私たちは仲間なのですから」


 その言葉を無効にすることは、困難を通り越して不可能に思えた。




 カグヤたちから弁当と非常用の携行食料を受け取り、私とグィアンは雪上用にカスタマイズされたオフロードカーに乗車した。

 背後では大勢の部下たちと、信頼のおけるヒキガネ小隊、カグヤとリムル、シャリーとハンマー隊が見送りに集っている。


「お姉ちゃん」

「そんな顔をするな。戦いに行くわけじゃない」


 私たちの目的はあくまで人質の救出。可能なら、該当部族との同盟締結も視野に入れている。

 グィアンは弓を装備しているが、それはインディアンの戦士なら一般的なことだ。


「グィアンもしっかりシズクを守ってね」

「シズクは守られるような軟弱な女じゃない」


 助手席で行われるグィアンとリムルの会話は、あまり心臓によろしくない。

 私は咳払いすると、アウェル、ミーナ、フィレンを見返す。


「では、向かう。もし生命反応が途切れた場合は……」

「ハンマー隊による武力介入を行いますので、あしからず。それが嫌なら無事に生きて帰ってください」

「全く……。というわけだ。シャリー、バックアップを頼む」

「はい。遠方から監視しています」


 シャリーの返事の元、ハンマー隊が一斉に敬礼する。その中にはアスミも含まれている。もう、そのことでくよくよ思い悩むことはない。彼女も吹っ切れた眼差しで私を見ていた。


「出発する」


 私はギアをニュートラルから一速に入れて、クラッチとアクセルペダルを踏み込んだ。

 


 道中は道のりこそ険しかったものの、目的地付近に辿り着くまで目立ったトラブルには出くわさなかった。

 快適とは程遠い運転だが、それでも私とグィアンは眉一つ曲げない。

 寒さも十分耐えられる。

 厄介だったのは移動途中に広がる沈黙の方だった。


「何か、話すことはないのか」


 比較的走りやすいルートを選択しながら、私はグィアンに訊く。


「ない」


 しかし返ってくるのは実に素っ気ない返答だ。

 二人きりのドライブなのだから、もっと楽しいおしゃべりがあってもいいだろうに。

 ……などと思う私も大した話題を思いつかないのだから、これは致し方ないのだろう。

 私はため息を吐いて、無意義ではなく有意義な話を切り出す。


「敵対部族に心当たりはあるのか」

「考えられるのはコリク族だろう。コリクとは俺たちの言葉で高潔な人を示す」

「コリク族には……その……」


 私は言葉に迷う。もし該当者がいるとすれば、それはコリクの意味通り高潔な人物がいるはずだ。しかし、彼らは私たちの仲間を捕縛した。偵察隊の緊急メッセージがなければ発覚も遅れたに違いない。


「攻撃するから悪人と限らない。しかし……」


 力を扱えるようになった今だからこそ、違和感が拭えない。

 あれには制限がある。アクセス権限が掛かったドレッドノートと同じような。


「別の目的があるのかもしれない」

「別の目的か……私たちに立ち退け、と警告したりか?」


 しかしそれはもう不可能だ。ワープメインドライブは完全に破壊され、それに伴って世界と世界を繋ぐポータルは閉じた。

 今更帰れと言われても、私たちには帰るための道がない。帰る場所も。

 だから、理解してもらうしかないのだ。私たちが世界の異物であることは重々理解している。

 だからこそ、ゆっくりと、この世界に馴染むために。


「そうとも限らない。……迷いが見える」

「私は何も感じないが……」

「俺も直接は感じない。だからこそだ。きっと、俯瞰では見切れない事情があるはずだ。現地に行って確かめるしかない」

「……わかった」


 私は横転やスピンしないように注意を払って、速度を上げた。

 


 敵の警戒網より少し距離を取った位置に車を止めて、私たちは雪の中を行軍し始めた。茶と白が混ざった服はやはり雪上では目立つ。

 しかし、今回の任務はスニーキングではない。なので、兵士としての知識を押しやって、私たちは堂々と集落へと接近する。

 警戒網に入った途端、遠方の茂みで何かが動くのが見えた。


「攻撃はするなよ、グィアン」

「わかっている」


 二人揃って、そちらの方へ数歩近づく。

 その歩みに呼応して、木の上や茂み、木陰など、隠れるのに最適な場所から微かな物音が聞こえてきた。GMHの強化された聴覚と、兵士としての経験、そして錆びて久しい兵士の勘がそれらの兆候を察知し喧しく警告してきたが、私はそれらを封じて敵の接触を待つ。

 最初のコンタクトは、比較的穏便な弓の一射だった。


「止まれ! トレリアン!!」


 勇ましく大声を上げるコリク族の戦士は私しか眼中にないらしい。

 私の足元の雪に埋もれた矢を見下ろして、指示に従う。

 すぐさま槍や斧を持った戦士たちに囲まれた。多勢に無勢だ。

 しかし、私もグィアンも動じない。

 そのことに何人かの戦士がいきり立つ。


「落ち着いてくれないか。私は」

「トレリアンが我らの言語を侮辱するな」


 殺気立った戦士に睨まれる。理不尽だと反論するのは簡単だが、それでは本末転倒になってしまう。私たちは争うためにやってきたわけではない。

 私は目配せして、グィアンに代弁を頼んだ。


「俺たちの目的は交渉だ。わかるな。コリクの勇猛な戦士」

「ヴォル族が奴隷と化したという噂は本当だったな。弱小部族め」

「お前では話にならない。部族長を呼べ」

「族長がお前のような弱い戦士と謁見するとでも?」


 返答を聞いて、グィアンは僅かな逡巡を見せた。


「なら、エリシャを呼べ」

「知り合いか?」


 私は私たちの言語でグィアンに問う。知り合いがいるという話は聞いていなかった。


「私はここにいるぞ、グィアン」


 返事と共に背後から槍が突き出される。私の首すれすれに刺突された槍はインディアンの伝統的な装飾がされた立派な得物だ。その武器を見るだけで、持ち主が相当な実力者であるということがわかる。

 インディアンの戦士は強ければ強いほど、飾りつけを許される。グィアンは珍しく無骨な得物を好んでいる変わり者だが。


「久しぶりだな、エリシャ」

「おっと、振り向くな。手は上げていろ。お前の実力は知っている。幼馴染の顔は忘れてないだろ」

「女の幼馴染がいるなど聞いていなかったが」


 思わず口を開いた私の首に、槍の切っ先が触れた。


「トレリアン。いや、シズク・ヒキガネ。発言するな」


 私は黙るしかない。グィアンは落ち着いた様子で、手を上げている。


「族長に会わせてくれ。捕虜は殺していないだろう」

「そうだ。お前……はともかく、そこの女を誘き出す罠だからな」

「スウゼンに教わった通りの戦い方だ」

「お前はそこな女に篭絡されたかどうにかして、忘れてしまったようだがな」


 女はグィアンに強く当たると、部下の戦士たちに連れてけと命じる。

 私たちは会話もままならない状態で集落の中へと連行されていった。

 コリク族の集落はヴォル族とは違い、防壁に囲まれた村だった。

 まるで戦時中であるかのような警戒態勢だ。砦、という表現がお似合いだ。


「随分村の雰囲気が変わったな」

「お前が変わってしまったように、村は変わった。私もな」


 気心知れた仲のような会話が背後で繰り広げられるのを、私は傍聴するしかない。

 族長の家と思われる大型のテントの前で、私たちは座らされた。ひんやりとした雪の上に。後ろ手をロープで縛られて、身動きが取れない状態となっている。少なくとも、形式上は。


「お前がシズクか」


 エリシャが私の顔を観察するために私の前へ移動し、そこで私も初めてエリシャの顔をはっきりと見た。

 浅黒い肌に、麗しい美貌。戦いの邪魔にならないよう、髪は後ろに束ねられている。

 戦士でなくとも通用するような出で立ちだが、眼光はまさしく優秀な戦士のそれだ。長槍の柄を右肩に乗せ、値踏みするように私を見下ろしている。


「そういうお前がエリシャだな」


 現地語で発言すると、部下の一人が私に暴力を振るおうとしたが、エリシャが止めさせた。


「こちらの言語にも堪能か。……グィアンに何をした?」

「何も」


 返答が気に食わなかったのか、槍の先端が私の目前に突きつけられる。


「あの男は変わった。軟弱になった。間違いなくお前が原因だ」

「グィアンが軟弱だと? ぐっ」


 柄で顔を殴られる。私では感じられない変化を、エリシャは感じ取っているらしい。


「私が知っているグィアンは、もっと戦士として輝きを放っていた。だが、今は鳴りを潜めている。……リムルという妹がいたはずだ。彼女を人質にしたか? いや……スウゼンもいない。お前が、一族を殺して、あいつを奴隷に――」

「冗談だろう、エリシャ。笑わせるようなことを言わないでくれ」


 笑っては逆効果になるとわかってはいるが、彼女の発言があまりにもおかしいので止めることができない。リムルが人質? ヴォル族の皆殺し? 極めつけはグィアンを奴隷だと勘違いしていることだ。

 初戦で私はグィアンに敗北した。この女こそ、グィアンのことを全く理解できていない。

 しかし、彼女は嘲笑されていると勘違いしたのだろう。いよいよ鋭利な先端が私に振りかかろうとするが、テントの奥から響いた制止によって停止した。


「止せ、エリシャ」

「族長!」


 ヴォル族のかつての導師スウゼンのような老齢な男性だが、彼が死の直前まで保持していたような生気が感じられない。

 文字通り、枯れている。というより何かしらの執着心に囚われているような印象を受ける。

 その感覚を私は知っている。


「トレリアンと……グィアン」


 杖をつく老人は私とグィアンを見比べた。

 私もグィアンも違和感はないが、他の種族から見ればそれは異様な光景に思えるかもしれない。彼らにはまだ大きな視点がない。人は肌でも出身でもなく、その内面で判断するべきだという識眼が。

 だが、それを悪と断じることはできない。知るためのきっかけがない者を。


「噂は本当だったのか。……ヴォル族の栄光が地に堕ちたという神託は」

「神託が降りているのなら、それが誤解だと気付いているはずだ。……耄碌したようだな、ゼデット」

「お前、父様に――」


 エリシャは驚愕してグィアンを睨み付けたが、ゼデット族長が杖を鳴らして姿勢を改める。彼はグィアンの元へと赴いて、その瞳を覗き込んだ。


「スウゼンをそこな女に殺されて、判断を誤ったか? 結局のところ、あの老いぼれの英知も無為に終わったというわけか」

「スウゼンはお前の愛情を問題視していた。強すぎる愛は、強い憎しみへと容易に変わり果てる。……もし彼がまだ存命であれば、今のお前に教えを説いたことだろう」

「若造が何を言う」

「知恵の有無に老若は関係ない。以前のあなたなら、知っていたはずだ」


 グィアンの反論を聞いてエリシャが僅かに目を見開く。が、すぐに何事もなかったかのように戦士の顔つきに戻っていた。


「族長、この者たちをどうしますか」

「……あの者たちとは別の牢へ入れておけ。敵を誘き出すエサとなる」

「敵……敵か。私たちは敵ですか?」


 立ち上がらされた私は、テントへ踵を返したゼデットに問いかける。

 彼はゆっくりと振り返り……そして、馴染みある感情を乗せた顔をこちらに向けた。

 憤怒。

 そして憎悪。

 そのまま私へ杖を振り上げてくる。

 ぶたれても、良かったかもしれない。

 しかし、誤解された状態で族長の暴行を受けることだけは避けたかった。私たちはよそ者で、この世界にとっては厄介者かもしれない。

 でも、それを理由に何をされても良いというわけではない。

 私はロープを軽々と引きちぎって杖を右手で受け止める。しっかりと柄を握りしめ、ゼデットに反撃の余地を与えない。


「あなたにも事情があるように、私たちにも事情があります。あくまで私たちはこの世界で生きたいだけです。相互理解が不可能だと言うのなら、不可侵の協定を結び、互いに接触しないよう配慮する準備がある。ですから、どうか」

「この……トレリアン!」


 周囲の戦士たちがざわついたが、私の腕力を目の当たりにして怖じている。しかしエリシャだけは違った。間髪入れずに槍による刺突を繰り出すが、


「何――ッ!?」


 集落にどよめきが拡散していく。エリシャの槍は私に直撃する寸前で、神々しく光るウォールによって阻まれた。


「バカな、精霊術――グィアン、お前か!?」


 エリシャは瞠目してグィアンに視線を送る。が、彼は身動き一つしていない。


「頼みます、どうか、話を聞いてください。私たちに敵意はない」

「貴様に敵意がなくても、私にはあるのだ……」

「ゼデット族長?」


 ゼデットは憤怒に満ちた眼差しを私に向ける。そうであろうとは思っていた。

 彼には私たちを恨む相応の理由がある。

 だが、だからこそ、私が彼に殺されるわけにはいかない。

 そして、強引に事態を解決するわけにもいかなかった。


「であれば、敵意を持ったままでも構いません。一度交渉の席に――」

「交渉だと? 有り得ん! くっ、ぬぅ……」


 激情によって身体に不調をきたしたのだろう。彼は膝を突いてしまう。

 瞬間、未知なる現象が私を襲った。

 私が展開していた防御用ウォールが砕け散り、虹色に輝く槍が私の左頬を掠めたのだ。


「これは……ッ」

「父様に手を出すな、ヒキガネッ!!」

「――ッ!!」


 私は槍を回避する。防げないのだから避けるしかない。

 左右に身体を揺らすようにして、ギリギリのところ避け続けるが、槍の精度は向上している。待つだけでは敗北する――否、私は戦いに来たわけではない。


「エリシャ、止せ。射抜くぞ」


 エリシャの背後では、弓を構えたグィアンが警告を飛ばす。しかしエリシャは取り合わず、私に対して刺突を繰り出し続ける。


「射てるものなら射て! 同胞より、この女の下僕であることを選ぶのなら!」


 私としても、グィアンにエリシャを射抜かせることは本望ではない。例え急所を外して命は奪わないとしてもだ。

 私は後退しながら事態を打開できるきっかけを模索する。が、目に飛び込んできたのは事態を悪化させる要因の方だった。

 私が後ずさる先に、小さな子供が隠れている。どうやらこっそりと私たちのことを観察していたらしい。


「くそッ……!」


 私は咄嗟に槍を止めるべく手を伸ばすが、エリシャはかなりの槍術使いだ。あっさりと手を弾かれて、逃げる方向も変えられなかった。

 急所を狙った鋭い一撃を避けた時、背後の物陰に隠れていた子供が驚いて腰を抜かした。

 運悪く、攻撃に熱中していたエリシャの槍がその子に命中する軌道を取ってしまうのと同時に。

 どうすればいいかは考えるべくもなかった。

 右脇腹の痛みに耐えて……槍にしがみ付くようにして掴み、呆然とするエリシャに私は頼み込む。


「頼む、話を聞いてくれ……私は――」

「お前は……」

「シズク!」


 グィアンが叫んだが、戦意を取り戻した戦士たちに囲まれて身動きが取れない。

 いや、奴のことだ。本気を出せば全員無力化できる。しかし、私の意向を尊重して手荒な真似はしないでくれている。


「私は、敵じゃない。わたし……は」


 意識が混濁し始める。

 精霊術によって直接肉体を攻撃されたのはこれが初めてだった。

 ああ……これほどまでに、痛いものか。

 誰かのために振るわれる力というものは。


「敵、では、ない……」

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