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ドレッドノート 異世界開拓記  作者: 白銀悠一
第二部 エクストラエピソード
68/70

カグヤのダイアリーログ

 私の名前はカグヤ・ヒキガネ。

 特筆した技能も、優れた才能もない、平凡なGMH。

 でも一つだけ、特徴があったんだ。

 誇れるものじゃなくて、その逆。

 自慢できるものでもなくて、その反対。

 足が、不自由。

 私は管理政府にとって不良品扱いの――変異体バリアントだったんだ。

 ……これから話すのは、本当は誰にも打ち明けたくない秘密。

 でもね、君にだけは……あなたにだけは、私の全てを曝け出したいの。

 だって、あなたはあの人を支えてくれていたから。

 私がしたくてもできないことを、してくれていたから。

 大丈夫、引け目を感じなくていいの。

 私はあなたのことを尊敬したり、親愛を抱くことがあっても、嫉妬することはないから。

 ごめん、嘘。

 本当はね、ちょっとだけ嫉妬している。

 でもね、あなたのおかげだと思っていることは本当。

 だからね、胸を張って。誇って。

 これから語ることを、噛み締めてくれると嬉しいな。



 私の世界では、我思うゆえに我あり、という哲学思想があるの。

 その言葉を改変して言うならば、姉いるゆえに我あり、かな。

 大げさでも、拡大解釈でもない。

 私が初めて見た人はお姉ちゃん。

 お父さんでも、お母さんでもない。

 私にとっての人生は、お姉ちゃんと過ごす毎日のことをさしていたんだ。


「カグ、何か欲しいものはないか」


 お姉ちゃんはいつもそう言っていた。カグっていう愛称で。

 お姉ちゃんは頑張り屋さんなの。

 私のために働いて、なのに私がつまらなくならないようにいろいろ買って来て。

 私がいらないって言うとね、自分でもよくわからないものを購入するから困りもの。

 最初から、その分の貢献度――こっちで言うところの何でも交換券みたいなもの――を使う気満々で、私が後ろめたさを感じて拒否しないようにしている。

 嬉しいし、ありがたかった。感謝してもし切れない。

 でも、その姿はどこか……強迫観念じみていたのも本当なんだ。

 まるで姉は妹のことを徹底的に世話しなきゃならないみたいに。

 そうしなければいけない理由があるかのように。

 それでね、うん……一番困ったのは、あの時かな。

 何が欲しいって言われて、昔のことがわかる記録が欲しいって言った時――。


「頼まれていたものを手に入れた」


 そう言ってお姉ちゃんはデータをホロデバイスにインストールしたの。

 それは古い映画っていう……前に一回見せたことあるよね……映像作品だった。

 名前は、荒野の用心棒。

 たぶん、お姉ちゃんは映画がどういうものなのかわかっていなかったんだと思う。

 ああ、うん、誤解しないで欲しいんだけど、荒野の用心棒は名作だよ。とても面白い。昔の人がどう思っていたのかはわからないけど、私はヒーロー映画のように感じたんだ。

 名無しの男がふらっと人々が苦しむ街を訪れて、問題を解決するお話。

 私がオーダーしたものとは、ちょっと毛色が違ったお話。フィクション。西部劇っていうアメリカの土地を舞台にした映画で、しかも紛らわしいことにアメリカで撮られた映画でもなくて。

 だから、私が知りたかった昔の人々の生活というものは、はっきりとはわからなかった。

 でもね、わくわくしたの。

 この後どうなるんだろうって。何が起こるんだろうって。それは私の部屋では絶対に起こり得ないことだった。

 ああ、言ってなかったね。ここに来る前は、私にとっての世界はクオリアコロニーのぎゅうぎゅうに詰まった居住スペースの真っ白いお部屋だったんだ。

 外には一度も出たことなんてなかった。だって、私はバリアント。バリアントはお外に出ちゃいけないってわかってた。だから私がせがむことはなかった。

 ……あの時までは。うん……そう。あれは私が初めてやっちゃったいけないことだった。

 その話はまた後で。今は映画の、荒野の用心棒の話だね。

 映画の詳しい内容は割愛するけれど、とにかく私にとって刺激的な体験だった。だからだろうね。私はなるべく多くの映画を見ようと思ったの。

 それだけじゃなくて、昔の人が愛した暇つぶしを学ぼうと思った。

 どうしてかって? そうだね。私の趣味だったことは間違いない。

 だけど、それ以上に。お姉ちゃんの横顔が活き活きしているように思えたの。

 知ってるよね。お姉ちゃんはほとんど笑わないこと。最近はよく笑うようになったし、ミーナさんやフィレンさんに聞いたところによると、グィアンさんと出会った時も結構笑ったんだってね。

 でもね、私は……いつも私の傍にいたお姉ちゃんも、確かに笑ってはいたけれど……本気で笑っているようには見えなかったんだ。

 さっきも言った通りの、強迫観念。まるで自分は幸せになっちゃいけないように、笑ってはいけないかのように、お姉ちゃんはカチコチに固まっていた。

 今ならその理由がわかる気がする。当時の私は、私が悪いと思っていたんだけどね。もし、誰も悪くなんてないって、早く気付いていれば別の未来も……。

 ごめん、また話が逸れたね。

 私はね、学習したの。勉強をした。最低限の知識だけでいいって言ったお姉ちゃんの望みとは逆にあらゆる知識を貯め込んだの。

 すごい真面目な学術書を読んだりもしたよ。あなたはそんな話聞きたくないだろうから、やめておくけど。

 でも正直、一番惹かれたのは古い人々の生活模様だね。さっきのような娯楽物……映画だったり本だったり――もちろん、私の一押しは映画だけど――以外にも、お仕事とか、ごはんとか。

 そう、試行錯誤をしたのはごはんだね。お姉ちゃんは無味食品をずっと食べてたけど、なぜか私には必ず味付きの食事を食べさせた。味付きの食事は依存性があるって口癖のように言ってたけど、注意する程度で私を止めることはなかった。

 それが正しい仕組みであるかのように。だから、何度もお姉ちゃんに味付きの食事を食べさせようとしたんだけど……結局、食べてくれたのはあの日だけ。

 フロンティアに行くって決めた日だけ、私の我儘を聞いてくれたの。

 どういう気持ちだったのかはわからないけど、おいしいって言ってくれた。

 それがとても嬉しかったのを覚えてる。でも、寂しさを紛らわせることはできなかったかな……。

 あなたも経験あるよね。家族と離れ離れになること。

 あの辛さは慣れないし、たぶん克服なんてできないんだ。必要なことだからとか、危険性は少ないからとか……そういう正しい論理は全てすっ飛ばして、怖くて悲しくて、たまらなくなっちゃう。

 そのせいで、って言ったら言い訳になっちゃうけど……。

 私は、過ちを犯したの。

 お姉ちゃんに会えるって聞いて、出ちゃいけなかったお外に出ちゃったの。

 ……聞きたくないかな。なら、飛ばしてくれても構わない。

 でも、私はあなたに……あなただからこそ、聞いてもらいたい。


「ようこそ、君がカグヤ君か」


 私を迎えてくれた男の人は優しい声で私にそう語り掛けた。

 悪い人だったのかは……よくわからない。

 少なくとも、私にはいい人に思えた。

 けれど、とっても悲しそうな人。

 生が苦渋に満ちていて、でも死ぬことを赦されない人。

 お姉ちゃんみたいだ、って思った。

 その人は、私にお姉ちゃんと通話させてあげると言ってくれたの。

 ……嘘ではなかったよ。でも私は迂闊だった。悪い子だった。

 世間知らず、だった。

 だから、お姉ちゃんを……泣かす、はめに……。

 うん、顛末は知ってるよね。

 私はね、撃たれたの。

 背後から、ズドンって。

 言葉にすると大したことじゃなさそうに聞こえるけどね。

 でも、私は自分が死んじゃうと思った。

 そして、これが自業自得の罰なのだと。

 あの時は……そう思ってたんだけどね。

 うん、全部覚えてる。

 私は脳ユニットに改造された。特別製のパッケージの中に、大事に大事に詰められて、バトルキャバルリーアマノハゴロモの中に操縦システムとして組み込まれたの。

 クリミナル……さんがしたことは、それだけじゃなかった。

 私から理性を奪った。わかりやすく言うなら我慢してた部分。

 ……あの時の私が叫んだ言葉は、本当のこと。

 心のどこかで、私が思っていたこと。

 嫌な子だよね。グィアンさんをお姉ちゃんが好きになったって聞いて、私は……私は、裏切られたかもしれないっていう小さな疑念を抱いたの。

 どの口が言うのって思うよね。けど、けれど……。

 私は酷いことを言って、お姉ちゃんを苦しめた。言葉だけじゃない。戦闘騎兵を使って、殴ったり、蹴ったりした。これは許されないこと。許してはいけないこと。

 みんなが許しても、私だけは絶対に、私のことを赦してはいけない。そう思ってる。

 あれは本当の私だった。誰かに操られたとか、無理やり思考バランスが崩されたとか、そういう話じゃない。私の悪い部分がお姉ちゃんに苦痛を与えた。

 でもね、お姉ちゃんはそんな私を、救ってくれた。

 いつでも殺せたはずなのに、助けてくれた。そして、脳ユニットだけになった私を妹だって、受け入れてくれた。

 だからね、私は幸せなの。……その事実は変わらない。

 でも、身体を失って、怖かったのは本当。

 自分が人間なのかもわからなかった。

 私はもしかしたら自分をカグヤ・ヒキガネと勘違いしているだけの別人なんじゃないかって。恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。

 ふふ、そんな私を……支えてくれたのはね、あなただったんだよ。

 最初にお姉ちゃんのことを支えてくれたって言ったけど、あなたは私たち姉妹を支えててくれた。

 私のことを怖がらずに、ちゃんと人間だって見てくれた。

 いろんなところにいっぱい連れて行ってくれた。

 あなたのおかげで、今、私はここにいるの。不思議に思うかもしれない。

 そんなことないって、反発を覚えるかもしれない。

 けどね、これは全部本当のことなんだよ。

 だから、あなたが自分を足手まといだって思っているのが悲しかった。

 あなたはこんなにも私たちを支えてくれているのに。

 こんなにも、私たちにとってかけがいのない存在なのに。

 ねぇ、覚えてる?

 私がホログラムの身体を手に入れて、しばらく経ったあの日のこと。


「カグヤ、散歩に行かない?」


 そう言って、気軽に。本当に気楽に、私のことを誘ってくれたよね。

 反対するお姉ちゃんを言い包めて、あなたは私を外に連れ出してくれた。

 あなたは実体のない私をそこにいるように扱って、森の中を案内して。

 私は知識だけを、ううん、知識すらない未知の世界を楽しむことができた。

 これがどれだけ、どれだけ……。

 私にとって最高の体験だったか、わかる?

 あなたが教えてくれた、見せてくれた何気ない日常は私にとっての全てだった。

 白い世界しか知らなかった私に、たくさんのいろどりをくれたの。

 あの時、お姉ちゃんがあなたを助けた理由がよくわかった。

 あなたの見た目じゃないよ。あなたの中身に、お姉ちゃんは惹かれたんだ。

 あなたは、私の代わりに、私ができないことをしてくれた。

 お姉ちゃんのために朝食を作ってくれたり、食材を探してくれたのもそう。

 あなたは当たり前と思っているのかもしれない。けれど、それはとてもとてもすごいこと。

 私はね、あなたに憧れているの。

 真面目に生きて、誰かのために働いて。

 私もあなたみたいに生きれたらって。

 ふふ、今、あなたは謙遜しちゃっているのかな。

 そんなことないって、可愛い顔で思っているのかな。

 あはは、なんか自画自賛してる気分になるね。あなたもそうなのかな。

 でもね、私とあなたは確実に違う。

 そのことはよくわかっているよね。

 あなたは私が好きな物が苦手だったり、私が苦手なものがあなたは得意だったりする。

 みんな、そのことをよく知っているよ。中には誤解している人もいるかもしれないけれど、私と、お姉ちゃんはよくわかってる。

 でもね、本当は、ちょっとだけ、ほんのちょっぴりだけ、不安な部分もあったんだ。それが晴れたのは、あの時。

 あなたが私たちと共に異邦人の生まれ故郷へ訪れた時。


「お前はカグヤの傍にいてやれ」


 そうグィアンさんに命じられて、あなたはしぶしぶと言った様子で頷いていたよね。

 私がお姉ちゃんが敵に囲まれたっていう報告をすると、グィアンさんは逡巡することなく動き出した。どうすればいいかを瞬時に理解して、土地勘なんてあるはずのない場所に一瞬で順応した。

 あなたはそれを見て卑屈になったかもしれないけれど、私はあなたの存在で彼がすごいだけなんだって思い出すことができて、ほっとしたよ。

 だって、グィアンさんを見ていたら、私は……ううん、他のGMHだって自信を無くしてもおかしくなかったから。

 だって、あの人は遺伝子改造されていないんだよ。私なんて、そういう調整がされたのに、足が不自由という欠点を抱えていた。

 でも、あの人は、精霊術っていう不思議な力を使う部分を除いても、有能過ぎた。私のお姉ちゃんに引けを取らないぐらいに、頭が良くて、運動もできて。

 でも、あなたがいたから。見知らぬ土地で、私と二人ぼっちになって混乱するあなたがいたから、私は平常心を取り戻すことができたんだよ。

 あなたは私を元気づけてくれていたけど、足は小さく震えていたよね。待つ者の恐怖。帰りを待つ弱者の身勝手な、けれど止められない想い。

 あなたが震えてくれていたから、私を励ましてくれていたから、私には余裕ができた。

 だから、フィレンさんやアウェルさんが教えてくれたネットワークハッキングを用いて、支援することができたんだ。

 私はまず、散り散りになってしまったヒキガネ小隊をグィアンさんと、彼が連れて来たニカさんって人が指定した場所に集合させた。あなたも傍にいたから、何をしていたかは知っているよね。たぶん、技術的なことはわからないだろうけど、私が避難場所を指示していたのは知っていると思う。

 そして、結局自分はお手伝いできないんだって嘆いてたことも。

 ふふ、しつこいようだけど、私は違うんだって言わせてもらうよ。

 あなたのおかげで私は上手くみんなを誘導して、レジスタンスの基地に撤退することができた。ニカさんとグィアンさんがお姉ちゃんを回収して、万全とはいかないけれど、無事に避難することに成功した。

 あの後、あなたはリベリオン基地で無重力の感覚に困惑していたよね。

 けれどね、私は無重力に触れたこともなかったの。

 私は笑っていたけれど、本当はあなたのことを笑える立場じゃなかった。私が持つのは知識だけ。あなたが体験していたものは私にとって未経験だった。

 私が無重力という感覚を全身で味わうことになったのは最後の方。ああ、心配しなくていいよ。私は卑屈になんかなっていない。何度も言うように。

 リベリオン基地での生活は新鮮だった。それはあなたも同じだよね。宇宙に漂う小惑星の中は窮屈ではなかったけれど、常に背後には不安がこびりついていた。

 レジスタンスにはここしかなかった。それ以外に逃げる場所、帰るべき故郷がなかった。

 私たちにはフロンティアがある。けれど、彼らには……。

 でも、みんな頑張っていた。だから、あなたは張り切ってお手伝いをしていたよね。

 私もちょっと手伝ったし。ふふ。あなたは気付いてなかったかもしれないけれど、リベリオン基地内では、私が自分の無力さに打ちひしがれるターンだったんだ。


「そうですね。あなたは彼女のサポートをお願いします」


 そう言って、アウェルさんはあなたの支援を命じた。けれど、ホログラム体でできることなんてナビゲートくらいしかなかった。そんな私の状態を見かねて、フィレンさんがクィンさんといっしょに遠隔操作可能な多機能ロボットを私に預けてくれたけど、私ができたのはささやかなことだけ。

 今にして思えば、それもあなたは羨ましいと思っていたんだね。でも、実情は逆だった。

 やっぱり身体が欲しいって、私は思ってた。贅沢な望みだったのはわかるんだけどね。

 私は悪い子だった。お姉ちゃんが戦いに赴いて……シャルリさんの妹、シャリーちゃんとの戦いで傷ついて、それを励ます傍らで、身体があればもっといろいろお世話できるのにって。酷い子、悪い子、最低な子。

 お姉ちゃんはいつも私に囁いてた。脳ユニット……ポッドの中に収まっていた頃ずっと毎日、毎日。

 お前の身体を取り返してやるって。

 機械の身体でも難しいのに、生身が最善だと考えていて。

 そんな私のせいでボロボロになっていくお姉ちゃんは、見るのがとても辛かった。

 なのに、私は頑張って欲しいなんて、心の隅で思っていた。最低な妹だ。

 私がお姉ちゃんを励ましている間、あなたは本当にいろいろなことをしていてくれたよね。私は結局、お姉ちゃんを元気づけることで手いっぱいだった。でもあなたはグィアンさんやアウェルさん、フィレンさん、ミーナさん、ニカさん、クィンさん……みんなにたくさんの笑顔を届けていた。

 もしかしたら、お姉ちゃんやグィアンさん……戦いに赴くみんなはあなたのことを気に掛ける暇があまりなかったかもしれない。でも、私はあなたがしていることを全部見ていたよ。

 少ない材料で少しでも食事が美味しくなるように研究して。

 調子が悪そうな人に声を掛けて休息を取らせたり。

 誰か困っている人がいないか広い基地内を走り回って。

 どれも、私にはできないこと。できなかったこと。

 私の支援なんて形ばかり……ってうじうじしてもいいんだけど、それだと本当に伝えたいことがうやむやになっちゃいそうだから、割愛しとくね。

 とにかく、あなたはすごかった。それを伝えたかったの。

 ……あの子と出会った時も。


「私、間違っていました。シズクさんに謝りたいんです」


 あの子――シャリーちゃんは私たちに告げた。自分の罪を認め、悔い改めたいって。ヴェンデッタのコックピットから降りて、申し訳なさの入り混じった顔で。

 黒い地球の大地でシャリーちゃんはお姉ちゃんに謝った。姉が死んだのは……殺してしまったのは自分だって。

 それはある意味理想的な姿だったのかもしれない。

 お姉ちゃんとシャリーちゃんが和解すること。

 復讐する側とされる側じゃなくなること。

 私はそうあって欲しいと願っていた。だってそうじゃないとおかしいから。

 お姉ちゃんが悪いんじゃない。シャリーちゃんも……本当は悪くない。

 悪いのは私。うん、あの時は……あの時も、私はそう思ってた。

 だから、騙された……いや、その可能性から目を逸らしていた。

 そして、お姉ちゃんはシャリーちゃんに撃たれてしまった。

 私のせいだ。

 全部、全部、私のせいだ。

 私はその想いに取りつかれて、茫然自失となっていた。

 その横で、みんなは本当なら私がするべきことをやってくれていた。

 アウェルさんはお姉ちゃんを施設内に残されていた診察室へと運んで、フィレンさんは医療用の設備がまだ使えるかどうかチェック。ミーナさんはシャリーちゃんがまた何かしないように武器を取り上げて、見張りに付いた。

 ニカさんとグィアンさんは敵の注意を引くために出撃。

 その間、私は何もできずに立ち尽くしていた。

 診察台に寝かされたお姉ちゃんが苦しむ姿をただ眺めて。

 ……本当に、どうすればいいかわからなかった。今ならいっぱい、思いつくのにね。

 ううん……。

 思いついても、何もできなかったんだ。私には。


「カグ……カグヤ……」


 お姉ちゃんは私の名前を呼びながら、傍で見守ることしかできない私の手を掴もうとした。

 溺れる前に、助けを求める人のように。

 奈落に落ちる寸前に、懸命に生きようとする人のように。

 なのに、私はそれすらも。

 手を握ってあげることすら、できない。

 ……先に言っておくよ。ごめんね。

 私は、怒鳴っちゃったよね。あなたに。

 手を握ってって。

 私の代わりに、手を握ってあげてって。

 何にもできないのに、あなたに命令口調で叫んで。

 嫌な子だよね、本当に。これが映画だったら、こんなキャラ、すぐに嫌いになっちゃうよ。

 でも、あなたは文句一つ言わずに私のお願いを聞いてくれたね。

 私の代わりに手を握ってあげるばかりか、さらに――。


「ううん、カグヤと私、二人で、です」


 二人でお姉ちゃんの手を握ったって、言ってくれたよね。

 おかげで、私は冷静さをまた取り戻せた。たぶん、お姉ちゃんが以前に言っていた『私という歯車を動かすためにお前の存在は有用だ』って言葉は、そういう意味だったんだ。

 あなたがいなければ生きていけない。もしあなたが死んでしまっても、死なないかもしれない。けれど、魂は死んでいる。どれだけ肉体が健康だとしても。

 ちょっと重い、かな。でも、それくらいの意味なんだ。

 またあなたはそんなこと、って考えているのかな。でも、これも間違いなく本当のことだよ。依存してるわけじゃないけれど、だって、あなたは私も救ってくれた。

 うん、確かにあなただけの功績ってわけじゃないかもね。シャリーちゃんも、私のことを助けてくれたから。


「私の夫、お前の父は――私が撃ち殺した」


 お母さんが、お姉ちゃんにそう告げた時、私はそのまま消えてなくなってしまいたいと思った。

 いろんな人のおかげでこうして生きているのに、なんて身勝手な思いなんだって、感じるよね。でも、私は本気でそう思った。

 お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、私の家族は私のせいでどんどん不幸になる。

 お母さんは、たぶん、お父さんのことを撃ち殺したかったわけじゃない。

 お父さんも、お母さんに殺されるなんて残酷な仕打ちに遭いたかったはずがない。

 お姉ちゃんも……人を殺したかったはずなんてない。

 全部、私のせい。私が悪い。私が諸悪の元凶。

 そんな風に思い込んで、打ちひしがれていた私に喝を入れたのはあなた……じゃなくて、シャリーちゃんだった。


「自分勝手なんだね、カグヤちゃんは」


 あの言葉は偽りのない真実だった。なのに、私は……これも覚えているよね。

 私の嫌な面。


「あなたに……言われたくないっ!」


 私はシャリーちゃんにそう言った。初めて本気で怒った瞬間だったと思う。

 いつもは怒るというより拗ねていたから。あれは本気で、他人を傷つけるつもりで、発した言葉だった。

 理屈では、シャリーちゃんの言葉が正しいのはわかるよ。けれど、感情は暴れていた。お姉ちゃんは感情の暴風雨ってよく表現していたけれど、まさにそれ。

 私の心は暴れ回っていた。もし肉体があったら、自傷行為に走っていたかもしれないね。

 私の返答に、シャリーちゃんは、そうだね、と同意した。

 そう、シャリーちゃんはわかっていたの。

 全部自分が悪いなんて思うのは、身勝手な我儘。傲慢なんだって。

 お姉ちゃんもお母さんもお父さんも、自分で決断したんだって。

 確かに、私が原因……もしくは要因だった。

 自分が死ぬなんて、ましてや家族と殺し合うなんて未来は想像もしていなかったかもしれない。

 でも、みんな自分で決めて、戦った。

 その結果、死んでしまったり不本意な結末を迎えてしまったかもしれないけれど、それは頑張った証なんだ。

 だから、私は……私だけは、その努力を否定してはいけない。

 シャリーちゃんはそれに気付いた。

 そして、無知な私に教えてくれた。

 私がどれだけ傲慢だったかを気付けたのはシャリーちゃんのおかげ。

 そして、戦う勇気をくれたのは……リムルちゃん。

 あなたなんだよ。


「大丈夫。私が傍にいるから!」


 お母さんを救うために戦うって決断した私を、あなたは傍でずっと支えてくれた。

 私はGMHかもしれないけれど、戦い……ましてやバトルキャバルリーなんて操縦したことがない。遠隔操作で安全だからと言っても、戦うのはお母さん。

 私が失敗したら、お姉ちゃんがお母さんを殺す羽目になる。

 それに、万が一、私がお母さんを傷つけてしまったらって、重圧で潰されそうになってた私を、あなたは勇気づけてくれた。

 あなたの声援と、温もり。実際に温かさを感じることはできなかったけれど、戦うには十分なくらい、心は温かいものに包まれていた。優しさと強さ、勇気。

 あなたのおかげで私は勇敢に戦えた。あの勝利はみんなで勝ち取ったんだよ。

 お母さんは、死んでしまったけれど……たぶん、後悔はしていなかったんだ。

 その愛のカタチは、私が映画で見たようなものに比べると歪んでいたかもしれないけれど。

 お母さんは私とお姉ちゃんを世界中の誰よりも愛してくれていた。

 お父さんもそう。私は世界一幸せな娘で、妹だったんだ。

 悲しいし、素直に喜べない部分もたくさんあるけれど、私は誇ることにしたの。

 私の家族を。お父さんとお母さんと、お姉ちゃんを。

 みんなは私の誇りで。かけがいのない人たちだったんだって。

 もちろん、いっしょに戦ってくれたみんなもそう。

 アウェルさん、フィレンさん、ミーナさん。

 私は会うことがなかったけれど、お姉ちゃんを支えてくれていたエミリーさん。

 ニカさんとクィンさん。

 グィアンさん。シャルリさんも。

 そして、シャリーちゃんと……リムルちゃん。

 みんなのおかげで私はこうして生きている。

 だからね、リムルちゃん。

 あなたも、誇って。

 役立たずだったなんて、思わないで。

 あなたはこんなにも素晴らしいんだから。

 あなたはこんなにも……私を支えてくれたんだから。

 私はね、リムルちゃん。

 あなたのことが、とっても、とっても、大好きだよ。

 だから、これからも、ずっと……仲良くしてくれると、嬉しいな。



 ※※※



「こんなところかな」


 想定していたよりも長くなってしまったかもしれないってちょっと思う。

 でも、私としては、これでも頑張って削ったぐらい。

 本当は長さなんて考慮しなくてもいいかもしれないけれど、やっぱり言葉にするならメリハリと内容、わかりやすさは大切だ。

 だから、これ以上の容量増加は望ましくない。これでいい、と思う。

 リムルちゃんだって、お返しのボイスダイアリーが数時間越えの超大作だったら、参ってしまうかもしれないし。

 それに、それに……十分、恥ずかしいし。


「嫌われたり……しないかな……」


 少し、不安に襲われる。

 これは私の悪い部分を包み隠すことなく記したものだから、嫌な子だって失望されて絶交だなんて言われてしまうかもしれない。

 でも、私は伝えるべきだと思う。だから、これでいい。


「終わったのか、カグ」

「お姉ちゃん。うん、終わったよ」


 メモリーデバイスを回収して、私はにっこりと微笑む。

 お姉ちゃんは毎日見回りや仲間の訓練などで大忙し。

 お姉ちゃん自身は本意ではないみたいだけど、みんなには総督なんて呼ばれて、ヒキガネ小隊のみんなやグィアンさんと共に手分けして頑張ってる。

 だから、今日みたいに家でゆっくりしているのは珍しい。


「それで、何を録音したんだ? 随分かかっていたが」

「な、内緒だよ」


 少しだけ焦ってはぐらかす。

 これはお姉ちゃんには見せられない。妹としての意地のようなもの。

 するとお姉ちゃんは、


「そうか……いや、無理に教えてくれとは言わないが」


 なんて言って少しだけ寂しそうな顔をする。

 ちょっと卑怯だと思う。けれど、どうにかして堪えた。


「じゃあ私、リムルちゃんのところ行ってくるから」


 それ以上追及されても困るので、早々に家を出て行こうとする。

 けれど、


「もしや、これが反抗期というものか……?」


 なんて言葉が聞こえて来たので、慌てて振り向いた。


「全然違うよ! 私はお姉ちゃんに反抗なんてしないから!」

「それはそれで、どうなんだ……?」


 って困惑するお姉ちゃんが見えたけど、心の中でごめんなさいをしてリムルちゃんの元へ急いだ。


「カグヤ?」


 家の木製のドアを叩くと、リムルちゃんが笑顔を振りまいた。

 そして、愛らしい顔の眉を怪訝そうに顰める。


「どうしたの? 何か焦ってるみたい」

「な、何でもないよ!」


 私はどうにかはぐらかして、リムルちゃんの家の中に入っていく。

 私の家は木造をベースとしながらも向こうのテクノロジーが加えられているハイブリッド住宅だ。でも、リムルちゃんとグィアンさんの家は昔のまま……インディアン、ヴォル族の伝統建築のまま保たれている。ほとんどのインディアンは未知のテクノロジーよりも自然との調和を選んだ。

 これはお姉ちゃんとヴォル族のみんなで話し合った結果で、そういうところも私は誇らしい。


「グィアンさんは?」

「出かけてる」


 と返答してリムルちゃんはため息を吐く。私も心の中でちょっと残念に思う。

 私たちの同盟はまだ終わっていない。義理の姉妹になることが明白になった今でも。いや、今だからこそ。

 どうにかしてグィアンさんとお姉ちゃんを引き合わせようと努力しているけれど、恋人関係になったことによって逆に距離が離れていても問題ないと考えるようになってしまったらしい。

 本当に困らせられる……けど、今日の本題はそこじゃない。


「はい、これ」


 部屋について早々、私はリムルちゃんにプレート状のデバイスを手渡す。


「これは、何? カグヤ」


 興味深そうにリムルちゃんはプレートを見つめる。


「この前のお返し」

「この前の?」


 リムルちゃんはわかっていないようできょとんと首を傾げている。可愛い。


「ほら、前読ませてくれた日記」

「ああ、あれのこと。別に良かったのに」


 リムルちゃんの日記。

 あれは私の知らないお姉ちゃんを記した冒険活劇。

 私のために綴られた物語だった。ノンフィクションだけどね。

 あれもまた、私に勇気をくれたきっかけの一つ。

 だからそのお返しに、私は私の全てをこのデバイスに吹き込んだ。


「ボイスダイアリーになってるから、暇な時にでも聞いて」

「んーなら今」

「それは止めてくれると嬉しいかな」


 恥ずかしくて死んじゃいそうだし。


「そう? なら後にするよ」


 リムルちゃんは木製の机の上にデバイスを置いて、じゃあ今日は何をしようか、なんて訊ねてくる。

 私はちょっと思案して、


「今日はお料理の食材を集めようかな……」

「でも材料なら――」

「今日はね、ちょっと特別なものを作りたいの。お姉ちゃんが家にいるしね」

「なるほど。じゃあ、いつもの採集場所に行こう。シャリーも誘って」

「うん。それがいいね」


 私たちは二人揃って家を出る。そして、たくさんの人が営みを続ける集落の中を歩き始めた。

 この世界は全てが眩しい。その全てが愛おしい。

 フロンティアには輝きに満ちている。もちろん、その全部が優しくて甘いわけじゃない。

 私たちはフロンティアを独立させるために戦って、平和な生活を手に入れたわけだけど、これは終わりじゃない。

 新たな戦いの幕開け。言うなれば、本番。

 試練の真っ最中。だけど、もう怖くはない。

 例え怖くなっても、逃げ出すことは有り得ない。

 生きることを、諦めたりなんてしない。


「カグヤちゃんとリムルちゃん? 何してるの?」


 外で黄昏ていたシャリーちゃんに私たちは手を振る。


「ちょっと食材を調達しに行くんだけど、いっしょにどう?」

「うん、いいよ」


 シャリーちゃんは二つ返事で快諾してくれる。

 悲劇もたくさんあったし、これからも悲しい出来事は起こる。

 でも、私は生きていて、お姉ちゃんもいて、みんなもいて。

 大好きな友達と一緒に生きていける。

 私には、その全てが誇らしい。


「どうしたの、シズク」


 物思いに耽っていた私はリムルちゃんの呼びかけに応える。


「――ごめん、今行くよ」


 みんなに尊敬と感謝の念を抱きながら、明日への一歩を踏み出した。

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